「内なる人は、日々新たに」
11月
24日
ホサナキリスト教会・日曜礼拝のメッセージアウトラインです。
「内なる人は、日々新たに」
コリント人への手紙 第二 4章7~18節
"私たちは、この宝を土の器の中に入れています。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかになるためです。
私たちは四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方に暮れますが、行き詰まることはありません。
迫害されますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。
私たちは、いつもイエスの死を身に帯びています。それはまた、イエスのいのちが私たちの身に現れるためです。
私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されています。それはまた、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において現れるためです。
こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働いているのです。
「私は信じています。それゆえに語ります」と書かれているとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語ります。
主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスとともによみがえらせ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださることを知っているからです。
すべてのことは、あなたがたのためであり、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現れるようになるためなのです。
ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。
私たちの一時の軽い苦難は、それとは比べものにならないほど重い永遠の栄光を、私たちにもたらすのです。
私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。"
(1) 四方八方からの苦しみ(7-10)
❶パウロの舐めた宣教での試練~
「途方に暮れ」、「行き詰まり」、「迫害され」、「イエスの死を身におびてきた」
「途方に暮れ」、「行き詰まり」、「迫害され」、「イエスの死を身におびてきた」
❷一般の日常生活にも、不条理で理不尽な仕打ちに直面することがある
パウロは2年間、無罪のままカイザリヤで幽閉された(使徒26章)
パウロは2年間、無罪のままカイザリヤで幽閉された(使徒26章)
(2) 明らかとされるイエスのいのち(10)
①「今日私の話を聞いている人々が皆、この鎖は別として、私のようになってくださること」~鎖で手錠や足枷をかけられた男が、権力者も持ってない内的輝き、否定出来ない喜びに溢れていた。
②状況は私たちをいやしめることはできない
状況はすぐには変わらないし、好転しないかもしれない。しかし私たちは状況の奴隷ではない。最悪な状況である「死」を打ち破った方が、私たちの内におられる。
(3) 永遠の栄光へとつながって
❶なる人(肉体)の衰えは避けられない~気力や体力も老化とともに衰えゆく
この生きている限り避けられない困難は、「軽い」(17)もの、「一時」(18)のもの。
この生きている限り避けられない困難は、「軽い」(17)もの、「一時」(18)のもの。
❷「内なる人」(16)=「土の器の中に入れている宝」(7)=キリスト
私たちの内に住まわれるキリストは、日々確かな存在として、私に革新を与え続ける
私たちの内に住まわれるキリストは、日々確かな存在として、私に革新を与え続ける
(結論) 測り知れない重い永遠の栄光へ
❶心照らされて、神の栄光を知るものとされた私たち(6)
❷その私が優れていたからではなく、私は「土の器」に過ぎなかった(7)
❸すべての事(ネガティブな不条理も含め)は、私たちに益となる(15)
~恵みが多くの人に及び、神の栄光へとつながるから









