兵庫県浜坂
4月
20日
うん、いい朝だ。観光ジョギング出発。
山陰本線浜坂駅。僕の時代は米子から都会(大阪・東京)に出るにはこの山陰本線を使って京都に出た。しかし山陽新幹線が開通の現在は、米子から伯備線で岡山に出て新幹線だ。だからこの浜坂駅も寂れて行った。
加藤文太郎の墓はこっち。しかし墓までこの案内表示はこれだけ。漁師街の道路は複雑なものだが、これ一か所ではとても目的地にたどり着けない。いっそうの事、看板無い方がいい。覚悟をして探すから。
朝の犬散歩のご婦人に案内して頂いて、墓地に到着出来た。しかしそのご婦人も加藤文太郎墓標場所はご存じない。
広大な墓地の中から探さねばならぬ。先ずは加藤の墓標を片っ端から文太郎の文字を探す・・有った!!石灯篭の下部に加藤文太郎の文字が有った!
・・・加藤文太郎氏と妻花子さんの墓碑。側面に・・
墓碑の横面「冬山登山中槍ヶ岳北鎌尾根ニテ遭難ス」昭和11年1月6日 加藤文太郎。やっと文太郎さんのお墓に会えた。奇跡に近い「発見」だ。この広大な墓標から見つけられた事。
加藤文太郎。山登りを始めた頃その登山思想に触れた。新田次郎著「孤高の人」のモデル人だ。そして北鎌尾根、憧れた。大学3年生の夏、槍ヶ岳に登るのに初めて北鎌尾根をルートに選んで登った。
このマンホールは旧町名の「浜坂町」だね。現在の町名は新温泉町・・僕には馴染まないナァ。特産は松葉ガニ。
2026年4月20日(月)
































