2017年ニッサンリーフS EV(ニッサンウェブサイトより借用)
2017年テスラモデル3 EV(Wikimedia Commonsより借用)
2017年トヨタプリウス PHV(トヨタウェブサイトより借用)
トヨタミライ FCV(トヨタウェブサイトより借用)
中国政府は今年、2019年に国内で販売する販売台数の10%以上を新エネルギー車とすることを自動車メーカーに義務付けることとした。新エネルギー車にはバッテリー式電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)などを含むが、充電出来ないハイブリッド車(HV)やバイオエタノール・天然ガスなどを燃料とする低CO2車は含まれないという。
イギリスやフランスも2040年までにガソリン車やディーゼル車の販売を全面的に禁止する意向であり、オランダやノルウェーは2025年以降のガソリン車やディーゼル車の販売禁止を検討し、ドイツでも国会で2030年までにガソリン車などの販売を禁止する決議が採択された。更に今年、インドでも2030年までに販売する車をすべてEVとする目標を表明した。これに対し日本政府は2030年までに新車販売の20~30%をEV・PHV、30~40%をHV、3%をFCVとする目標を掲げている。
このようなEVへの転換は大気汚染や二酸化炭素の削減をうたい文句にしているが、いくらがんばっても欧米や日本にガソリンエンジン技術が追いつかないからEVで自動車の世界基準を奪いたい中国や、ディーゼルエンジン排気ガス不正問題でディーゼルエンジン市場に見切りをつけたドイツなど、政治的・戦略的な意図も見え隠れする。今騒がれているEVだが、本当に将来の自動車の本流としてやってゆけるのだろうか。技術的に検討してみよう。
EVではガソリン車やディーゼル車に必要なシリンダーブロック、シリンダーヘッド、ピストン、コンロッド、クランクシャフト、吸排気バルブ、点火プラグなど部品点数が数千点に及ぶエンジンが不要である。またラジエター、オイルフィルター、複雑な変速機、排気ガス浄化装置・マフラーなどの装備もいらない。逆にEVで必要な部品は電池、モーター、電池に蓄電された直流電力を目的とする周波数の交流に変換しモーターの回転数を制御するインバーター、制御用CPUなどであり、部品点数は大幅に削減される。
EVのモーターとしては高性能なネオジム磁石をモーター回転子に埋め込んだ交流永久磁石型同期モーターが一般的だが、小型で高出力、低速域での短時間に最大トルクを発生させる性能、高速域での最大出力で広範囲な可変速運転性能、無負荷または軽負荷時の低損失性能に優れているためである。このタイプのモーターはHVであるトヨタプリウスでも採用されているが、1997年のモデルでは4枚のネオジム磁石を回転子に埋め込んだモーターであったが、最新モデルでは16枚埋め込まれており、燃費や出力は格段に向上している。テスラは発売当初高性能スポーツカーとして売り出したので、高回転領域での性能の優れた交流永久磁石型誘導モーターを採用している。モーターは自動車メーカーのコンセプトによりモーター1台で動力と発電機を兼用するモデル、モーターを2台設置して動力と発電を分離するモデルなどがある。将来は小型のモーターをそれぞれのホイール内に設置して各車輪が独立駆動するモデルも提案されている。
モーターの制御に必要なのがインバーターである。これは電池からの直流電流を交流に変換し、かつ周波数や電流を制御することにより動力である交流モーターの回転数を制御するものである。また減速時にモーターで発電した交流電流を直流電流に変換して電池に充電する機能もになう。インバーターの性能がEV、PHV、HV、FCVの燃費や熱効率を左右するため、自動車メーカーは高性能インバーターの開発に努力している。
EVで大きなコスト要因となるのが電池だ。リチウムイオン電池が主流だが、新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)によれば2015年の電池容量1KWHあたりのコストが約40,000円であり、当時のニッサンリーフは24KWHの電池を搭載していたので電池だけで96万円もかかっていたことになる。空気抵抗、車両重量などのデザインによるがEVの1KWHあたりの走行距離は5~7Kmであり、自動車として通常必要な一回の走行距離である200Km走行を可能にするためには28~40KWHの電池を搭載する必要がある。2018年型ニッサンリーフSは40KWHの電池を搭載して241Kmの走行を可能にしているが、当時より価格が低減しているとはいえ電池は100万円を超えると思われる。NEDOの車載用電池開発ロードマップによれば2020年代末まではリチウムイオン電池の性能向上に努め、2030年代以降は1KWHあたりの原価が10,000円代の次世代電池の実用化を目指している。
EVで使用する電池のエネルギー密度(単位重量あたりの出力)がリチウムイオン電池では現在160~180WH/Kgだが技術革新が進んでも250WH/Kgが限界であり、推定でニッサンリーフSは車両重量1,490Kgに対し電池重量230Kg、テスラModel 3では1,611Kgに対し277Kgとなる。PHVであるトヨタプリウスPHVは電池は推定49Kgだが、モーターに加えエンジンも搭載しているので車両重量が1,530Kgとなり、EVとPHVでは車両重量については大差ないと言える。NEDOは全固体型電池、正極不溶型リチウム・硫黄電池など次世代電池により2030年に700WH/Kgのエネルギー密度を目標としている。
車載用電池の寿命については高温・低温での使用、急速充電の頻度、放電状況などにより変動するが、2017年型ニッサンリーフは8年間・160,000km走行、テスラSは8年間・走行距離無制限の電池保証がある。リチウムイオン電池は充放電を繰り返すと劣化し交換が必要となるが、その費用はニッサンリーフの場合600,000円と発表されている。
車載用電池の充電時間はニッサンリーフでは高速充電では80%まで40分、標準仕様の3KW普通充電では16時間かかる。高速充電は短時間で充電出来るが電池の温度が上昇して寿命を短縮する恐れがある。戸建て住宅の場合には自宅に充電器を設置して駐車中に時間をかけて充電することが可能だが、集合住宅で充電設備がないところではどのようにEVの充電を行うか考慮する必要がある。
EVは電動のため走行中に二酸化炭素を排出しないが、充電の元となる発電の際に二酸化炭素を排出している場合が少なくない。ある研究機関によればエネルギー資源の採掘から走行段階まで(Well to Wheel:油田から車輪まで)の総合的な二酸化炭素排出量はある同一重量区分ではEVが130g/Kmであるのに対し最新型のガソリン車では150g/Kmであるという。これは発電方法を世界平均値である原子力11%、火力67%、水力16%、その他6%に基づいて試算している。中国のように二酸化炭素排出量の多い石炭火力発電が全発電量の75%の場合にはEVの方がガソリン車よりも環境に優しくないことになる。
最新の大型火力発電所ではLNGを使ったコンバインドサイクルでは熱効率52%を達成し、1,700℃級ガスタービン技術開発により57%の実用化を目指している。他方石炭火力発電では大型設備で45%を達成しているものの一般的には40%である。自動車用エンジンの熱効率は30%代の時代が続いていたが、最近のトヨタHVエンジンは41%を達成し、FIA(国際自動車連盟)が開催する世界耐久選手権に出走しているトヨタTSO50では50%近くまで向上している。マツダやニッサンでも高効率なガソリンエンジンを開発している。これらの事情を勘案すると、火力発電所、特に石炭火力発電所で発電した電力を配電して走るEVは必ずしも環境に優しいとは言えない。
EVの実用的自動車としての問題点は走行距離、充電時間、そして電池の寿命である。走行距離を伸ばすには搭載する電池の容量を大きくすれば可能だが、大型のトラックやバスでは十分な走行距離を確保する電池は大きくなりすぎて実用的ではない。今年11月に発表されたテスラの大型トレーラーは640Kmの走行が可能とのことだが、30分で充電するためには1,600KWの電力が必要で、これは欧米の平均的な住宅3,000~4,000戸が30分に消費する電力に相当するという。HV、PHVではEVの問題は回避出来るが、FCVの場合は燃料である水素を供給する設備が必要となる。これらを総合的に考慮すると、将来は近距離走行を目的とする場合はEV、充電設備が十分でない山間僻地などを走行する機会が少なくない一般的な自家用車にはHVやPHV、長距離トラック・バス、路線バスなどは水素ステーションを整備してFCVを採用するのが適切ではないだろうか。
海岸に打ち寄せる波(Wikimedia Commonsより借用)
地球表面の約70%は海であり平均的な深さは3700メートルもあって、水は地球ではごくありふれた物質である。私たち人間の体も約60兆個の細胞でできているが、分子レベルで見れば細胞の約70%は水である。しかし水はとても特異な物質でもある。
一般的に固体が融解する温度と液体が蒸発する温度は物質の分子量が大きいほど高くなるが、分子量18の水は固体から液体に変る融点が他の分子に比較して格段に高い。常圧での融点は分子量16のメタンが-182.5℃、分子量17のアンモニアが-77.7℃、分子量32のメタノールが-97℃であるのに対し水は0℃である。また液体から気体に変る沸点はメタンが-161.6℃、アンモニアが-33.3℃、メタノールが64.7℃であるのに対し水は100℃である。
水分子は1つの酸素原子に2つの水素原子が結合しているが、水素原子はお互いが約104度の角度で酸素原子と結合しているため、水分子には電気的にプラスの部分とマイナスの部分があり、これは極性と呼ばれる。そして水分子のプラスの部分が隣の水分子のマイナス部分と電気的に引きつけあうが、これは水素結合と呼ばれ、水が色々な特異な性質を示す原因となっている。固体の水、すなわち氷ではひとつの水分子は4つの水分子と水素結合して正四面体を形成しているため、この水素結合をある程度までゆるめないと液体の水に融解しない。また液体の水の状態では水分子は周辺の水分子と水素結合・分離を繰り返しており、他の分子よりかなり高い温度にならないと水素結合を振りきって水面から蒸発出来ない。水の蒸発熱が他の物質より大きいのも隣接する水分子との水素結合を絶つ必要があるからだ。また固体の水では正四面体構造の中に空間があるため液体の水より密度が低く、その結果氷は水に浮き、また氷が融けると体積が膨張するような異常な性質を発揮する。
4℃以下の温度では、水の分子は温度が下がると正四面体が増えて0℃ですべてが正四面体構造となる。0℃の氷の密度は0.918 g/cu. cmであるのに対し、水の密度は0.999 g/cu. cmであるが、密度は温度とともに増大し、4℃で最大の1.000 g/cu. cmとなる。更に温度が上昇すると水の体積が膨張し密度は温度とともに減少していく。冬季に淡水湖が凍結する際冷気に接している湖面は凍結するが、4℃の水は密度が大きいので冷却の過程で湖底に沈下し、湖底に近付くほど水温が高く、氷結した湖面と湖底の間の水温は0℃から4℃の間となって、魚は凍って死ぬことがない。この現象は逆列成層と呼ばれる。余談だが表面が凍結した湖では酸素が湖面から供給されないため酸素濃度が低下するが、このような湖に生息する魚は酸素を使わずに糖をエネルギーに変換する特殊な酵素を持っていることが最近の研究で明らかになった。
最近トラピスト1やプロキシマ・ケンタウリの惑星など太陽系外惑星が多く発見され、それらの中で色々な条件が液体の水の存在を可能にする領域をハビタブルゾーンと呼び、科学者たちは生命がいるかもしれないと期待している。液体の水があるとなぜ生命が存在しうるのだろうか。それは液体の水が溶解するとイオンになる電解質と呼ばれる分子や、極性のあるアンモニアやエタノールなど、色々な物質をよく溶かすからだ。地球上の生命はそのエネルギー源や酸素などを体内に取り込むと体内を循環する水に溶解して運搬し、水溶液の中で起きる化学反応によってエネルギーに変換し、生成した老廃物を水とともに排出することによって生存する。すなわち水は生命活動に必要な物質を輸送する媒体として重要な役割を果たしているのだ。土星の衛星タイタンには地表に液体のメタンによる湖があることがわかっているが、メタンには水素結合がないために液体の水のような媒体としての機能はない。
水に溶けない物質として油脂がある。常温で液体のものを油、固体のものを脂と呼ぶが、水と油を混ぜても分離する。両者を激しく震とうすると水または油が微粒子化しもう一方の液体中に浮いている状態となるがこれを乳化と言う。身近な例ではサラダドレッシングは酢と油が乳化したものだ。乳化は油が水に溶解したのではないため、放置すると再び水と油は分離する。
界面活性剤と呼ばれる物質は分子の一端に水と結合しやすい親水基を、他端に油との親和性の強い疎水基を持っている。親水基は電離してイオンとなるものや、水素結合で水和するヒドロキシル基(-OH)、アミノ基(-NH2)、カルボキシル基(-COOH)などがある。疎水基は鎖状の炭化水素であるアルキル基や環状のベンゼン環などがその例である。水と油に界面活性剤を加えると、疎水基が油滴を取り囲み、反対側の親水基が外側に並んで水分子と結合することにより水と油が均一に乳化し、放置しても水と油が分離しない。牛乳は含まれているたんぱく質が界面活性剤として働き、脂肪分が水に乳化している状態である。せっけん、中性洗剤などは身近な界面活性剤であり、これらは体や衣類に付着した油脂を疎水基が取り囲んで微小な粒子として水に分散させることにより、汚れを落とすことが出来る。
宇宙から見た地球(Wikimedia Commonsより借用)
以前くまごろうのサイエンス教室で取上げたが、恒星ケプラー452の惑星ケプラー452b、恒星プロキシマ・ケンタウリの惑星で地球のいとこと呼ばれるプロキシマb、恒星トラピスト1の惑星e、f、gなど、恒星の光度や恒星からの距離などの条件により、液体の水が存在しうる環境にある惑星が次々に発見されている。液体の水が存在する可能性のある惑星はハビタブルプラネットと呼ばれ、このようなニュースが伝えられるたびに地球以外での生命の存在が期待されるが、細菌のような原始的な生命が存在する可能性はあるかもしれないが、多細胞生物が存在する可能性はあまり高くない。
太陽のような恒星は核融合により水素、ヘリウム、炭素、酸素などから原子番号26の鉄の原子核まで生成するが、質量の大きい恒星がその寿命を終えて超新星爆発する時にはもっと重い他の元素が生成し、またこれらの元素が宇宙空間にばらまかれる過程で水蒸気、メタン、二酸化炭素などの分子が生成した、と考えられている。宇宙で一番多い物質は水素でその次に多いヘリウムとあわせると約99%を占め、次に多いのが酸素なので水素と酸素から出来た水の分子は宇宙ではありふれた物質と言える。
水は酸素原子に2つの水素原子が結合しているが、水素原子はお互いが約104度の角度で酸素原子と結合しているため、水分子には電気的にプラスの部分とマイナスの部分があって、プラスの部分が隣の水分子のマイナス部分と電気的に引きつけあう。これは水素結合と呼ばれ、液体の水がいろいろなものをよく溶かす要因となっている。この特殊な性質が生命活動に必要な分子などを運搬する媒体として重要な役割を果すのだ。土星の衛星タイタンにはメタンの湖があることがわかっているが、メタンには水素結合がないために液体の水のような媒体としての機能はなく、また地球上の生物の細胞膜をつくることが出来ない。
太陽系は約46億年前に超新星爆発によって生まれた水素やヘリウムなどの星間ガス、水、二酸化炭素などの分子雲、宇宙のちり(星間塵)などが集まって太陽と太陽系の惑星が生まれたというのが現在の通説である。初めに大きさが1~10Kmの微惑星が生まれ、それらが互いに衝突してできたより大きな原始惑星が更に衝突して生まれた地球は、誕生直後は原始惑星の衝突エネルギーで地表が高温になり、表面は融けたマグマで覆われたマグマオーシャンの状態であったが、衝突がおさまってくると地表の温度が低下して固まり、薄い地殻が形成された。地殻形成後地下のマグマが噴出する火山活動が活発になり、二酸化炭素、水蒸気、メタン、アンモニアなどが放出され高温の大気を形成した。地殻の温度が更に下がると大気温度も低下して水蒸気は凝縮して雨となって地球表面に降り注ぎ、約40億年前に地表の約70%をおおう海が誕生したが、この時代の雨は二酸化炭素、塩素、二酸化硫黄などを溶解した酸性雨のため、初期の海は酸性だったと考えられている。陸地に降った雨は岩石に含まれるカルシウム、ナトリウム、マグネシウムなどの金属を溶かして海に流れ、海水を徐々に中和するとともに海水に溶けていた二酸化炭素を炭酸カルシウムとして海底に固定し、これが堆積して岩石となった。
原始惑星の衝突がおさまった地球の気温は太陽光(恒星放射)によって保たれるが、地表や雲などによる反射や散乱を除いた地球が受取る正味の熱量を惑星放射と呼び、現在の地球では太陽放射の約70%である。二酸化炭素は温室効果ガスとして話題になっているが、水蒸気やメタンは二酸化炭素よりも温室効果が高く、これらを多く含んだ当時の地球大気は地球を温暖に保っていた。約27億年前、中和された海の浅瀬に単細胞のシアノバクテリアが生まれ、二酸化炭素と水を使って光合成を行うことによって炭水化物を合成するとともに、副産物である酸素が地球大気に供給されることとなった。光合成による二酸化炭素の消費と酸素によるメタンの分解により、大気の温室効果は徐々に低下していった。
地球では海の誕生からシアノバクテリアが生まれるまでに13億年かかっているが、このことからもわかるように惑星に生命が誕生するためには長期間にわたり地表に液体の水が存在することが必要である。そのためには惑星の大気が散逸しないことが重要になってくる。大気が散逸すると海水が蒸発して惑星から水が失われ、また大気の温室効果ガスがなくなると地表は冷えて凍結するからだ。大気温度が高いと気体分子の運動エネルギーが高くなり、惑星の重力をふりきって宇宙に散逸しやすくなる。また惑星が小さいほど重力が弱いので大気が散逸しやすく、大気温度によるが火星より小さい惑星では大気を保持し続けることは難しく、大気が散逸して水も水蒸気となって失われる。NASAの探査機キュリオシティが調査を進めている火星では、過去に表面に液体の水が存在した痕跡は見つかっているが、現在は液体の水はないようだ。
惑星の大気温度が高くなる原因のひとつが温室効果ガスである二酸化炭素の増加である。地球では炭素循環と呼ばれるシステムが大気中の二酸化炭素量が過大にならないことに貢献している。炭素循環とは火山活動による地球内部のマグマからの二酸化炭素放出、二酸化炭素が雨に溶けることによる炭酸の生成、地上に降った酸性雨が鉱物を溶解することによる化学風化、雨に含まれた炭酸が地表や地下の岩石を溶かすことによるカルシウムイオンの海への供給、炭酸とカルシウムイオンによって生成した炭酸カルシウムの海底への堆積、海底の炭酸カルシウムのプレート移動に伴う地下のマグマへの供給、というサイクルである。もしも大気中の二酸化炭素が増加すれば温室効果により大気温度が上昇し、その結果海水が蒸発して降雨量が増え化学風化が活発化して二酸化炭素が消費され、温室効果が低下して大気温度が下がるという、一種の大気温度自動調節の役割を担っている。炭素循環で重要な役割を担うのがプレートの移動であるが、太陽系でプレートが移動する惑星は地球だけだと言われている。
惑星の中心にある恒星からの恒星放射が増大すると大気温度が高くなり、やがて大気が散逸してしまう。恒星放射は恒星の誕生直後は小さいが徐々に大きくなる傾向にあり、太陽も10億年後には太陽放射が大きくなりすぎて地球が液体の水を保持できなくなるという研究もある。逆に二酸化炭素が減少しすぎて温室効果が下がり全球凍結に至ることがある。近年、地球が過去に全球凍結した、というスノーボールアース仮説が有力視されているが、この仮説では地球は約23億年前、約7億年前、約6億年前の3回、全球凍結したという。地球の全球凍結の原因については未知のことも多いが二酸化炭素が炭酸カルシウムとして海底に固定され、大気中の二酸化炭素量が減少したこと、シアノバクテリアによる光合成に二酸化炭素が消費されたこと、光合成によって生じた酸素が大気中のメタンを分解したこと、などにより温室効果ガスが激減して地表温度が下がり、極域から水が凍結した、という説が有力だ。地球の一部が凍結すると太陽光の反射が増え、惑星放射は急速に減少して一層凍結が促進されて全球凍結に至ったと考えられる。シミュレーションによれば全球凍結の地球では赤道でも零下40℃で、海水は深さ1000mまで凍結していた。このような過酷な条件でも一部のシアノバクテリアなどは生存出来るところを見つけて生き延び、また全球凍結の状態でも地球では火山活動は続いており、少しづつ二酸化炭素が大気中に蓄積することにより温暖化が進み、ゆっくりと氷が融けていったと考えられている。
全球凍結から脱した地球ではシアノバクテリアが急激に繁殖して光合成を行い、大気中の酸素濃度が急速に上昇した結果、約19億年前に酸素を使って有機物をエネルギーに変える真核生物が生まれたという説がある。約7億年前と6億年前の全球凍結後、大気中の酸素濃度は再び上昇し現在とほぼ同じ21%程度になった。酸素濃度が高くなったことにより生命はエネルギーを効率的に得ることが可能になって生物の進化がおこり、多細胞生物のようなより高等な生命が生まれた。もしも数回の全球凍結が起こらなかったら、地球には哺乳類のような高等動物が生まれなかったかもしれない。
地球は単に地表に液体の水が存在するというだけではなく、大気を保持できるだけの重力があること、地殻が移動することによる炭素循環があること、シアノバクテリアの繁殖により酸素が大気に供給されたこと、真核生物が生まれ進化する環境が存在したことなどにより現在のような進化した高等動物が生存している。更には高等生物の構成元素である水素 酸素 炭素 窒素 カルシウム 硫黄 ナトリウム カリウム 塩素などは海水中に存在するがリンはあまりない。DNAの重要な構成元素であるリンの供給源は大陸の岩石であり、地球がすべて海におおわれることなく大陸が存在したことも高等生物の誕生には重要である。
太陽系には多くの彗星が飛来するが、質量が地球の300倍もある木星の存在により地球は彗星の衝突から守られている。また地球の自転軸の傾斜は月や太陽からの潮汐力により約23.5度に保たれており、気候の変動を和らげている。更に地球内部の鉄やニッケルの流動する金属により磁場が発生し、その結果地球の周りの磁場が高等生物に有害な太陽風や宇宙線を防ぐ役目を担っている。仮に太陽の質量がもっと大きければ現在の地球の公転軌道では暑くなりすぎて水が液体として存在しにくくなる。逆に太陽の質量が小さいと液体の水が存在しうる公転軌道は小さくなり、生物が生きるためには地球は太陽の近くを公転しなければならないが、太陽からの紫外線が強くなって生物に有害となる。またこの場合太陽からの強い潮汐力を受け自転が公転と同期しやすくなり、地球のひとつの面が常に太陽に向くことになって生物には厳しい環境になると思われる。
このように考えてくると太陽系の中の地球は哺乳類のような高等生物が存在するのに必要な条件がすべて整っている。これは宇宙の中の偶然の積み重ねのように思われ、次々とハビタブルゾーンに惑星が発見されても高等生物が存在する可能性は限りなく少ないのだろう。でも宇宙のどこかには地球と同じような偶然の積み重ねで高等生物が存在するかもしれないと思うと、この宇宙は限りなくロマンチックに感じられるのはくまごろうだけだろうか。
トラピスト1システムと太陽系の比較(NASAのウェブサイトより借用)
トラピスト1の惑星軌道は拡大して表示されていて、実際はhの軌道が水星とほぼ同じ
2015年7月25日のブログに地球によく似た惑星ケプラー452bが発見されたことを書いた。この惑星ははくちょう座の方向約1400光年離れた所にあり、半径は地球の約1.6倍、組成はまだわかっていないが岩石惑星の可能性が高く、地球にとっての太陽にあたるケプラー452のまわりを385日かけて公転している。この発見では太陽と似た恒星であるケプラー452からの距離が液体の水が惑星表面に存在しうるハビタブルゾーンであることが明らかになり、生命の存在が期待されている。
また2016年9月2日のブログにはイギリスのクイーン・メアリー大学などからなる国際チームPale Red Dotが、太陽系から4.2光年しか離れていない最も近い距離にある恒星プロキシマ・ケンタウリに生命が存在出来る可能性のある惑星プロキシマbが存在することを発表したことを書いた。観測データによりプロキシマbの質量は地球の1.3倍、公転周期は11.2日で、表面に液体の水が存在出来る領域にあることが明らかになった。
2017年2月23日、今度はヨーロッパとアメリカを中心とする研究者が、チリにあるヨーロッパ南天天文台やモロッコ、南アフリカなどのいくつかの望遠鏡と、NASAが2003年に打上げたSpitzer赤外線宇宙望遠鏡を使用して、地球から39光年離れたみずがめ座の方向にあるトラピスト1に7つの惑星を確認したことを発表した。この研究グループは2016年5月にトラピスト1の3つの惑星を発見していたが、Spitzer宇宙望遠鏡で詳細に観測の結果、他の惑星の存在も確認した。
トラピスト1は質量が太陽の8%程度、明るさは1000分の1程度の赤色矮星と呼ばれる小さな恒星で、表面温度は2560度と太陽の5780度に比較して低いが、太陽系でいえば水星軌道の距離に7つの惑星が詰め込まれていて、公転周期は数日から十数日と極めて短い。7つの惑星は地球と同じ岩石惑星で、大きさは地球の0.75倍から1.13倍である。更に惑星e、f、gは液体の水が惑星表面に存在しうるハビタブルゾーンにあり、他の惑星もそれらの大気によっては生命が存在する可能性がある。太陽系外惑星はこれまでにも3500個以上見つかっているが、赤色矮星は宇宙にもっともたくさん存在している恒星であり、今回のトラピスト1惑星系の発見により地球型惑星が宇宙にたくさん存在する可能性を示唆している。トラピスト1惑星系は太陽系からの距離がプロキシマbよりは遠いが他の太陽系外惑星より近いため、今後これらの惑星の大気などを調べることで生命が存在するか、過去に存在した痕跡を検出出来る可能性がある。
惑星が液体の水を保持し続けるためには大気を保持し続けなければならない。大気中の分子は温度が高いと激しく運動し、惑星の重力をふりきって宇宙空間に散逸する。そのため惑星が水を保持し続けるためにはその重力がある程度以上でなければならない。数億年の単位で大気を保持するためには火星よりも大きい必要がある、と言われている。この点でトラピスト1の惑星は地球の10分の1程度しかない火星よりずっと大きく、水を保持し続ける条件を満たしている。
ハビタブルゾーンにある惑星に生命が存在するためには液体の水があることが第一条件だが、それだけでは十分ではない。地球上の生物を構成する元素としては水素、酸素、炭素、窒素、カルシウム、硫黄、ナトリウム、カリウム、塩素、リンなどがあるが、これらの元素は地球のもととなった微惑星を構成する岩石に含まれている。地球では約40億年前に火山の噴火とそれに伴う雨により海がつくられたが、原始の海は酸性で陸地に降った雨がナトリウム、カルシウム、マグネシウムなどを溶かして海を中和していったと考えられている。この過程で生物構成元素のほとんどは海に存在することとなったが、リンは花崗岩に多く含まれるものの海洋地殻を形成する玄武岩にはあまり含まれていない。そのため原始の海にはリンはほとんど存在していなかったようだ。DNA、RNAや生命活動に必須なアデノシン・三リン酸(ATP)などに不可欠な元素であるリンは地球では陸地に降った雨に溶けて海に供給されたが、すべてが水でおおわれている惑星ではリンの供給が容易ではなく、地球型生命の存在は厳しいと思われる。
大気中の酸素は高等生物が有機物からエネルギーを効率的に得るためには必須だが、原始生物にとっては必ずしも必要条件ではない。地球で初めて光合成を行い酸素を生み出したのは単細胞のシアノバクテリアだがその後の進化により植物が光合成を行って大気中の酸素が増加し、約6億年前にほぼ現在の酸素濃度に達したと考えられている。光合成がそれほど盛んでなかった原生代初期(約25億年)以前の地球では生物は酸素を必要としない嫌気性生物がすべてだった。だから太陽系外惑星に生命が存在するのに酸素は必要条件ではない。
プロキシマbからプロキシマ・ケンタウリを見た想像図(WikiMedia Commonsより借用)
2015年7月25日のブログに地球によく似た惑星Kepler 452bが発見されたことを書いた。この惑星ははくちょう座の方向約1400光年離れた所にあり、半径は地球の約1.6倍、組成はまだわかっていないが岩石惑星の可能性が高く、地球にとっての太陽にあたるKepler 452の周りを385日かけて公転している。この発見では、太陽と似た恒星であるKepler 452からの距離が液体の水が惑星表面に存在しうるハビタブルゾーンにあたり、水や生命の存在が期待されるという。
2016年8月25日、イギリスのクイーン・メアリー大学などからなる国際チームPale Red Dotは太陽系から4.22光年しか離れていない最も近い距離にある恒星プロキシマ・ケンタウリに生命が存在出来る可能性のある惑星プロキシマbが存在することを確認した、とイギリスの科学雑誌『Nature』に発表した。このチームは南米チリにあるヨーロッパ南天天文台の高精度視線速度系外惑星探査装置を使用してプロキシマ・ケンタウリの揺らぎを観測し、その揺らぎを起こさせる惑星プロキシマbの存在を確認したのだ。観測データによりプロキシマbの質量は地球の1.3倍、公転周期は11.2日で、表面に液体の水が存在出来る領域にあることが明らかになった。
太陽に最も近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリはケンタウルス座にある三重連星のひとつだが、三重連星の中では最も小さく太陽の12%程度の質量しかない。また発する光は弱いが、プロキシマbはプロキシマ・ケンタウリから750万キロメートル離れた軌道を周回しており、これは太陽と地球の距離の5%しかないため、地球が太陽から受ける量の約65%に相当する熱を受けていると推測されている。もしもプロキシマbに大気があれば、表面温度はマイナス30℃からプラス30℃の範囲であると予測され、地表に液体としての水があって、生命が存在する可能性があるが、紫外線やX線が強烈な厳しい環境のようだ。またプロキシマbは最も近い地球のいとこと言っても、ボイジャー1号と同じ秒速17キロメートルのロケットで旅しても7万7千年もかかってしまうので、人類が訪問することは叶わない。
ボーイング787のシアトルでの初飛行(ANAより借用)
ボーイング787(ANAより借用)
シアトルとその周辺では、最近でこそMicrosoft、Starbucks Coffee、Amazon.comなど日本でも有名な企業があるが、くまごろうが移住した1970年代の大企業と言えば世界最大の材木商であるWeyerhaeuserとBoeingくらいであり、ボーイングの景気は即シアトルの経済に直結しているため、同社の動向はマスコミのみならず一般市民にとっても大きな関心事であった。そのボーイングが次世代の旅客機として787を発表したのは2003年であり、2004年4月に全日空が50機を発注してローンチカストマーになったことで開発が始まった。計画では2008年に1号機が引渡されることになっていたが、設計変更、軽量化、強度不足、ストライキなど幾多の問題が発生し、実際には2011年11月に世界で始めて全日空国内線に就航した。2013年1月にリチウムイオン電池が発火するという事故が日本航空機と全日空機で発生したためすべての787の運航が一時停止されたが、バッテリーの過熱防止対策、充電器の改良、万一過熱しても発火に至らない格納容器の導入などの発火防止策がアメリカ連邦航空局により同年4月に承認されて運航が再開された。2016年3月現在の受注機数は1,139、運行機数は393であり、開発パートナーである全日空は46機、日本航空は23機を運航している。
787はDream Linerと呼ばれ、これまでの旅客機とは大幅に異なる設計となっている。その中でも機体を釣竿やゴルフクラブのシャフトなどに利用されている炭素繊維強化樹脂(CFRP; Carbon Fiber Reinforced Plastics)としたことは画期的である。従来から尾翼の一部などにCFRPを採用した旅客機はあるが、機首から尾翼付近まで胴体をすべてCFRPとしたのは787が初めてであり、その他にも主翼の一部、尾翼や垂直尾翼の一部にもCFRPを採用し、重量ベースでは機体の約50%がCFRPとなっている。CFRPは直径数ミクロンの炭素繊維を重ねてエポキシ樹脂を含浸させることにより成形するが、胴体部分は6つのセクションに分割して一体成形の後、直径9メートル、長さ30メートルのオートクレーブと呼ばれる窯で加熱・加圧することにより製作される。CFRPはこれまでの旅客機の主要材料であるアルミニウムと比較して軽量、高耐久性、腐食しにくさなどの特徴がある。また従来のアルミニウム製とは異なりリベットなどの止め金具が大幅に削減され、機体重量削減の一助となっている。CFRPに使用される炭素繊維は東レ製で、同社はシアトル郊外の工場で生産している。
CFRP製機体の採用により機内環境が改善され、快適な空の旅の一助となっている。即ち従来の旅客機では腐食防止のために機内湿度は数パーセント程度と低く保たれていたが、787では空調システムに加湿機能を加え10数パーセントにしたので、喉の痛みが減るなどより快適な環境が整えられた。また、軽量化の利点により機内の気圧をこれまでの標高8000フィート(2400メートル)基準である0.75気圧から標高6000フィート(1800メートル)相当の0.8気圧としたことも耳の不快感を削減し快適性の向上に貢献している。機内の照明はLEDで色が可変であり、また窓は大きさが従来の旅客機の1.3倍となり、シェードは電気式で5段階の明るさに調整出来る。
旧式の飛行機ではパイロットの操縦操作はほとんどが金属製のロープやロッドによる機械的リンクを介して油圧式アクチュエーターに伝わり、昇降舵、方向舵などを制御していたが、技術進歩により最近の飛行機では機械的リンクを電気信号に置き換えるフライバイワイヤが一般的になっている。フライバイワイヤとなってから機体にかかる加速度や動きをセンサーで検知してコンピュータで処理することにより、格段にスムーズな飛行が可能になった。しかし電気信号を伝える銅線は重く、保守点検が必要であり、また電磁干渉による誤作動の恐れもある。将来の飛行機では銅線の代りに光ファイバーを使用するフライバイライトとなることが予見されているが、それは光ファイバー自身が銅線よりも軽量である上、複数の電線の信号が1本の光ファイバーに多重化して高速大容量の伝送が可能であり、銅線では必要な電磁シールドを省略出来るので大幅な軽量化を図ることが出来、更に消費電力が低減し、防火性にも優れているなどの特徴による。787では基本的にはフライバイワイヤが採用されているが、機体の加速度や姿勢のセンサーに関してはフライバイライトが採用されており、重量の軽減とメンテナンスの簡素化に貢献している。高精度なセンサーとそれらから得られるデータのコンピュータ処理能力の高さから、787はFAA(Federal Aviation Administration、連邦航空局)により視界がゼロでもパイロットの操作なしでの着陸が承認されている。
従来の旅客機は飛行に必要な推力はエンジンを使用し、他のシステムの動力源として電気、油圧、それにエンジンで発生させた高温高圧の空圧を使用していたが、787ではエネルギーの効率的利用のため、空圧を使わずに機内のエアコンディショニングや翼の凍結防止システムは電力を使用している。電力源はエンジンに装着されている発電機4基だが、バックアップとして尾部にある補助エンジンに装着されている発電機2基、更にはこれらのすべてが使用出来なくなった際のRam Air Turbineと呼ばれる風力発電機1基が搭載されており、非常時でも重要なシステムに継続的に電力が供給される。
787のエンジンはロールス・ロイス社製Trent 1000またはゼネラル・エレクトリック社製GEnxターボファンエンジンが用意されているが、ファンによるバイパス流と燃焼ガス排気ジェットの流量比(バイパス比)が10.0~11.0と従来のターボファンエンジンの8.5~8.7に比較して高く、その結果燃料効率が向上し、騒音も低減している。
787の設計コンセプトは高燃費性能、高速化、長航続距離であり、CFRPの採用による軽量化やエンジン性能向上により他の同型機種と比較して燃料効率は約20%高く、ワイドボディ機では最高のマッハ0.85での巡航が可能である。航続距離はモデルによるが14,200~15,750キロメートルで、この性能を生かして大型機を投入するほどのペイロードが見込めない地方空港に中型機として運行することが可能になり、航空会社の経営効率改善に貢献している。これまではハブ空港まで大型機、ハブ空港からは中・小型機で目的地に旅客や貨物を輸送することが一般的であったが、787は乗換えなして目的地まで運行することを可能にした。これまでに全日空はムンバイ、バンクーバー、シンガポール、ホノルル、シアトル便などに、また日本航空はニューヨーク、ボストン、ダラス・フォートワース、パリ、フランクフルト、ヘルシンキ、モスクワ、ハノイ便などに787を投入しているのは、このような787の性能を活用しているからである。
787のもうひとつの特徴は全日空が開発段階から携わったことにより、機体の約35%が三菱重工、川崎重工、富士重工、東レなど、エンジンの約15%が三菱重工、川崎重工、石川島播磨重工など、また機内設備などについてはパナソニック、ジャムコ、GSユアサ、タイヤはブリジストンなど日本企業により製作されており、787は準国産機とも言える点である。特に世界で初めて一体成形によるCFRP製主翼の生産を担当している三菱重工は新しい旅客機がCFRP製主翼を採用することを予見し、将来のビジネスチャンスをうかがっている。
多くの特徴を持った787は大量輸送に適さない目的地にも効率の高さにより運行が可能となり、世界の航空会社が新たな路線に787を投入している。快適な機内環境と目的地へのダイレクトフライトは空の旅を一層楽しいものにしてくれるだろう。
国際宇宙ステーションで使用されるリチウムイオンバッテリー (JAXAより借用)
最近、国際宇宙ステーションの電源である2次電池を日本製のリチウムイオンバッテリーに交換する、というニュースが報じられた。現在使用されているものはアメリカ製のニッケル水素電池だが、宇宙ステーションを2024年まで使用するために、これから10年間は使用可能な高性能リチウムイオンバッテリーが選ばれた。
私たちの周りを見ると、現代社会では高性能で軽量な2次電池(蓄電池)が不可欠である。スマートフォン、ラップトップコンピューター、デジタルカメラなどの移動式電子機器はもちろんのこと、自動車や航空機などの輸送機器、各種家電製品などにも内蔵されているものが少なくない。最近は太陽光発電や風力発電などによる電力の貯蔵用やハイブリッドカー、電気自動車、燃料電池自動車などの蓄電用としても重要性を増している。
2次電池として最も馴染みの深いものは鉛蓄電池であろう。1989年にフランス人のブランテが2枚の鉛板の間に2本の絶縁テープをはさんで円筒状に巻き、希硫酸溶液中での充放電を繰り返した。負極に海綿状鉛、正極に二酸化鉛、電解液として希硫酸を使用した鉛蓄電池は据置き用、可搬用として普及していったが、電池の重量や容積に対する電気容量(エネルギー密度)が重量基準では30~40Wh/Kg、容積基準では60~75Wh/Lと高性能な電池に劣るものの安価なため、自動車の普及に伴って急速に生産量が増加し、また技術的にも進化して現在でも最も一般的な二次電池の地位を保っている。
1899年にスウェーデンのユングナ~が発明したニッケル・カドミウム電池は負極にカドミウム、正極にオキシ水酸化ニッケル、電解液に水酸化カリウムを使用し、低温など厳しい使用環境に耐えられることから1960年代に量産化されたが、1990年代にカドミウムの負極を水素吸蔵合金に置き換えたニッケル・水素電池が量産化されるようになった。水素吸蔵合金は水素を吸蔵しやすいランタン、ネオジム、レニウムなどの希土類金属(発熱型金属A)と、触媒効果を持つ遷移元素のニッケルにコバルトやアルミニウムを添加した金属(吸蔵型金属B)を1:5の割合で組み合わせたAB5型が量産型電池で使用されている。ニッケル・水素電池は有毒物質であるカドミウムを使用しないことと、電気容量がより優れた30~80Wh/Kg、140~300Wh/Lであることにより、ニッケル・カドミウム電池を凌駕するとともに、世界最初の量産ハイブリッド車であるトヨタプリウスにも採用された。最近のニッケル・水素電池は低温でも性能を発揮すること、大容量化が容易なこと、出力が安定していること、自然放電が少ないことなどにより、現在でも多分野で使用されている。
2次電池は負極と正極の電子の放出のしやすさの差を利用して電気を発生させるが、負極には電子を放出しやすい(イオン化傾向が大きい)金属が、また正極には電子を受取りやすい金属を用いる。携帯電話やラップトップコンピューターなどの普及に伴い、ニッケル・水素電池より小型・軽量で高性能な2次電池が必要となり、リチウムはすべての元素の中で最もイオン化傾向が高く、電池の負極としては最適なため、リチウムイオン電池の開発が進捗した。但し金属リチウムは金属ナトリウム同様、水に触れると激しく反応して水素を発生し発熱するため安全性に問題があり使用出来ない。リチウムの反応性の高さをおさえ電子を放出しやすい能力を発揮させたのがリチウムイオン電池である。
1980年に水島公一博士はオックスフォード大学でグッドイナフ教授の元でコバルト酸リチウムが金属リチウムを使わないリチウムイオン電池の正極に適していることを発見した。また1985年に旭化成の吉野彰博士は負極として炭素材料である黒鉛を使用すると、黒鉛がリチウムを吸蔵するため金属リチウムが電池内に存在せず安全であること、およびリチウムの吸蔵量が多く高容量が得られる、としてリチウムイオン電池の基礎概念を確立した。電池内でリチウムイオンを移動させる電解質は水溶液系ではリチウムによって電気分解するため、ヘキサフルオロリン酸リチウムなどのリチウム塩とエチレンカーボネートなどの有機溶剤が使用される。
これらの技術を組合せ、1991年に世界で初めてソニーが、次いで旭化成がリチウムイオン電池を商品化した。リチウムイオン電池の電気容量は初期モデルでも160Wh/Kg、270Wh/Lとニッケル・水素電池を越え、軽量で自己放電による容量低下が少なく、更に2次電池の欠点である継ぎ足し充電により発生する電圧降下(メモリー効果)もほとんどなく、携帯電話やデジタルカメラなどのモバイル機器用として普及した。しかし過充電や過放電によって発熱や爆発を起こす事故が発生したため、保護回路によって対応し、リン酸鉄リチウムを電解液とした発火の恐れがないリチウムフェライト電池なども開発されて安全性、性能共に向上させた。また電解液にポリマーを加えることによって電解質をゲル状にしたリチウムポリマー電池は液漏れしにくく、外装がラミネートフィルムのため軽量・薄型で形状に柔軟性があるためiPhoneなどに採用されている。現在多くのメーカーが電気容量が大きく、安全性が高く、高速充電が可能で、耐久性の高いリチウムイオン電池を生産している。
リチウムイオン電池の性能向上に貢献しているものがカーボンナノチューブである。1991年にNEC主管研究員(現名城大学教授)の飯島澄男博士が発見したカーボンナノチューブは炭素原子が網目のように結びついて筒状になったもので、その直径は10のー9乗メートルで人間の毛髪の5万分の1程度である。カーボンナノチューブは色々な特徴を持つがイオンの貯蔵性にも優れており、リチウムイオン電池の電極に導電助剤として使用することによる電気容量の向上と長寿命化が期待されている。
リチウムイオン電池をハイブリッドカー・電気自動車、太陽光発電・風力発電などの再生可能エネルギーの蓄電池として使用するためには、更なる急速充電性能や電圧を高めることが求められる。東京大学の山田敦夫教授の研究グループは電解質の溶媒にアセトニトリルを使用し、リチウムイオン濃度を4倍以上にすることにより電解質でのリチウムイオンの移動効率を向上させ、電圧は3.7ボルトから5ボルトに、充電時間は従来の3分の1となることを実証した。この電解質は高価なため直ちに実用化されることはないが、将来が期待される。
新エネルギー産業技術総合開発機構においてトヨタ自動車と東京工業大学の研究グループは2016年3月、従来のリチウムイオン伝導体の2倍の伝導率を有する超イオン伝導体を発見し、これを応用して有機電解液を用いた従来のリチウムイオン電池の3倍以上の出力特性を持ち、低温および高温での優れた充電性、高い充放電サイクル耐久性などの特徴を持った安全性の高い全固体電池の開発に成功した。全固体リチウムイオン電池の実用化が期待される。
リチウムイオン電池はニッケル・水素電池と比較すると高性能ではあるが高価な点が欠点である。そのため電池の大きさや重さが選定の決定要因とならない電気自動車や、価格競争の激しいデジタルカメラなどでは今後もニッケル・水素電池が使われていくものと思われる。またリチウムイオン電池は集積化による大型電池では電池内の熱の蓄積により性能が損なわれる上、希少金属のリチウムやコバルトを使用し、コバルト酸リチウムを正極とした場合、現在の技術では全世界で生産されるリチウムやコバルトを使用しても電気自動車1,000万台分の電池しか作ることが出来ない。そのため、資源の豊富さと価格の点で代替電池としてナトリウムイオン電池の将来性が注目されている。ナトリウムはリチウムと同じアルカリ金属であり、イオン化傾向はリチウムに次いで高い。しかし電池の電圧はやや低く、現状では電気容量もリチウムイオン電池に劣るため、更なる電極や電解質に関する研究により、安全で高性能な大容量ナトリウムイオン電池が実用化されることが望まれる。
はやぶさ2(JAXAデジタルアーカイブより借用)
下に長く伸びているのがサンプル採取用サンプラーホーン
2014年12月3日に小惑星探査機『はやぶさ2』が打上げられてから既に1年以上経つ。2015年12月3日には地球に最接近した機会をとらえ、地球の重力を利用したスウィングバイにより軌道を約80度変更、スピードも秒速1.6km上げて目標値の31.9kmとし、いよいよ目的地である小惑星『リュウグウ』を目指す軌道に入った。はやぶさ2のミッションはリュウグウからサンプルを地球に持ち帰ることであり、そのサンプルを分析することによって地球の生い立ちをより詳しく知ることが出来る。
2010年6月13日に苦難の末地球に帰還した初代はやぶさは小惑星探査実験機であり、はやぶさ2が実用機として計画されたものの、JAXAは太陽系探査より情報収集衛星や国際宇宙ステーションの実験棟きぼうを優先することではやぶさ計画は頓挫しかけたが、実験機のドラマチックな帰還により2011年にはやぶさ2の予算が承認され、計画が再スタートすることとなった。はやぶさ2は太陽光パネルを除いた大きさが幅1m、長さ1.6m、高さ1.25mで燃料込みの重量が600kgと初代はやぶさより重量が90kg増加した以外は大きさは大差ないが、初代はやぶさでのトラブルに鑑み信頼性を格段に向上させた。
そのひとつが機体の姿勢制御装置であるリアクションホイールの追加で、初代はやぶさでは3個取付けられていたがそのうちの2個が故障して危機に陥ったため、はやぶさ2では4個取付け、またリュウグウに到着するまでは1個だけを運用し、他の3個はリュウグウ近くでの詳細な姿勢制御が必要になるまで温存する予定である。
初代はやぶさに搭載された推進エンジンはイオンエンジンと呼ばれる電気推進エンジンで、キセノンガスをキセノンイオンと電子に分解し、キセノンイオンを強力な磁場で加速して高速で噴射することによって推進力を得るが、燃料と酸化剤を使用する化学推進エンジンと比較すると推進力は小さいが燃費が約10分の1であり、長時間の加速を行うことが出来る。イオンエンジンはマイクロ波放電加熱によるイオン生成部、生成したイオンを静電的に加速して推力を得る炭素繊維複合材グリッド加速部、それに放出されたイオンビームを電気的に中和する中和器からなるが、初代はやぶさの4基のイオンエンジンのうちの1基はキセノン分解用点火器が不調となり、また、帰還途中に宇宙で迷子になりかけたことが原因で設計寿命を大幅に越えたために他の3基も中和器が機能しなくなり、一時は帰還が絶望視された。しかし4基のイオンエンジンのうち、ひとつは中和器のプラスの出口、またもうひとつはマイナスの出口がまだ機能しており、これら2基のイオンエンジンの中和器を同期して噴射すれば推進力が得られることが判明し、このような変則的な運行で初代はやぶさはなんとか地球に帰還することが出来た。
はやぶさ2に搭載されるイオンエンジンは基本的には初代はやぶさと同じ設計であるが、イオン生成部の推力発生効率とマイクロ波放電加熱の確実性を向上させるために入念な調整が実施され、また中和器の長寿命化を目的として放電室内壁の保護および電子放出の必要電圧低減のために磁場が強化され、信頼性の向上が図られている。またキセノンガス噴射口配置やグリッド加速部の設計変更により、1基あたりの推力が8ミリニュートンから10ミリニュートンに25%増強されている。
はやぶさ2には初代はやぶさと同様に姿勢制御や軌道の微調整を行うヒドラジンと酸化剤を用いる化学推進システムを12基搭載しているが、初代はやぶさでは小惑星いとかわへの着陸の際に燃料漏れと配管凍結が起こって使用出来なくなった。この対策としてはやぶさ2では燃料漏れの原因となる溶接箇所を最少化するとともに溶接法も改善した。金星探査衛星あかつきは2011年に化学推進システム破損により金星周回軌道投入に失敗したものの、2015年12月に姿勢制御用エンジンにより金星周回軌道に乗せることが出来て話題となったが、あかつきでの経験により燃料と酸化剤の高圧ガス系統を完全に分離し、はやぶさ2ではあかつきのような問題を回避するよう改善された。更に高圧ガス系統バルブの異物閉塞を防止するために高圧ガスの清浄度管理を向上させてある。
はやぶさ2は2018年6月頃に約900mの大きさと推定されている小惑星リュウグウに到着する予定で、まず上空20km付近からリュウグウの観測を開始する。観測データをもとにはやぶさ2の着地点を選定し、本体下側に取付けられたサンプラーホーンと呼ばれるサンプル採取装置を使ってリュウグウ表面に着地した際に石や砂を採取する。一旦上空に戻ってから衝突装置を分離し、リュウグウに衝突・爆破させて小さなクレーターを作るが、その間本体は飛散物との衝突を避けるために上空に退避する。観測の結果安全が確認されたらはやぶさ2はクレーターに着地し、サンプラーホーンによりリュウグウの地下の石や砂を採取する。これら一連の作業は2019年11月頃まで実施される。リュウグウの地下の石や砂は太陽風に晒されていないため、小惑星誕生当時の状態を保っていると考えられるが、これらのサンプルを分析することにより、地球の水はどこから来たのか、生命はどのように生まれたのか、など地球の起源を知る手がかりとなる。
リュウグウを出発してから約1年後の2020年11月頃、はやぶさ2は地球に帰還し、リュウグウのサンプルを搭載したカプセルを切り離す。はやぶさ2は初代はやぶさとは異なり大気圏には突入せず、カプセル分離後、地球スウィングバイを行うことになっている。その後のはやぶさ2の運命は未定だ。切り離されたカプセルは大気圏に突入し、上空約10kmの高度でパラシュートを開いてオーストラリアの砂漠に着地する予定だ。
はやぶさ2は約4ヶ月前に地球のそばを通過したが、現在は地球から離れて目的地である地球近傍小惑星リュウグウを追いかけて太陽の周りを回っている。28ヶ月もある宇宙ひとりぼっちの長旅だが、JAXAで大勢の人たちが見守っているので寂しくはないはずだ。みんなではやぶさ2の成功を祈ろう。
東大宇宙線研究所教授の梶田隆章博士は素粒子のひとつであるニュートリノが質量を持つことを示すニュートリノ震動の発見により、太陽ニュートリノ震動を観測したカナダのアーサー・マクドナルド博士とともに2015年ノーベル物理学賞を受賞した。梶田博士の師匠である小柴昌俊博士が岐阜県にある観測装置カミオカンデを使って、1987年に世界で初めて宇宙から飛んできた大気ニュートリノの観測に成功したことが評価されてアメリカのデイビス博士と共に2002年ノーベル物理学賞を受賞したことでニュートリノは日本人にはなじみがあるが、この時に観測されたニュートリノは16万光年離れた大マゼラン星雲で起きた超新星爆発によって生じたもので、わずか11個のニュートリノを検出した。
小柴博士が使用したカミオカンデは3,000トンの純水を満たした地下1,000メートルのタンクに1,000本の光電子増倍管が取付けられたニュートリノの観測装置で、ニュートリノがタンク内の水分子にたまたま衝突すると電子やミュー粒子などの荷電粒子を発生させるが、これらの粒子が水中での光を越える速度で移動すると、超音速機が大気中で衝撃波を発生するようにチェレンコフ光と呼ばれる特殊な干渉光を発生し、この光を光電子増倍管で測定することが可能になる。光の速度は真空中では自然界で最も速いが、水中では真空中の約0.75倍のため荷電粒子が光の速度を越えることがあるのだ。またミュー粒子がタンク外から侵入したりするのでこれらの雑音を最少とするために地下1,000メートルの場所にタンクを設置するとともに、水に含まれる微量の放射性物質による雑音を除去するために純水を使用したうえで、雑音の中からニュートリノ由来のチェレンコフ光を識別するために精密な観測が要求される。なおこの観測装置は電子ニュートリノとミューニュートリノを検出することは出来るが、タウニュートリノの検出は困難である。故戸塚洋二博士・梶田博士のグループは、小柴博士が使用したカミオカンデの15倍の規模である直径39メートル、高さ41メートルの円筒タンクに5万トンの純水を満たし、13,000本の光電子増倍管が取付けられたスーパーカミオカンデを使って1996年よりニュートリノの観測を続けた。
ニュートリノとはどのような素粒子なのだろう。素粒子物理学では物質を構成する素粒子の仲間として標準模型と呼ばれる12種類の素粒子が特定されている。すなわち6種類のクォークと6種類のレプトンと呼ばれる素粒子だ。レプトンにはマイナスの電荷を持つ電子、電子の約210倍の質量を持つミュー粒子、電子の約3,500倍の質量をもつタウ粒子、それに電荷を持たない電子に対応する電子ニュートリノ、ミュー粒子に対応するミューニュートリノ、タウ粒子に対応するタウニュートリノがある。これらの素粒子のうちわれわれの身近な物質を構成しているのはクォークの中のアップクォーク、ダウンクォーク、それに電子の3つだけだが、他の素粒子は宇宙空間を飛びまわっていたり、素粒子の実験施設である加速器で人工的に作り出すことが出来る。
ニュートリノを歴史的に見ると、1930年にスイスの物理学者パウリは放射性同位元素の原子核崩壊を観察し、エネルギー保存則が成立するためには中性子がベータ崩壊する際に電子を放出するだけでなく、電荷を持たない小さな粒子が飛び出すと考えた。その後イタリア生まれの物理学者フェルミがベータ崩壊理論を提唱し、質量がとても小さいかゼロで他の物質とは反応せずに通り抜けてしまうこの粒子をニュートリノと名づけた。ニュートリノはその質量がとても小さいかゼロである上に電荷を持っていないため、物質を通り抜けてしまう。これはどういうことかというと、水素原子の直径、すなわち電子が原子核の回りをまわる軌道の直径はおよそ10-10メートルであるのに対し原子核の直径は10-15メートルであり、原子核から見ると電子ははるか遠くを周回しているので原子はほとんどが空間でできているためだ。ちなみに原子核を直径43ミリのゴルフボールに例えれば、電子軌道は4,300メートル離れた所を周回していることになり、その間は空間なのだ。ニュートリノは質量が小さいために検出が困難で、1950年代になってアメリカの物理学者ライネスとコーワンが原子炉で発生したニュートリノを初めて観測することに成功した。
宇宙空間を飛びまわっている主に陽子で構成される宇宙線が地球大気の原子核に衝突するとパイ中間子となるが、これはすぐに分裂してミューニュートリノと電子ニュートリノと電子になる。そのため地球には宇宙線由来の大気ニュートリノが大量に降り注いでいる。また太陽の中心部で起こっている核融合反応では4つの陽子からヘリウム原子がつくられ、電子ニュートリノが放出されるが、これは太陽ニュートリノと呼ばれ、地球に降り注いでいる。しかし地球で観測される太陽ニュートリノが理論的モデルから導かれる値より大幅に少ないことが、宇宙物理学では太陽ニュートリノ問題として約40年に渡り議論されてきた。
ニュートリノは宇宙空間を進行中に、電子ニュートリノがミューニュートリノになったり、タウニュートリノが電子ニュートリノに変身することが1960年頃から坂田昌一博士などにより理論的に提唱され、これはニュートリノ震動と名づけられた。これは素粒子の量子力学的な性質によるもので、ニュートリノが粒子としての性質とともに波としての性格も持ち合わせているためだ。特殊相対性理論によれば、ニュートリノが震動するということはニュートリノが光速よりも遅い速度で移動していることになり、すなわちニュートリノに質量があることになる。
梶田博士がカミオカンデのデータ解析により地球の裏側から来るミューニュートリノが少ない、とニュートリノ震動の可能性を最初に発表したのは1988年だったが当時はあまり評価されず、1996年からのスーパーカミオカンデを使った観測により、電子ニュートリノとミューニュートリノの比率がニュートリノ震動を仮定した理論値に近いこと、上方から来る電子ニュートリノと地球の裏側から来る電子ニュートリノの値がほぼ同じだったこと、ミューニュートリノについては上方から来る値は下方から来る値の半分程度であり、減少した分はタウニュートリノに変身していること、などを示すデータが蓄積され、1998年のニュートリノ国際会議での発表によりニュートリノ震動の観測が多くの研究者に認められた。
ニュートリノ震動を確かなものとするために、1999年から2004年にかけて250キロ離れたつくば市にある高エネルギー加速器研究機構の加速器からスーパーカミオカンデに向けて人工的に作ったニュートリノを発射し、ニュートリノ震動が起きている証拠を99%以上の精度で確認した。このK2K実験の成功を発展させ一層精密なニュートリノ震動を実証するために、2009年より東海村のJ-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)の大強度陽子加速器で作られたK2K実験の50倍のニュートリノビームを約300キロ離れたスーパーカミオカンデに打ち込み、発生源と観測点でのニュートリノのエネルギーや数を高い精度で観測し、ミューニュートリノの電子ニュートリノへの変身の確率などを測定しているが、この実験はT2Kと呼ばれ、これらの実験によりニュートリノ震動は確実なものとなった。
梶田博士とともに2015年ノーベル物理学賞を受賞したマクドナルド博士は太陽ニュートリノの観測に重水を使用することで3種類のニュートリノの総数と電子ニュートリノの数を観測し、太陽の方向から飛んでくるニュートリノの総数はほぼ理論値通りであるのに対し、観測される電子ニュートリノはその3分の1であり、ニュートリノ振動が起こっていることを2002年に発表している。
ニュートリノ震動の観測によりニュートリノに質量があることがはっきりしたが、これは従来の物理学の基本となる標準理論に変更を迫ることになる。またニュートリノの更なる研究は宇宙に物質が存在する理由を明らかにするかもしれない。すなわち宇宙創生のビッグバンの際には物質とそれと同じだが電荷が反対の反物質が同じ数だけ生まれたはずなのにこの宇宙に物質が存在することは、何らかの理由で反物質の数が少なかったためと考えられる。その理由として1964年に素粒子に働く4つの力のうち『弱い力』とよばれるベータ崩壊を起こす力に対象性が崩れていること(CP対象性の破れ)が発見され、1973年に小林誠博士・益川敏英博士は6種類のクォークが存在すればCP対象性が破れるという理論を発表し、2001年に高エネルギー加速器研究機構のB-ファクトリー加速器を使って小林・益川理論が実証されている。しかしCP対象性の破れだけでは宇宙全体の物質の存在を説明出来ない。電荷のないニュートリノが反物質を物質に変えたのではないか、という仮説が提案されているが、この仮説が実験的に確認されれば宇宙の成り立ちが一層明確になる。スーパーカミオカンデの20倍の体積を持つ後継ニュートリノ観測設備であるハイパーカミオカンデが2025年に観測を開始すれば、この仮説が実証されるかもしれない。
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