きけ わだつみのこえ
8月
16日
米国にいると、何事もない通常の日として過ぎてゆく。
米国にとってその日はさほど重要ではないのだろう。
書棚に眠っていた「きけ わだつみのこえ」が目に入った。
十代にして特攻隊に志願した若者たちが散ってゆく直前にしたためた手紙。
あて先は家族であり、母、父であった。
私は、きっと彼らは全体主義に洗脳されて死を美化し、狂想のうちに体当たりをしていったのだろう、と想像していた。
だが、その本に記されている彼らは実に冷静だ。しかも決して軍や国から教え込まれたままに正義の戦争をしているとは考えていない。神風特攻も無駄な死だと、己を客観的に捕らえながらも、運命にに抗わなかった。
彼らの多くは自らの「無駄な死」の後に祖国が生き返ることを信じていて、復興・繁栄を祈念しているのに驚いた。
一つの遺書を紹介します。
特攻作戦の現実に残した文書です。
彼らの切ない犠牲の上に、今日の私たちが享受している平和と繁栄があることを忘れたくない。
無念に散っていった彼らに対して、私は何を持って応えているだろう。
「栄光有る祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ、
身の光栄これに過ぐるものなきを痛感いたしております。
思えば長き学生時代を通じて得た、信念とも申すべき理論万能の道理
から考えた場合、これはあるいは、自由主義者と言われるかも知れませんが、
自由の勝利は明白の事だと思います。
人間の本性たる自由を滅ぼす事は絶対に出来なく、例えそれが抑えられている
がごとく見えても、底においては常に闘いつつ最後には必ず勝つということは、
彼のイタリアのクローチェも言っているごとく真理であると考えます。
権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも、必ずや最後に敗れることは
明白な事実です。
我々はその審理を今次世界大戦の枢軸国家(※日本・ドイツ・イタリア
=三国同盟を結んだ国々)において見ることが出来ると思います。
ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツはまた、既に敗れ、
今は権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく、
次から次へと滅亡しつつあります。
真理の普遍さは今、現実によって証明されつつ、過去において歴史が示した如く、
未来永久に自由の偉大さを証明して行くと思われます。
自己の信念の正しかったこと、この事はあるいは祖国にとって恐るべき事で
あるかも知れませんが、
吾人にとっては嬉しい限りです。
現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。
既に思想によって、その闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。
愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめんと
する私の野望はついに空しくなりました。
真に日本を愛する者をして立たしめたなら、
日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。
世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これが私が夢見た理想でした。
特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人が言ったことは確かです。
操縦桿を採る器械、人格もなく感情もなく、もちろん理性もなく、
ただ敵の航空母艦に向って吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬのです。
理性を持って考えたなら実に考えられぬ事で、強いて考うれば、
彼らの言うごとく自殺者とでも言いましょうか。
精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。
一器械である吾人は何も言う権利もありませんが、
ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を、
国民の方々にお願いするのみです。
こんな精神状態で征ったなら、もちろん死んでも何にもならないかも知れません。
故に最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれたことを光栄に思っている次第です。
飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、
そこには感情もあり、熱情も動きます。
愛する恋人に死なれたとき、自分も一緒に精神的には死んでおりました。
天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、
死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。
明日は出撃です。
勿論発表すべきことではありませんでしたが、
偽らぬ心境は以上述べたごとくです。
なにも系統だてず、思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。
明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。
彼の後ろ姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。
言いたいことだけを言いました。無礼をお許し下さい。ではこの辺で。
出撃の前夜記す」