原子の中で最も簡単なものは水素である。水素原子はひとつの陽子からなる原子核のまわりをひとつの電子が回っている。水素は宇宙で最も豊富な元素であり、星間ガス、銀河間ガス、恒星、ガス惑星などの主要構成物質である。水素に次いで宇宙で最も豊富な元素はヘリウムだが、2つの陽子と2つの中性子からなる原子核のまわりを2つの電子が回っていて、電気的に中性であるため不活性なガスである。恒星の中心では、例えば太陽では2,300億気圧、1,600万℃という超高温・高圧のため、水素原子が核融合してヘリウム原子核を生成し、その際に膨大なエネルギーと光を放出している。質量の大きな恒星の内部ではヘリウム原子核2個の核融合によりベリリウム原子核が、ベリリウム原子核とヘリウム原子核の核融合により炭素原子核が、炭素原子核とヘリウム原子核の核融合により酸素原子核が生成する。質量の重い恒星内での核融合反応によってより重い元素が生成するが、このような核融合で生成するのは陽子が26個の鉄原子核までであり、これらの元素は質量の重い恒星の超新星爆発により宇宙空間にばらまかれ、その過程で他の元素や炭酸ガス、水蒸気、メタンなどが生成した、と考えられている。これらの星間物質である宇宙のちり(星間塵)や星間ガスが集まって太陽と太陽系の惑星が生まれたが、地球は水星、金星、火星と同様に太陽からの距離の影響で水やメタンなどの揮発性物質には温度が高すぎるため凝縮せず金属や珪酸塩などを中心とした岩石惑星となった。 われわれはこのようにして約46億年前に生まれた地球の表面に住んでいるが、地球上の生物は細胞によって構成されている。私たち人間の体も約60兆個の細胞でできており、細胞を分子レベルで見れば約70%は水であり、残りはたんぱく質、アミノ酸、糖、ホルモン、コレステロール、ビタミンなどの分子からなっている。これらの分子は水素、酸素、炭素、窒素、カルシウム、リン、硫黄、カリウム、ナトリウム、塩素、その他の金属などの原子が結合した化合物である。すなわち私たちの体は色々な原子が結合して成り立っている。ちなみに原子の大きさはその種類によるがおおよそ10-10メートル(1,000万分の1ミリメートル)程度、原子核の大きさは10-15メートル、すなわち原子の大きさの10万分の1である。それゆえ、原子の中はスカスカでほとんど空間でできている。 前述のように水素原子はひとつの陽子とひとつの電子からなっているが、他の原子は複数の陽子と中性子が結合した原子核と複数の電子からできている。陽子と中性子は以前は素粒子であると考えられていたが、水素とヘリウム以外の原子核には複数の陽子があって、陽子はプラスの電気を帯びており、原子核がひとつにまとまっているためには電気的に反発しあう陽子どうしを引きつける何かの力がなければならない。これについて陽子や中性子が常に素粒子を受けたり渡したりして発生する核力によるものとされ、湯川秀樹博士はこの素粒子が中間子であるという理論を提唱し、中間子が1947年にアンデスの山頂で発見されたことにより1949年にノーベル賞を受賞した。1964年以後の素粒子物理学では、陽子、中性子、中間子はクォークと呼ばれる素粒子が結合したものであることがわかっている。すなわち陽子はアップクォーク2つとダウンクォーク1つ、中性子はアップクォーク1つとダウンクォーク2つ、中間子のひとつであるパイ中間子はアップクォーク1つと反物質である反ダウンクォーク1つからなっている。 素粒子物理学では陽子や中性子内部でクォークとクォークを結びつける力を『強い力』と呼び、この力を伝達する素粒子をグルーオンと名づけている。原子核内での中間子のやりとりと同様に、陽子や中性子の内部ではグルーオンのやりとりが行われているために、陽子や中性子はバラバラのクォークにならないのだ。しかし強い力の届く距離は極めて短く、せいぜい原子核の直径程度の範囲である。 原子核と電子の電気的な引力や同じ電荷の粒子の斥力は素粒子物理学では電磁気力と呼び、この力は光子(フォトン)のやりとりによって発生する、としている。朝永振一郎博士はこの理論に関する研究により1965年にノーベル賞を受賞している。電磁気力は身近な静電気や磁石などで体験出来るが、原子同士が結合して分子をつくる際にも作用している。バットでボールを打つ際もバットの表面にある原子の外側は電子であり、ボールの表面も同じであるためボールにバットが当たるとそれぞれの表面にある電子が互いに反発し合い、ボールが飛んでいく。 更にややこしいのは、この他に『弱い力』と呼ばれる力が存在することである。福島原発事故で知られる放射性セシウム137が怖いのは放射能があるからであり、セシウム137のような放射性物質は原子核内にある中性子の中のダウンクォークのひとつがアップクォークとなって中性子が陽子に変身するが、その際に電子とウィークボソンと呼ばれる『弱い力』の伝達物質と反電子ニュートリノを放出する。この反応はベータ崩壊と呼ばれ、高速で放出される電子がベータ線と呼ばれる人間にとって危険な放射線である。弱い力と呼ばれるのはその大きさが電磁気力の1000分の1、強い力の10万分の1程度であるためだが、弱い力のおかげでわれわれは温泉を楽しむことが出来る。すなわち地球内部の放射性物質がベータ崩壊を起こす際に放出する弱い力が熱に変り、地熱となって水を温めるからだ。 それでは地球上の物質は何でできているのだろう。先に原子核を構成する陽子と中性子はアップクォークとダウンクォークからなっていると述べたが、原子核の外をまわる電子に加え、陽子や中性子内で作用する強い力の伝達物質グルーオン、原子核がバラバラにならないための中間子に含まれる反ダウンクォーク、原子核と電子に作用する電磁気力の伝達物質光子なども物質の構成要素であるといえる。もっともグルーオンや光子などの力の伝達物質は質量がゼロのゲージ粒子と分類されるため、物質の構成要素とは言えないかもしれない。 スイスにあるLHC(Large Hadron Collider)やつくばにある高エネルギー加速器研究機構の加速器などで陽子同士や電子と陽電子(プラスの電荷を持つ電子)を光速に近い速度で衝突させると、極めて短時間のうちに消滅してしまうが色々な素粒子が生じる。このような実験でクォークは現在までアップクォーク、ダウンクォーク、チャームクォーク、ストレンジクォーク、トップクォーク、ボトムクォークの6種類、更にマイナスの電荷を帯びた電子、ミューオン、パイオン、電気的に中性の電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、パイニュートリノなどが発見されている。ちなみに小林誠博士と益川敏英博士はまだ3種類のクォークしか認定されていなかった1972年に発表したCT(荷電共役変換・パリティ変換)対称性の破れという理論でクォークが6種類は存在することを理論的に予想し、後年スタンフォード大学とつくばの加速器で実証されたことにより、両博士は2008年にノーベル賞を受賞した。これらの加速器の実験で生まれた素粒子は衝突させた陽子や電子から生じたのではなく、衝突した粒子の運動エネルギーから質量のある物質が発生したもので、アインシュタインの相対性理論に示されたE = mc2(Eはエネルギー、mは質量、cは光速)に基づいた現象である。 最新の素粒子物理学では、すべての素粒子は開いた線状または閉じたリング状の2種類のヒモであり、その振動の仕方が異なることによりそれぞれの素粒子の物理特性を示している、という超弦理論が提唱されている。これらのヒモは原子核よりはるかに小さい10-35メートルしかない。この理論は宇宙を扱う相対性理論と原子や原子核などミクロな世界を扱う量子論を統合する統一理論であり、現在多くの物理学者が研究しているが、超弦理論によればすべての物質はこの小さなヒモでできていることになる。この理論は宇宙が9次元空間であることを予言しており、理解するのが極めて困難だ。