向こうに見えるおじさんが助けてくれた店主
本日のランチはバークレイにあるインド料理店に入った。
ウェイトレスのお勧めのまま当店自慢の魚料理を注文。
そこで死さえも予感させる恐ろしいことが起きた。
魚の骨が喉奥に引っかかったまま取れなくなってしまったのだった。
水とともに飲み干そうとしても痛みを感じるだけで食道に下りて行かない。感触からしてかなり大きめのものが引っかかっている様子。
トイレに入って咳き込んでももどすこともできなかった。
仕方なく半分以上残ったままの食事を諦め支払いを済ませて店を出ることにした。
呼吸ができないほどでは無いが喉に水が通過するときには脂汗が出るほどの痛みが伴う、、、この痛みがいつまで続くのか?
不安と涙目のままに実情を話していると
店の主人がちょっと待てと言う。
そして蜂蜜のかかった団子ケーキを持ってきてくれた。
それを水と飲み込んだら骨も一緒に降りて行くという。
半信半疑のまま少しずつケーキと水を飲み込んみる。
骨の引っかかっているノドのところを通過するたびにやはり涙が出るほど痛い。
が、その痛みが少しずつ和らいでいく感じ。
そしてついに痛みを感じないほどになった。
骨が取れたのだった。
ふー、命拾いした〜
サンフランシスコは今日も晴天
日本街を象徴する五重塔
サンフランシスコの日本人街。
先週末15日16日と二日間、桜祭りがあったとのこと。
地元の日系フリーペーパーには今年のクイーンに選ばれた女性がパレードした様子等が盛んに報じられていました。
そんなこともあってか、モールの人なみも賑やかさもいつものようでなく静かな感じがする。
シアトルの飛行場を離陸直後
朝の6時前に自宅を出た時には、
雨がしとしとと降っていた。
このところ春とは言え雨の多いシアトル。
かといって1日中雨でもなく日中数時間は暖かい日も差して来る。
おかげで我が家の庭の芝生が伸び放題となり
芝刈りをしても良い頃合い。
妻からなんとなくそんなことを依頼されたものの
何となくやる気になれない。
その理由は愛犬キッパーのフンがあちこちに散らかっていること。それを片付けてもらわない限り芝刈り機を運転する気になれない。
Happy Easter!
He is risen indeed.
He is the ultimate winner! No matter what the circumstances,
主は死を克服して実によみがえられました。
私たちの状況がどんなものであっても主は究極的な勝利者でいらっしゃいます。
イースターおめでとうございます。
ヴァション島へ行ってきました。
ウェストシアトルからフェリーに乗って約10分ほどのこの島は
大都市シアトルとは異なりこじんまりとしています。
プチ・バケーションの楽しめるいっときでした。
頻繁に空模様が変わると春らしい柔らかな光が差し込み、
白い雲が泳ぐようにして流れていきます。
私の訪問を心待ちにしてくれている友人たちにもお会いできて
毎回ここに来ると元気が充電されます。
日ごろの生活ペースとは異なる時間が流れているのが良い刺激となっているみたい。
帰国後初めて高速5号線を走りました。
雨上がりの夕刻、
短いですがくっきりと虹のたもとが現れていました。
虹は神様がノアと契約を交わされたときのしるし(シンボル)です。
そしてその契約は今でも有効で神の人間に対する愛と守りを表し
私たち人間にとっては希望の象徴となっています。
中国語から来ている「虹」言う語句にはあまりロマンを感じさせませんが
原語のヘブル語には興味深い意味が含まれています。
「ケシェット」と言って戦闘用の弓を意味する言葉です。
神様は戦いの弓を取り上げて天に置かれました。
地上にあっては洪水で滅ぼすことをなさらないと決められたからです。
英語ではこれを踏襲してrainbow(雨の弓)としています。
成田を飛び立った搭乗機は太平洋北側を弧を描くように東へ飛行し、
北米大陸に近づくと、
フアン-デ-フカと呼ばれている米国とカナダ国境の水路に吸い込まれていきます。
米国側セクイムの町から海に飛び出した細長い砂浜は
スピット と呼ばれています。
吐き出した唾きを意味する英単語であり
まさにそのような地形です。
この命名は天才的な嗜虐とも言えるでしょう。
毎年夏に我が家ではここまでバケーションに来るのですが
飛行機では10分ほどでシアトル上空にたどり着いてしまいます。
3週間弱の日本滞在の最終日に
生まれ故郷の横浜東戸塚へ行ってきました。
私が中学生の頃に新設された東戸塚駅から周辺は見渡すかぎり荒野だったのですが
今はモール街で埋め尽くされています。
駅からそのモールを抜けて旧東海道まで歩きました。
この旧東海道こそ、私の小学-中学-高校時代の通学路です。
その通学路を通って実家まで歩くとあちこちに満開の桜が出迎えてくれています。
今でも変わりない果樹園や畑、学校校舎など思い出の詰まった通学路。
そしてたどり着いた実家。
そこには歩くこともままならなくなった年老いた父や母が2人で家を守っていてくれていました。
昨日津幡教会の礼拝後、
皆んなで花見に行きましたが4月中旬にこうして日本中で花見ができるのは珍しい。
今年は寒気が居座ったためか
桜の満開と各地での入学式が重なったようです。
私にとって春の帰国は8年ぶりとなりましたが、
桜を満喫できたのは思わぬプレゼントでした。
写真は京都から金沢へ移る途上、京都御所に寄った時のものです。
ここのしだれ桜が満開でした。
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