大窪寺の境内脇から奥の院・胎蔵峯寺までの距離は880mと八十八箇所巡りと語呂合わせの様な距離です。実際登って行くと急坂で段差の大きい階段がずっと続く難所でした。普段運動もしていないのでかなり苦しい登りです。どこまでも階段が続くので途中何度も休憩してしまいました。その都度、もう諦めようかと思った位です。何度か目の休憩では「アースイング」をして見ました。やり方はいたって簡単!「素足で大地に立つ」だけです。今靴底はゴムやプラステックなので静電気が溜まってきます。この静電気を逃すと共に足ツボから自由電子を取り込んで人体の電気的ストレスを取り除き、健康になると言う考え方ですね。ただ継続時間は30分以上と長めなんです。とにかく息が整うまで「アースイング」をする事にしました。その間上から若い女のお遍路さんが下って来たので残りの登山道の様子を聞きました。「まだまだ階段が続きますね」という返答でした。少しして今度は初老のお遍路さんが降りてきたのでまた聞いてみました。「登りも下りも同じ様な急坂ですよ」と答えてくれました。このお遍路さんは女体山を越えて大窪寺に向かっていたのですね。お疲れ様です。こっちは僅か数百メーター登っただけでバテて休憩している訳ですから、気を取り直して少なくとも奥の院まではたどり着かないと思い、再び登り始めました。まだまだ急勾配の階段は続きやっと2/3辺りと思われる所に展望台が有りました。下には僅かに大窪寺の境内を見下ろせます。この位置が標高560m辺りと言う看板が有ります。更に登りが続き、やがて女体山方面との別れ道にでます。そこからは道が急に細くなって来ますが、勾配はかなり緩やかになって来ました。歩くスピードも速くなって逆に下りになります。わあ楽と思って思っていると右カーブの先に奥の院が突如現れました。 大窪寺奥の院「胎蔵峯寺」は山肌にへばりつく様な粗末な小屋といった外観です。「金剛峯寺」正反対のお寺です。かつて弘法大師はここにこもって修行した場所です。杖を突いて湧き出したと言う小さな泉が草むらに隠れて有り、お地蔵さんが建っています。 胎蔵峯寺の戸を開くと中は薄暗くて奥に何体かの仏様が祀られているのがかろうじて見えます。この奥の岩肌に本尊の「阿弥陀如来」を彫ったと伝えられています。この阿弥陀如来は西方浄土をあまねく照らす仏と言われています。 ここで高野山「金剛峯寺」は東方浄瑠璃世界の教主の「薬師如来」が御本尊です。御本尊も西方と東方と言うコントラストが有ります。更に、高野山と善通寺と中国長安の青龍寺は同じ緯度に有って一直線になると言われますが、この「胎蔵峯寺」と高野山「金剛峯寺」も僅かに胎蔵峯寺が南に位置しますがこれもほぼ同じ緯度と言えます。前回ご紹介した女体山の北側に有る「古大窪(ふろくぼ)」に最初の大窪寺が有ったとすれば、最初の大窪寺と女体山山頂と金剛峯寺はほぼ同位置になる様です。この様に地理的にも「胎蔵峯寺」が両界曼荼羅図の様に金剛峯寺と一対であって、四国遍路と言う修行の地の意味を一層深いものにしています。 もちろん「胎蔵峯寺」では裸足になって「アースイング」をしながら撮影しました。暫くして、初老のお遍路と若者のお遍路が仲良く会話しながら到着しました。背後からで良いので撮影モデルをお願いしました。お二人と暫く会話してみると、さっき大窪寺で一緒になって登って来たそうです。初老のお遍路は自転車で遍路を初めてこの日が第1日目だそうで、一方若者は車で四国遍路をして今日が満願、最後のお寺で、翌日は高野山「金剛峯寺」にお礼参りすると言う事でした。不思議なご縁でした。このお二人も見事なコントラストを持って出逢いました。先程登る途中で「アースイング」してる時にも若い女遍路と初老の男の遍路に出逢った時のコントラストに励まされて登って来た事を思い出します。偶然と言えばそれまでですが、四国遍路は苦しさと共にそうした幾つもの偶然の感動を学べる場、それこそ修行の場なんだと感動した「胎蔵峯寺」でした。 「おん ころころ せんだりまとうぎ そわか」合掌! 遍路のすすめ: http://www.maenaem.com/henro/
投稿日 2015-05-31 15:07
ワオ!と言っているユーザー
投稿日 2015-05-31 20:46
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投稿日 2015-06-01 04:32
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