僕の「黒いカサラノ」も組みあがり、3年ぶりに乗り込むのだ。 カサラノは高速艇。 速い分だけ不安定。 黒はオーダーして作ったもの。 超カッコイイ。 しかし、なにぶん久々の乗船。 コントロールできれば良いが・・・ コケたら、超かっこ悪い。
表彰式の翌日、朝便で事務所へ向かう。 発熱しボロボロの身体は、何かをやり遂げた感覚を運んでいる。 夢の世界から、現実の世界へ。 この飛行機が着陸したら、全力で解決しなければいけない問題がいくつもある。 休んでなんていられない。ボロボロの今日も完全燃焼!
このレースで一番難しいのは、ゴールの位置がどこかを探すことだ。 伴走船から方角の指示を受ける。 ゴール付近での写真はない。 シャッターを押せる状況ではなかったからだ。 ニヌハチームは、強豪「ハーインドー」をわずか20秒差まで追い込んでゴールした。 正直、少し残念だった。 しかし、昨日の午前中まで、誰がこの走りを予想できただろう。 このおんぼろチームが、ついに強豪チームを脅かす位置に上り詰めた。 5位でのゴールは、いかにも誇らしい。 既にゴールした艇の選手たちは、「なぜニヌハ2がここにいるの?」という顔をしている。---------- この3年間、このニヌハ2でレースに挑んできた。 ニヌハ2は、ニヌハ1を巨大なアウトリガーとした1戦目のスタイルから、浮力の少ないアウトリガー&低い座席位置の本体に身体を沈めるスタイルに変わっていった。 それは、サバニ本体だけで走るステップアップのためだ。 もちろん、レースに勝つという目的を前にしてそれは遠回りしているようにも思えた。 その間、忠さんとも何度も激論を交えた。 しかし、どうだろう。 5位という成績を残し、このスタイルの優位性を示すことができたのではないだろうか?今回、波にもまれながら感じたことは、もしアウトリガーが無かったら、「もっと走りやすいのにな」と言うことだった。 アウトリガーが波に飲み込まれるたびに、船首方向が変わる。 その苦労は皆無になるだろうと言うことだった。 実際には、そんな楽な話ではないことは理解している。 しかし、「そろそろアウトリガーを外してみたい」という感覚が芽生えてきた。 僕のイメージする古式サバニは、軽くヒールさせた船体が滑るように進む姿だ。 エイクのひとかきが、今の1.5倍ほど船体を滑らせるイメージだ。 上手く操れば、そうそう転覆するものではないと信じている。 昔の人はそれで漁をして、魚を運んだのだから。 僕らニヌハチームの挑戦は、まだまだ続く。 -----------表彰式で僕の目に浮んだ物は、レースの結果に満足した涙ではない。 この仲間たちと、次なるチャレンジへ進める喜びの涙だ。
チービシの南を通過すると、うねりが多少静かになってきた。 この状態ならば、縮帆の解除が可能だ。 僕はクルーの一人に、縮帆の解除を命じた。 次に、帆をマストの上端より少し低い位置まで揚げさせた。 帆の下端が、漕ぎ手の頭をかすめるぎりぎりの位置だ。 風は全て利用する。だが重心位置はできるだけ低くするためだ。10:02の画像と比較すると、うねりの違いが良くわかる。 GPSは時折7ノットを表示している。 追い上げつつある白い帆の艇が、常勝チーム「海想」であることは、後で知る事になる。
選手交代のタイミングで、漕ぎ手を1人追加した。 体重の軽いリリーには、漕ぎと同時に排水作業をお願いする。 強風とうねりの中、昨年まで常に上位に入り続けている「ハーインドー」チームの帆が見えている。 「ニヌハ!ニヌハ!」の掛け声とともに漕ぐ。ひたすら漕ぐ。 しかし、そこは強豪チーム。 なかなか接近を許してくれない。 プレッシャーを掛けながら、チャンスを待つ。 ニヌハ2の帆は下から一段目を縮帆している。 一段目は、ランニング(真追いの風)でのみ効果のある事が、実験で分っている。 このときの風向は、この一段目を使用可能な状況だった。 しかし、それを使用するとバウ(船首)が沈む。 この波の中では転覆の危険を増してしまうのだ。 チービシのうねりを越えたときに、この縮帆を解き放ち、フルパワーの風を利用するもくろみなのだ。
強風が吹けば、セーリングが重要なレースになると思っていた。 帆に集中すればいいと思っていた。 しかし、初めて上位グループに食い込んで分かったことがある。 上位グループはどんなに風が吹いていても、手を抜かないと言うことだ。 今やニヌハ2のGPSが示す速度は、僕が作成したどの計画数値よりも速いものだった。 置かれた立場が選手を1つにまとめている。 全員がスーパーアスリートに変身した瞬間だった。 もう1つの誤算はこの大きな波だ。 船体が予想以上に波をかぶる。 アウトリガーが波に飲み込まれると、それがブレーキになり、船首方向が一気に変わってしまう。 その力は、舵を入れて修正できる範囲ではない。 波を予測しながら、舵を入れるタイミングが難しい。 限界まで速度を上げるため帆綱を引き、コントロールの限界、転覆までの限界、帆柱強度の限界で帆綱を緩める。 その中での排水作業。 僕にもまたタフな仕事がまわってきた。