『ローマ人の物語』を読んで。その2
9月
8日
遅咲きの執政官となったユリウス・カエサルは紀元前58年に執政官を退任後、北イタリア、ガリア、イリリア、および南仏ガリアの属州総督となる。カエサルは征服された民族が反旗を翻すのはその指導層が扇動するからであることを理解しており、ガリアで征服した部族の指導層を温存するだけでなくそれぞれの部族が持つ言語や文化も尊重する。8年かけてライン河以南、ピレネー山脈以北のヨーロッパを平定したカエサルに対し、元老院は強大な兵力と広大な領土を手中にしたカエサルを危険人物視し、武装解除を求める元老院最終勧告を行う。これに反し紀元前49年、カエサルは軍勢と共にルビコン川を超え、元老院が擁立したかつての盟友ポンペイウスとの戦いが始まる。浮き足立った元老院とポンペイウスの軍勢はイタリア半島を離れてギリシャに逃れ、戦いに敗れたポンペイウスは逃避先のアレクサンドリアで殺害される。
ローマの実権を握ったカエサルは広大な属州を支配するには元老院を中心とした共和制では迅速な対応が出来ないと考え、皇帝が支配する帝政へと改革することを目論んだ。そのために自身は終身独裁官となって権力を手中に収め、また元老院には軍務を共にした者を大勢送り込み、従来の元老院の勢力を弱めた。急速な改革を進めるカエサルに反対する守旧派元老院議員は紀元前44年にカエサルを暗殺する。カエサルが残した言葉『人間ならば誰にでも現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は見たいと欲する現実しか見ていない。』は人間の本質を見抜いたもので、現代社会でも通用する。
カエサルが指名した後継者オクタヴィアヌスはカエサルを暗殺したグループを粛清し、更にアントニウスとの戦いに勝利して、紀元前29年にローマで盛大な凱旋式を行いローマ帝国の絶対権力者となる。しかしその2年後、オクタヴィアヌスは軍団と法とローマの覇権下にあるすべての属州を元老院とローマ市民の手に戻すという、共和制回帰宣言を行う。但し現実はオクタヴィアヌスが連続して執政官となり、第一人者およびインペラトール(皇帝)という尊称を持ち続け実権は放棄しない。その後執政官を辞任するが、護民官特権を得てローマ帝国で唯一の拒否権を持つ立場となる。国の安全保障、通貨改革、税制改革、食料保障を推進し、既にローマ化が進んだ安全な属州は元老院属州とするものの、外敵に対峙する属州は皇帝属州として皇帝の指名した将軍が統治する方法でローマ軍団を支配下に置き権限を強固なものとする。かくしてオクタヴィアヌスはカエサルが標榜した帝政を元老院からの強力な反対もなく実質的に推進してゆく。
オクタヴィアヌスが再編し、約300年継承された税制はローマ市民権を持つものには直接税はなし、奴隷解放税および相続税は5%、またローマ市民権を持たない属州民には安全保障費として収入の10%を属州税とした。但し補助兵として兵役勤務の属州民は属州税が免除される。またローマ市民であるとないとにかかわらず間接税として1.5-5%の関税と1%の売上税を課している。
ローマ帝国はカエサル以降、属州の部族指導層にローマ市民権を与え、属州でも街道、水道、競技場などのインフラ整備を進め、更にはローマ軍団を除隊満期まで勤め上げた軍団兵を属州に土地を与えて入植させるなどして属州のローマ化を推進し、属州の平和維持に努める。また25年の軍務を満期除隊した属州民出身の補助兵にローマ市民権を与え、その権利は世襲することを可能にした。医療や教育の分野でもローマ市民権を活用し、医者や教師には出身を問わずローマ市民権を与えた。ローマ市民権を利用して知識階級を招聘し、属州民に国防意識を浸透させると共に軍事費を低減させたローマのやり方は現代国家も見習うべき点が少なくない。
ヨーロッパ系移民が国の中核をなしているとは言うものの、現在も移民を受け入れているアメリカはローマにならって知識階級や医療・芸術・スポーツなどの分野で優れたものに永住権や市民権を与えている。日本もインドネシアやフィリピンより今後需要が増大する介護師を移住させる計画を立てているが、概念は悪くないものの日本人でも容易ではない介護の専門用語が羅列された日本語による試験に合格しなければならず、ハードルが高すぎ仏作って魂入れずの観がある。
日本でも少子化が問題となり、担当大臣まで置き諸施策を行って久しいが効果が上がったという話は聞かない。ローマでも紀元前1世紀も後半になるとローマ市民は平和を享受して快適な人生を送れるようになり、また共和制の時代のように縁戚関係を作って出世する必要性が薄れ、独身を通す男女が増えてくる。オクタヴィアヌスはローマ帝国指導層の少子化対策として政治、経済、行政担当の上流および中流階級に対し正式婚姻法を定め、子のいない独身者には直接税課税や公職就任が不利になる制度を作るとともに離婚手続きをより煩雑とし、姦通罪も制定して健全な家庭の保護と育成を図る。健全な国家は健全な家庭が不可欠という概念である。塩野七生さんは『自由と秩序は互いに矛盾する概念である。自由を尊重しすぎると秩序が破壊され、秩序を守ることに専念しすぎると自由が失われる。だがこのふたつは両立していないと困るのだ。自由がないところには進歩はなく、秩序が守られていないと進歩どころか今日の命さえ危うくなるからだ。』と述べている。ローマ帝国は一見不自由に思える法律を作っても、その運用の妙により法律の本来の目的である少子化問題を解決したのである。日本もローマ帝国に学ぶべき点があると思うのは私だけだろうか。
投稿日 2012-09-26 03:34
ワオ!と言っているユーザー
投稿日 2012-09-26 15:30
ワオ!と言っているユーザー