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26. 無量の死

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26. 無量の死
先日、母が永眠しました。

子宮という宇宙のなかの小さな赤ちゃんの死と
日々向かい合っているせいか、
どうしようもない、受け入れるしかない死として、
母とお別れしてきました。

その通夜のとき、お寺様が
「 無 量 の 死 」、
明日さえわからない死、運命にまかせるしかない死、
についてお話されました。
人間は何か大きな力により生かされているという教えです。
ですから、与えられた運命を精一杯生き抜くべきだと。


私が不育症のご夫婦に、最初にお話していることと
核心部分では同じでした。

不育症の治療においては、
赤ちゃんの運命を変えることはできないということです。
一回の妊娠について、ご夫婦の染色体異常がなくても、
約20%弱は、偶然の胎児の染色体異常により、
換言すれば、その赤ちゃんの運命により、
約1〜2ヶ月間の命の光を消してしまうのです。

その運命を最初から覚悟して、
それ以外の原因を治療することにより、
約80%強の成功率が得られるのです。


頭の中では、十分わかっているのですが、
心の深いところで、ぽっかり小さな穴があいているみたいです。

大切な命を失った悲しみ、残された者の無気力感、
辛い日々ですが、
「 無 量 の 死 」
を受け入れて、その分まで、
生き抜いていくしかないと思っています。

自分の人生が終わる
その時まで。
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25.13回の流産を乗り越えて

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25.13回の流産を乗り越えて
数年前ですが、妊娠初期に連続して、
13回も流産を繰り返されていた患者さんを
治療させていただきました。

それまでに、その患者さんは、
抗凝固療法、リンパ球療法、ホルモン療法、漢方療法、安静療法を、
いろいろな病院で受けていましたが、
すべて不成功に終わっていました。

そこで、私はいろいろな検査を再点検しましたが、
身体的には、
特別に大きな異常は見つかりませんでした。

しかし、精神的には、
焦り、不安、極度の緊張等がありましたので、
支持的精神療法と薬物療法を
追加治療してみました。


その患者さんも、
子宮の中の小さな赤ちゃんに

(仮の) 名 前 を つ け て、

心配なときは、いつも、
その赤ちゃんに話しかけていました。

「000ちゃん、大丈夫だよ。おかあさんが守ってあげるから。」
と。


超音波検査の前夜は、毎回、怖くて怖くて、
凍りついていたようです。
薬物療法の助けも借りて、
必死で、赤ちゃんの生命力を信じて、信じきって、
そして、祈っていたと思います。


この患者さんは、その後、
無事に元気な赤ちゃんを出産されました。


14回目の奇跡かもしれません。

14回目に成功した患者さんは、
私が経験した最高流産回数の経験者です。
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24.白い天使

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24.白い天使
流産したあかちゃんを直接、見たことはありますか?

妊娠初期に、テレビモニターを通して、
いつもその成長状態を見ていたと思いますが、

不幸にも、流産に終わったとき、
麻酔下で流産手術を受け、
いつの間にか、子宮内が空っぽになっている・・・。

流産した赤ちゃんは、ご本人に確認されることなく、
ホルマリン液に保存され、
病理組織検査に提出されたと思います。


できれば、その赤ちゃんの組織を見せてもらってください。

赤ちゃんの胎盤組織である絨毛は、
まっ白で、まるで、天使の羽のようですよ。

赤ちゃんの形はわかりませんが、
赤ちゃんは、その

ビ ロ ー ド の よ う な 天 使 の 羽

に包まれていたのです。


こちらでは、流産後、ご夫婦に確認して、
ご希望があれば、
いつでも、お見せしています。

そうすることで、
バーチャルな世界から、現実を実感できるからです。
現実を直視することで、
流産した赤ちゃんは、
あなたの
記 憶 の 中 で 生 き 続 け ら れ る 
と思います。


流産手術後の悲しみのなかで、
ある患者さんは、その流産組織を見て、

「白くてキレイ。天使の羽みたい。」

とおっしゃっていました。
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23.冷え症と不育症の密接な関係

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23.冷え症と不育症の密接な関...
不育症の患者さんの多くが手足の冷えを訴えられています。
また、頑固な肩こりや肌荒れも同時によく訴えられます。

時には、朝が何か憂うつで、
夜には元気になってくるということも言われます。


そのような場合、
(潜在性)甲状腺機能低下症が疑われます。

甲状腺機能は物質代謝を促す(新陳代謝を良くする)
という重要な働きを担っています。

しかし、その機能低下があったとしても、
上記のような、
ある意味、だれにでも多少ありそうな症状のため、
その異常は見逃されやすいのです。


この病気は、加齢とともにその頻度は増加し、
女性に多く出現しています。
潜在性甲状腺機能低下の頻度は、約4〜8%
と報告されています。


甲状腺機能低下は、
子宮内の新陳代謝の低下でもありますので、
不妊症のみならず、
不育症の大きな原因のひとつなのです。

子 宮 が 冷 え て い る とイメージしてみてください。

子宮内の赤ちゃんには決して良くありません。


さらに、重要なポイントは、
妊娠初期(12週まで)の母体の甲状腺機能低下は
潜在性であっても、

児 の 知 能 低 下 

と関連していることが、
1999年の世界で最も権威のある医学誌
(N Engl J Med 1999; 341: 549-555)
に報告されて以来、
全妊婦を対象にスクリーニング検査すべきか否か
について、現在も、議論されているという点です。

2002年に発表された米国産婦人科学会のガイドラインと、
2007年に発表された北米内分泌学会のガイドラインでは、

症 状 (冷 え 症 等) や

既 往 症 がある妊婦さんに限って
甲状腺機能スクリーニングを行うことを勧めています。


不妊症あるいは不育症の患者さんであれば、
一般の婦人に比べて、甲状腺機能低下の頻度は高いので、

潜在性も含めて、

精査と治療が必要と思います。


また、ご本人の脳の新陳代謝にも影響していますので、

甲状腺機能低下と気分障害(不安、抑うつ等)との

密接な関係は、以前より指摘されています。
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22.私は不育症ですか?

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22.私は不育症ですか?
「連続して2回流産しました。私は不育症でしょうか?」

「ひとり正常出産していますが、その後に流産をくりかえしています。
このようなケースは稀なことなのでしょうか?
このようなケースも不育症になるのでしょうか?」

「妊娠反応陽性後に、すぐに流産してしまう化学的流産は、
流産回数にカウントしないのでしょうか?
化学的流産も含めて、2回以上流産していれば、
不育症になるのでしょうか?」

「2回の流産の場合、不育症の検査をして、
原因がなかった場合(見つからなかった場合)、
不育症ではないのでしょうか?」


以上のようなご相談をよく受けています。
私の見解は、
「21.不育症の医学的定義」
で説明した根拠により、

すべて、
「不育症です。」
と、お答えしています。

ただし、実際的には、
上記の経験が、ご本人にとって、

「辛 く て、医 療 の 助 け を 希 望 し て い る」

と判断された場合です。


流産をくりかえして、助けを求めている人に対しては、
身体的な検査結果のみで診るのではなく、
その人の精神的状態と社会的因子を診て、
その上で、
流産危険因子(原因と原因らしき因子)
を、できるだけ多く、
示してあげるべきと考えています。

身体的な一般的検査のみで、
「原因がないから、次の妊娠は大丈夫です」
と説明されても、
その人が、

本当に大丈夫と考えていいのかな?
原因が見つからなかっただけではないのかな?
と、
その検査結果の説明後でも、以前と変わらずに、
次の妊娠が怖い、
何か不安、納得できない、
何かイライラする
等の精神的不安因子が解消されていなければ、
不育症とそのご本人自身への治療としては、
不十分なものになると思います。


一方、流産をくりかえされていても、
その事実をそのまま受け止めて、
あくまでも自然体の状態で、
赤ちゃんを待っていられれば、

不育症としての検査の必要性は低いと思います。


「青木産婦人科クリニックのホームページ」の
「不育症について」のなかで、
「3.2回流産後の次回流産率は36〜44%です。」
と解説しありますように、
精神面が安定していれば、
その後の妊娠に対して、無検査、無治療であっても、
妊娠維持成功率は、
56〜64% と推測されます。
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21.不育症の医学的定義

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21.不育症の医学的定義
不育症の医学的定義をご存知ですか?


関連する医学用語のなかで、はっきりしている定義は、
日本産科婦人科学会の統一見解として、1981年に発表された、
「連続3回以上の自然流産を繰り返した場合を習慣流産という。」
というものだけです。

医学界の付随した定義として、
「連続2回の自然流産を繰り返した場合は、反復流産という。」
とされています。


「不育症」という医学用語は、
私の知るかぎりでは、
1990年ごろより、徐々に使われてきていると思います。
「不妊症」と対比して考えたとき、
一般の人から見ても、
「不育症」として大きくまとめたほうが
わかりやすい
と考えるようになってきたからだと思います。

実際に、私も1983年より、
流産、習慣流産、反復流産についての論文を書いてきていますが、
「不育症」という医学用語についての論文は、
1990年が最初です。

その最初の論文では、

「不育症とは、流産あるいは死産をくり返すために、
生児を得られぬ病態のことであるが、
妊娠24週未満の分娩にかぎられる反復流産あるいは
習慣流産の病態と多くの部分で重複している。」

と記載されています。


1993年の論文では、

「不育症とは一般的に、妊娠は成立するが流産・死産を
くり返すことにより、生児の得られない病態を意味し、
反復流産・習慣流産と同義語として使用されている。」

と記載されています。


わかりやすく解説すると、

「不育症とは、反復流産と習慣流産を含んでいて、
それ以外に、
妊娠24週以降の(反復する)死産も含んでいる。」

と定義されると考えられます。
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20.ある不育症患者さんの手記(2−7)

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20.ある不育症患者さんの手記...
〜3人の我が子にありがとう〜


35週6日、少量の出血があり、
子宮口は2〜3cm開いている。
いよいよかな?

しかし、1週間くらい、おしるしが続く人もいるらしいから、
すぐに陣痛が来るわけでもなさそうだ。


36週0日、
生理痛のような痛みとお腹の張り、
前駆陣痛かもしれないと言われていたが、
夜になり、痛みが増してきた為、
これは陣痛なのでは?と思い始め、
機械でお腹の張りの間隔を見てもらおうと、
ナースコールをする。

念の為に、夫に電話をいれる。
「 陣痛かどうか分からないけど、病院にきてくれる? 」

陣痛室に入り、子宮口を見てもらうと、
なんと7cmも開いている。
自分でもびっくり。
やっぱり陣痛だったんだ。

その後は、あっという間に痛みが増して、分娩室へ。

後に、喜びが待っている痛みなのだから、
「 痛い 」
という言葉は口に出さないようにしたいと思っていたが、
ちょっと無理だった。

助産師さんが、
「 そうだね。痛いよね。 」
なんて言ってくれるから、余計と甘えて出てしまう。

「 痛い! 」

「 オギャー! 」 

大きな声が、分娩室に響き渡った。

初めて聞く我が子の声。

白い脂で包まれた生まれたばかりの赤ちゃんを
胸に乗せてもらう。

これこれ、赤ちゃんの臭い。

病室に戻り、一睡もしていなかったのに、
頭が冴えて眠れない。


亡くなった2人の子供のことばかり思い出され、
声がもれないように
必死に抑えて 泣 い た。


元気に生まれた赤ちゃんを見て、
亡 く し た 命 の 大 き さ に、
改めて気付かされた。


「 苦節何年、この赤ちゃんは宝物だね。 」、
「 今まで色々あったから可愛いでしょ。 」

というような事をよく言われるが、
私にとっては、

3 人 と も  同 じ く ら い 可 愛 く て、
宝 物 だ と 思 っ て い る。

流産、死産は悲しい出来事だし、
もう2度と経験したくないが、

だからと言って、
自分は不幸だとは思っていない。

今の自分があるのは、
子供達のおかげだと思っている。


2人の子供に教えてもらった大切な事を、
生まれてきた新しい命に伝えていきたい。


終わり。
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19.ある不育症患者さんの手記(2−6)

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19.ある不育症患者さんの手記...
〜3人の我が子にありがとう〜


不育症の検査も終わり、治療方針も決まった。
そして、3人目の赤ちゃんが
私のお腹の中にやって来てくれた。

妊娠が判明し即入院。

フラグミンの24時間点滴が始まった。
週2回ある内診の日は、いつも緊張と不安で一杯だった。
内診台にあがり、
エコー画面を見る先生の表情をちらりと伺う。

「 なんだかいつもと様子が違う? 」
「 難しそうな顔をしている? 」

妄想が広がって、
「 今回は残念だったね。 」
そんなフレーズが頭を過ぎる。

私の不安を察するかのように、
先生は、画面をみて第一声、


「 赤ちゃん元気だよ。 」
と言ってくれた。

よかったー。
安心して小さな手足を動かす赤ちゃんを見ることが出来た。

入院中は、他の不育症患者の方とも親しくなれた。
不安な気持ちを言い合うだけで、
自分だけじゃないんだと気持ちも楽になった。


妊娠後期になり、お腹が頻繁に張るようになった。
切迫早産で、再び入院となった。

2人目の子をウテメリン内服して2日目で死産した為、
ウテメリンに対してとても恐怖心を抱いていた。

点滴が刺され、
お腹に機械をつけて張りと赤ちゃんの心拍数を計っていく。

ふと、心拍が途切れた。
サーッと血の気がひいて、
急いでナースコールを押す。

「 赤ちゃんが動いて、機械から外れてしまったんだよ。 」

そう聞いて、ホッとした。

ウテメリンが直接死産につながった訳ではないと、
先生に説明してもらったが、
それでも不安は消えなかった。


朝夕のドップラーも、私には恐怖だった。
お腹の上で何度も位置を変えながら、
心音を探していたあの時の様子が、
トラウマになって思い出される。

毎朝、胎動を確かめる。
うん、動いてる大丈夫。
次の朝、今日も元気だ、
よかった。
絶対無事に生まれてくる。


そんな未来が分かっていたら、
もっと楽しく
お腹の赤ちゃんと毎日を過ごすことができるのに、
お母さんは 
いつも、いつも、心配ばかりしていてごめんね。


私の中に赤ちゃんを入れておくことが、
赤ちゃんの命取りになるような気がして、
切迫早産で入院しておきながら、
1日でも早くお腹から出てきて欲しいと願っていた。

私は、赤ちゃんのことを第一に優先して
元気なうちに取り出してほしいと、帝王切開を希望した。

先生と話し合って、ウテメリンをはずして、
38週0日までに自然に陣痛がつかなければ、
帝王切開をすることになった。

今までは、
陣痛促進剤を使っての分娩しかしたことがなかったので、
自分の体の力でおこる陣痛はどんなものなのだろうかと、
興味もあった。

「 オギャー。 」
なんて産声を聞いたら、感動するんだろうな。
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18.ある不育症患者さんの手記(2−5)

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18.ある不育症患者さんの手記...
〜3人の我が子にありがとう〜


毎朝、基礎体温を測るのが日課となった。
昔から酷い生理不順だったのが、
1人目を流産した後から、
だんだん定期的に生理が来るようになり、
2人目を死産した後は
基礎体温のグラフも高低きれいに描けるようになり、
決まって生理も来るようになった。

それを先生に話した所、

「 それは、赤ちゃんのおかげだよ。
赤ちゃんがお腹にいたから、
子宮内の環境がよくなったんだよ。 」

というような説明をしてもらった。

「 子供達は笑うことも泣くこともなく、
短い一生を終えてしまったのに、
私は、また、新しい命を望み、幸せになっても良いのだろうか 」
と、
亡くなった子供達に対して、
なんだか申し訳ないような気がしていた。

しかし、先生の話を聞いて、

「 いつの日か私が、
赤ちゃんを抱くことが出来るように、
体を整えてくれていたんだ 」

と思えるようになり、
子供たちに対して、また一つ、

「 ありがとう 」 が増えた。
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17.ある不育症患者さんの手記(2−4)

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17.ある不育症患者さんの手記...
〜3人の我が子にありがとう〜


そんな時、
「 不育症 」 という言葉を知り、
青木先生を知る事となった。

妊娠初期での流産を繰り返すという人は多くいても、
私のように中期、後期で・・・
という人にはなかなか出会えず、
原因はあるのか治療は出来るものなのかと
不安になっていた。

そして、私の疑問や不安を青木先生にメールで送ってみた。
翌日、まさかこんなに早く返事を頂けるとは思っていなかった。


「 死産された胎児は男の子でしたか?
女の子でしたか?
名前は付けられましたか?
今は十分に供養してあげることが何よりです。
自分を責めてはいけません。
誰に対しても責めないで下さい。
あなたの赤ちゃんは、
あなたの子宮の中で精一杯生きたのですから。 」


「 まだ、若いから。 」
今まで死産をした病院では、
そんな言葉くらいしかかけてもらえなかった。

若いなら、赤ちゃんが死んでしまっても大丈夫なの?
死んだら、また、次に産めばいいというものなの?


青木先生から、亡くなった赤ちゃんに対する言葉をもらい、
すごく嬉しくて、涙が出て仕方なかった。
真っ暗闇の中に、光が差した様だった。
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