《 緑・海・気・浴(34)“2020初秋の旅”❖20-85❖》

八幡宮来宮神社本殿。
イズカニコウモリの葉。
春空、夕飯献立。
焼茄子冷製ポタージュ。美味としか言いようがない。
シイラのクリームコロッケ。これ又美味!!
朝食は、眼下に海を眺めながら頂く。ご飯が、立っている!!
食べきれないご飯の量。次回は、残ったらおむすびにしてもらおう。



《“伊豆高原&熱海”❖2020/09/16❖》
9月も今日で終わり。気分的には、ちょっと焦っている。
野次馬的に、異国の友人から色々連絡が入る。オリンピックの延期は最悪。
おまけに政権が代わり、あれこれと。 意外な人が首相補佐官に!?!
元共同通信論説副委員長の柿崎明二氏を政策評価、検証担当補佐官に起用!

扨、さて、遅れ遅れの自己行動記録。
初めて訪ねた細野高原、植物観察に一喜一憂。
高原を下り昼食場所を探すが休みばかり。水曜日休みって多い。
天候が怪しくなってきたので先を急ぐことに。
イズカニコウモリが見られる伊豆八幡宮来宮神社に着いた頃は、重い曇天。
誰もいない、目的の伊雄山への山道に入った途端に雨が降り始める。
伊豆蟹蝙蝠、来年に期待しようって、雨を避けて今一つの目的地をめざした。
今回の旅、大目的の今ひとつは、宿泊する宿の食事。宿名は、晴空(はるく)。
今年の2月に偶然見つけた熱海の小さな宿。和風創作料理のフルコース。
宿のHPに“昼食は、お早め・軽めでお越し下さい。”とある如くボリューム満点!!
2月に泊まった時の夕食にサバフグの刺身を頂けた。
国内で漁獲量の多いフグのひとつ。古くには、無毒なフグとして人気があったらしい。
が、ドクサバフグの存在や食用部分が規制され今では一般的に敬遠されている。
釣りでよく釣れ、食した思い出もある。今では、関東では鮮魚で出回ること希に由。
主に加工品に用いられているらしいが、料理店の安いフグは本種の可能性ありとか。
今回の夕食で美味しく頂けたのは、“シイラのクリームコロッケ”だった。
スズキ属のシイラは熱帯海域に分布する回遊魚。日本では雑魚として扱われている。
食べ応えありジューシーな口当たりが魅力で淡白な味わい。フライやソテーが一般的か。
西欧(伊)で、前菜モッアレラチーズとトマトの「カプレーゼ」や「パスタカルボナーラ」を食した。
ハワイではシイラ(マヒマヒ)のムニエルは高級料理として出されていた。
晴空の板さん(オーナー)、その日あがった地元の食材を見事に調理されていた。
四季折々、食事を楽しみに宿泊したい。網代には、サバフグの干物があるとか魅力的!!

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《 緑・海・気・浴(33)“2020初秋の植物”❖20-84❖》

伊豆稲取細野高原。
キキョウ科の植物。
 ナンバンギセル(南蛮煙管) ハマウツボ(Orobanchaceae)      
学名: Aeginetia indica L.    
草花の茎等しっかりと確認できず花名を特定できなかった。
《“東伊豆~伊豆高原の植物探訪”❖2020/09/16❖》
『植物観察考』
ススキ(芒)    イネ科(Poaceae)
学名:Miscanthus sinensis Anderss
茎は叢生。硬くて耐久力があり分枝した先端に越冬芽がつき冬まで立って残る。
茎(稈)の断面は円形、内部にスポンジ状の髄があって中実又は中空。
葉は、中央に白い筋があり縁には堅くて鋭い刺歯がある。葉裏にも毛が少しある。
葉の基部、葉鞘、節にも軟らかい毛がある。花序は、白銀色。
小穂には、小穂は、基盤に毛があり、2小花からなるが第1小花は退化し護頴だけになり、
第2小花の護穎に途中で曲がった長い芒(のぎ)が1本ある。
葯は黄色。柱頭は褐色~暗紫色、まれに白色のものもある。
秋の七草の一つであるススキ、ススキが最もススキらしく映るは、逆光に輝く時。

シロバナツリガネニンジン(白花釣り鐘人参)  キキョウ科(Campanulaceae)
学名:Adenophora triphylla var. japonica f. albiflora
ツリガネニンジン の白花バージョンが、このシロバナツリガネニンジン。
ツリガネニンジンの紫色にも色々濃淡があり白に近い花は多いが、真っ白のは見かけない。

ソバナ(蕎麦菜、岨菜)      キキョウ科(Campanulaceae)
学名:Adenophora remotiflora
よく ツリガネニンジン と同じ場所に生えている事が多く、注意深く観察しないといけない。
ソバナの特徴は、花がひとまわり大きく キキョウのように花の先が少し広がる。
ツリガネニンジン とよく似ているが、花が輪生するのがツリガネニンジン。
ソバナは、一つづつ花が付く。名前の由来は、葉形が ソバ の葉に似ているとか。
シロバナソバナ(白花蕎麦菜)   キキョウ科(Campanulaceae)
学名:Adenophora remotiflora
ソバナ の白花種だが、めったにお目にかかれない希少種

ハマホタルブクロ(浜螢袋)   キキョウ科(Campanulaceae)
学名:Campanula punctata var. litoralis
ホタルブクロ の変種で海岸付近に生育。 ホタルブクロ の白花と同じく花の色は白。
ホタルブクロの高山型には ヤマホタルブクロ がある
ソナレヤマホタルブクロ(磯馴山螢袋)  キキョウ科(Campanulaceae) 
学名:Campanula punctata subsp. hondoensis var. maritima
ソナレヤマホタルブクロの白花。伊豆半島を中心に見られる。
潮風に耐えるためか葉は厚く艶がある。
ヤマホタルブクロ の海岸型変種らしいが、資料がない。

ゲンノショウコ(現の証拠)   フウロソウ科(Geraniaceae)
学名:Geranium thunbergii Siebold ex Lindl. et Paxton
別名: ミコシグサ(御輿草)
日本古来の民間薬の代表として挙げられるのがこの「ゲンノショウコ」。
乾燥した葉を煎じて飲むと20~30分で効き目が現れることからが名前の由来。
東日本では白色、西日本では紅紫色が多い。白・紅紫色の中間色のものもある。
茎はやや地を這い、下向きの毛が多く、葉は掌状に3~5裂する。
花は直径1.2~1.6㎝、花弁5個、長柄の先に1~2個つき、とても可愛いく清楚。
萼片5個、萼片の先に短い棒状の芒がある。萼片や花柄に腺毛がある。
雄しべ10個、葯は青紫色。雌しべ1個、花柱は5裂する。
コフウロ(小風露)    フウロソウ科(Geraniaceae)
学名:Geranium tripartitum R. Knuth.
茎は細く、下部では毛がほとんどなく、上部では下向きの曲がった毛が生える。
葉が3全裂するのが特徴である。花は直径約1㎝、白色~淡紫紅色。
萼の外側には腺毛でなく、長い開出毛が密生する。
ゲンノショウコの葉は3~5深裂し、萼片や花柄に腺毛が生える。
※   ※   ※   ※    ※
イズカニコウモリ(伊豆蟹蝙蝠)    キク科《Asteraceae (Compositae)》
学名: Cacalia amagiensis
草丈40~60cmの多年草。 茎は上部に縮れた毛がある。
葉は普通2個、腎形で下の1個は、長さ12~13cm、幅22cm。
上の1個は、長さ7~8cm、幅10~12cm。
伊豆八幡宮来宮神社裏から伊雄山(459m)への山道(通称そり道)の途中に群落がある。
静岡県伊豆半島全体で見られるらしい。山地の林下に生え、高さは40~60センチ。
葉は普通2枚、長い葉柄があり腎形、歯牙縁で縁に細かい微鋸歯があり基部は深い心形。
頭花は総状円錐花序に多数付き、小花は4~5個、白色で長さ11ミリほど。
総苞片は5個。

カニコウモリの葉は普通3枚、対してイズカニコウモリは葉が2枚。葉が大きく、丸みがある。
※   ※   ※   ※    ※   ※   ※
『 時  節  感 』
イズカニコウモリの花が見たくて伊豆高原方面を探訪しようとでかけた。
コウモリサンだけでは、とススキも見ようと欲張って稲取の細野高原にまず向かった。
時期的に少し早い、その分、人出はないだろうと!?!
ススキ(芒)は、昔、茎を茅葺屋根の材料として使っていた。
昔は、安価な屋根が茅葺きだったが今は最も高価な屋根が茅葺きである。
茅葺き(かやぶき)は「萱葺き」とも書かれるが、伊勢神宮では「萱」の字を使っている。
一般的にはススキ、茅、葦(アシ、ヨシ)稲ワラ、麦ワラ、笹など、身近な草を刈り、
屋根に葺いたことを広く茅葺き屋根と言われてきた。
用いる材料により茅葺き(かやぶき)藁葺き(わらぶき)、草葺き(くさぶき)と言う。
身近に勝手に生えているもの基本的に使用してきた。安価な材料で葺かれてきた。
耐久的に「カヤ40年、麦わら15年、稲わら7年」と言われている。
今はすすきの群落(草原)は、鑑賞対象。箱根仙石原は、有名で人出もすごいので敬遠。
ススキの穂先に付く実を拡大してみると、釣りの毛ばりのような姿をしている
ススキの穂は花のように見えるが、これは種の先に毛の付いた種の集合体。
イネ と同じで花びらはなく、雄しべと雌しべだけの花。秋の七草の一つ。
ススキらしいのは、逆光に輝く時だ。次回は、早朝か、夕暮れに訪ねたい。
少し散歩をしてるとキキョウ科の植物と思うが、花名を特定できない花を観た。
思い当たるのは、白花釣り鐘人参、白花蕎麦菜、浜螢袋、等々判定できず??
帰宅して資料をあさったが、特定できず。おまけに磯馴山螢袋が出てきた。
わからいので考えるのはやめた。
記録画像を整理していると、またまた分からない??花が写っていた。
現の証拠と思っているが、小風露かも知れない??
扨、さて本命の伊豆蟹蝙蝠だが、雨模様で群生地まで行けなかった(装備不足)。
来年、しっかりと準備して再訪してみたい。
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《“2020年の初秋(1)!?!”❖20-83❖》

マイヨジョーヌを着て最終ステージを走るタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)
photo:Kei Tsuji
凱旋門の前を通過するマイヨジョーヌのタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)
photo:Luca Bettini



”パリ・ブレスト”(上画像のケーキ)は、ツール・ド・フランス(Tour de France)ゆかりのお菓子。

《 “伝統の自転車ロードレース(襍・_・囈 2)》
世界最大の自転車ロードレース第107回ツール・ド・フランス。
例年7月に開催されているが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、
8月29日に南仏ニースで開幕~9月20日に巴里で幕を閉じた。
歴史に残るタイムトライアルでのレース、凄絶な戦いでの大逆転劇は凄かった。
筋書きのないドラマ。ラ・プランシュ・デ・ベルフィーユの個人TT決戦だった。
スロベニア出身、タデイ・ポガチャル(UAEチーム・エミレーツ)が総合初優勝。
ポガチャルは、21歳でツール初参加そして9月21日が22歳の誕生日。
年齢的には、ツールドフランス史上で2番めの低年齢総合優勝者に由。
最年少優勝者は1904年のアンリ・コルネで19歳11カ月20日。これは、驚き。
ツール初参加で初優勝は、1983年のローラン・フィニョン(フランス)以来に由。
ポガチャルは、総合優勝・山岳賞・新人賞を受賞、快挙としか言いようがない。
“超人"ツールに登場!!現地で観たかった。
ツールで5勝のエディ・メルクス(ベルギー)は、
1969年のツールで総合優勝した時、ポイント賞と山岳賞も同時に取ったが、
当時は、まだマイヨ・アポワは導入されていなかった。
山岳賞では、ポガチャルは最年少受賞者になった。
※   ※   ※   ※    ※   ※   ※
『 時  節  感 』
先週は猛暑だったが、今日は10度も気温が低いらしい。
先週末から4連休だった。行楽地はかなりの人出だったらしい。
昨日、買い物途中、踏切で小田急のロマンスカー(特急)が通った。
見たところ満席のようだった。一寸、ホットした!?!

楽しみにしていたツール・ド・フランスも幕を下ろした。
今年は、開催が延期されたがこの大レース開催中に発売されるお菓子。
そのお菓子(ホールケーキ)を、”パリ・ブレスト”と言う。
其のことを教えて下さったのは、André Lecomte(アンドレ・ルコント)さん。
1963年、ホテルオークラの招聘で来日。前東京オリンピックで活躍した。
1968年12月、六本木に日本初のフランス人パティシエの菓子店、
フランス菓子専門店「A.ルコント」を開店。1999年 逝去された。
大学生時代、時折訪れたケーキ屋さん。2階のサロン・ド・テを思い出す。
”パリ・ブレスト”は、ツール・ド・フランス(Tour de France)縁のお菓子。
ツールの前身レース(モデルになったレース)・・・
1891年にパリとブルターニュ地方の町ブレスト間で、
「パリ・ブレスト・パリ」(PBP)が行われた。
パリ~ブレスト間の往復約1200kmを90時間以内に往復する。
このレースの開催を記念して作られたと言うのが有力な説。
パリの「メゾン・ラフィット」という菓子店の職人、
ルイ・デュラン氏が考案したと伝えられている。

”Andre Lecomte”さん、彼のエスプリに富んだ会話が懐かしい。
ロードレーサーで訪れた変わり者ゆえ、解説して下さったか!?!
リング状に絞ったシュー生地にクレーム・プラリネを挟んだ姿は、
自転車の車輪をイメージしている!?!
上には、アーモンドスライスをたっぷり振りかけて。。。
又、上にアーモンドが無く中にクレーム・シブーストを使ったものは、
パリ・ニースと呼ばれている。
今では中に挟むクリームも色々と変化工夫されているらしい。
イタリアンメレンゲを加えた軽いバタークリームを使ったり、
カスタードを加えたり、シャンティを加えて軽やかにしたり等々。
お店によって、シェフによって、少しずつアレンジされて楽しい。
*パリ・ブレストそしてパリ・ニース共に現役のロードレ-ス*
ルコントのパリ・ブレストは、クレームパティシエールにバター、
プラリネ、シャンティー、イタリアンメレンゲも加えたケーキだった。
手間がかかるためか、一般的なお菓子屋さんで余り見かけない。
アンドレ・ルコント氏は、伝統的フランス文化(お菓子等)を示された。
昭和は・・・遠ぉ~くなりにけり!?!
パンも少し出しておられた。特にルコントのクロワッサンは、絶品だった。
日本国内で、あれを超えるものを食した事がない。
フランスの街角にある”サロン・ド・テ”僕には「A.ルコント」が最初。
懐かしく思いだすが、チョット淋しい。
“Salon de Thé”なる言葉をブログルのシュクレさんで見つけた。
一度訪ねたいケーキ屋さん。ロードバイクでは一寸遠い。輪行か。。。!
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《 緑・気・浴(32)“座間-谷戸山の夏”❖20-82❖》

谷戸山からの遠望(丹沢山地・大山)、暑く夏山を登った昔を思い出す。
メハジキ(目弾き)        シソ科《Lamiaceae (Labiatae)》
学名:Leonurus japonicus Houtt.
Leonurus artemisia (Lour.) S. Y. Hu
別名: ヤクモソウ(益母草)
ヒヨドリバナ(鵯花)  キク科 (Asteraceae)
学名:Eupatorium chinense var. oppositifolium
Eupatorium makinoi T.Kawahara et Yahara
クズ(葛)     マメ科(Fabaceae)
学名:Pueraria lobata (Willd.) Ohwi
《“里山には、コロナは、いない!?!❖2020/08/29❖》

メハジキ(目弾き);
国土のあちこちで見られる草。益母草(やくもそう)と呼ばれる漢方薬でもしられる。
茎は、弾力があり折れにくく、瞼にはさみ目を開かせ遊んだので、目弾きと名付いた。
道ばたや荒れ地で見られる草だが茎は、直立、高さ2m近くにもなる。
根出葉は卵心形で長い柄があり、鈍鋸歯または鈍い欠刻がり花時には枯れる。
葉は、表面には白毛が 点在、裏面は、密生している。
下部の茎葉には葉柄があって3深裂〜全裂している。基部は広いくさび形をしており、
裂片はさらに分裂して終裂片は線状披針形、鋭頭または鋭尖頭。
上部の葉はしだいに小形化し無柄、卵形〜披針形、最上部では倒披針形で分裂しない。
花は上部の葉腋に3~5個の花で花序を茎の周りに集めて段状につく。
萼は、先は5裂し鋭く尖る。萼の基部に刺針状の短い小苞がある。
花冠は長さ10㎜前後の2唇形で紅紫色。上唇の背面には白毛がある。

ヒヨドリバナ(鵯花);
ひよどり(鵯)の鳴く頃に咲くというのが名前の由来だが、実際には鵯は一年中鳴く!!
仲間にヨツバヒヨドリ(葉が2枚の対性)とか サワヒヨドリ 、 ハマサワヒヨドリ がある。
又、無融合生殖をおこない草原に普通に見え、全体が大きいもの、
高さ1m前後、花冠長さ5mm位、冠毛長5mm位、葉は、淡緑色で分裂しないもの、
この種をオオヒヨドリバナ(大鵯花;var. oppositifolium)という由。
他方、有性生殖をおこない山地の林床や林縁に生えている全体的に小型種、
高さ50cm前後、花冠長さ3mm前後、冠毛長4mm前後で葉が濃緑色のもの。
この種のものをキクバヒヨドリ(菊葉鵯花;var. makinoi)という。
一般的、広義にこれらを総じてヒヨドリバナと称している。
茎には曲った毛が密生し、林縁では茎が傾いたり、曲ったりすることが多い。
葉は対生、長さ15㎝前後の卵状長楕円形で不揃いの鋸歯縁がある。
葉は、普通3裂しないが、フジバカマのように3裂することもあり色々。
散房状に筒状の頭花を多数つけ、頭花の小花は5個。総苞片は覆瓦状で2列。
ヒヨドリバナは変異が多く、らしく見えるもの総てを一括りに呼んでもOKか。


クズ(葛);
クズの根からとるデンプンはかつて葛湯や葛粉、根は葛根湯として薬用に用いていた。
邪魔者あつかいされているクズだが、褐色になる直前の黄い葉は、見ごたえがある。
クズは、秋の七草の一つ。山野に普通に見られ、かつすごい繁殖力である。
葉は、3小葉で葉の裏には白毛が密生するが、毛の量は色々で殆ど無いものも見られる。
茎は長く伸び、太くなると木質化してくる。茎にも褐色の開出毛が密生する。
花は、葉脇から上に伸ばし、8月中頃に総状花序に密生して紫赤色の花を付ける。
なんとも可憐な花である。花の香りも良い。ブドウのような甘い香りが漂う。
この香りで花粉を運んでくれる蜂等を呼び寄せているのだろう。
今や厄介物とされるクズだが、往古の人々には、秋から冬の葉色に感心があったようだ。
万葉の歌人、古今集、後撰集、山家集、新古今集、花を詠ったものは少ない。
風に靡く葉、晩秋に色づく葉を詠っているものがほとんどであった。
今では、そんな風情は殆ど見られない。葉を見る前にさっぱりと刈られてしまう。
里山を散歩していて思うことである。それでも草々は、強く強く毎年姿を見せる。

※   ※   ※   ※    ※   ※   ※
『 時  節  感 』
昨年、メハジキの存在を教えて頂く。今年も猛暑だったが、再訪してみた。
暑さ故かもしれないが、訪れている人は、少ない、と感じた。
観察者には、好都合。じっくりと観察しても邪魔にならないのだから。。。!
今年は、メハジキ(目弾き) の開花が早かったようだ。
花によく集まってくると聞いた“ハラアカヤドリハキリバチ”が、見えなかった。
蜜を吸いに集まると聞いた“赤い蜂”、いないのは花期が過ぎていた証か。

植物の気候的変動もあるが、社会でも激変が起こった。
9月も半ば過ぎ、気候も政治も熱いが“新型コロナウイルス”も変だ!?!
真摯に検証しているだろうが、思慮ある政権より発表・報道をしてほしく思う。
冷静に現状を分析、方向性を示す、国・自治体からの報道が偏っている。
感染者の数値だけを報道して危機を煽っているだけではないか??
街中等に出掛けてみると、ウイルス危険度はどれほどか??と感じる。
2月頃、医師・専門家の言、コロナ恐れに足らず、は正しかった。

話は変って先日、石狩市に「樋口季一朗記念館」が開館したとの報道を見た。
今や忘れ去られた偉人。 ナチスの迫害から多くのユダヤ人を救出した旧陸軍人。
樋口季一郎中将(1888~1970年)の功績だが、ご存知だろうか??
樋口中将はハルビン特務機関長だった昭和13(1938)年に、
ナチスに追われ逃れてきたユダヤ難民を満州国に入る、脱出ルートを開いた偉人。
救出した人数は2万人等と言われている。報道に「もう一人の杉原」と呼ばれていた??
色々と資料を見聞していたことを思うと、外交官の杉原千畝(ちうね)以上の偉人に映る。
先の大戦の終戦当時、千島列島のシュムシュ島(占守島)や樺太で、
旧ソ連軍との自衛戦闘を司令指揮し、「北海道への侵攻を阻止した」軍人であった。
斯様な史実を語り繋げれるべきと思う。教育の場でも北方領土の史実を明記すべきだ。
産経新聞の報道を読んでいて、今ひとつ余り報道されていない展示館を思い出した。
領土・主権展示館(National Museum of Territory and Sovereignty)である。
竹島および尖閣諸島、北方領土等の領有権問題に関する博物館である。
日本国政府の内閣官房領土・主権対策企画調整室により2018年1月25日に開設。
東京の虎ノ門に開設された展示館。もっと宣伝して一般人も訪れて然るべき場所である。
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《 緑・気・浴(31)“箱根-山の夏”❖20-81❖》

以上千条の滝周辺
芦ノ湖・遊覧船(海賊号??)
ヤマホトトギス(山杜鵑草) ユリ科(Liliaceae)
学名:Tricyrtis macropoda Miq.
千条の滝近くで。

センニンソウ(仙人草)    キンポウゲ科 (Ranunculaceae)
学名:Clematis terniflora DC.
Clematis maximowicziana Franch. et Sav.
千条の滝に行く途中(駐車場)。
《“活気を取り戻しつつある避暑・温泉地❖2020/08/16~17❖》
ヤマホトトギス(山杜鵑草);
日頃、里で見るホトトギスは、園芸種 タイワンホトトギス との交雑種か、と思っている。
ホトトギス が1株に多くの花を付けるのに比べ、ヤマホトトギスは3~5個と少ない。
ホトトギスとの違いは、花びら片が上下2段に付き、高く突き出ている。
葉は互生し、長楕円形で先が尖り、縁が波打つ。花は茎頂や上部の葉腋に上向き。
だが、ヤマジノホトトギスでも花被片(花弁)が反曲しないこともある。
花柱の基部に班紋がないとヤマジノホトトギスと混同する程、識別が難しい。
北海道西南部・岩手県以南の各地で自生するが、埼玉では絶滅危惧Ⅱ類(VU)。

センニンソウ(仙人草);
一見すると草本に見えるが木本つる性の低木。茎の基部は木質化する。
葉は奇数羽状複葉、小葉は3~7個。小葉は全縁、先の尖った卵形が多い。
しかし尖らない、幅が広い、切れ込みが一部ある等々変化が多い。
花序は円錐状で立ち上がり、多数の花をつけよく目立つ。
花は直径2~3㎝、十字形の花弁に見えるのは白色の萼片。雄蕊多数、雌蕊10個程度。
和名は、種子に付いている白毛を仙人の白髭に見立てた。
茎や葉に触れるとかぶれを起こすことがある。
※   ※   ※   ※    ※   ※   ※
『 時  節  感 』
猛暑続きの最中、箱根に。滞在した宿は以前、紅葉を見に訪れた場所近くだった。
紅葉散策した時、“千条の滝”なる案内表示を見かけたのを、思い出して。
“千条の滝”これを、せんじょうの滝、と思っていたが、正しくは、ちすじの滝だった。
蛇骨渓谷の上流部に位置し、古い山路・箱根越えの湯坂路脇に位置する。
水が千の糸となって流れ落ちる事でことから千条の滝と呼ばれる由。
幅20m、高さ3m程の滝、苔むした岩肌に角の取れた大小様々な礫が見れる。
場所は小涌谷近くで、かつてはこの周辺を「小地獄」と呼んでいたらしい。
箱根山中を実感する場所だった。ポタリングには良い静かな場所である。
今回の余録として、洋食屋巡りもしてみようなどと。。。!
箱根で代表的なホテルとして君臨する「富士屋ホテル」厨房のOB達のレストラン。
そんなシェフたちが、小さく開いてる洋食屋が箱根周辺に幾箇所かある。
集まりの前に、まず足柄にあるフランス風ビストロ(食堂)で昼食をとった。
東名の大井松田インタ-をおりてそのまま金時山下を通って仙石原に??
今年春に開通するはずだった県道が、昨秋の豪雨で開通が遅れている。
大井松田から小田原に掛けては「富士フィルム村」と呼びたい場所でもある。
それ故か、幾つかの小さなお洒落な洋食屋さんが点在している。
其の中で、最も庶民的な洋食屋で昼食を取った。味は、天下一品だった。
夜は、創作和食。これも美味だったが、翌日の昼食のイタリアンも良かった。
ブサイクな集まり前後の楽しみ。食事と温泉がなければ、参加しないか??
※    ※    ※     ※    ※    ※




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《“2020年の晩夏!?!”❖20-80❖》

ランス・アームストロング(左)との死闘を繰り広げたマルコ・パンターニ(右)。
(ツール・ド・フランス2000/7/13、12ステージ)
2000年7月13日“死の山”モン・バントゥー 山頂。
草木も生えない悪魔の棲む山、モンバントゥー

《 “伝統の自転車ロードレース(襍・_・囈)》
世界最大の自転車ロードレース第107回ツール・ド・フランスが始まった。
例年7月に開催されているが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、
8月29日に南仏ニースで開幕。初日は、天候不良で落車が続出で波乱の開幕。
21日間、全長3470kmの長き戦い。今年は、どんなドラマが繰り広げられる!?!
1980年代から90年代に、現地・各所で幾度と無く観戦させてもらった。
平地では、選手の姿など、一瞬しか見れない。だが観客は、7時間も前から待って。
世界中から集まったファンどうしの交流も面白いものがあり、懐かしく思い出す。
最後に観戦した場所は、死の山・モン・ヴァントゥ“Mont Ventoux”と呼ばれている所。
フランス南部、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏にある独立峰。
標高1912m。「プロヴァンスの巨人」という異名を持つ強風で知られている山。
ツール・ド・フランス2016年大会では山頂フィニッシュが短縮された程の所である。
この山は、珍しい植物も見られる事でも知られる。頂上周辺は非常に気温が低い!
それ故か、北欧より北に見える植物、スピッツベルゲン・ムラサキユキノシタもみれる。
昆虫記で有名なファーブルはこの山に生涯30回も登って植物や昆虫を観察している。
だが、有名な伝説が生まれた場所としても記憶に残る霊峰でもある。
標高1912mと、それほどの高い山ではない。上りのきつさもそれほどではない。
それが、一度この山岳に足を踏み入れると、立ち込める霊気に驚くに違いない。
セミ時雨が聞こえるプロバンス地方にあって特異な景観と異様な雰囲気に満ち溢れている。
森林限界でもないのに草木もなく白い瓦礫が白骨のように敷き詰められる光景。
頂上より2kmほど下ったところに1つの墓石があった。
「トム・シンプソン。オリンピックメダリスト、1967ツール・ド・フランス、7月13日、ここに死す」。
かつてレース中に昏睡したイギリス選手が命を落とした故人の記念碑だった。
シンプソンは、1962年のツールではイギリス選手として初めてマイヨジョーヌを着た。
1967年、春先のパリ〜ニースで総合優勝したシンプソンは、ツールのメンバーに選ばれた。
しかし彼を取り巻く環境は、よくなかったと記録にある。英国という国家の威信を背負って。
更には、モンバントゥーに登る前日、次年度契約を更改しない最後通告を受けた!?!
翌日のモンバントゥーは気温40度を超える猛暑に見舞われていた。
諸々のプレシャー故か、体調を崩し、ヘリコプターで搬送された先で息を引き取った。
この山岳地、悲惨な過去の上にあるが、魔物がいると言われるのを実感した。
2000/7/13、ツーの12ステージ、ここで凄絶なレースが繰り広げられた。
そんな場を実際に目にできた事は、最高のことだった(一ファンのことだが)。
感心あったマルコ・パンターニ(Marco Pantani)、「海賊 (il Pirata)」「走る哲学者」、
といった愛称で呼ばれていたイタリア人の山岳スペシャリスト。
当時、イタリアのメディアはパンターニを「ドーピング」問題で責め立てていた。
この過酷なモン・バントゥー第12ステージでのランス・アームストロングとの死闘、
それに勝利はしたが、その後に怪我で最終ステージまで行けず途中棄権した。
その後も彼へのバッシングは続き、2004年2月14日に他界した。
死因や彼を取り巻く周辺、マスコミを含めて今でも何か嫌な空気を感じる。
イタリアの伝説的巨人と讃えられている“マルコ・パンターニ”
精神的に追い込んだのは、報道者。当時の司法関係者にも疑問を持つ。
以後毎年2月14日は、僕にとってはマルコ・パンターニを思い出す日である。
2011年、イタリア統一150周年記念祭が全土で盛大に行われた。
その時、イタリア統一後もっとも影響を与えた人物たちにスポットが当てられた。
イタリア全国紙のコリエーレ・デッラ・セーラや、ラ・レプッブリカなどには、
イタリア統一の父カヴール男爵やイタリア統一を進めたジュゼッペ・ガリバルディ、
そこに並んでパンターニの名前が、記載されている。
伝説のファウスト・コッピとジノ・バルタリ、そしてマルコ・パンターニが加えられた。
モン・バントゥーでの死闘は、パンターニの最高の結果として残るだろう。
    ※    ※     ※    ※
今年もツールは開催され激闘が繰り広げられている。
あのパンターニを思い出すと、偶然かと思うが今の日本の政局も似通っている。
総理の揚げ足だけをとって、報道陣も野党も本質を真摯に追求しない。
#自転車レース #ブログ

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