国際宇宙ステーションで使用されるリチウムイオンバッテリー (JAXAより借用)
最近、国際宇宙ステーションの電源である2次電池を日本製のリチウムイオンバッテリーに交換する、というニュースが報じられた。現在使用されているものはアメリカ製のニッケル水素電池だが、宇宙ステーションを2024年まで使用するために、これから10年間は使用可能な高性能リチウムイオンバッテリーが選ばれた。
私たちの周りを見ると、現代社会では高性能で軽量な2次電池(蓄電池)が不可欠である。スマートフォン、ラップトップコンピューター、デジタルカメラなどの移動式電子機器はもちろんのこと、自動車や航空機などの輸送機器、各種家電製品などにも内蔵されているものが少なくない。最近は太陽光発電や風力発電などによる電力の貯蔵用やハイブリッドカー、電気自動車、燃料電池自動車などの蓄電用としても重要性を増している。
2次電池として最も馴染みの深いものは鉛蓄電池であろう。1989年にフランス人のブランテが2枚の鉛板の間に2本の絶縁テープをはさんで円筒状に巻き、希硫酸溶液中での充放電を繰り返した。負極に海綿状鉛、正極に二酸化鉛、電解液として希硫酸を使用した鉛蓄電池は据置き用、可搬用として普及していったが、電池の重量や容積に対する電気容量(エネルギー密度)が重量基準では30~40Wh/Kg、容積基準では60~75Wh/Lと高性能な電池に劣るものの安価なため、自動車の普及に伴って急速に生産量が増加し、また技術的にも進化して現在でも最も一般的な二次電池の地位を保っている。
1899年にスウェーデンのユングナ~が発明したニッケル・カドミウム電池は負極にカドミウム、正極にオキシ水酸化ニッケル、電解液に水酸化カリウムを使用し、低温など厳しい使用環境に耐えられることから1960年代に量産化されたが、1990年代にカドミウムの負極を水素吸蔵合金に置き換えたニッケル・水素電池が量産化されるようになった。水素吸蔵合金は水素を吸蔵しやすいランタン、ネオジム、レニウムなどの希土類金属(発熱型金属A)と、触媒効果を持つ遷移元素のニッケルにコバルトやアルミニウムを添加した金属(吸蔵型金属B)を1:5の割合で組み合わせたAB5型が量産型電池で使用されている。ニッケル・水素電池は有毒物質であるカドミウムを使用しないことと、電気容量がより優れた30~80Wh/Kg、140~300Wh/Lであることにより、ニッケル・カドミウム電池を凌駕するとともに、世界最初の量産ハイブリッド車であるトヨタプリウスにも採用された。最近のニッケル・水素電池は低温でも性能を発揮すること、大容量化が容易なこと、出力が安定していること、自然放電が少ないことなどにより、現在でも多分野で使用されている。
2次電池は負極と正極の電子の放出のしやすさの差を利用して電気を発生させるが、負極には電子を放出しやすい(イオン化傾向が大きい)金属が、また正極には電子を受取りやすい金属を用いる。携帯電話やラップトップコンピューターなどの普及に伴い、ニッケル・水素電池より小型・軽量で高性能な2次電池が必要となり、リチウムはすべての元素の中で最もイオン化傾向が高く、電池の負極としては最適なため、リチウムイオン電池の開発が進捗した。但し金属リチウムは金属ナトリウム同様、水に触れると激しく反応して水素を発生し発熱するため安全性に問題があり使用出来ない。リチウムの反応性の高さをおさえ電子を放出しやすい能力を発揮させたのがリチウムイオン電池である。
1980年に水島公一博士はオックスフォード大学でグッドイナフ教授の元でコバルト酸リチウムが金属リチウムを使わないリチウムイオン電池の正極に適していることを発見した。また1985年に旭化成の吉野彰博士は負極として炭素材料である黒鉛を使用すると、黒鉛がリチウムを吸蔵するため金属リチウムが電池内に存在せず安全であること、およびリチウムの吸蔵量が多く高容量が得られる、としてリチウムイオン電池の基礎概念を確立した。電池内でリチウムイオンを移動させる電解質は水溶液系ではリチウムによって電気分解するため、ヘキサフルオロリン酸リチウムなどのリチウム塩とエチレンカーボネートなどの有機溶剤が使用される。
これらの技術を組合せ、1991年に世界で初めてソニーが、次いで旭化成がリチウムイオン電池を商品化した。リチウムイオン電池の電気容量は初期モデルでも160Wh/Kg、270Wh/Lとニッケル・水素電池を越え、軽量で自己放電による容量低下が少なく、更に2次電池の欠点である継ぎ足し充電により発生する電圧降下(メモリー効果)もほとんどなく、携帯電話やデジタルカメラなどのモバイル機器用として普及した。しかし過充電や過放電によって発熱や爆発を起こす事故が発生したため、保護回路によって対応し、リン酸鉄リチウムを電解液とした発火の恐れがないリチウムフェライト電池なども開発されて安全性、性能共に向上させた。また電解液にポリマーを加えることによって電解質をゲル状にしたリチウムポリマー電池は液漏れしにくく、外装がラミネートフィルムのため軽量・薄型で形状に柔軟性があるためiPhoneなどに採用されている。現在多くのメーカーが電気容量が大きく、安全性が高く、高速充電が可能で、耐久性の高いリチウムイオン電池を生産している。
リチウムイオン電池の性能向上に貢献しているものがカーボンナノチューブである。1991年にNEC主管研究員(現名城大学教授)の飯島澄男博士が発見したカーボンナノチューブは炭素原子が網目のように結びついて筒状になったもので、その直径は10のー9乗メートルで人間の毛髪の5万分の1程度である。カーボンナノチューブは色々な特徴を持つがイオンの貯蔵性にも優れており、リチウムイオン電池の電極に導電助剤として使用することによる電気容量の向上と長寿命化が期待されている。
リチウムイオン電池をハイブリッドカー・電気自動車、太陽光発電・風力発電などの再生可能エネルギーの蓄電池として使用するためには、更なる急速充電性能や電圧を高めることが求められる。東京大学の山田敦夫教授の研究グループは電解質の溶媒にアセトニトリルを使用し、リチウムイオン濃度を4倍以上にすることにより電解質でのリチウムイオンの移動効率を向上させ、電圧は3.7ボルトから5ボルトに、充電時間は従来の3分の1となることを実証した。この電解質は高価なため直ちに実用化されることはないが、将来が期待される。
新エネルギー産業技術総合開発機構においてトヨタ自動車と東京工業大学の研究グループは2016年3月、従来のリチウムイオン伝導体の2倍の伝導率を有する超イオン伝導体を発見し、これを応用して有機電解液を用いた従来のリチウムイオン電池の3倍以上の出力特性を持ち、低温および高温での優れた充電性、高い充放電サイクル耐久性などの特徴を持った安全性の高い全固体電池の開発に成功した。全固体リチウムイオン電池の実用化が期待される。
リチウムイオン電池はニッケル・水素電池と比較すると高性能ではあるが高価な点が欠点である。そのため電池の大きさや重さが選定の決定要因とならない電気自動車や、価格競争の激しいデジタルカメラなどでは今後もニッケル・水素電池が使われていくものと思われる。またリチウムイオン電池は集積化による大型電池では電池内の熱の蓄積により性能が損なわれる上、希少金属のリチウムやコバルトを使用し、コバルト酸リチウムを正極とした場合、現在の技術では全世界で生産されるリチウムやコバルトを使用しても電気自動車1,000万台分の電池しか作ることが出来ない。そのため、資源の豊富さと価格の点で代替電池としてナトリウムイオン電池の将来性が注目されている。ナトリウムはリチウムと同じアルカリ金属であり、イオン化傾向はリチウムに次いで高い。しかし電池の電圧はやや低く、現状では電気容量もリチウムイオン電池に劣るため、更なる電極や電解質に関する研究により、安全で高性能な大容量ナトリウムイオン電池が実用化されることが望まれる。
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