津軽、下北半島、函館の旅 1978年12月27日〜1979年1月1日

奥羽本線経由の寝台特急「あけぼの」

以下 カラースライド FUFI CHROME 100
右奥に見える青函連絡船に向かって重い荷物を下げて歩く

以下モノクローム FUJIネオパン400 パンドールISO1600相当現像
連絡船乗り場に向かう
駅売店
連絡船待合室、婦人専用の待合室もあった。乗船名簿も提出しないといけない。
洞爺丸出港
連絡船が出た後の青森の街並み
漁港の位置は定かで無かったので、調べてみた所、どうやら此処は現在埋め立てられて青森港の青い海公園になっている様だ。安方2丁目付近
青森製氷の建物。手前に国鉄の引き込み線のレールが映っているが、現在はこの場所に高架橋道路が出来たらしい。現在、港は奥に見える堤防迄埋め立てられて公園となっている。
荒波に揉まれた船体の傷みにフォーカス
トヨタ セリカが通る。場所不明。
前年、石川さゆりが唄う「津軽海峡冬景色」が大ヒット曲となっていた。私も冬の津軽海峡を見てみたいと思っていたのかもしれない。それと、下北半島にある尻矢崎に厳冬下放牧されている日本原種の「寒立馬(かんだちめ)」も撮りに行きたいと思っていたので、年の暮れに上野から歌の通り夜行列車に乗り込んだ。青森行きの夜行列車は幾つかあったが、撮影フィルムから奥羽本線経由の「寝台特急・あけぼの」で青森駅に着いた様だ。曇り空であったが雪は無かった。長い通路を通って連絡船乗り場に向かうのだが、歌にある情景そっくりの光景と巨大な青函連絡船に驚いた。宇高連絡船の様な内海を航行するのでは無く、津軽海峡を渡るのだからもっともな事ではあるのだが…
その当時の石川さゆりの「津軽海峡冬景色」: https://youtu.be/BhSQI0AiSy4

青函連絡船 洞爺丸の出港を見送って、漁港へ向かった。漁船には漁り火が付いている。夏から秋にかけてイカ釣り漁に使うのであろう、瀬戸内の漁船と比べて荒々しい船体にカメラを向けた。

現在、撮影から40数年経ったが、撮影したモノクロームフィルムとリバーサルカラーフィルムはあまり色褪せる事なく残っている。最近は画像処理ソフトなども良くなって来たし、このコロナ禍の中で自由に撮影出来なくなっているので、過去の写真の整理をしつつ当時の足取りを探ってみたいと久しぶりにブログルを書いている次第です。続く

青函連絡船 摩周丸をバックに 石川さゆり 「津軽海峡冬景色」: https://youtu.be/UUDXgxFmJOU
#津軽海峡冬景色 #青函連絡船 #青森 #下北半島 #寒立馬

ワオ!と言っているユーザー

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お久しぶりです
お変わりなくご活躍のご様子ですね

青函連絡船、懐かしいです
高校の修学旅行で乗りました
大阪駅から貸し切り特別編成列車で青森駅まで行きました
6両編成で、1クラス1両、5クラスだったので残り1両は先生方など
以前は飛行機で千歳だったのが、墜落事故があったのでJRに
それもまたよかったんじゃないかな?
のんびりした修学旅行でした
懐かしいです
投稿日 2021-01-14 06:49

ワオ!と言っているユーザー