ベンブリッジ島へ
11月
15日
シアトル・ダウンタウンのほど近くに
ベンブリッジ島へ続くフェリーの港がある。
数年ぶりでその島へ行く機会を得た。
時刻表を見るとギリギリであったが、
運良くフェリーへ滑り込むことができた。
島までは、35分ほどの船旅となる。
そこも戦前までは日本人移民で賑わい、
日本人の農地が広がっていた。
1941年のルーズベルト大統領の指令によって
日系人は強制的に内陸部のキャンプに収容されるが、
ベンブリッジ島が、
その最初に強制移住が執行された所となった。
当時の新聞の一面には31歳になるある日系人女性が
強制移住のためベンブリッジ島の桟橋を歩く写真が掲載された。
彼女は3歳の長男の手を引き、乳飲み子を腕に抱えている。
お腹には赤子を宿している。
日系人強制収容キャンプの象徴的写真としてあまりにも有名となったその女性は、
ハヤシダ・フミコさん。
2週間ほど前に静かに息を引き取られた。
享年103歳。
3年前、長女の自由学習で日系人の歴史を選んだ際に、
彼女が在命であるのを知って一人暮らしの家に家族で訪問させていただいた。
以来、妻は足しげく彼女のところにお見舞いに伺うようになり、
ホームに入居してからもそれが続いていた。
歴史の証人がまた一人、地上を去ってしまった。
フミコさんの葬儀はこの日曜日、シアトルにある日系キリスト教会で行われる。