ハートの手をいくつ差し出し 今年最後の狂い咲き なるべく多くの野望を伸ばそう 強引に挑んだ数は裏切らない 影響のピンクは自己満足 浸透のピンクは浮遊思考 燃焼のブラウンは匍匐斜進 切 空洞化の果て 身体は風に反響しながらの 泣きながら笑う 伐採される存在の行方から 佇んでいたその場所を 鳥瞰しようとする目はもはやない 想像の耳が有るだけだ ただ救いなのは「無」ではく 「虚無」という 咲いていただろう 時間をまだ持っていることだ
おはようのポエムは 朝から光が凄くて 眠いけどなんだか うひゃー って、感じ えっ、どんな感じ? いい感じだよ だって昼が古くなり 黝ずんでしまい 月や星が頑張っても 浄化不足だったから ぱっと新しい光に包まれら なんだかいい日 って、感じじゃん まあ、俺自体は 新しくなっているのか わからないけど 気分は軽めになっている さあ どんどんポエムするぞ! さあ どんどん愛そうぜ! さあ どんどん歌おうぜ! さあ、さあ、さあ、始まるよ!
自分が可愛いほど 「わたしは可愛くない」と思いたがる べつにそんなことどうでも良いけど ちょっと気になったからさ 呟いてみたよ まあ、自分が可愛から いろんな悩みが湧いてくる訳さ そんなことよりひとに 「あんた可愛ところあるじゃん」 それが言えないようじゃ 「狭くないかい、あんたの世界」 って、感じじゃないかい 裏切られたとか ひとが信用できないとか そんなことばかり もう聞き飽きてしまったよ 「でも、わたしどうにもならないんです」 そんなことを言っても 「可哀想だねあんたは」 なんて同情はしない あんたの心は可愛くないから 自分が可愛いほど 「わたしは可愛くない」と思いたがる そんなあんたはやっぱり可愛くない でも、良いんじゃないか それがあんたの生き方なんだろうから
朝からYさんの詩を読む ファイティングポーズをとりながら 攻撃の言葉は自分への最大の防御になり それでいて もしパンチが来たのなら 避けずに「試してみろ」と 聴こえてくるような気迫を感じた 古巣の高知を離れ 失踪、疾走し捜索願も出され 飛び出した先は表現の世界 そこで戦って来た詩人なんだろう たぶん詩を書くことにより 殺されてしまうことがあっても 本望だと その日を生きているように Yさんには三人母親がいるらしい 生みの親、育ての親がふたり そして 三人の母親を介護するために 埼玉を離れ高知に帰るそうだ そのことを「背走する太鼓」という 作品で表現している 古巣の太鼓が聴こえて (自身の感情を叩く響きなのか) 引っ張られるように背走して行く そのYさんの動向がやけに気になる 詩は書き続けるのだろか それとも表現する意志をすべて 埼玉において行くのか やけに気になるのは 自分と重ねながら考えてしまう ファイティングポーズの詩人だから 「俺にはファンがたくさんいるんだ」 そう言って巻き込んでしまう Yさんによる 最後の朗読会を楽しみにしている
そろそろ 自分のいなかった風景にも 慣れていかなければなりませんね ではでは 今いるここで世界をひろげて 新しいことを始めましょう とは言っても 世間で新しいことじゃなくても 僕にとっての進歩が大事なのかな、と 思ったりするのです うんうん あなたのように 僕も頑張ってみようかな、と 最近は思えるようになりました あなたが今でもどこかで輝いている、と 想像するとなんだか青空から 力をもらえてくるのです 僕とあなたを比べて追いつこう、と 頑張ろうとは思いません ただ、あなたが放った輝きのように 自分も誰かのためになればと 最近は考えたりしています あなたと出会えて 僕は少し変わってきたことを知り とてもうれしくなるのです ありがとう、素敵なあなたへ
こうらのはじに穴をあけて つり糸でむすんで よくさんぽさせたのに ぼくにふまんがあったのかい 手のひらより大きくて すごい力があるカメさん まい日、目がさめると エサをあげながら 学校から帰ったらあそぼうね そう言ってべんきょうも がまんすることができたのに どこに行ったのカメさん 雨のふる日に 草のいっぱいしげった あき地に大きな水たまりができて ぼくはカメさんが よろこんでくれると思って そこでぼうけんさせたんだ カメさんはグングン引っぱって まいていたつり糸をほどいて どこまでも自由にさせ 長い時間あそばせたんだ ぼくはカサをさしていたけど 足はビショビショになってしまい もう帰ろうと思ったんだ そして、つり糸をクルクルとまきもどした だけどいつもの ぼくをひっぱるカメさんの力がなくて 糸がとちゅうでなくなっていたんだ おーいカメさん どこへ行ったんだよ かくれていないで出てきてよ 雨の中で ぼくはずっとカメさんをさがした どこまで行ってしまたんだ もう明日 探しましょう カゼを引いてしまうわ お母さんの言葉でぼくは 少しいやなかんじがしたけれど もうカラダがさむくて その日はカメさんを探すことはあきらめた それから一週間がたって 水たまりの水がなくなってしまったのに カメさんは見つからなかったんだ ぼくはカメさんを守れなくて くやしくてくやしくて くやしいのに涙がでてきたんだ どこへ行ったのカメさん ぼくの悪いところがあったら ちゃんと直すからさ おねがいだ、もどってきてよ ねえ どこへ行ったのカメさん ねえねえ どこへ行ったのカメさん
不甲斐ない自分の背中は どんな顔をしているのでしょう 何が情けないか具体的には 思い浮かばないのですが どうも何だかおかしいのです そんな年頃なのでしょうか 呑気なことを言っているかもしれません でも どうも何だかおかしいのです 親父が言っていた ふと何処かへ行ってしまうような 衝動に駆られることがあるんだ 俺みたいな歳になると その頃の親父と同じ歳ほどに 私もなったのでしょう 悩みと言う悩みはないはずなのに どうも何だかおかしいのです 自分の精神と哲学が絡まって 難しく考えていたことが 急に軽くなってしまい浮遊している私って? そんな感じでしょうか これでは理解してもらうのは 難しいと思いますが どうも何だかおかしいのです すみません こんな訳のわからないことを 詩にしてしまって でも どうも何だかおかしいのです
お元気でしょうか? 入院されて手術すると聞いていたので そんな訪ね方も失礼ですね お身体がきついのなら もちろんスルーしてください お身体がいちばん大事ですから こんな詩をアップしてしまい ほんとうに申し訳ありませんでした ただ、どうなされているかなあ やはり気になってしまいます 以前のあなたの「一分間の電話」 という御作が強く印象に残っています 手術をして五年が経ち 突然に執刀医から電話があり 「五年が経ちましたね、もう大丈夫です」 と、なんて心ある言葉が届いたのだろう そんな素晴らしいあなたの御作を思い出します そして、また入院して手術をされるという ネット詩誌の掲示板へのご報告 やはり詩を書く仲間のひとりとして あなたが絶対に復帰すること それは私の我儘な願いなのでしょうか いえ、皆さんが願っているはずです ゆっくり身体を労ってください 急がず焦らずに 詩はいつもあなたのそばで力をくれるでしょう 考えることが詩なのですから たぶん考えることはできていると信じています 私はいつまでも待っていますよ ずっと待っていますから ゆっくりとゆっくりとゆっくりと 病院の窓から青空が見えているといいですね
腰にコルセット 右肩に吊るすバックには iPadと湿布とロキソニン いつものアイテムだ 今日も身体の悪ガキどもが 悪戯しないようにと 携帯するお守りのように それにしても朝は良い 病気をするまでは 眠くて気怠いだけの時間だったが 今は立ち上がってしまえば 今日も何かが出来る その充実を得られたのだから 目をしっかりと開けてと思える やらされているのではなく やっている今日 電車では好きな詩を書いている 先週は二度も降車する駅を通過 一度その世界に入ると時間も忘れる 引き返すロスタイムに苦笑い そこは許せる自分だったりする 俯向く姿勢は良くない iPadを少し高く持ち首を上げる ガリガリガリと音を鳴らし 逸らす頸椎付近の信号が足の先まで 糸電話のようにモシモシと話す 注告ありがとう気をつけます、と 返事をしてみる さてさて 一作品の充実を得ようとしている ここに生きている証を得て 今日も感謝を忘れず詩以外でも頑張ります
また握力も落ちてきたようだ 頸椎症と共存して四年 脊椎年齢は八十歳ってところか 手術して完治するわけでなく 病気の進行を止めただけなのだから 実年齢は五十歳だが 横になったら身体はかたまり 唸りながら立ち上がる 自分には時間がない そう感じることが多くなった 繋ぐように仕事をこなし 生き急ぐように詩を書いている 砂時計の残りの砂を想像しながら 日々をなるべく無駄なく燃焼し いつその日が来ても良いように 悔いなく過ごすしかない もう覚悟はできている 今書ける詩を今書くだけだ 時間がないと思えるから そこに充実を見つけることができる この幸せを味わって生きて行こう 悔いのないよう詩を書く幸せに感謝 もうそれだけで充分だ 自分に偽りないことを誇りとして