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四季織々〜景望綴

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オレンジ色の朧月。

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オレンジ色の朧月。
夕方から雲が広がり、夕日がほとんど見られませんでした。
深夜の月は、オレンジ色で雲に包まれて朧げです。
#自然

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雲に魅せられて・・・。

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雲に魅せられて・・・。
本日もスモッ曇りの青空。
中国四千年の歴史の水墨画のように山際は白く霞んでいます。
秋の青空を忘れてしまいそうです。

午後からのすじ雲が風に吹かれて様々な表情を見せてくれました。
見た人により、その表情は変わります。

青空に白い雲。
雲に魅せられて・・・
空を見上げてほんのりしあわせ。
#自然

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もう半分に・・・。

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もう半分に・・・。
月が欠ける早さには、驚かされます。
朝、西の空に残っていた白い月は、もう半分近くになっていました。
#自然

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たそがれどきに。

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たそがれどきに。
夕日が沈んだ直後の西の空。
あなたを想うひととき。


あなた=おひさま
#自然

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流星・・・?

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流星・・・?
夕暮れ時になると「そろそろ行かなくっちゃ」と夕食の買い出しに出ます。
ショッピングセンターの駐輪場から眺める夕日にいつも感動しています。
昨夕は、流星?が見えました。
飛行機の光のようですね。
#自然

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月齢は・・・?

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月齢は・・・?
昨夜もあまりにお月さまが綺麗だったので、ひとりで「わぁー♪」と叫んで、写真を撮りました。
空を見上げるたびに「わぁー♪」と叫ぶ毎日です。

新聞の月齢とカレンダーの満月○印が違うのは何故なのでしょう?不思議に思いました。

まん丸お月さま(少し欠け始めているけれど)を見つめていると、現世から離れて、かぐやの境地になります。

『桜物語』の次は【景望の見上げた空】を載せてみましょうか。
#自然

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆追章 神の森◆ 6

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆追章 ...
   静謐

長い静寂の時間が流れた。樹木の香りを含んだ爽やかな風が吹き渡り、その場の者たちを浄化して、心身の痛みを消し去っていた。
そこへ、雪乃に支えられた八千代が森の奥から姿を現した。
「冬樹、森の神は、そなたを神の守に任ずると御宣託された。まだまだだと思っておったが、何時の間にか成長しておったのじゃな」
 八千代は、神の守の御印である翡翠の勾玉を冬樹に差し出した。森全体が新しい神の守の誕生を祝福して、豊潤に光り輝き、その霊力は、冬樹の胸元で翡翠の勾玉として納まった。その瞬間、冬樹の左肩の邪悪な大蜘蛛を消滅させた。と同時に、社の紋を蔽っていた蜘蛛の巣が掻き消えていた。
八千代は、凛とした表情に変化した冬樹を頼もしく感じて腕を取った。
「父上、ありがとうございます」
 父子の間に久しく訪れなかった愛情と信頼が戻ってきていた。
「雪乃、今まで苦労をかけたな」
 冬樹は、愛情を込めて雪乃を抱きしめ、雪乃は、父子の和解に涙を流して喜んだ。
「光祐くん、祐里、そなたたちには辛い想いをさせて申し訳なかった。祐里の助けで森が治まった。それに冬樹夫婦も円満になった。この通り礼を申す」
八千代は、深々と頭を垂れ、傍らの冬樹と雪乃も一緒に頭を垂れた。
濡れた狩衣からワンピースに着替えた祐里は、気持ちまでも軽くなった。
「もう一晩ゆっくりして帰るといい」
八千代は、祐里との名残を惜しんだ。
「一月以上も桜河のお屋敷を留守にしてございます。私は、一刻も早くお屋敷に帰りとうございます」
 祐里は、早々に身支度を済ませて発つことにした。
「お爺さま、お父さまの故郷に伺うことができまして嬉しゅうございました。どうぞ末永くお元気で、冬樹叔父さまと仲良くお過ごしくださいませ」
「そなたは、ほんに不思議な子じゃ。神の御子でありながら、神の森とは別の場所で生きようとするとは・・・・・・そなたは、自身の意思でしあわせを掴む力を持ち合わせているようじゃ。まさに神そのものじゃ。春樹と小夜も安堵しているであろう」
 八千代は、微笑む祐里の頬に触れて何度も頷いた。
「お爺さま、私は、私らしく生きているだけでございます。光祐さまのお側に居させていただくだけで私は満ち足りてしあわせでございますもの」
「お爺さま、ご安心ください。わたしは、いつまでも祐里を大切にします」
 祐里は、光祐と見つめ合ってお互いのしあわせを共有していた。
「今でもそなたを手元に置きたいと思うておるが、そなたのことは、光祐くんに任せよう。祐里、身体を厭いなさい」
 八千代は、祐里を抱きしめて孫娘のしあわせを祈った。
 帰りの支度が整い、別れの挨拶が終わると、冬樹の指し示した方角に満開の桜の大樹が現れた。
「優祐くんが植えた桜の樹だ。しっかりと神の森に根付いて瞬く間に大樹になった。北の地では桜は不吉とされてきたが、不思議なことに神の森に邪悪なものを寄せ付けないように守護してくれている」
 冬樹は、優祐を見て大きく頷いた。
「冬樹叔父さま、どうぞ桜の樹を大切になさってください。来年の夏休みにまたこの森に来てもよろしいですか」
「いつでも、来たい時に来るとよい。ここは、優祐くんのお爺さまの生地なのだからね」
「はい。ありがとうございます」
 優祐は、冬樹に向って喜びの笑顔で頷き返した。
「光祐くん、祐里を宜しく頼みます。祐里、しあわせにな」
 冬樹のこころから春樹と小夜への怒りや恋慕がすっかり消え去り、父親のような大らかさで祐里を優しく抱きしめた。
「どうぞ、冬樹叔父さまも雪乃叔母さまとおしあわせにお過ごしくださいませ」
 祐里は、冬樹の広い胸の中でそのしあわせを祈った。
 夕日が茜色に輝く静謐な神の森で、冬樹が勾玉に触れると、桜の樹が虹色に輝き光祐たち四人を包み込んでいった。
 気が付くと光祐たち四人は、緑が原駅に佇んでいた。列車到着の警笛が鳴っていた。
「もうすぐ列車が出るようだ」
 光祐は、家族を急きたてて列車に乗り込んだ。

四人は、一晩中列車に揺られて、桜河のお屋敷へ到着した。
「おばあさま、婆や、ただいま帰りました」
 優祐と祐雫は、無事に帰って来られた喜びに満ち溢れて、疲れも忘れてお屋敷の玄関に走り込んだ。
「桜、いつもありがとう。約束通り祐里を連れて戻ったよ。」
 光祐は、優祐と祐雫の後姿を微笑ましく見送りながら、お屋敷と桜の樹をしみじみと見つめた。そして、家族揃って墓参りに行こうと考えていた。
「桜さん、ただいま帰りました。お蔭さまで無事に帰ってくることができました。ありがとうございます」
祐里は、光祐に寄り添って、しばらくの間、桜の樹を見つめていた。
光祐の胸ポケットに差し込まれた桜の花は、銀色の雫になって桜の樹に返っていった。
光祐は、桜の樹に導かれるように祐里を抱き寄せて、その柔らかな唇に口づけた。

 この時、祐里のお腹には、二月目を迎えた嬰児が宿っていた。後に桜河里桜と名付けられる御子だった。
 桜の樹は、深緑の葉を揺らして、祐里の帰りとまだ誰にも知られていない新しい生命の誕生を喜んでいた。〈桜物語・完〉
#ブログ

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆追章 神の森◆ 5

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆追章 ...
  蜘蛛の糸

夏休みの終わりが近付いていた。祐里と優祐が神の森に出発して、連絡のないまま一月が過ぎていた。書き留めていた電話番号は不通で、手紙を出しても宛先不明で戻ってきた。桜河のお屋敷では、家族が暗い面持ちで毎日を過ごしていた。光祐は、仕事の段取りをつけて夏の休暇を一週間作り、祐雫を連れて神の森に夜行列車で旅立った。
神の森はこの時代と平行して存在しながら、神から選ばれし者でなければ入ることが出来ないのではないかと、光祐は推測していた。それ故に榊原の血筋を受け継ぐ祐雫を伴えば、必ず神の森に行き付くことが出来るように思えた。それに光祐は、祐里とこころがずっと通じている気がしていた。離れていても祐里の存在をいつも感じることができた。
「父上さまは、どうして、そのように平常心なのでございますか。母上さまと優祐が、行方知れずになりまして一月が過ぎましたのに」
 祐雫は、祐里からお屋敷に残って自分の替わりに家族の世話を頼まれたのだが、母の存在の大きさに気付かされた。祐里が家を留守にしたその日から、お屋敷は、薄っすらとした闇に包まれていた。深緑の葉を陽光に輝かせていた守護の桜でさえも潤いをなくしていた。祐雫は、桜が枯れてしまうのではないかと心配して、毎日桜の樹に話しかけた。
「わたしは、祐里を信じているからね。それにわたしには祐雫がいる。必ず、祐里と優祐にまた会えると思っている」
光祐は、淋しくないと自己に問えば嘘になると思いつつ、ここで自分が弱音を吐いては桜河の家族を不安にさせるだけと思っていた。躊躇する祐里を神の森に旅立たせたのは自分だった。それは後悔したくない決断だった。思い返せば、大学生の時に祐里の縁談が持ち上がり、榛文彌と父の意向から必死になって祐里を守った。今回は、あの時とは比べものにならない未知の力を持つ神の森が相手だったが、光祐は、相手が誰であろうと祐里を守り貫こうとこころに誓っていた。
「父上さま、祐雫も信じます」
 祐雫は、唇をぎゅっと噛み締めながら真剣なまなざしで光祐を見つめた。
「祐雫は、母上さまが留守にされても大丈夫だと思っていました。おばあさまや婆やがいらっしゃるし、おじいさまと大好きな父上さまがいらっしゃるのですもの。でも、いらして当たり前だった母上さまがいらっしゃらない毎日が淋しゅうてなりません。それに優祐がいないと身体の半分がなくなったように感じます」
「神の森に祐里が必要な以上に桜河の家には祐里が必要なのだから。必ず祐里と優祐を連れて戻るよ」
 光祐は、優しい微笑を湛えて祐雫を見つめ返した。
 十七時間かけて、緑が原駅に列車が到着した。無人駅は、ひっそりと静まり返り、駅舎の外には青々とした田園が広がっていた。その間を真っ直ぐに神の森に続く道が伸びていた。
「どうやら、あの遠くに見える森のようだね」
 光祐は、祐雫を気遣いながら、炎天下の陽炎が揺れる道を進んでいった。田園の稲の深緑が眩しく光り輝き、陽射しを遮るものが何もないからからに乾いた道が長く続いていた。歩けど歩けど神の森までの距離が一向に縮まる気配は無く、幾筋もの汗が流れた。蒼い空は、どこまでも青く、光祐と祐雫に容赦なく直射日光を照らし続けた。
「どこまで行きなさる」
 突然、背後から声をかけられた。
「こんにちは。神の森へ行くところです」
 光祐は、振り向いて声の主を仰ぎ見た。牛車に乗った村人が怪訝な表情を返してきた。
「あの森が神の森だが、何人も入ることは出来ませんぞ。獣道すらなく、一度入り込んだら出て来られぬ森だ。物見遊山で行くところではないぞ」
「神の社に神の守が住んで居られる筈でございます」
 祐雫は、驚いて口を挟んだ。
「わしは、生まれてからこの緑が原に住んでおるがそんな話は聞いたことがない。確かに森の入り口に小さな社があるにはあるが、人が住めるような社ではない。わしらは、神の森は仰ぎみるだけで近付かないようにしておる」
「それでは、この近くに榊原八千代さまがお住まいではありませんか」
 光祐は、八千代の名を口にした。
「榊原は、この緑が原に住む者の姓だ。わしも榊原だが・・・・・・八千代は聞いたことがない」
 村人は、不思議な顔をして答えた。
「父上さま・・・・・・」
 祐雫は、心細くなって光祐に寄り添った。
「あなたは、どこまで行かれるのですか」
「あの川の土手を通って家に帰るところだ」
 光祐は、村人が指差した遥か前方の川を見つめた。川から森まではまだ距離があるようだった。
「よろしければ、その川まで後ろに乗せていただけないでしょうか」
「乗りなされ。この暑さでは嬢ちゃんが可哀想だ」
 光祐は、牛車の後方に回って祐雫を抱え上げてから荷台に乗りこんだ。荷台には籠いっぱいの夏野菜が積まれていた。
「助かりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 光祐と祐雫は、荷台に座って一息つき、タオルで汗を拭った。
「わしらは、神の森に近付くのを恐れているのだ。もっと近くまで乗せてあげたいがあの川までにしてくだされ」
「勿論です。川まで乗せていただくだけでも助かります」
 光祐は、村人に感謝の気持ちを伝えた。
「そういえば、わしが子どもの頃に爺さんが御伽噺をしてくれたことがあった。榊原の血筋の選ばれし者だけが神の森に入ることができ、神の森は地脈を全国に張り巡らせてこの国を守っているのだと。御伽噺だもので忘れておった。お父からは、神隠しに遭うから神の森には近付くなと口をすっぱくして言われたものだ」
 川の丸太橋の前で、村人は光祐と祐雫を降ろした。
「助かりました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 光祐と祐雫は、村人に頭を下げた。
「この川沿いの道を真っ直ぐに行ったところにわしの家がある。もし、何か困ったことでもあれば訪ねてきてくだされ」
 村人は、現れた時と同じように静かに牛車とともに去っていった。
「さぁ、祐雫、まだ先は長そうだよ。婆やの持たせてくれた麦茶を飲んでから進もう」
 光祐は、背負い鞄から水筒を取り出して、祐雫と一緒にのどを潤した。
「父上さま、ここはとても不思議なところでございますね」
 祐雫は、紺碧の空を見上げながら、夏だというのに身震いした。
「地元の方でさえ、神の社を知らないのだから、手紙が届くはずもない」
 光祐は、小さな溜め息を祐雫に気付かれないようについて、気を取り直して背負い鞄を背負った。
「さぁ、神の森に随分近付いたよ。祐雫、あともう少しの辛抱だからね」
「はい、父上さま」
 祐雫は、汗で濡れた髪の雫を拭って返事をした。
 光祐は、神の森に一歩ずつ近付くに連れて、空気の重さを感じていた。歩みが重く、前方に壁が立ちはだかっているように感じられた。(祐里、迎えにきたよ)光祐は、重い壁を押すように進みながら、祐里のことを想った。
「父上さま、大丈夫でございますか。とても苦しそうでございます」
 祐雫は、光祐の表情を見つめ、何も考えずに前に歩み出た。すると光祐が感じていた空気の重さはすぐに和らいだ。
「祐雫、わたしは神の森から拒絶されているようだ。祐雫が先に歩いておくれ」
 光祐は、大きく息を吸いこんだ。牛車の村人が川を渡らなかった訳が分かるような気がした。もうすでに神の森の領域に足を踏み入れているようだった。不思議なことに祐雫は、暑さも感じずに先ほどよりも元気が沸いてきた。この地の空気がどこか懐かしさを漂わせていた。まるで母の胎内にいた時のような気分を味わっていた。途端に遠くに見えていた神の森が瞬く間に目前に迫ってきた。
「神の森の方から近付いてきたようでございます。あら、父上さま、この樹だけがどこか違うてございます」
 祐雫は、森の入り口の小さな新芽の樹を指差した。黄緑色の儚げな若葉が風に揺れていた。
「これは、桜の樹だよ。珍しいな。この地に桜の樹はないはずなのに」
 北の地では、桜は、家を滅ぼす樹として忌み嫌われていると聞いたことがあった。この地で桜の樹を目の当たりにした光祐は、桜に勇気づけられた。
「きっと、優祐が手がかりに植えたのでございます。柾彦先生から桜の苗木を戴いてきておりましたもの」
 祐雫は、優祐の足あとを発見した気分になって歓喜の声をあげた。
「柾彦くんが桜を持たせてくれたのか」
 光祐は、柾彦が桜川の地で一緒に祐里を守ろうとしてくれていると思うとますます勇気が湧いてきた。
「さて、ここからは、祐雫の思うように進んでおくれ。わたしは祐雫に付いていくことにするよ」
「はい。おまかせくださいませ」
 祐雫は、桜の小さな樹を両手で包んで目を閉じて念じた。(桜さん、母上さまと優祐の元へご案内くださいませ)祐雫は、こころの赴くまま歩を進めた。すると、樹木で蔽われていた前方が僅かに径となって開けてきた。
◇◇◇神の森へようこそ、祐雫。後ろの者は、何故入ってこられたのじゃ◇◇◇
◇◇◇ここは神の森じゃ。余所者が来るところではない◇◇◇
「神の森さま、わたしは、父上さまとご一緒に母上さまと優祐を迎えに来たのでございます」
◇◇◇祐里は、神の子じゃ。誰にも渡さぬ◇◇◇
 大風が巻き起こり、光祐は、祐雫を庇って抱きしめた。光祐と祐雫は、大風に巻き込まれ瞬く間に舞い上がった。奥深い森の中に投げ出された光祐は、意識を取り戻すと身体を打ち付けた痛みに耐え、ゆっくりと起き上がって辺りを見回した。奥深い森は、針葉樹の樹木で覆われ、陽の光が遮られて薄暗くひんやりとした空気に包まれていた。
「祐雫」
 光祐は、大きな声で祐雫の名を叫んだ。光祐の声は、奥深い森に掻き消され、どこからも祐雫の声は、返ってこなかった。
◇◇◇余所者は去るのじゃ◇◇◇
代わりに鋭い神の森の声が響き渡った。
「わたしは、祐里と優祐を迎えに来たのです。一人で帰るわけにはいきません。神の森、祐里はわたしの最愛の妻です。わたしに祐里を帰してください」
 光祐は、生茂った森の樹木を見上げて熱心に訴えた。
◇◇◇それは過去の話じゃ。この森において祐里は、神の守じゃ◇◇◇
森全体が震えて、光祐に針葉樹の千の棘の痛みを容赦なく放った。
「いいえ、この森の中でも祐里は、わたしの妻です」
(祐里、すぐ近くまで来ているというのになかなか側に辿り着けないけれど、ぼくは必ず迎えに行くよ) 光祐は、千の棘の痛みに耐えながら、しっかりと顔を上げて神の森を見つめ返した。

祐雫は、湖の辺に投げ出されていた。ゆっくりと起き上がった祐雫は、ワンピースの土を掃って、白い霧に包まれた湖を見渡した。
「父上さま」
 祐雫は、静かに瞳を閉じて、光祐の気配を窺った。
◇◇◇祐雫◇◇◇
神の森の呼び声とともに湖が虹色に輝き始めた。祐雫は、惹き込まれるように湖に近寄った。湖の水面には、蜘蛛の糸に絡まれた祐里の姿が映し出された。
「母上さま」
 祐雫は、祐里の姿にこころを痛めて手を差し伸べた。
「あっ」
 突然に虹色の靄が祐雫を包み込んで、湖に取り込んでいった。湖は、生贄として祐雫を封じ込めると、若い美しさを吸収してますます美しい虹色に輝いた。祐雫が吸い込まれた湖面には、薄紅色の桜の花弁が祐雫の足跡を示すように、ひとひら浮かんで波紋を奏でていた。

光祐は、重い空気を押して神の森を進んだ。鬱蒼と茂った樹木に遮られて薄日さえ射し込まない暗い森が何処までも続き、方角を見失った光祐は、ただ前に前に進んでいた。大風に巻き込まれて投げ出された時に腕時計が手元から外れて、神の森に入ってからどれくらいの時間が経過したのかもすでに分からなくなっていた。
 ひんやりとした風に乗って、仄かに甘い香りが光祐を誘った。(祐里の香り・・・・・・)光祐は、香りに導かれるままに重い空気を押しながら走った。森が開けたところに湖が広がっていた。どこからともなく優しい風が吹いて、湖面に浮かんでいた桜の花弁が光祐の目前に舞い上がった。光祐が右手を差し出すと、桜の花弁はゆっくりと手のひらに納まった。
「桜、ぼくに力を貸しておくれ」
 光祐は、しっかりと桜の花弁を握り締めた。ふと、視線の先に湖面に浮かぶ祐雫の白い帽子が垣間見えた。
「祐雫」
 光祐は、躊躇無く湖に飛び込んで祐雫を探した。潜っては水面に顔を出して息継ぎを繰り返しているうちに、光祐は、湖の風景が桜池のように思えてきた。桜池の浅瀬でよく祐里と水遊びをしたことを頭の中で懐かしく想い出していた。息継ぎのために顔を上げる光祐の瞳には、湖の周りを満開の桜の木立が覆っているように映った。冷たい湖水がぽかぽかとした春の陽気に照らされて、暖かくなっていくように感じられた。光祐は、桜に励まされた気分になって、潜っては息継ぎを繰り返して、辛抱強く祐雫を探して泳ぎ回った。
 しばらくして、光祐は、水中で虹色の水泡に包まれて眠っている祐雫を見つけて抱きしめた。光祐は、祐雫と共に大きな水泡に包まれて湖の真底へ渦巻く激流に流されていった。水泡は、真底に打つかって破裂した。水泡から投げ出された光祐は、しばらくの間、祐雫を抱きしめたまま気を失っていた。
「光祐さん ・・・・・・。光祐さん、しっかりなさいませ」
 遠い彼方から懐かしい声が波紋のごとく響いてきた。それは濤子おばあさまに似た優しい声だった。
「おばあさま」
 光祐は、目を開けた。抱きしめていたはずの祐雫が桜色の着物を纏った美しい女性に変わって反対に光祐は、女性に抱かれていた。辺り一面には桜の香りが漂い、光祐は、この摩訶不思議な状況下に身を置きながら、女性に抱かれて安らいだ気分に浸っていた。
「お屋敷の行く末は、光祐さんに懸かっておいででございます。祐里さんを救えるのは光祐さんだけでございましょう。しっかりなさいませ」
 美しい女性は、光祐を勇気づけるかのごとく静かに微笑んだ。
「あなたは・・・・・・」
「わたくしは、桜河麗櫻と申します。何時でも光祐さんを見守ってございます」
 光祐は、遠い記憶を辿った。
『旦那さまは桜池のお祭りで美しい娘に出合いました。娘は旦那さまの奥さまになって、旦那さまと一緒に桜の樹を大切にして暮らしました。桜の樹は喜んで、いつまでもいつまでも、桜河のお屋敷を守ってくださいました。とっぺんはらりのひらひらふるる』
 濤子おばあさまの昔話が頭の中に広がると同時に、桜河家先祖代々の墓に桜河麗櫻の名が記されていたことを思い出していた。
「麗櫻おばあさま、必ず祐里を連れ帰ります。ぼくに力をお貸しください」
 光祐は、麗櫻の胸の中でこころに誓った。
一瞬木立の間から眩しい光が射して、我に帰った光祐の腕には祐雫が抱かれていた。
「祐雫、大丈夫かね」
光祐は、祐雫を気遣いながら、ゆっくりと揺り起した。
「父上さま、祐雫は、大丈夫でございます。それよりも母上さまを早くお助けくださいませ。大きな蜘蛛の巣にかかっておいででございます」
 祐雫は、光祐の大きな胸の中で安堵しながら、祐里の痛々しい姿を思い返していた。
光祐は、祐雫の無事を確認して、辺りを見回した。湖は跡形もなく消え失せ、木立に囲まれた祠が目前に現れた。しかも、祐雫共々湖の水に濡れている筈の身体が不思議なことに乾いていた。懐かしい桜の香りに誘われてふと見上げると、祠の扉が音もなく開いて白い狩衣姿の祐里が正座しているのが見えた。静かに目を閉じ、見えない糸で雁字搦めに硬直して、光祐には痛々しく思えた。
「祐里」
 光祐は、こころから労わりの声で祐里の名を呼んだ。祐里は、光祐の声を耳にして静かに目を開けた。愛しい光祐の心配気な顔が瞳に飛び込んできた。(光祐さま、どれほど、お会いしたかったことでございましょう)その瞬間、祐里の胸が鼓動を始めた。
 光祐は、走った。鋼のように固い空気の結界を祐里への愛の力で打ち破るかのごとく突き進んだ。自身が傷つこうとも祐里をこの手に抱きたい想いが先行した。
「祐里、ぼくの大切な祐里。迎えに来たよ」
 光祐は、森中から放たれる千の棘の痛みに堪えて祐里を抱きしめた。
「光祐さま」
 祐里は、消え入るような声で光祐の名を呟き、その胸の中で気を失った。
◇◇◇何故じゃ。この結界を余所者が打ち破るとは・・・・・・おまえは何者◇◇◇
 神の森は、容赦なく光祐に千の棘の痛みを放ち続けた。
「わたしは、祐里の夫です」
 光祐は、やつれた祐里の姿に涙を流した。神の森から受ける痛みなど祐里をこのような目に合わせた後悔の心痛からすればたいしたことではなかった。光祐は、祐里だけをみつめ、その軟らかな唇にくちづけた。全ての愛を込めて祐里に魂を吹き込むように唇を吸った。そのうちに祐里の冷たい頬に赤みが差してきた。
祐雫は、光祐の側に寄り添って、夢中で祐里の左手を握り締めていた。(父上さまは、いつも優しく見守るお方だと思っておりました。これほど激しい感情を顕わにされる父上さまをはじめて拝見いたしました)祐雫は、光祐の力強い愛に驚きながら、感動して身震いしていた。
「光祐さま」
 祐里は、光祐の愛情に抱かれて意識を取り戻した。
「夢ではございませんのね」
 祐里は、右手を伸ばして、頷く光祐の頬に伝う涙を細い指で掬った。光祐の涙は、祐里の手の中の桜を潤わせた。祐里は、その瑞々しい桜の花を光祐の胸ポケットに挿し入れた。同時に光祐の千の棘の痛みは消滅していった。
「祐里、迎えに来たよ。祐雫も一緒だ」
「母上さま、お労しゅうございます。優祐はどちらでございますか」
 祐雫は、祐里の左手を両手で握り締めた。
「祐雫さん、ありがとうございます。私は大丈夫でございます。優祐さんは、この先の社でございます」
 祐里は、一月ぶりに身体の芯から元気が漲ってくるように感じていた。自己の力を封じなくて済む神の森ではあったが、日が経つに連れて光祐が側に居ないことの空虚さがこころに広がって、見えない蜘蛛の巣に絡まれているような気になっていた。光祐の胸に抱かれて安堵したことで、祐里の腕から背中にかけての痛みは癒えていた。
「神の森さま、私は、桜河のお屋敷に戻ります」
 祐里は、きっぱりと断言した。
◇◇◇何故じゃ◇◇◇
 神の声は、森中に響き渡った。
 光祐は、祐里を抱きかかえると祠を後にして社に向かった。
「光祐さま、祐里は光祐さまのお側を離れては生きては行けぬことがよく分かりました」
 祐里は、光祐の首に手を回し、胸に顔を埋めて幼子のように涙を流した。祐雫は、祐里の涙をはじめて見た気がした。祐里は、何時でも悲しげな表情を見せるだけで耐え忍んで涙を見せない母であった。(母上さまは、ほんに父上さまを愛して頼っておいででございますのね)祐雫は、深い愛情で結ばれている父母を改めて誇りに思った。
「祐里、辛い思いをさせてすまなかった。これからは、絶対に祐里を離さないからね。一緒に桜河へ帰ろう」
「はい、光祐さま。嬉しゅうございます」
 祐里は、光祐の深い愛に包まれて蜘蛛の糸が身体から解けていくように感じた。光祐は、祐里を抱きかかえているお蔭で、神の森を楽に移動できた。光祐が進むと上空は青く晴れ渡り、森の樹木が優しい色調に変化していった。いつしか、真夏だというのに光祐の周りには、桜の花弁が舞っていた。この神の森にあっても光祐は、桜の君であった。
優祐は、社で見えない蜘蛛の糸に捕らえられていた。昨夜から祐里が行方知れずになっていたので、探しに出ようと扉に手をかけた瞬間、見えない蜘蛛の糸に絡まれて動けなくなってしまった。もがけばもがくほどに蜘蛛の糸は、優祐を捕らえて離さなかった。仕方なく優祐は、社で祐里の無事を祈っていた。祈りながら、懐かしい気配が近付いてくるのを感じていた。
「祐雫、ぼくはここだよ。父上さまもご一緒なのですね。父上さま、母上さまをお守りください」
 優祐は、こころの中で懸命に祈りながら声援を送った。
社の前では、余所者の気配を感じ、冬樹が両手を広げて立ち塞がっていた。
「何故じゃ」
森中を渡った神の声が冬樹の声と重なった。
「祐里と優祐を連れて帰ります」
 光祐は、祐里をしっかりと抱きかかえて冬樹と対峙した。冬樹は、春樹以外の人間が小夜を抱きかかえている現実を目の当たりにして動揺した。
「小夜は、幻だったのか。そうだった、祐里は、小夜の娘だったな」
 冬樹は、白昼夢から醒めたように頭の中がすっきりして自問自答していた。(わたしは、四半世紀もの間、一体何の為に生きてきたのだろう)冬樹は、自身に問いかけた。その自己への探求とともに森の御霊が冬樹の周りに集まってきた。
 光祐と祐里は、静かに冬樹の変化を見守っていた。
 祐雫は、優祐の気配を感じ、夢中で社に駆け寄り重い扉を外側から力いっぱい引いた。優祐は、内側から祐雫とこころを合わせるように意識を祐雫の腕に集中した。兄妹の絆は呪縛を打破し、再会の喜びで祐雫は優祐を抱きしめた。祐雫が優祐に触れた瞬間、優祐の身体に絡まった蜘蛛の糸が解けた。
「祐雫、ありがとう。すっきりしたよ」
 優祐は、大きく安堵の溜め息をついた。
「優祐、大丈夫でございますか」
 祐雫は、蜘蛛の糸を掃うように優しく優祐の背中を擦った。
 西の方角から霊香と共に爽やかな風が東の方角へ吹き渡った。
「父上の神事が終わった」
冬樹は、東の祠を仰ぎ見た。
 光祐は、しっかりと祐里を抱きしめ、優祐と祐雫は、光祐の元に走って寄り添った。四人の周りには、守護するように桜の花弁が舞っていた。
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆追章 神の森◆ 4

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆追章 ...
   出生

八千代が神事の業に西の祠に篭もってから、一月が過ぎようとしていた。八千代は、神の守の交代の神事を密かに執り行っていた。祐里は、潤ってきた神の森を見て回るうちに、桜河のお屋敷が恋しくなっていた。
 ある夜のこと、神の森は、嵐の中で猛り狂っていた。祐里は、風の音で目を覚ましてから寝付けずに(神の森を冬樹叔父さまにお返しして差し上げなければ、いつまでも光祐さまの元へ帰ることができません)と思いながら、窓から外の様子を覗っていた。
 人影が森に消えるのが見えた。冬樹だった。(森で何かが起きたのでございましょうか)祐里は、心配になって冬樹の後を追いかけた。雨は容赦なく祐里の身体を叩いた。祐里は、神の森が道を開けるがままに、叩きつける雨の中を暗闇に吸い込まれるように走った。冬樹の姿は一向に見えなかった。それでも、この先に必ず冬樹がいると確信できた。気が付くと、前方に川が見えていた。いや、暗闇の中で見えたのではなく感じたのだった。崖下の川を見下ろす形で、冬樹は、川の岸壁に佇み、雨に打たれていた。
◇◇◇祐里、吾はそなたに試練を与えよう◇◇◇
◇◇◇冬樹を守り人に推すからにはそれなりの証を吾にみせよ◇◇◇
 神の森は、激しい雨風をぶつけて、祐里に命じた。
 突然に雷鳴が轟き、冬樹の傍らの樹を切り裂いた。
「叔父さま、危のうございます」
 祐里は、冬樹の側に走り寄り、倒れてきた巨木から冬樹を押しのけて庇った。巨木は、祐里の腕と背中を容赦なく打った。
「小夜」
 冬樹は、驚愕の表情で祐里を見つめた。そして、渾身の力を込めて祐里を抱きしめた。祐里は、遠退く意識のなかで映像を見るように冬樹と小夜の姿を見ていた。
「小夜。帰って来てくれたんだね。あれからずっと、死んだものとばかり思っていたよ」
 冬樹の歓喜のこころを映して雨が止み、煌煌とした明るい月が雲を掻き消して輝いた。
「ぼくは、小夜が好きだ。兄上以上に小夜を愛している」
 冬樹は、時間を逆行していた。祐里は、冬樹とともに時間の逆流に巻き込まれていた。
 ・・・・・・・・・春樹と小夜は、神の森と緑が原の境である緑川で、毎日夕刻に待ち合わせをしていた。冬樹は、父が呼んでいると春樹に嘘をついて、先回りして小夜を待ち伏せた。
「私は、冬樹さまを弟のように感じております。私は、春樹さまをお慕いしています」
「嫌だ。小夜は、ぼくのものだ。兄上には渡さない」
 冬樹は、無理やり小夜にくちづけを迫り抱きしめた。
「やめてください。もう、春樹さまに顔向けできません」
 小夜は、咽び泣き、冬樹が涙に驚いて力を弱めた隙に、険しい岸壁から川に身を投げた。その時、一足遅れで春樹が駆けつけて、小夜を助けようと激流の川に飛びこんだのだった。そして、二人は行方不明になった。春樹と小夜は、川下に流れついて、親切な村人の助けで一命を取り留めて緑が原を出て行き、様々な家の手伝いをして旅するうちに、桜山の山番として定住することになったのだった・・・・・・・・・。
 冬樹は、小夜を失ったショックで今の今まで、その時の記憶を自分のこころの中から消し去っていた。春樹は、八千代の反対に遭い、小夜と駆け落ちして消息を絶ったと思い込んでいた。
 我に帰った冬樹の腕の中に気を失った祐里がいた。あの時の小夜に生き写しだった。冬樹は、祐里を抱きかかえて小夜を取り戻したかのごとく東の祠に閉じ込めた。邪魔をした春樹は、もう現れないと思うと口元に笑みが浮かんでいた。その左肩には、邪悪な黒い大蜘蛛が張り付いていた。
 祐里は、神の森が荒れている原因が分かりかけていた。冬樹の淋しいねじれた愛が神の森を荒らしているように思えた。冬樹は、それに気づいていない。それでも、祐里には冬樹が芯から悪い人間には思えなかった。(叔父さまは、淋しいお方・・・・・・何かを置き去りにされていらっしゃいます)祐里は、冬樹のこころに自分のこころを重ねて哀しみを噛み締めていた。
「叔父さま、わたしは、祐里でございます。お母さまではございません。どうぞ雪乃叔母さまの優しさにお気付きになられて、現実にお戻りくださいませ」
 祐里は、夢の中で冬樹のこころに届けとばかりに囁きかけた。
 すると夢の場面が移っていった。
 ・・・・・・・・・春樹と小夜の笑顔があった。
 生まれて間もなくの祐里は、小夜に抱かれて乳を飲んでいた。
「小夜、ほんとうに愛らしい子だね」
 笑顔の春樹が側で小夜と祐里を見つめていた。
「春樹さま、こうして乳を飲ませているだけでしあわせな気分になります」
 祐里は、小さな体で一生懸命に乳を飲んでいた。小夜は、祐里を抱いているだけで産後の体調が戻っていくように感じられた。
「この子は、強い力を持っているようだ。それにしても、右手を固く閉じているのはどうしてなのだろう」
 春樹は、祐里の固く閉じられた右手に触れた。祐里は、生まれてから一度も右手を開かなかった。
「きっと、幸運を握っているのですわ。そのような話を以前に聞いたことがあります」
 小夜は、眠った祐里をそっと布団に寝かせた。
「小夜、見てごらん。お腹がいっぱいになったのだね。しあわせそうな顔をして眠っているよ」
 春樹は、目を細めて祐里を見つめた。
「春樹さま、名前を考えられましたか」
「名前は、お世話になっているお屋敷の光祐坊ちゃんの祐の字をいただいて、祐里に決めたよ。お屋敷の長子は、祐の字を名前に使われるらしい。旦那さまも啓祐さまだし、その由緒ある祐と里を出てきた私たちがこの桜川で恙無く暮らしていける願いも込めて、祐里と名付けることにしたよ」
 春樹は、祐里が女子であったことに内心ほっとしていた。神の守の血筋を引く祐里は、生まれながらにして力を秘めていた。もし男子であれば、必ず神の森が草の根を分けても迎えに来ると確信できた。この桜川に来て以来、春樹は、自分の気配を消していた。不思議と他の力が加わって結界の力を強めて守ってくれていた。
「祐里。大層可愛らしい名前です。お名前をいただいた光祐坊ちゃまにも可愛がっていただけるとよろしいですね」
 小夜は、祐里が生まれるまで手伝いにあがっていたお屋敷の二歳になる光祐の乳飲み児だった頃を思い出していた。奥さまは、産後の肥立ちが悪く床に伏していて、婆やの紫乃と交代で光祐の世話をした。光祐は、利発でお屋敷の後継ぎに相応しい気品を持ち合わせていた。
「祐里は、しあわせになる子だよ」
 春樹は、こころからそう思えた。小夜は、にっこり笑って頷いた。
 月日は巡り、祐里の一歳の誕生日になった。祐里の右手は、相変わらず握られたままで、春樹と小夜の心配を他所に、不自由なく左手だけで日々を過ごしていた。
「小夜さん、こんにちは。坊ちゃまがどうしても祐里ちゃんのお誕生日をお祝いしたいとおっしゃいましたので、一緒に参りました」
 三歳を迎えたばかりの光祐は、紫乃と一緒に、初めて祐里に会いに来たのだった。
「紫乃さん、こんにちは。光祐坊ちゃま、いらっしゃいませ。大きくなられましたね」
「さよ、こんにちは。ゆうりのたんじょうびのおもちです。ゆうりとあそんでもいい」
 光祐は、誕生祝いの紅白餅の箱を小夜に差し出した。
「光祐坊ちゃま、ありがとうございます。どうぞ、祐里と遊んであげてください」
 小夜は、紅白餅の箱を受け取って深々と頭を下げた。
 光祐は、靴を脱いで祐里の側に駆け寄った。
「ゆうり、ぼくは、さくらかわこうすけ。いっしょにあそぼうね」
 光祐は、祐里の右手を取って笑顔を向けた。光祐から手を取られた祐里は、固く握っていた右手をゆっくり開いて、桜の花を光祐に差し出した。
 それを側でみていた小夜と紫乃は、驚きで言葉が出なかった。
「ゆうり、ありがとう。きれいだね。ばあや、ゆうりがおはなをくれたよ」
光祐は、祐里から差し出された桜の花を受け取り、嬉しくて紫乃に掲げて見せた。小夜と紫乃は、二人で顔を見合わせた。紫乃は、小夜から祐里の右手が握られたままで心配していると聞いていた。その右手が一年経ってようやく開いたのだった。それも不思議なことに満開の桜の花を握っていたらしい。
「ほんとうに綺麗な桜のお花でございますね」
 紫乃は、光祐に笑顔で相槌を打ち、桜の花を光祐の上着の胸ポケットに差し入れた。小夜は、祐里の側に走り寄り、開かれた右手に触れて、涙ながらに祐里をぎゅっと抱きしめて喜んだ。祐里は、何事もなかったかのように右手で積み木を積んで、光祐と機嫌よく遊んでいた。
 その夜、仕事から戻った春樹に小夜は吉報を伝えた。
「春樹さま、祐里は右手に桜の花を握っていました。光祐坊ちゃまが遊びに来られた時に開いて桜の花を差し出したのですよ。この辺りの桜は、まだ蕾でしょう。不思議でなりません。それからは、ご覧のように右手を使いますの」
「ほんとうだ、右手を使っている。それにしても、桜の花を・・・・・・不思議なこともあるものだ。これは、祐里が桜の樹に守られているということだろうね。祐里は、しあわせになる子だよ」
「はい。なんだか安心いたしました。私のために神の森を出ることになった春樹さまの御子が、この桜川の地で受け入れられたのですもの」
 春樹は、右手を使っている祐里を抱きかかえて頬擦りした・・・・・・・・・。

 冬樹は、祐里に頬擦りすると明け始めた朝の神事のために仕方なく社に戻って行った。冬樹が閂を下ろして立ち去った祠には、白い霧がたちこめて祐里を愛撫するように包み込んで掻き消えていった。
 祐里は、薄暗い祠の中で、意識を取り戻した。冬樹を助けた時に打った腕を擦って背中から腕に走る痛みに耐えた。祐里の癒しの力は、祐里自身には効かなかった。ただ、不思議なことに光祐が側に居るときは、自身を癒すことが出来るのだった。(光祐さま)祐里は、こころの中で呟いて、ふらふらと立ち上がり祠の戸を押した。外から閂がかかっているようで開かなかった。(優祐さんは、大丈夫でございましょうか)祐里は、社にいる優祐の身を案じた。雨に濡れた狩衣は、祐里の身体に蜘蛛の糸のように冷たく纏わりついていた。
「光祐さま」
 祐里は、心細さでいっぱいになり声に出して光祐の名を呼んだ。光祐の笑顔が蘇った。握り締めた右手を開くと不思議なことに今まで見ていた夢と同じ満開の桜の花が現れた。(桜さん、光祐さまにお会いしとうございます)祐里は、桜の花を両手で包み目を閉じると、光祐との楽しい日々を思い出しながらこころの炎で濡れた身体を温めた。
「神の森さま、叔父さまのこころに森の御霊をお与えくださいませ。叔父さまにお力をお授けくださいませ。お爺さまの息子であられる叔父さまこそが神の守に相応しゅうございます。私は、榊原姓ではなく、桜河祐里でございます。それに光祐さまの妻でございます。神の守には相応しゅうございません」
 祐里は、正座をして薄れていく意識を振り絞ると神の森に訴えかけた。神の森は、祐里の言葉に無言のまま、霧を漂わせながら朝日を浴びて明けていった。
 祐里は、外界から遮断された薄暗い祠の中で、痛みと寒さに襲われて正座をした姿勢のまま、蜘蛛の糸にかかった獲物のように気を失った。
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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆追章 神の森◆ 3

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◇◇◇桜物語◇◇◇  ◆追章 ...
  誘惑

祐里が旅立つと同時に海外事業部の業績が伸びて、光祐の仕事はにわかに忙しくなった。父の啓祐からは、海外事業部の経営を一任されていた。祐里のことをこころの奥で心配しながらも、山積された書類とかかってくる電話の応対で時間が過ぎていった。
 明日朝一番に発注する注文書に目を通して署名をすると、光祐は、机上を片付けてふと窓の外を見た。社屋の明かりを受けて桜の樹に張られた大きな蜘蛛の巣が銀色に鈍く光っていた。(夏になると蜘蛛の巣が多くなるな。明日、遠野に駆除を依頼しよう)光祐は、机上のメモに『蜘蛛の巣』と書き記した。
「副社長、お疲れさまでございます。紅茶をお入れしました」
 副社長室の扉を秘書の森美和子が叩いた。
「森くん、まだ、残っていたの」
 光祐は、先程最後まで残ってくれていた執事の遠野を帰して自分一人だと思っていたので、驚きの表情を美和子に向けた。
「毎日、副社長が大変そうですので、退社したのですが何かお手伝いできましたらと戻ってきました」
 美和子は、辺り一面に牡丹の花が咲いたような愛くるしい笑顔を光祐に向けた。
「そうだったの。森くん、ありがとう。今から帰るところだったのだけれど、折角だから紅茶をいただくよ」
 美和子は、お盆から紅茶茶碗を差し出す時に手を滑らせて牡丹色のスカートを濡らした。床に落ちた紅茶茶碗が音を立てて半分に割れた。
「申し訳ありません。私って、そそっかしくて。痛っ」
 美和子は、割れた紅茶茶碗をお盆に集めながら、破片で指を切った。
「大丈夫」
 光祐は、慌ててポケットからハンカチを取り出して、美和子の血が滲んだ指を止血のために押さえた。美和子は、光祐の手に左手を添えた。
「副社長、ありがとうございます」
 美和子は、熱い視線で光祐を捉えた。光祐は、美和子の熱い視線を浴びながら、しばらくの間、そのまま指を押さえていた。
「もう、大丈夫のようだね」
 光祐は、止血した美和子の指を確認した。
「床を片付けます」
 美和子は、洗面室に雑巾を取りに行き、床に零れた紅茶を拭いた。拭きながら白いブラウスから胸の谷間が覗く角度を取り、若さが漲る足をちらつかせた。光祐は、目のやり場に困り、ロッカーから上着を取り出した。
「森くん、そのスカートでは外を歩けないだろうから車で送って行こう」
 光祐は、遅い時間に手伝いのために戻ってきてくれた美和子の気遣いに感謝していた。
「お疲れのところ、副社長に迷惑ばかりかけてすみません」
 美和子は、ぺこりと頭を下げた。
 光祐は、駐車場から車を出し、美和子に後ろの扉を指し示した。美和子は、気づかないふりをして、前の扉を開けて助手席に乗りこんだ。車のライトで照らし出された桜の樹では、今まさに大きな蜘蛛が巣にかかった獲物を捕らえようとしていた。
「森くんの家は、確か雲ヶ谷だったね」
 光祐は、助手席に座った美和子の短いスカートから伸びる美しい足に誘惑されそうな気分になり、慌てて視線を逸らした。
「副社長、家には帰りたくありません。今夜は副社長と一緒にいたいのです」
 美和子は、車を発進させようとした光祐に縋りついて強引にくちづけた。入社したその日から、美和子は、年上の光祐がとても頼もしく光り輝いて見えて一目惚れした。光祐は、突然の美和子の大胆かつ情熱的な行動に驚いて、蜘蛛の巣に掛かった獲物のように一瞬動きが取れなくなった。その時、何処からともなく一陣の風が吹いて桜の葉をざわざわと音をたてて揺らした。光祐は、桜の葉音で我に帰って、優しく美和子を離した。
「森くん・・・・・・わたしは、君の上司で、妻も子もあるのだよ。何か困ったことがあるのならば相談にはのるけれど、森くんのことは社員以上には考えていないよ」
 光祐の心臓は高鳴り、真夏の夜の誘惑に引き擦り込まれそうになっていた。
「だって、副社長の奥さまは、実家に帰られて別居中なのでしょう。淋しくはないのですか。それにもうすぐ、離婚されるのでしょう。美和子は副社長が大好きです。美和子が副社長の淋しさを埋めて差し上げたいのです」
 美和子は、恋するまなざしを光祐に向けた。潤んだ大きな瞳は、きらきらと輝いて、美和子の愛くるしさを際立たせていた。(ほんとうに率直な可愛い娘だな)光祐は、思ったことをそのまま口にする美和子に心惹かれて、魅惑の糸に手繰り寄せられそうになりながらも、毅然とした顔で諭した。
「森くんは、誤解をしているようだね。確かに妻は、所用で実家に戻ってはいるが、わたしたち夫婦は離婚などしないよ。わたしは、妻を愛している。このまま、送っていくとわたしが君に何かおかしなことをしたように思われそうだね。とにかく、その洋服だけでもどうにかしなければ・・・・・・森くんには、これから多くの出会いがあるのだから、もっと自分を大切にしたほうがいいね」
 光祐は、美和子の誘惑を断ち切るように車を発進させ、波立つこころを抑えて、深まる闇の中に車を加速した。薫子と紫乃が上手く事を大袈裟にせずに処理してくれるだろうと考えて桜河の家に向かった。美和子は、狭い車中で光祐と二人だけの時間が持てたことに胸がいっぱいで、車を運転する光祐の真剣な横顔を瞬きもせずに見惚れていた。
「素敵なお屋敷ですね」
 玄関の車寄せで車を降りた美和子は、お屋敷の大きさに感心していた。
「母上さま、ただいま帰りました。秘書の森美和子くんです。申し訳ありませんが、森くんに何か着替えをお願いしたいのですが」
 光祐は、玄関に迎えに出た薫子に美和子を紹介した。
「おかえりなさいませ、光祐さん。遅くまでお疲れさまでございました。まぁ、どうなさったの。森さんは、こちらへどうぞ。紫乃に着替えを出させましょうね。すぐに夕食にいたしますので光祐さんも着替えていらっしゃい」
 薫子は、光祐の白いシャツの襟元に付いた口紅と美和子の濡れた洋服に驚きながらも、顔色を変えずに答えた。わざわざ光祐が美和子を連れてきたには理由があるはずだと感じていた。薫子は、自室に美和子を案内して長椅子をすすめると、紫乃に着替えを持ってくるように声をかけた。紫乃は、納戸に行き、祐里のワンピースを取り出した。
「スカートの染みは、紅茶かしら。火傷はなさいませんでしたの」
 薫子は、若さを誇る美和子のはちきれそうな身体を見つめた。
「はい。そそっかしいものですから。奥さま、夜分にお邪魔して申し訳ありません」
 美和子は、悪びれる様子もなく、薫子の問いにはきはきと答えた。
「お家の方が心配されてございましょうから、わたくしから電話をかけましょうね。今夜は、当家にお泊まりなさい。電話室はこちらでございますので、ご一緒にいらしてね」
 薫子は、廊下の電話室で美和子に受話器を渡して、電話交換手に電話番号を伝えるように指図した。美和子は、素直に従った。
 しばらくして、電話の呼び出し音が鳴り響いた。薫子が受話器を取ると、交換手が森家に電話を繋いだ。
「夜分に申し訳ございません。わたくし、桜河電機の桜河薫子と申します。美和子さんに残業していただいて遅くなってしまいましたので、今夜は当家でお預かりさせていただこうとお電話を差し上げた次第でございます。御許しいただけますでしょうか」
「まぁ、奥さまでございますね。いつも美和子がお世話になってございます。それにお泊めいただくなんて申し訳ございません。こちらこそ、ご迷惑ではございませんか」
 美和子の母・美律子は、恐縮して答えた。
「いいえ、大切なお嬢さまに残業していただいたのは、こちらでございますもの。それでは、美和子さんをお預かりいたします。明日の朝には、こちらからお送りさせていただきます。今、美和子さんと代わりますので少々お待ちくださいませ」
 薫子は、美和子に受話器を手渡した。
「美和子、なかなか帰って来ないので、心配しておりましたのよ。社長さまのお宅にご迷惑をおかけするなんて甚だ失礼なことでございます。今夜は遅うございますのでしかたがございませんが、くれぐれも失礼のないように気をつけるのでございますよ。お父さまには、私からよく説明しておきますので。奥さまによろしく伝えてくださいね」
「はい。お母さま。それでは」
 美和子は、受話器を置いて、薫子について部屋に戻った。
「紫乃、着替えをお願いします。それから、こちらの紅茶の染みは取れるかしら」
 薫子は、美和子のスカートの染みを指した。
「紫乃にお任せくださいませ。お嬢さま、こちらにお着替えくださいませ。ブラウスとスカートは明日までに綺麗にいたします」
 紫乃は、優しく微笑み、衝立の後ろに美和子を案内した。 
「ありがとうございます」
 美和子は、衝立の後ろで渡されたワンピースに着替えた。微かに甘い香りがした。香りを嗅ぐと美和子は、少し自分の率直な行動が恥ずかしくなっていた。
「祐里さんのワンピースがよくお似合いでございますわね。美和子さん、着替えたお洋服は紫乃に渡してくださいね。それから、紫乃、お食事をお願いします」
「はい、奥さま」
 美和子は、紫乃に頭を下げてブラウスとスカートを渡した。いつも、どちらかというと濃い色の洋服を着る美和子は、祐里の薄い若葉色のワンピースに違和感を抱いていた。何故だか攻撃的で才女を気取る自分が優しい気分になっているのに驚いていた。(洋服は、持ち主の雰囲気に纏った者を染めるのかしら)美和子は、創業記念パーティで二度ほどみかけた祐里の慎ましやかな美しさを思い出していた。控えめでありながら薫子の優雅さに劣らず、自ずと祐里の周りには人が集まっていた。
「美和子さんは、光祐さんの秘書になられて、どれくらいなの」
「四月からですので、四ヶ月くらいです。それまでの二年間は執事室でした」
「遠野の眼鏡に適ったのでございますね。それではとてもお仕事がおできになるのでしょう。さぁ、お腹がおすきでしょう。食堂にご案内しましょうね」
 薫子は、執事の遠野が認めた才媛の美和子と接して、雰囲気が違うと思いながらも祐里が帰って来たような感じを抱いて食堂に案内した。薫子は、祐里のいない毎日が淋しくてしかたがなかった。
 光祐は、祐里が旅立って以来、洋館の自室に戻って来ていた。薫子の視線を思い出しながら、部屋に入り洋服箪笥を開けて鏡を見て驚いた。白いシャツの襟元にしっかりと美和子の口紅が付き、唇も薄っすらと紅色に染まっていた。慌てて洋服箪笥から、シャツを出して着替えると洗面室で顔を洗った。(最近の若い女性は早急だな。あの時、風が吹かなかったら、誘惑に負けていたかもしれない。祐里、このようなことになってしまって申し訳ない)光祐は、祐里と離れて暮らすうちに、淋しさからかこころに隙を作ってしまった自己を洗面室の鏡に写し出して反省していた。
 光祐は、格子の扉を開けてバルコニーに出た。桜の樹は、深緑の葉を青々と繁らせて光祐に涼しい風を送った。
「桜、今宵は、祐里が恋しいよ。祐里をこの手で抱きしめたい」
 光祐は、桜の樹に胸の想いをぶつけた。愛するのは祐里だけだと想いながら、身体が若い美和子に反応していたことが悲しかった。桜の樹は、静かに葉を揺らして光祐の話を聞いていた。月夜の庭を眺めながら桜の樹に話しかけるうちに、光祐のこころの漣は、次第に鎮まっていった。
「光祐さま、祐里は光祐さまを信じてございます。離れていましても、こころは光祐さまに添うてございます」
 風に乗って祐里の声が聞こえたように光祐には思えた。
「祐里、ぼくを信じておくれ。ぼくは祐里だけを愛しているよ」
 光祐は、上空の明るい月を見上げて、祐里に届けとばかりに囁いた。
 光祐が食堂に入ると、美和子が席に着いたところだった。祐雫も勉強を終えて、光祐の車の音を聞きつけて食堂に来ていた。
「父上さま、お帰りなさいませ。お疲れさまでございます」
 桜色の浴衣を着た祐雫は、祐里の面影を見せていた。光祐は、祐雫の笑顔に寛いだものを感じた。
「ただいま、祐雫。秘書をしてくれている森美和子くんだよ」
 美和子は、理知的な光祐の表情が、柔和で家庭的な表情に変化しているのに気付いた。
「こんばんは。祐雫でございます。父上さまがお世話をおかけしてございます」
 祐雫は、祐里のワンピースを着ている美和子に懐かしい想いを抱きながら丁寧にお辞儀した。
「こんばんは。祐雫さん。とても浴衣がお似合いですね」
「ありがとうございます。今夜は、お泊まりになられるのでございましょう。祐雫のお部屋でご一緒いたしましょう」
 美和子は、お屋敷の優しい雰囲気に包まれて不思議な気分を味わっていた。入社して以来、光祐に憧れて恋い焦がれていた自分の熱い想いが穏やかなものに変わっていった。
 風呂上りに祐里の浴衣を纏った美和子は、祐雫の部屋に案内された。
「とても、よい香りのお部屋ですね」
 なんともいいがたい気持ちを落ち着かせる仄かな甘い香りが香っていた。
「母上さまの香りでございます。このお部屋は、子どもの頃から母上さまがお使いでございましたので、今でも母上さまの香りがしてございますの」
 祐雫は、この部屋にいるといつも祐里と一緒に居る気分になった。
「えっ、子どもの頃からですか」
 美和子は、不思議に思って問い返した。
「はい、母上さまは、子どもの頃に父母を亡くされて、それから父上さまと兄妹のようにお屋敷でお世話になってございましたの。父上さまと母上さまは、初恋を実らせられたのでございます。御伽噺のようでございましょう。母上さまは、シンデレラガールなのでございます」
 祐雫は、布団を並べて敷きながら美和子に微笑みかけた。美和子は、机の上の家族写真に目を止めた。光祐の横で幸せに包まれている祐里を見つめた。永久の愛が感じられて美和子は、自分の行いが恥ずかしくなって目を伏せた。
「運命的な巡り合わせ・・・・・・母上さまは、とても素敵なお方ですのね」
 美和子は、祐里の優しさにすっぽりと包まれたような気分になっていた。
「はい。祐雫は、よく母上さまにやきもちを妬いてしまうのでございますが、お屋敷の皆は母上さまが大好きでございますの。母上さまが里に帰られてからは、お屋敷はとても淋しゅうなりました」
「そのようでございますね。副社長も淋しげでしたもの」
だからその淋しさに入り込もうと美和子は思っていた。しかし、この写真の祐里は、写真の中にいても家族のこころをしっかりと掴んでいた。美和子は、甘い香りに包まれて、すっかり光祐を誘惑する気が失せていた。
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