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くまごろうのひとりごと

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日本における原子力発電の将来

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NHKでは福島第一原子力発電所事故から10年を迎えるにあたって昨年11月から12月にわたり世論調査を実施しその結果を3月2日のニュースで発表している。それによれば国内にある原発についてどうすべきかを尋ねたところ、『増やすべきだ』は全国では3%、福島県では1%、『現状を維持すべきだ』は全国では29%、福島県では24%、『減らすべきだ』は全国では50%、福島県では48%、『すべて廃棄すべきだ』は全国では17%、福島県では24%となっている。くまごろうはこの結果を見て、一部のマスメディアや政治家とは異なり、世論が直ちに原発の全廃を望んでいないことを知り、いちるの希望を持った。

10年前の福島での原発事故以来日本では原発に対する逆風が強く、今月1日には日本外国特派員協会で小泉純一郎元首相は菅直人元首相と共に『原子力発電ゼロ』を訴えて講演を行ったと言う。首相在任当時は直接的ではないにしても原子力発電を含む日本のエネルギー基本政策を推進してきた張本人の二人が真逆の主張を繰り返すのも滑稽だが、原発を全廃する議論をする前に、既に日本に18,000トン存在する使用済み核燃料や高濃度放射性廃棄物をどう扱うか議論する必要があることをご両人は認識していないようだ。

日本の原子力政策の中心である核燃料サイクルでは軽水炉で発生する使用済み核燃料を再処理してプルトニウムとウランを含むMOX(モックス)燃料とし、これを軽水炉で再び燃料とすることによって資源を有効利用すると共に高レベル放射性廃棄物の減量をはかることになっている。従来は使用済み核燃料をフランスなど海外で再処理していたが、2021年に青森県六ヶ所村にある再処理工場が完成し国内でMOX燃料の生産が開始されるする予定である。もしも使用済み核燃料を再処理せずに廃棄した場合、原発からの放射性廃棄物が天然ウランと同程度の安全性になるまでに10万年かかるが、MOX燃料を利用した軽水炉サイクルでは放射性廃棄物の量が約4分の1に圧縮されると共に廃棄物が安全になるまでの期間が1万年に短縮される。更に軽水炉では天然ウランの1%程度しか燃料として利用出来ないのに対し99%以上を利用出来る高速炉を核燃料サイクルに組込めば、MOX燃料を利用した軽水炉サイクルよりも放射性廃棄物の量が半減する上、放射性廃棄物は400年後には天然ウランと同程度の放射能まで低減することが出来る。(資源エネルギー庁のデータによる。)高速増殖炉もんじゅは相次ぐトラブルなどにより2016年に廃止と決まったが、2018年に原子力関係閣僚会議で高速炉はその後も官民共同で研究を継続することが決定されており、現在も日本原子力研究開発機構や研究機関、関連企業などが高速炉の開発を継続している。

海外を見るとアメリカ、EU、中国、ロシアではくまごろうのひとりごと2018.12.17に掲載した第4世代の原子炉と呼ばれる熔融塩原子炉を開発中であり、アメリカではエネルギー省がGAINプロジェクトとして2015年以降約50億円を出資し、Elysium Industriesや Microsoft創業者のBill Gatesが筆頭オーナーであるTerraPowerが熔融塩高速炉の設計を推進している。また中国も2025年までに熔融塩炉の実証炉を建設予定という。熔融塩炉は国内にある軽水炉とは全く異なるタイプの原子炉であり、電源喪失など緊急時における炉の確実な停止、核物質から放出される崩壊熱の除去性能、放射性物質の外部流出防止などの特長により軽水炉で問題となる暴走事故が発生しない。更に軽水炉で生成する長寿命の放射性廃棄物であるマイナーアクチニドやプルトニウムを燃料として使用出来るため放射性廃棄物は人類が管理出来る範囲となり、プルトニウムを副生しないため核兵器への転用が少ない原子炉である。

日本における熔融塩炉の第一人者と言われる古川和男博士(故人)は20年以上前に10万~30万キロワットの不二(FUJI)と呼ばれる小型熔融塩炉の概念設計を提案しているが、彼が設立した(株)トリウムテックソリューション社はメルトダウンを起こした福島第一原子力発電所の放射性核燃料デブリ処理に小型熔融塩炉を提案している。核燃料デブリを塩素などハロゲンで溶解処理し、プルトニウムやマイナーアクチニドの塩化物を分離回収、それらを塩化物熔融塩に溶解して熔融塩炉で燃焼させることにより無害化する。

福島における原発事故は世界で唯一の被爆国である日本にとって原子力利用を警戒する機運を高めたが、感情的或いは情緒的な観点ではなく、海外の動向に加え既に存在する使用済み核燃料処理や高濃度放射性廃棄物処理などのことも十分考慮した上で原発の将来を議論すべきであろう。逆風にめげず日本原子力学会や原子力関連諸機関が科学的な議論を推進することを期待している。
#科学

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くまごろうのサイエンス教室『人工光合成その2』

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冬の寒い朝に一所懸命光合成をお... 冬の寒い朝に一所懸命光合成をおこなっているクロッカス
2013年11月にくまごろうは人工光合成についてブログに掲載したが、その後この技術はどのくらい進歩したのだろうか。光合成は植物が光エネルギーを化学エネルギーに変換する光化学反応(明反応)と、化学エネルギーにより水素と二酸化炭素から糖を合成する一連の反応であるカルビン回路(暗反応)からなるが、前者は水を光のエネルギーで水素と酸素に分解する工程である。

明反応に関して新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2020年5月に、同機構と人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)が信州大学、山口大学、東京大学、産業技術総合研究所と共同で紫外線領域において世界で初めて100%に近い量子収率で水を水素と酸素に分解する粉末状の半導体光触媒を開発した、と発表した。量子収率とは照射した光エネルギーの明反応での利用効率である。明反応においては分解された水素と酸素が反応して水に戻る逆反応が起こりやすいため、これまで多くの場合量子収率が10%以下で、50%を超える例はわずかである。この研究では数種類の粒子状高活性光触媒が比較検討され、チタン酸ストロンチウム系光触媒がもっとも高い量子収率を示した。今回発表された研究ではチタン酸ストロンチウム系光触媒の粒子形状を制御し、異なる場所に助触媒を析出・担持させることにより分解した水素と酸素が触媒の異なる表面で発生し、これらが水に戻る逆反応をほぼ抑えこめるようにしたことが大きな成果である。

明反応の実用化のためには、量子収率の向上とともに光触媒の水分解反応に対する光の波長範囲が重要である。前述の研究では波長が350~360ナノ(10-9)メートルの紫外線領域では高い量子収率を達成出来たが、この領域は太陽エネルギーのごく一部にすぎず、今回発表された光触媒の太陽エネルギー変換効率はせいぜい1%程度である。なお植物による明反応では平均的に0.2%程度でそれに較べれば現状でも高い効率と言える。もしも500ナノメートルまでの光をすべて明反応に利用出来た場合には太陽エネルギー変換効率は8%、600ナノメートルまでの場合では16%程度となる。因みに可視光線の波長は約400~800ナノメートルである。前述の研究グループは今後、より波長の高い光を利用出来る光触媒で粒子形状制御技術を応用して太陽エネルギーの変換効率10%を目指す計画で、このレベルの技術が完成すれば明反応による水素が二酸化炭素の発生を伴う化石燃料由来の水素に経済的に太刀打ち出来ると言われている。

これまでにも水素を発生するp型触媒と酸素を発生するn型触媒を異なる薄膜に成形し積層したタンデム構造の光触媒では、2016年に変換効率3%、2019年には7%を達成しているが、積層構造は複雑なため商業化に必要な大面積シートはコストに難があったが、今回の研究で使用された粒子状光触媒は1個の粒子にp型とn型が存在するため大型化が容易という利点があり、NEDOは2022年までに粒子状光触媒での変換効率10%を目指している。

太陽光による水素製造には人工光合成とは別に太陽光発電パネルと水電解設備の組合せという方法もある。現在広く使用されているシリコン製発電パネルの太陽エネルギー変換効率は14~20%が一般的であり、またシリコン系太陽電池では理論上29%が変換効率の限界と言われている。またより複雑で高価な化合物3接合太陽電池パネルでは3層のバンドギャップが異なる半導体を多層化することでより長波長の光も利用してエネルギー変換効率を36.8%まで高めることに成功し人工衛星のエネルギー源として使用されている。しかし太陽光発電設備と水電解設備の組合せによる水素製造では設備投資額が大きくなるため、太陽エネルギー変換効率が低くても人工光合成の方が低価格で水素製造を実現出来ると考えられている。

2013年のブログではトヨタグループの人工光合成研究でエネルギー変換効率が0.14%、パナソニックでは0.2%を達成したことを紹介したが、今回のNEDOの結果を見ると人工光合成研究は着実に進歩している。NEDOを中心とした人工光合成開発の更なる進展を期待する。
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くまごろうのサイエンス教室『ベテルギウスの超新星爆発その3』

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オリオン座、左上の赤い星がベテ... オリオン座、左上の赤い星がベテルギウス(NASAより借用)
くまごろうは2020年1月31日付ブログでベテルギウスの超新星爆発の可能性について書いたが、2月28日付ナショナルジオグラフィック電子版によれば、今回も超新星爆発には至らなかったようだ。

昨年10月からオリオン座のオリオンの右肩にある一等星ベテルギウスが急速に暗くなっており、年末には元の明るさの40%程度まで暗くなって多くの天文ファンが超新星爆発を期待したが、2月下旬から再び明るくなり始め、暗くなったのは単にベテルギウスの変光星としての変化に過ぎなかったことがほぼ確実になった。

ベテルギウスの変光周期は425日と6年の二つあり、今回はその両者が重なって最も暗くなったようだ。ベテルギウスは100万年以内に超新星爆発すると予想されており、今起こってもおかしくないが、10万年後かもしれない。2012年に続いて今回も超新星爆発は空振りだったが、くまごろうは生きているうちにこの天体イベントを見たいと念願している。
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ベテルギウスの超新星爆発その2

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オリオン座、左上の赤い星がベテ... オリオン座、左上の赤い星がベテルギウス(NASAより借用)
科学ニュースをあまり取上げないNHKが珍しく昨日朝7時からの『おはようにっぽん』でオリオン座の一等星であるベテルギウスの超新星爆発のことを報道していた。

くまごろうは2012年2月29日付ブログでベテルギウスの超新星爆発について書いたが、当時ベテルギウスは間もなく超新星爆発を起こすのではないか、と期待されたもののあれから8年、何ごとも起こらずに過ぎた。

前述のブログの繰り返しになるが、ベテルギウスは冬の星座であるオリオン座のオリオンの右肩にある一等星で、晴れた夜なら三ツ星のやや左上にあるから簡単に見つけることが出来る。ベテルギウスは恒星としては地球に非常に近く640光年の距離にあって、太陽の約20倍の質量を持ち、大きさは半径が太陽の1000倍もあるが、誕生してから既に1000万年経過し、現在は膨張して表面温度が下がり赤色巨星の状態になっている。そのためいずれ超新星爆発を起こし、ブラックホールとなるか、中性子星になるという。

今ベテルギウスが話題となっているのはその明るさが非常に暗くなっているためだ。もともとベテルギウスは変光星で明るさが変化する恒星だが、アメリカの研究者によれば昨年10月頃から急速に暗くなってきており、このような変化は異例で何かが起こるのではないか、と思われているためだ。

最近の宇宙物理学の研究によれば、もしもベテルギウスが超新星爆発を起こすと表面温度の急上昇に伴い色が赤色から青色に変化する。そして星が急速に輝き出し、数時間後には月と同等の明るさとなるが、見える星の面積が小さいのでぎらぎらと輝き2~3ヶ月は日中でも眩しく見える。輝きは7日後がピークでその後膨張による温度低下のために色が変化し輝きが減少してゆく。400日もすると昼間には見えなくなり、4年後には夜でも見えなくなる。

天の川銀河内での超新星爆発1054年と1604年にもあったが、前者は地球から7200光年、後者は13000光年の距離にあり、ベテルギウスはこれらに較べ640光年とはるかに近い。1604年の超新星爆発でも木星位の輝きが約1年続いたという記録があるが、ベテルギウスの超新星爆発が起これば昼間でも輝いて見えるだろう。

ベテルギウスの変光周期は425日と6年の二つあり、今はその両者が重なって最も暗くなっている可能性もある。その場合は1~2週間後に再び明るくなり、超新星爆発は当分お預けになるだろう。ベテルギウスは100万年以内に超新星爆発すると予想されており、今起こってもおかしくないが、10万年後かもしれない。でもくまごろうは是非この天体イベントを見たいと念願している。
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くまごろうのサイエンス教室『フォッサマグナ(大地溝帯)』

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 現在の日本地形図(Wikip...  現在の日本地形図(Wikipedia Commonsより借用)
本州の中央部、糸魚川市と静岡市を結ぶライン(糸魚川ー静岡構造線)を西側のヘリ、柏崎市と千葉市を結ぶライン(柏崎ー千葉構造線)を東側のヘリとする地域はフォッサマグナと呼ばれる。この地域では海抜ゼロメートルから地下6000メートル以上にわたって比較的新しい地質の層があり、、更にその上に新潟焼山、妙高山、浅間山、八ヶ岳、富士山、箱根山、天城山など1500~3700メートルの火山が連なっている。伊豆半島、首都圏、房総半島などもフォッサマグナの上にある。フォッサマグナを初めて発見したのはドイツ人地質学者で東京帝国大学教授だったハインリッヒ・ナウマン教授で1875年のことであったが、それ以後このような地質学上世界でも珍しい地形がどのように出来たのかをめぐって、明治時代から色々と議論されてきた。

ナウマン教授は本州が南下し、伊豆・小笠原島弧と衝突した際に衝撃で本州中央部に巨大な裂け目が出来たためではないか、との説を唱えた。これに対し東京帝国大学教授の原田豊吉は本州が元々2つの島弧に分かれていたのが両者が接近して衝突してひとつの島弧になったのではないか、と主張した。

最近注目されている説は藤岡換太郎博士が提唱するスーパーホットプルーム説だ。約2000万年前にスーパーホットプルームと呼ばれるマグマが地殻を上昇してユーラシアプレートの東端で噴火し、ユーラシア大陸から日本列島の元となる島弧が切り離され、この割れ目が成長することで日本海が形成されていった。このように出来た海を地質学では背弧海盆(はいこかいぼん)と呼び、日本列島は背弧海盆によってユーラシア大陸と隔てられている、と言える。1700~1500万年前に先の噴火で出来た割れ目が押し広げられ、その結果本州を形成する島弧は東西に分断され、日本海は中央の亀裂により太平洋と接続することになる。西側に分断された島弧は糸魚川ー静岡構造線を東端とし、また東側に分断された島弧は柏崎ー千葉構造線を西端とする。

本州に残されている1500万年より古い地磁気(古地磁気)を測定すると、糸魚川ー静岡構造線より西側では陸地が時計方向に、また柏崎ー千葉構造線より東側では反時計方向に移動していることが明らかになっているが、これは地殻変動により東西の二つの島弧が観音開きのように移動したためと考えられる。このように移動した二つの島弧の間に新しい地層が堆積してフォッサマグナが形成されたのだ。

フォッサマグナの地質は諏訪湖周辺より北と南では全く異なっていることが明らかになっている。すなわち北部フォッサマグナは海底火山の噴火による火山岩と山から流れ出た土砂による堆積岩がフィリピン海プレートの北上に伴う圧力によって海が隆起したものであり、また南部フォッサマグナはフィリピン海プレートの移動により伊豆・小笠原弧の島々が乗り上げたことにより御坂山地、富士山、箱根山地、丹沢山地などが形成された時の堆積物であり、サンゴなどの化石が含まれた火山岩が堆積していると考えられている。またフォッサマグナの上には多くの火山があり、これらが噴火して新潟から関東・静岡にかけて多くの山が形成された。

日本は西日本はユーラシアプレート、東日本は北アメリカプレート、そして伊豆半島はフィリピン海プレートに乗っており、それらの三つが伊豆半島の付根付近で重なり合っており、世界でも特異な場所にあって地震や火山活動が多発する国土である。日本人はそれらに伴う災害と隣り合って生きているが、同時に温泉や豊かな自然といった恵みも享受している。われわれの自然を恐れ、敬う心は古代日本人譲りであり、現代人であるわれわれは最新科学を駆使して防災に尽力しなければならない。
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2019年のノーベル化学賞はリチウムイオン電池

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国際宇宙ステーションで使用され... 国際宇宙ステーションで使用されるリチウムイオンバッテリー (JAXAより借用)
先週、2019年のノーベル化学賞はリチウムイオン電池を発明したスタンリー・ウッティンガム特別教授、ジョン・グッドイナフ教授、吉野彰博士に授与されると発表されたが、くまごろうはかねてよりLED照明とリチウムイオン電池はノーベル賞に値する現代の大発明と思っていたので、喜ばしい限りである。

スタンリー・ウッティンガム特別教授は1976年に正極にニ硫化チタン、負極に金属リチウムを使うリチウムイオン電池を開発してリチウムイオン電池の基本概念を提案したが、金属リチウム電極は安全性などに問題があり実用化には至らなかった。

グッドイナフ教授は1980年にリチウムイオン電池の正極を発明したことで受賞したが、当時オックスフォード大学に留学していた水島公一博士が1978年にグッドイナフ教授の元でコバルト酸リチウムがリチウムイオン電池の正極に適していることを発見したのがきっかけで正極の発明につながった。

吉野彰博士は1985年に負極として炭素材料である黒鉛を使用すると、黒鉛がリチウムを吸蔵するため金属リチウムが電池内に存在せず安全であること、およびリチウムの吸蔵量が多く高容量が得られることなどを明らかにしてリチウムイオン電池実用化の基礎概念を確立した。

これらの技術を組合せ、1991年に世界で初めてソニーが、次いで旭化成がリチウムイオン電池を商品化した。現代社会ではリチウムイオン電池がスマートフォン、コンピューター、自動車、発電、航空機、宇宙ステーションなど広範囲に使用されているが、従来のリチウムイオン電池の3倍以上の出力特性を持ち、低温および高温での優れた充電性、高い充放電サイクル耐久性などの特徴を持った安全性の高い全固体電池の開発が進められており、新エネルギー・産業技術総合開発機構は2020年代前半には車載用全固体電池の実用化を目指している。

またリチウムやコバルトなどの資源は無尽蔵ではなく、現在のリチウムイオン電池では電気自動車1000万台分の電池を作ると資源が枯渇するとも言われている。資源の豊富さと価格の点で代替電池としてナトリウムイオン電池の将来性が注目されている。ナトリウムはリチウムと同じアルカリ金属であり、イオン化傾向はリチウムに次いで高い。しかし電池の電圧はやや低く、現状では電気容量もリチウムイオン電池に劣るため、更なる電極や電解質に関する研究により、安全で高性能な大容量ナトリウムイオン電池が実用化されることが望まれる。

リチウムイオン電池の詳細は2016年6月22日のくまごろうのサイエンス教室を参照されたい。
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1キログラムの定義

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これまで国際的な質量の単位であるキログラムは密度が最大となる4℃の水1リットルを1kgと定義し、1889年よりパリの国際度量衡局にあるプラチナとイリジウムの合金で作られた国際キログラム原器を標準としていた。従来はこのキログラム原器の精度で十分だったが、科学技術の進歩によりキログラム原器の汚染などによる1億分の5程度の重量変化が問題となり、1999年に開催された国際度量衡総会において、分銅のような人工物に頼らず1億分の1の精度で質量を再現出来るようなキログラムを新たに定義するために、参加各国の計量標準研究機関が研究に取組むこととなった。

キログラムを定義するひとつの方法として、アインシュタインの特殊相対性理論と光量子仮説から光子のエネルギーと質量を関係づけるプランク定数に基づくものがある。プランク定数とは量子力学における光子の持つエネルギーと振動数の関係をあらわす比例定数であり、光子の持つエネルギーEは、プランク定数hにより光子の振動数νとは下記の式で表せる。
E = hν
またアインシュタインの特殊相対性理論により、物質の静止エネルギーEは物質の質量mと真空中の光速度cにより
E = mc2
であり、二つの式から
hν= mc2
という関係式が導かれ、『1キログラムは振動数が光速の二乗をプランク定数で割った値の光子のエネルギーに等価な質量である。』と定義出来る。

プランク定数はキッブルバランス法と呼ばれる、資料の重さを電流と電圧により非常に精密に測定する電気力学的重量測定装置により求められる。この装置は電流の流れるコイルの間に働く力を測定する代りに、コイルの間に置かれた資料の重量をコイルに流れた電流を精密に測定することにより求めるものである。アメリカの国立標準技術研究所(NIST)をはじめ、フランス、カナダでは、2017年までにキッブルバランス法により1億分の3.5という極めて高い精度でプランク定数を測定している。

もうひとつのキログラムを定義する方法としてアボガドロ定数によるものがある。アボガドロ定数はこれまで12グラムの原子量12の炭素原子に含まれる原子数と定義されてきたが、量子力学ではプランク定数とアボガドロ定数の間には
hNA = cArMUα2/2R∞
なる関係があり、この式の右辺は100億分の1という精度で求められている物理定数であるため、プランク定数とアボガドロ定数のどちらかが1億分の1の精度で求められれば、他方も同一レベルの精度で特定することが出来る。

アボガドロ定数NAはモル質量M、単結晶の密度ρ、原子1個の体積υにより下記の式で表せる。
NA = M/(ρ・υ)
それゆえ単結晶原子のモル質量、密度、格子定数(原子間距離)をX線結晶密度法により精密に測定すればアボガドロ定数が求められる。しかしモル質量を決めるためにはその物質の同位体存在比率を正確に知る必要がある。炭素原子を例にとると、中性子が6個である原子量12の炭素原子の他に、中性子が7個の原子量13、8個の原子量14の2つの同位体が自然界に存在し、従来の方法ではモル質量は1千万分の1の精度が限界であった。

原子の中でもシリコンは結晶の完全性が高く、単位結晶の中に8個のシリコン原子が含まれるので、同位体をほとんど含まない単結晶が得られれば、その単結晶の体積から原子数がわかり、またその質量を計ればアボガドロ定数が精度高く規定される。2004年にアボガドロ国際プロジェクトが発足し、ロシアの核燃料施設で質量数28のシリコンだけを分離して99.99%まで精製し、ドイツでシリコン単結晶がつくられた。この高純度シリコン単結晶を球体に加工してアボガドロ定数の精密測定が行われた。

日本の産業技術総合研究所は超高精度なレーザー干渉計を用いて、直径約94ミリメートルのシリコン単結晶球体の直径を2000の方位から原子間距離に相当する0.6ナノメートルの精度で測定した。この際、シリコンは温度により膨張するため、真空容器内で温度を0.001℃の精度で制御した。またシリコン球体の質量は真空天秤を用いて日本国キログラム原器と比較して測定した。シリコン球体表面には厚さ数ナノメートルの酸化膜などからなる表面層が形成されるが、X線光電子分光法などの技術により表面層の厚さを0.1ナノメートルの精度で測定し、アボガドロ定数の精度向上に努めた。その結果、2017年までにアボガドロ定数を1億分の2.4という世界最高レベルの精度で測定することが出来た。

2017年に世界の国家計量標準機関が測定した8つのデータが国際科学会議によって設立された科学技術データ委員会に提出されたが、これらが1億分の1のレベルで一致し、その結果2018年に新たなキログラムならびにアボガドロ定数は下記のように決定された。
『キログラムはプランク定数を6.62607015X10のマイナス34乗ジュール・秒と定めることによって定義される。』
『アボガドロ定数は6.02214076x10の23乗と定義する。』
これらの新定義は2019年5月20日より使用されるようになったが、日本で計測されたデータがキログラムの定義改定に貢献したことは日本の技術水準の高さを示しており、誇らしいことである。

それにしても科学技術の進歩とはいえ、これからの中高生は昔のような『1キログラムは4℃における水1リットルの重さ』というような簡単な答えではマルがもらえなくなる。同様に『1メートルは地球の北極から赤道までの子午線の長さの1千万分の1の長さ』ではなく、『1メートルは真空中を光が1秒間に進む距離の299,792,458分の1』であり、『1秒は地球が自転する時間の24分の1を1時間とし、その3600分の1の時間』ではなく、『セシウム原子の共鳴周波数が9,192,631,770ヘルツなので、1秒はセシウム原子の共鳴周期の9,192,631,770倍』である。
#科学

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くまごろうのサイエンス教室『核変換技術とトリウム熔融塩原子炉』

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小泉元総理大臣は数年前にフィンランドにある高濃度核廃棄物最終処分場であるオンカロを見学し、保存される廃棄物が無害化するのに10万年かかると聞き、反原発に転向したと聞いている。ちなみにオンカロに貯蔵される核廃棄物は原子力発電所からの使用済み燃料を核燃料サイクルによる再処理をおこなわず、そのまま処分するという極めて原始的なやりかたである。小泉元総理は理系ではないためこのような話を聞けば原発再稼動はダメ、と短絡的に思考するのであろうが、科学者や技術者は長い半減期を有する放射性物質を如何にして短い半減期の物質に変換するかを考える。

従来の日本の原子力政策では使用済み核燃料を青森県六ヶ所村にある日本原燃の再処理工場で処理することによりウランとプルトニウムは分離して原子力発電所で再利用し、核分裂により生成した核分裂生成物(FP、Fission Product;セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素129、テクネシウム99など)とマイナーアクチニド(MA、Minor Actinide;ネプツニウム、アメリシウム、キュリウムなど)は高レベル放射性廃棄物としてガラス固化体として地下300メートルに保管する地層処分が計画されていた。

地層処分が計画された核分裂生成物とマイナーアクチニドの中には、ネプツニウムが214万年など非常に長い半減期を持つ物質がある。核種分離・消滅処理と呼ばれている使用済み核燃料廃棄物処理に関する研究は、核分裂生成物とマイナーアクチニドなどの放射性廃棄物に含まれる放射性核種をその半減期や利用目的に応じて分離し、更に長寿命核種を短寿命核種に変換するための技術の確立を目指している。例えば前述のネプツニウムの原子核に中性子をぶつけると、半減期が数年以内の原子核や放射線を出さない非放射性原子核に変換することが出来る。

2014年12月8日付のくまごろうのサイエンス教室では使用済み核燃料の処分法の一つとして、高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構の共同事業であるJ-PARCにおける加速器駆動未臨界炉を紹介したが、加速器駆動核変換システム(ADS、Accelerator Driven System)では、加速器からの高エネルギー陽子を鉛・ビスマス合金のターゲットに当てることにより核が破壊されて20-30個の高エネルギー中性子を発生させ、この中性子を再処理工場からの高濃度マイナーアクチニドを含む燃料に照射することにより長寿命の核種は人類が管理可能な半減期の短い核または安定な核へ変換される。加速器駆動未臨界炉(ADSR、 Accelerator Driven Subcritical Reactor)はADSの余剰なエネルギーを電力として取り出すことを目的とした原子炉である。1基のADSRは同じ規模の10基の軽水炉から生成するマイナーアクチニドを処理することが可能と言われている。ベルギーでもADSR実験炉プロジェクトMYRRHAが進行中で、2017年に建設が開始され2026年に実験開始を予定している。MYRRHAの研究者は2018年3月にもJ-PARCでの情報交換会議に参加しているが、MYRRHAは2033年の実用炉運転を目指している。

第4世代の原子炉と呼ばれるトリウム熔融塩原子炉は、アルカリ金属のリチウムやアルカリ土類金属のベリリウムのフッ化物(LiF-BeF2)など500℃以上では液状となる熔融塩を冷却材、これにトリウムを溶解させて液体燃料とし、更に核分裂物質として少量のウランまたはプルトニウムのフッ化物を加えてポンプにより熔融塩を原子炉と熱交換器の間を循環させることにより原子炉で発生した熱を発電などに移用する原子炉である。軽水炉では核燃料を金属被覆管に充填した固体燃料を使用するが、熔融塩炉では液体燃料を使用するため、核燃料の取扱が格段に容易になる。熔融塩炉は1960年代にアメリカのオークリッジ国立研究所(ORNL、 Oak Ridge National Laboratory)で研究開発が行われ、実験炉は4年間の安定した運転実績を示したが、原子力潜水艦のために開発された軽水炉の商業化が先行したこと、核兵器の材料であるプルトニウムを生成しないこと、などにより当時の社会情勢では原子炉として不適切とされ開発が中断された。

日米英仏韓加など10カ国により結成された第4世代国際フォーラム(GIF、 Generation IV International Forum)は2002年に次世代原子炉のひとつとして熔融塩炉を選定し、2030年の実用化を目指し各国で政府、民間の両者で研究が進められてきたが、2011年の福島第一原子力発電所で発生した軽水炉の暴走事故以後安全性が最優先される環境のもとで、緊急時における炉の確実な停止、核物質から放出される崩壊熱の除去性能、放射性物質の外部流出防止などの特長により、海外では熔融塩炉が再評価されている。安全性に加え熔融塩炉は、①燃料であるトリウムの埋蔵量が多い、②軽水炉では使用済み核燃料の再処理のための固体燃料溶解処理が必要だが、液体燃料のため溶解処理が不要であり大幅に単純化出来る、③燃料の循環使用により長寿命の放射性廃棄物であるマイナーアクチニドの消滅が可能になり放射性廃棄物を大幅に削減出来る、④プルトニウムを燃料として使用出来、消滅が可能、⑤プルトニウムを副生しないため核兵器への転用が少ない、などの利点がある。中国科学院は2011年より熔融塩炉の開発を進め、2020年には実験炉を稼動させる計画である。またアメリカではエネルギー省が2016年にオークリッジ国立研究所を含む産学官の開発プロジェクトに資金援助を行っている。

2011年にオークリッジ国立研究所は従来の熔融塩炉のリチウムやベリリウムのフッ化物に替えてナトリウムやマグネシウムの塩化物を熔融塩として使用することにより、中性子のエネルギーレベルが上昇してもんじゅのような高速増殖炉並みの中性子の高速化が実現される高速熔融塩炉の概念を発表した。高速熔融塩炉は核分裂反応を起こすウラン235の含有量が少ない劣化ウラン、軽水炉からの使用済み核燃料、更には核分裂生成物やマイナーアクチニドを燃料として使用出来、軽水炉の使用済み核燃料の処理法としても期待される。

2016年10月に国際原子力機関(IAEA)によりトリウムを用いた熔融塩炉に関する国際会議が開催され、熔融塩炉は高温で高効率であること、低圧で安全性が高いこと、高レベル放射性廃棄物の削減が見込まれること、液体燃料なので燃焼度制限がないこと、核燃料サイクルの融通性が高いこと、などの利点が確認されている。

日本における熔融塩炉の第一人者と言われる古川和男博士(故人)は20年前に10万~30万キロワットの不二(FUJI)と呼ばれる小型熔融塩炉の概念設計を提案しているが、彼が設立した(株)トリウムテックソリューション社はメルトダウンを起こした福島第一原子力発電所のデブリ処理に熔融塩炉を提案している。デブリを塩素などハロゲンで溶解処理し、プルトニウムやマイナーアクチニドの塩化物を分離回収、それらを塩化物熔融塩に溶解して熔融塩炉で燃焼させ無害化する。

2018年7月に経済産業省より発表された第五次エネルギー基本計画では次世代の原子炉として熔融塩炉が記載された。基本計画ではプルトニウムの削減に取組むとしているが、もんじゅのような高速増殖炉を断念した日本では軽水炉によるプルサーマルではプルトニウムの削減は不十分であり、プルトニウムを燃料に利用出来る熔融塩炉がその役割を担うことになるのだろう。現在の日本では原子力発電所の新設は議論することすらはばかられるが、世界に目を向けると電力需要が旺盛な途上国では二酸化炭素を排出しない原子力発電に対する期待は大きく、安全性に優れ、システムの単純さにより小型設備でも経済的に成り立ち、核兵器に転用される恐れのあるプルトニウムを副生せず、核分裂生成物やマイナーアクチニドを循環することにより消滅処理が可能なため放射性廃棄物処理が容易であり、かつウラニウムよりも資源が入手しやすいトリウムを燃料とする熔融塩炉は21世紀中頃までに多く建設されると思われる。
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望遠鏡

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望遠鏡 望遠鏡
くまごろうは日本に住んでいた時にKamakura Fast Focus Zoomという10~30倍ズームの双眼鏡を入手してセーリングの時などに景色を眺めていたが、これで天体を観測すると10倍なら月のような大きな対象は捕捉出来るが、ズームアップしたり星などを観測すると手ぶれのため全く役に立たない。そのためかねてからしっかりした三脚に取付けられた方位や角度を微調整出来る赤道儀架台(Equatorial Mount)がないと天体観測は無理と思っていた。

今月中頃アマゾンよりAmazon Primeメンバーのためのスペシャルセールがあるとのメールを受信した。特に今すぐアマゾンから購入したいものがあるわけではなかったが、かねてより望遠鏡が欲しいとは思っていたのでダメもとでアマゾンを検索したら、赤道儀架台や三脚を含む初心者向けのCelestron Power Seeker 127EQが$93.59とのこと、一万円程度で赤道儀架台付望遠鏡が入手出来るとは極めてお買い得と感じ、衝動買いした。

127EQは口径127ミリの反射望遠鏡で焦点距離1000ミリ、標準接眼レンズの焦点距離20ミリなので倍率は50倍となる。また3倍倍率のバローレンズ付なので150倍での観測が出来る。付属品の焦点距離4ミリ接眼レンズを使用すればバローレンズなしで250倍とすることも出来るが、4ミリ接眼レンズは視野が狭くなるので望遠鏡の操作に慣れてからでないと使えないだろう。

先週末に届けられたパッケージは結構重かったが、最も重いのはカウンターウェイトで望遠鏡本体や三脚は軽量である。説明書に従うと約2時間で一応組み立てることが出来たが、赤道儀などの調整は結構面倒だ。わがやの北側には背の高い木が多いので北極星が観測出来ず、赤道儀の設定は当分お預けで、もっぱら月や木星、土星、火星などの惑星観測に使用するつもりだ。

メインの望遠鏡で対象を見つけるためには鏡筒に取付けられた倍率の低いファインダーを使用するが、メインの望遠鏡とファインダーを完全に平行にするための調整が一苦労である。ファインダー固定用の3つのスクリューによる微調整が必要で、くまごろうは1時間近く費やした。

満月の数日前の月を観測すると、小さなクレーターまではっきりと観察することが出来た。地球の自転によって視界から月がずれてゆくが、方位を微調整することにより容易に対象を視界の中心に戻すことが出来る。この秋は少し天体観測に時間を費やしてみよう。
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くまごろうのサイエンス教室『富士山』

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山中湖に映る富士山 山中湖に映る富士山
標高3776メートルの富士山は日本最高峰であることに加え独立峰として美しい稜線を持ち、霊験あらたかな山として古来より日本人の信仰の対象であるとともに、海外でも日本の象徴として知られている。富士山はここ10万年の間に成長した若い火山であり、また西日本を乗せたユーラシアプレート、東日本を乗せた北アメリカプレート、それに伊豆半島を乗せたフィリピン海プレートが重なり合った世界的に見ても珍しいところに屹立している。

地質学者によれば約2500万年前にフィリピン海プレートが東に移動するのに引きずられてユーラシア大陸の一部が分離して西日本と東日本が形成されたが、約100万年前、北上するフィリピン海プレートに乗った海底火山群が本州に衝突して現在富士山の北北西にある御坂山地、東北東にある丹沢山地、東にある箱根、南にある伊豆半島などが形成された。フィリピン海プレートは北上すると、三つのプレートがぶつかる地点付近では一部は北アメリカプレートの下に、また他の一部はユーラシアプレートの下に沈み込むため、フィリピン海プレートは股裂き状態となってプレートの下にあるマグマがプレートの裂け目から上昇し易い構造になっており、その結果として火山活動が活発になっている。約70万年前に今の富士山の位置付近にあった小御岳火山、東南にある愛鷹山、それに箱根山などが活発な噴火活動を行った。約10万年前、小御岳火山の中腹で古富士火山が噴火し始め、大量の岩滓、火山灰、溶岩などを噴出して標高3000メートルの山体を形づくり、小御岳火山は山頂部をわずかに残して古富士火山に覆われた。小御岳山の山頂部は現在でも富士山5合目付近北側に見ることが出来る。その頃愛鷹山は既に噴火活動を停止していたが、箱根山は大規模な火山活動の結果6万年前頃カルデラが形成され、なおも活発な火山活動を継続していたと考えられている。

古富士火山は断続的に噴火活動を続けていたが約1万年前から噴火が再び活発になり、大量の溶岩などを噴出してそれまでの古富士火山を完全に覆いつくしたので、この時期以降は新富士火山と呼ばれる。新富士火山は約3200年前から2200年前にかけて山頂からの噴火を繰り返したが、約2900年前には大規模な山体崩壊が発生し泥流は御殿場から足柄平野、三島を経て駿河湾に達したと考えられている。山体崩壊に伴う泥流や土石流、それに粘度の低い玄武岩の溶岩流が山体を覆ったので、現在の美しい裾野が形成された。新富士火山の山頂噴火は2200年前が最後で、現在でも富士山の山頂付近は当時の堆積物で構成されている。それ以後は山頂の東南方向と西北方向を結ぶ直線上での山腹での側噴火と呼ばれる噴火が繰り返されたが、これはフィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込むことにより生じる亀裂がこのライン上に形成されているため、マグマの通り道がこのラインに沿って存在するためである。このような側噴火は40回を越え、奈良時代以降だけでも16回の噴火が記録されているが、これらの側噴火は富士山とその周辺に多大な影響を及ぼしてきた。

奈良時代以後の噴火で特筆すべきは平安時代864年から866年にかけての貞観噴火と、江戸時代1707年の宝永噴火である。800年から802年に起こった延暦噴火については『日本紀略』に東麓での噴火の記載があるものの、最近の地質学的調査により実際は北麓でのマグマ噴出量が8000万立方メートル程度の中規模噴火であったと検証されている。それに対し北西山麓の一合目から二合目付近にかけて発生した貞観噴火はマグマ噴出量が13億立方メートル程度の大規模噴火であったことが地質学的にも検証されていて、約2年に渡って大量の溶岩を噴出して山麓の森林を焼き尽くし、現在の青木ヶ原樹海や、更に裾野に流れた溶岩流が『せのうみ』と呼ばれた湖の大半を埋め尽くしてその一部を精進湖と西湖として残した。なお本栖湖も数千年前はせのうみとつながっていたが、北西部にある大室山の噴火に伴う溶岩流で分かれたと考えられている。因みに本栖湖、精進湖、西湖は溶岩層で互いにつながっているため、三つの湖の水位は同じである。

宝永噴火は1707年12月16日昼前に東南の五合目付近で発生したが、富士山の一番最近の噴火であり、2週間に及ぶ噴火の被害は甚大だった。この噴火に先立つ10月28日、東海地方にマグニチュード8.7の宝永地震が発生し、建物の崩壊や津波で大きな被害が発生した。その49日後、宝永噴火が起こり東側の山麓にある地域は噴石、火山礫、火山灰で家や田畑が埋まり、また酒匂川では火山灰の堆積により水位が上昇したため堤防が決壊して水没する村が続出した。約90キロ離れた江戸では噴火開始後3時間ほどで火山灰が降り始め、初めは白い灰が、後には黒い灰が5~10センチ積ったという。宝永噴火でのマグマ噴出量は貞観噴火の約半分である7億立方メートルと推定されており、この規模は西暦79年の古代ローマの都市ポンペイが完全に埋まったベスビオス火山噴火や、1980年のアメリカワシントン州のマウント・セントへレンズ噴火と同等である。火口から約10キロ東方にあった須走村では火山噴出物が3メートル近く堆積して村は消失したが、富士山麓はもちろん、江戸でも主に火山灰による被害が多く発生した。

当時と比べ人口が多く都市機能が近代化された首都圏では、もしも宝永噴火と同規模の噴火が起こればその被害は比較にならないほど甚大である。降り積もる火山灰の厚みが数ミリメートルでも自動車、鉄道、航空機などの運行に支障をきたす。また火山灰が雨に濡れると電線の絶縁性が低下してショートを起こし送電が困難になる。更に上下水道が閉塞したり、人畜に健康被害をもたらす。防災科学技術研究所は火山噴火の前兆を検知するために地震計、GPS,傾斜計、ひずみ計などを多数設置して富士山の動きを常時観察しているが、地下15キロ付近を震源とする低周波地震が頻繁に観測され、この付近でのマグマの移動を示している。宝永噴火から300年以上経過し、富士山が再び噴火する恐れがあるため、内閣府は関係地方自治体や国の防災関係機関による富士山火山防災協議会を設置して、被害想定、防災対策、ハザードマップ作成などを行って噴火被害を最少にするための活動を行っているが、火山灰のハザードマップによれば宝永噴火と同等の噴火では首都圏でも10センチ程度の降灰が予想されている。

世界遺産に指定されている富士山が、突然われわれに牙を向けることなく、その美しい姿をいつまでも保ち続けてほしいと願うのは日本人共通の願いであろう。
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