帰りもまたリスクを犯してしまい、これまた失敗だった。 こうして予定通りのフライトの機内でこれを書いているのは、 ただただ神様の哀れみによる。 今夜は帰宅できないはずであった。 ブルクッリンのホテルからケネディ空港までは、 タクシーで約40分で$45ほどであると言う。 地下鉄を利用すれば2回の乗り換えで1時間50分はかかると、 これもホテル・フロントの試算。 だが費用は2ドル50セントで済む。 そこで乗り換え無しとなる途中の駅までタクシーを利用することにした。 それなら離陸時間の1時間前に空港に到着できるはずだ。 毎度のことながら、シナリオ通りに事は運んでくれない( ̄▽ ̄) 「旅行とは、人生そのものである」 とは誰かの持論であったが、 そのとおりで、 私達の人生もまたシナリオ通りに進まないものである。 トヨタ・プリウスで迎えてくれた60程の小太りのハイヤーのおっちゃんは、 その駅までのおおよその方角は分かっても、正確な場所が分からない。 おかげで客の私が後部座席から飛び出して、 通行人に駅までの行き先を聞かねばならない羽目となった。 それも2回も。 両手に重たいスーツケースを提げて階段を駆け下り、 それらを胸に抱えながら一人が入れる回転式ゲートを押して、 ホームまで辿り着いたまでは良かった。 AとCラインとが混在している路線なのであるが、 その駅にはCラインしか停車しないことが判明。 空港へはAラインに乗らねばならないのだ。 Aを恨めしながらもやり過ごした後に やって来たCに乗り込む。 5つ目の駅でAに乗り換えのため下車。 そのホームには私のストレスレベルを極限にまで引き上げる、 新情報を告げるA4サイズの白用紙があちこちに貼ってあるではないか! 「Aラインは現在、空港まで運行していなく途中駅まででストップ。 その途中駅からはシャトル・バスを利用せよ」、とのお達しであられた(≧∇≦) すでに余裕は使い切っている。 シャトル・バス乗り換えをしていたら間に合わないであろう。 その駅の階段を駆け上がり、タクシーを捕まえることにした。 やはり冒険せず、ホテルからタクシーで直行するのが正解であった。 こういう時に限ってタクシーは捕まらないもの。 目前ではシャトルバスが最後の乗客を載せて出発しようとしている。 仕方なく、シャトルバスに賭けることにした。 ターミナル内を走り抜け、カウンターについた時は離陸時間の30分前となっていた。 すぐにも搭乗が始まろうとしている頃。 「あなたは遅すぎました。今となっては手荷物を受け付けることができません」 綺麗な黒人女性の事務的なその言葉に打ちのめされてしまう。 「………….。. o(≧▽≦)o .。.…………………」 我に帰り、現実を飲み込む他にないことを自分に言い聞かせる。 同時に、このまま諦めてなるものか、という反骨スピリットも湧いてくる。 ここはネゴーシエイションのお国である! 「では荷物は次の便で送ってくださいな。私だけの搭乗券を発行して下さい。」 「システム上、そのようなことはできません。 人と荷物は同じフライトコードでなくてならないのです。」 「先回はそのようではなかったですよ。 その時も規定のフライト時間前40分より遅れたため、 荷物は同時にフライトできなかったんですが、私の搭乗券は発行してくれました。 そして翌日、荷物を航空会社が自宅まで届けてくれています。」 「サラー!」 (マネージャーらしき人の名前を呼び付け、 彼女と一緒にコンピュータ画面を操作しながら話し合っている) 「やはり、……コンピュータが発券してくてないのです……。 荷物を置いてあなただけで搭乗しますか…。 誰かに荷物を送ってもらうように頼みますか? どこに住んでいるんですか?」 「シアトルに私は住んでいて、ここにそれを頼める人なんていません。」 「それでしたら、明日の朝、7時20分のフライトに変更手続きをしてあげましょう。」 「ちょっと待ってください。私は今日中に帰りたいんです。」 私の頭の中は沸騰した蒸気で蒸し返しているというのに、 彼女は至って冷静である。 その美しさが、彼女の冷厳さをさらに引き立てているようでもある。 「私の言ってることが信じられないのでしたら、 他の窓口の誰にでも聞いたらどうですか? あなただけを搭乗させることはできないのです。」 執拗に食い下がる私の要求に、ついに彼女も冷静さを失い始める。 私はゲームをそこで終えることをしなかった。 さらに食い下がった。 「荷物を送ってくれるサービスはないですか。 宅急便のような(これは英語にならなかった)?」 「あなたがご自分で郵便局まで荷物を運ぶことになりますね」 その場合でも、30分後に迫っているフライトには間に合わないのは明白。 明日まで空港で過ごすか? 近所のホテルを探すか? 頭の中では次なる作戦が浮上してくる。 彼女との埒もない会話がしばらく続いている最中だった。 コンピュータ画面を見ている彼女の表情が、突然変化した。 「サラー!」 再びマネージャーを呼び付けると、忙しくキーを叩き出した。 マネージャーに教えてもらいながら、 その黒人女史はついに私の搭乗券を手動によるコンピュータ操作で発行に成功!! 同時に手荷物に付けるステッカーは、 マネージャーが手書きで私のフライトコードなどの必要情報を書き込んでくれる。 「ホラ、見ろ。やればできるじゃないか、君たち!」 いやはや、私はそんな大上段に構えるゆとりなんて、 これっぽっちも持ち合わせていなかった。 彼女達のマニュアル作業をカウンター越しに眺めながら、 拝むような仕草で、サンキューを繰り返していた。 地獄の淵から生還できたとは、このことか。 これで今晩中にシアトルに戻り、懐かしい家族たちに再開できるではないか。 「手荷物はあなたのフライトには載らないでしょうから、 明日、シアトルの空港まであなたが受け取りに行ってください。」 そう言いながら彼女は私に搭乗券を渡してくれた。 (先回は御社が自宅まで届けてくれたのですけれど、、) もう、そのような議論をしている暇はない。 サンキューを繰り返しながら、再び走り出した。 走れ、走れメロス! 日没は間近だ! (何のこっちゃ ^ - ^) 保安審査を終えるとBゲートを探さねばならない。 横に長いそのBゲートを走るが、私のB38はなかなか現れて来ない。 もうすでに太陽は半分沈んでしまっているぞ、走れメロス! B10辺りから走り始めて、何とB38は最後のゲートではないか。 つまり39ゲートは存在せず、長い直線コースを建物の終焉まで走らねばならなかった。 どこまでドラマチックなんだ?! 200メートルは走ったと思う。 途中、息も切れた。 こんなことなら、ランニングトレーニングを欠かさずに続けておくべきだった( ^ω^ ) そんな思いも去来しながら、 ようやく搭乗ゲート38に辿り着くと、 最後の搭乗客が搭乗口に吸い込まれるところであった。 間に合った!! 太陽は最後の閃光を遺して沈もうとするその瞬間に、メロスはゴールしたんだ。 このスリルとストレスは、わずか数十ドルを節約するために体験する羽目となった。 割に合わない金額である。 いや、考え方を変えれば、 数千ドル分のサスペンスをわずか数十ドルで体験したということになるだろうか? その物語は、まだ終わっていない。 このフライトに私の手荷物が載っているのか? 明日、空港まで取りに行かねばならないのか? メロスの冒険は今後も続く。