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ダビデのミクタム Psalm 16

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礼拝後、靴を脱ぎ捨てて遊ぶ子供... 礼拝後、靴を脱ぎ捨てて遊ぶ子供たち。。。最近は、小さい子が多くなって来て、またブロックでも遊んでいます。
2019年1月27日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ音声は、


詩篇16篇
ダビデのミクタム
1 神よ。私をお守りください。私は、あなたに身を避けます。
2 私は、主に申し上げました。「あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにはありません。」
3 地にある聖徒たちには威厳があり、私の喜びはすべて、彼らの中にあります。4 ほかの神へ走った者の痛みは増し加わりましょう。私は、彼らの注ぐ血の酒を注がず、その名を口に唱えません。
5 主は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。あなたは、私の受ける分を、堅く保っていてくださいます。6 測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。7 私は助言を下さった主をほめたたえる。まことに、夜になると、私の心が私に教える。8 私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。9 それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。10 まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。11 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。

この詩は、ダビデの詩の中でも傑作品として知られている詩です。また、メシア詩篇ともいわれていて、イエス・キリストに関する預言であることでも有名です。今日は、このダビデの傑作から、今年一年、私たちもこうありたいというお話しをしたいと思います。

★ 身の避けどころ v1-3 I take refuge
1 神よ。私をお守りください。私は、あなたに身を避けます。
2 私は、主に申し上げました。「あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにはありません。」3 地にある聖徒たちには威厳があり、私の喜びはすべて、彼らの中にあります。
 
ダビデは、その人生の中で幼い時から羊飼いをし、危険を感じたとき、一人で獣と戦う時に、いつでも逃げ込める避けどころを持っていました。それは、神様です。あなたには、危険を感じたときに逃げ込める場所がありますか?ここに行けば必ず守られてる。また、ダビデは、地にある聖徒たち、神に従う仲間たちを大変尊重していて、彼らの中に喜びを見出しています。信者たちのコミュニティほど、私たちの心を慰め励ますものはありませんね。


★ 他の神々 v4 other gods
4 ほかの神へ走った者の痛みは増し加わりましょう。私は、彼らの注ぐ血の酒を注がず、その名を口に唱えません。

二節では、ダビデにとっては、神様が全てであると言いました。神様こそ、ダビデの幸い、幸せの源であると。しかし、他の神々に行くものは痛みが増し加わるだけだと。神を信じるものにも、苦しみはあります。しかし、苦しむ者の避けどころは神です。
他の神々とは何でしょうか。私たちは、無神論者であっても必ず何かを信じて、信念をもって生きています。何かを信じないで人は生きて行けません。信じるものがあるからには、みな何かしらの神を心に持っています。
お金、人、地位、仕事、生活、でしょうか。あなたの神は何ですか。人を喜ばせることでしょうか。人との関係で波風を立たせないことが一番大事でしょうか。一番大事なものは何でしょうか。

★ 神がゆずりの地所 V5 the portion of my inheritance
5 主は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。あなたは、私の受ける分を、堅く保っていてくださいます。5 O Lord, You are the portion of my inheritance and my cup; You maintain my lot. 

1) ダビデの経験。。。ダビデは、陣地を取ることに必死になっていた様子が聖書にありません。また、1サムエル26章にもあるように、実際に追って来るサウルに対して、あなたの土地を奪ったりするつもりはありませんと言っている。彼は実際に、陣地を広げたりとるよりも、神ご自身を自分のゆずりの地とすることをダビデは選びました。陣地とは、王としての地位、権力、財産、収入を直接に表すものですが、地上に属する陣地よりも、ダビデは、全ての源の神を選んで恥なかったのでした。

2) 土地や財産と言えば、モーセの時代に、民数記18:20で神は、神に仕えるレビ人に対しては、「私があなたがたの取り分であり相続財産である」"I am your portion and your inheritance" と約束されました。ダビデは、その約束を自分のものとして信じていました。ダビデは、王であり祭司でありましたから。

3) 私たちもキリストにあって「王である祭司」1ペテロ2:9 “しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださったかたのすばらしいみわざを、あなたがたがたが宣べ伝えるたるためなのです。
私たちも、ダビデのように、主ご自身を自分の財産、譲りの地、として生きることができますし、神のために奉仕する祭司にはそれが約束されているのです。キリストにあって、あなたは主を譲りの地として受けたのです!

★ 測り縄は落ちた V6 The line have fallen
6 測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。6 The lines have fallen to me in pleasant places; Yes, I have a good inheritance.

落ちた。。。と書いてありますね。これは、くじを引いて当たるように、自分の力でかせいだのではなくて、自分に当たった、あてがわれたという意味です。ヨシュアが約束の地で、12部族に土地を分ける時に、それぞれ測り綱をして土地を分けました。そして、それが代々その部族の土地となります。ダビデは、神に導かれて、神を自分の取り分として得た。自分の願った以上だというのです。
これは何を意味しているでしょうか。そうです、私たちの命、導き、今日ここにいること、人生、魂の救いが神にかかっているということです。私たちの力や努力によらないということです、それはたまたま、偶然のように感じるかもしれません。あなたは大きな宝くじに当たったかのようです。それは、恵みよるのです!

★ 私の心が私に教えるv7 My heart instruct me
7 私は助言を下さった主をほめたたえる。まことに、夜になると、私の心が私に教える。7 I will bless the Lord who has given me counsel; My heart also instructs me in the night seasons.
ダビデの命の源は主の教えでした。詩篇一篇にもあるように、主の教えを昼も夜もくちづさみ瞑想するのです。すると、静まる時に、その教えがよみがえるのです。昔に覚えた暗証聖句が心に蘇ることがありませんか。夜にとありますが、暗闇にいるとき、苦難をのときに、主の言葉が心に湧き上がって私たちを養うのです。

★ 私はいつも私の主を私の前に v8 Set the Lord always before me
8 私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。8 I have set the Lord always before me; Because He is at my right hand I shall not be moved. 
これが、ダビデの秘訣です。これは、イエス・キリストについての預言ともいわれている箇所です。

◎レネグディー{Renegdi}(の前に、相対するの意before, in opposite direction) suitable
ダビデは、私の前に常に主を置いたと言います。私のイメージでは、イエス様の後姿を見ながら日々、イエス様について行く感じだと思っていました。が、しかし、言語によると、なんと、イエス様の顔を私の顔の前に置くということだそうです。なんと、向き合っている形になります。衝撃でした。レネグディー(の前に、相対するの意)
ダビデは、いつも主と顔と顔とを合わせているという親密さを日々体験しているというのです。

◎またそれは、「主が私の右におられる」ことでもある。On the right side.
右は絶対的信頼を表します。私の右腕なんて、日本語でも言いますね。これは、実に親密な守られている関係をも示します。
結婚式の時に新婦の右を歩くのは父親です。父が絶対的に信頼できる守り手として今まで育て上げたからです。そして、新婦が結婚の宣言の後、新郎と会場を出る時には、新婦が新郎の右を歩きます。新婦は新郎にとって神のような絶対的な信頼できる伴侶となったという象徴であります。また、結婚も相対して生きて行くものであります。親密な中に、その力があります。夫婦が親密であるほど、互いに強くあることができ、またゆるぐことがありません。
ダビデは、神が右におられるので、私はゆるぐことがない。と自信を持つて言っています。それは、神と相対しており、確固たる信頼をしているからでした。

★9 それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。10 まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。11 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。

神とともにある人生は、心に喜び楽しみ、平安があり、たとい苦しむことがあっても必ず守られる。それは、永遠に続く、というのです。

今日は、16篇全体を読みました。いろいろと皆さんそれぞれに心に響いたところがあると思います。今週も、ダビデのように、またイエス様のように、神と向き合い、神を信頼し、神を選びながら、恵みのなかを歩んで行きましょう。

#礼拝 #一月

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あらゆる境遇に対処する秘訣 The secret of Contentment

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礼拝後、折り紙をして遊ぶみんな... 礼拝後、折り紙をして遊ぶみんな。。。平和だー♪ お兄さんが、でっかい手でこんな... お兄さんが、でっかい手でこんなにちっこい米粒大の折り鶴を折ってくれました。すごいわー
2019年1月20日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ音声はこちら、


ピリピ4:4-13

4 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。5 あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
7 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。8 最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。9 あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。10 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、このたびついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜びました。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

★ピリピ書 Letter to Philippians

この書はパウロがローマでとらえられ牢屋に入れられていた時にピリピという町の信徒たちにあてて書いた手紙です。この教会のできたいきさつなどは使徒の働きに書かれています。パウロは、イエス様を伝えるためにあらゆる苦難にあいました。何度も死ぬほどの目にもあいました。そんなパウロが、異教の地で信仰を守っている聖徒たちに手紙を送りました。パウロは、ピリピの人たちから救援物資を受け取ってその感謝も伝えています。よくぞ、パウロの苦しみと心を共にしてくれた、と。あまりある霊的な祝福を祈りながら。苦しい時の折にかなったこくりもの、助けは、たわしたちに孤独ではない事を知らせ、神の御手が守っていることを確信させます。私たちもそうなりたいものです。ピリピ書は喜びの書ともいわれています。喜ぶことが勧められています。しかし、いかに実際のパウロの状態と正反対なことを勧めているのかと思いませんか。今日はそのお話しをしたいと思います。

◎パウロは、ピリピの人たちがパウロのことを思って贈り物をローマに送ってくれたことの感謝を表す中でこう云います。

★私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。V11 for I have learned to be content whatever the circumstances.

パウロは、食べ物やお金がない状態であり、牢屋に入っている状態でるが、満たされている。というのです。幸福だ。というのです。そして、パウロは、私はその秘訣を習得したというのです。パウロは、様々なことを経験する中でそれを学んだというのです。

◎12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。12 I know what it is to be in need, and I know what it is to have plenty. I have learned the secret of being content in any and every situation, whether well fed or hungry, whether living in plenty or in want.

豊かさにおいても、貧しい時にも、ミニストリーが成功している時でも、捕らえられているときでも、どんな時でも満ち足りる秘訣を学んだというのです。
私たちは、境遇に左右されるものです。私たちはまた、富んでいるときには高慢になりけちになり、貧しい時には卑屈になって自分を低く見るものです。しかし、私たちの身分は私たちの境遇に左右される必要がないことを今日覚えていただきたいと思います。
なぜなら、パウロは、どんな状況の中でも、満たされることができる。というからです。
ただし、それをあなたが習うなら、です。パウロもそれを学ばなければなりませんでした。

今日、あなたが行きずまっていると感じるなら、チャンスです、あなたも満ち足りる秘訣を習うことができます。

◎13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。13 I can do all this through him who gives me strength.

パウロの秘訣は、イエス・キリストです。ピリピ書にはIn Christ キリストにあって。という言葉がよく出てきます。キリストにあって、キリストの中にいれば強められる。どんなことでもできる。というのです。

どんな状況にいても、どんな境遇にいても、その境遇があなたのアイデンティティを変えることはできない、あなたの心を操作することはできないのです。
キリストにあって、あなたは、神の王子王女とされたからです。キリストにあって、あなたの国籍は天にあるからです。キリストにあって、あなたは誰の奴隷でもないからです。キリストにあってあなたは自由だからです。神の子だからです。

◎In Christ キリストにある

キリストにあるということは、場所のようなものです。私たちは、どんな境遇の中にいる前に、キリストの中にいることを確認するのです。キリストは私たちの隠れ家です。
立ち上がってみましょう。一歩動いてみましょう。キリストの中に入る。。。を創造して。
その場所へのアクセスは、信仰です。

また、In Christ という場所は、永遠へのアクセスです。私たちの人生は、一時的なもの、私たちの人生の本番は天国です。天国へのアクセスはキリストにあります。キリストにとどまり、キリストの愛の中にいる時、私たちは一時的な痛みから解放されそして休みを得ることができるのです。クリスチャンが永遠の感覚から切り離される時、私たちは苦しむのです。
これは、またコーピングスキルではなく、キリストを信じるものには、霊的な現実であります。

イエス様を信頼することです。苦しい時、息を吐いて、「ハレルヤ、イエス様―」と私はイエス様を呼びます。イエス様を信頼していることを自分の心で確認するのです。

★パウロの簡末の奨励 Paul’s end of letter exhortation 4:4-9
4 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。5 あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
7 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。8 最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。9 あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。

パウロは勧めています。喜びなさい。喜べない時は、思い煩うことをやめ、感謝をもって祈り、あなたの願い事を神に知っていただきなさい。と。。喜べない時に、私たちはいろんな感情を経験しています。悲しみ、苦しみ、痛み、嘆き、怒り。。。私たちのすべての感情は私たちの必要に直結しているのです。ですから、あなたの「願い事」と書かれているのはもっともだと思います。そうすると神の平安が心を満たし、あなたは、In Christ キリストの中におり、守られる。というのです。

また私たちの考えというのは、厄介なもので、ネガティブなことを考え続けたりしてしまいます。パウロのように試練に合い、孤独を感じていたでしょうからどんなにこのネガティブな考えと戦ったことでしょうか。パウロはまた勧めています。私の大好きな聖書の言葉です。

◎8 最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。Finally, brothers and sisters, whatever is true, whatever is noble, whatever is right, whatever is pure, whatever is lovely, whatever is admirable—if anything is excellent or praiseworthy—think about such things.

私たちは、腹の立つとき、ネガティブな時、否定的なことばかり数えてしまいますが、むしろ、良いこと、美しいこと、愛すべきこと、清いことを心にとめるように勧められています。良かったさがしです。それは、パウロがしていたことであり、v9「そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。」とあります。put it into practice. And the God of peace will be with you.

すなわち、これも、私たちをキリストの中に移すことができるというのです。In Christ …

★実践Practice
今、一緒に祈りましょう。心の重荷を神様の前に降ろしましょう。こんなことが苦しいです。また、こんな風に変わりたいです。と願い事も祈りましょう。
それを祈ったら、今度は、感謝なこと、そして美しいこと、に心を留めましょう。黙想しましょう。感謝の祈りができる人はそうしてください。

★「あしあと」の詩 Poem “Footprint”
#礼拝 #喜び #キリストにあって

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自分を愛すること

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自分の親に虐待を受けた子供は、... 自分の親に虐待を受けた子供は、親を愛することをやめることはないが、自分を愛することはやめる。

メンタルヘルス、

セラピストとしてインターンを初めて早、四カ月ほど。

いろいろな虐待を受けて傷を負っている患者さんたち。

皆さんに言えるのが、これです。

私の仕事は、自分を愛することのお手伝いをすることです。

皆さんは、自分を愛することができますか?

自分に寛容に、

自分を赦すことができるでしょうか。

自分を大切にするという意味が分かるでしょうか。

聖書には、

あなた自身を愛するように、隣人を愛せよ

という言葉があります。

自分を愛せないでは、人を愛することは分からないというのです。

全くその通りです。

また、おいおいその辺もお話します。

#日常 #ブログ #メンタルヘルス

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2019年の抱負

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年末に、教会のみんなのお父さん... 年末に、教会のみんなのお父さん的な方がエリックと私に励ましとともに送ってくれた写真。きれいですねー。
さて、年が明け、新年礼拝が終わり、今年の書初めは、開門と書きました。

何かが開かれている、ドアが開く年だと思っています。

個人的にも、エリックにも、教会の皆さんにも、何かが開いていくという年、と感じています。

私は、今年の夏、大学院を卒業します。その後、ワシントン州のサイコセラピストとしてのライセンスを取るには、3000時間のクリニカルアワーが必要になるので、それに向けてセラピストとしてどこかで働くでしょう。

また、教会では、私のペーパーに終われる日々が終わるので、何か新しいことができそうです。
今、心があるのは日本人むけの子育てクラブのようなものや、言語を超えてのスモールグループの確立です。人が来て、癒されるグルーブ、コミュニティづくりをしたいと思います。

今年、ますます祈り深く、神様に近く歩みたいものです。

個人的には、健康オタクの私ですが、
フィットネスにもここ三、四年ほど生活の一部になっていますが、
筋肉も随分ついてきたことだし、今年は、絞ってみるか、なんて思っています。日本でも筋肉女子が流行っているようですが、
絞るとさらにディフィニションが出るのではないかと思っています。

あと、遊ぶこと。
あまり遊ばない人なので、遊ぶことも考えてみようかなー。

去年、中学生の子とアートをしていたんですが、今年も続けて創造性を養ってみたいと思います。
自己流なので、エリックに教えてもらってデッサンをしてみようかなぁ。。。

日本にも今年中に訪問したいです。。

それから、もしできたら、ハワイか、メキシコか、イタリヤかどこか温かいところに休暇で行きたいなぁ。。。。。
これは、難しいかなーー。

と、いろいろ書いてみました。書くのはただやし。。。。

皆さんの、今年の抱負はどんな感じですか?

コメント欄にコメントください!

皆さんの一年がとても祝福された一年でありますように、お祈りしています!

愛をこめて

ぼくし
#日常 #ブログ

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新年礼拝 頭を上げよ!

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お節。三日間かけて、ぼーちぼち... お節。三日間かけて、ぼーちぼち作りました。美味しくできてくれーと祈りながら。また、食べた人が幸せな気持ちになれますように。神様の愛が伝わりますようにと、祈りました。祈りが聞かれたようで、みなさん、全部美味しかったーーと。。。。神様ありがとう! 和やか、和気あいあい。どのテー... 和やか、和気あいあい。どのテーブルも楽しくお互いの存在を楽しみました。 写真がぼけている。。私の目がぼ... 写真がぼけている。。私の目がぼけているだけではなかったー。がくっ。書初めも楽しくできました。 みなさんと作品。子供たちの成長... みなさんと作品。子供たちの成長が目覚ましい。。。。今年も元気で皆さん祝福が大いにありますように。。。と祈りつつ、一日を終えました。
2019年1月6日新年礼拝メッセージ音声は、


あけましておめでとうございます。

英語では、ハッピーニューイヤーと言いますが、日本語では直訳すると、Congratulation on New Year! となりますね。
日本の文化には、代々、新年をポジティブに過ごすことを勧めてきたそうで、それが習慣になり、「おめでとう」というのだそうです。決して初めの一週間ほど、否定的なことを口にせず、肯定的なことだけを言うようにし、それによって、福を呼び込むようにしたのだそうです。これは、なかなか迷信のように感じるかもしれませんが、実に聖書的でもあります。
聖書の言葉を見てみましょう。

詩編24:7, 8
7 門よ。おまえたちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ。栄光の王が入って来られる。8 栄光の王とは、だれか。強く、力ある主。戦いに力ある主。Lift up your heads, you gates; be lifted up, you ancient doors, that the King of glory may come in. 8 Who is this King of glory? The Lord strong and mighty, the Lord mighty in battle.

◎ 門… ユダヤの習慣では、門で相談ごとがなされ、決断がなされ、契約が結ばれたりします。私たちの身体で言うと、頭です。
その頭を上げよ。と聖書は言っています。どういうことでしょうか。一度、教会で実験をしたことがありますが、目を閉じて、人生の中で一番悲しい時、つらかったことを思い出してください、というと、みなさん、だんだんだんだん、肩が縮こまり、頭がずーんと下がって来るのです。また、反対に、人生で一番感謝だったこと、嬉しかったこと、幸せを感じたことを思い出してくださいと言うと、どんどん頭が上に上がり、天を見上げるような形になりました。
私たちは、感謝の心を持つときに、肯定的なことを数える時に頭が上がるのです。

◎ 永遠の戸 Everlasting door
聖書の有名な言葉で、

13 こういうわけで、いつまでものこるものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。(1コリント13:13) And now these three remain: faith, hope and love. But the greatest of these is love.

人は、何かを信じてみな生きています。人は、何かを信じずには生きて行けない存在です。無神論者もです。例えば、「私は、いつも○○だ」という言葉を信じていませんか?  私たちの、希望は、私たちの信じていることにかかっています。そして、私たちの信じたいことは、必ず「愛」であり、裏切らない愛であります。もし、私たちが裏切らない愛を信じるなら、必ずそこに希望があるのです。希望は、絶対にあなたを去らないのです。

◎裏切らない愛を信じることは、永遠に繋がります。それは、刹那的な、今、この瞬間だけ満たされる愛ではなく、裏切らない愛は、永遠に続くからです。

◎永遠につながる戸とは、あなたの心の扉です。裏切らない愛とは、私たちがまだ罪人であったときに、ご自分のいのちを下さるほどに私たちを愛してくださったイエス・キリストの愛です。

あなたの頭を上げ、そして心の扉を開くなら、だれが入って来ると書いてあるでしょうか。それは、栄光の王、戦いに強い主です。今年どんなに苦しいことが起ころうとも、あなたの頭を上げ、心を開くならば、その戦いに打ち勝たせてくださる強い神様が入ってきてくださるのです。


#礼拝 #新年

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新年あけましておめでとうございます

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新年あけましておめでとうござい... 新年あけましておめでとうござい...
2019年あけましたー

アメリカでは、正月はカウントダウンして花火を見て。。。
それだけですね。

私も明日二日には、大学院でプレゼンを控えているので、今日は準備にいそしみます。
元旦だけど。。。

お店もジムも開いているみたいで、
こちらでは、クリスマスの方が何も開いてないですねーー

今日もジムに行きますー

近所の花火のビデオを撮ってみました。
短いですがお楽しみください

みなさんに上に今年もたくさんの祝福がありますように。。。
お祈りしています!

一月六日は、新年礼拝です。お雑煮やお節を用意します。
毎年たくさんの方がいらっしゃいますので楽しみです。
これを見られた方、お気軽にいらしてくださいね。

#日常 #ブログ #新年

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