何をどうすべきか分からないのなら、
旅に出るべきなのか。
気持ちのどこかにかすかに刺さっている何かを頼りに
旅に出るなら何かのヒントを得られるかもしれないが、
何も刺さっていない状態で旅に出ると、それは放浪になるかもしれない。
旅はゴールがあるもの、放浪はゴールが無いもの。
日常のルーチンが無いと、24時間をどう過ごせばいいのかわからなくなる。
子育てが終わり、子供も成人して手がかからない。
親の他界を看取り、未婚だった親戚の他界を看取り、これと言った責任もない。
どういうわけか、数日病に倒れても元気になれる身体なので、
通院をしなくなってから、案外丈夫なのかもしれないと思えるこの頃。
何でもやれ、全てやれ、と言われるのでやってきたが、
何のためにやる?という事を考えたことが無かった。
自分が何をしたいのかという事を考えてみてもいいのかもしれない。
自分という人間には、自分というものが無い。
これが問題ではある。今は何がしたいのかわからない。
理想は、
お互いがお互いをわかってあげているよ。という精神世界を望んでいると思うけど、
それを知人に話してみても共感などはされない。
沢山儲けて、良いもの食って、良い服着て、良いところに旅行して、いい車に乗って、、、、と、
そういう暮らしも理想だけど、なにか違う。
色々な気持ちの整理の為にも、旅に出るのもいいかもしれない。