Sabbathシリーズ① Time 時
1月
22日
今日から新しいシリーズを始めていきたいと思います。それは、安息日、英語ではSabbath といいます。安息日について調べれば調べるほど、もし、神を信じているクリスチャンたちが、本当の意味で安息日を守るならば、この世の中は変わるだろうな。。。と思わされました。今日は、シリーズのイントロダクションとして基本的なことを話したいと思います。
★安息日のはじまり
安息日のはじまりは、この世のはじめ、天地創造の時からありました。私たちのイメージの安息日とは、きっと日曜日の感覚かもしれません。歴史の中で、人が休まずに働くと効率が悪くなると、宗教的な意味以外でも、日曜日が休みになったという背景があります。EX) Soviet Union; 1929 restructure the calendar, communal resting. ちなみに、ユダヤの世界では、金曜日日没から土曜日の日没まで。ろうそくをともして始まります。
創世記2:1-3 Genesis2:1-3
1 こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。2 神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。3 神は第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。
★神は祝福され、休まれ、その日を聖であるとされた。
神は、創造の業をなさるときに、神に似せられた人間と7日目の安息日を祝福されました。人と安息には神の好意と守りがある。それが栄えるように神は祝したです。
神は、疲れたから休まれたのでしょうか? よく人間的な考えで、神は疲れたのだとか、いや神は疲れないから、人間に見本を示したのだとか言われますが、神は疲れたので休んだのではないのです。
全て、素晴らしく整えられた世の中をみて、ご自分に似せられた造られた素晴らしい人間たちを見て、それを楽しんでいたのです。何かをすることから手を留めて、過去六日日間、いや神様にとっては計画のはじめからの思いかもしれません、振り返り、ああ、よかった、と思いを巡らせていたのです。創造の御業を楽しんでいたのです。
神は、その日を聖とされました。神が創造されたもので聖とされたのは、安息だけです。聖とする、聖別するとは、どういう意味でしょうか?
それは、神のために取り分けるということです。お取り置きすることです。すなわち、他のものと分けること。分離することであります。ですから、他の六日間とは別にするということです。神が、聖なる日と定めたのはこの日だけです。
★時間Time is the heart of existence.
神は、七日には何も造られなかったのですから、何を聖いとしたかというと、一日、すなわち時間ですね。少し、時間について考えてみましょう。
人間の存在に意味を与える時間とはなんでしょうか。今の世の中は、エコノミーと時間が密接に関係している。タイムイズマニーでしょ?どれだけお金を稼ぐ能力があるかわかる、労働時間が、一番の価値をもつでしょうか?
エコノミーとくっついている時間の概念には、いつも時間は前へ前へ進んでいる。前に進むことしか概念にありません。しかし、立ち止まって、過去を振り返らなければ、感謝や教訓はうまれないのではないでしょうか。
時間は、人をコントロールしています。一日のスジュール、一か月、三カ月、半年、一年。。。人は、時間のコントロールから離れなければ、遊び、楽しみを得ることはできないのです。時間の感覚から解放されてはじめて、遊びの感覚が生まれるのです。
時間は生活にリズムを与える。習慣をもつ。人は、時間でリズムを作ります。中毒のリズムもあれば、宗教的なリズムもあります。。。時間の概念から離れなけれは、私たちに見えないものがある。
★ 安息は神の特徴 Sabbath is God’s Signature
安息は、神様からの贈り物です。私たちが稼いでもらったものではない。けれども、私たちは、休むために働くという感覚がある。旅行に行くまでに、これだけのことを済ませておかないと。。。などなど。。。最もなことです。この私も、時間を作らないと休めないという現状があります。このへんもどうしたらいいのか、一緒に考えていましょう。
安息は、週日のためにあるのではなく、人のためにあります。イエス様も言いましたね。安息日は、人のためにあると。。。。
安息は、神の祝福が宿る時間。すなわち、神がともにいらっしゃる神の臨在なのです。
安息は、聖なるもの。世の中の雑踏から切り離すものです。
安息は、楽しむことです。安息の特徴は、楽しみです。神の創造を見て、素晴らしい、神様と一緒に楽しむことです。
安息は、振り返ることです。リフレクション。今までの歩みを振り返り感謝することです。また、時には、涙するかも知れません。
他の旧約聖書の箇所では、
★旧約聖書の記述 In the Old Testament
出エジプト20:8-11 ザカー 覚えておく
8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息日である。あなたはどんな仕事もしてはならない。—あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も—11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。
出エジプトでは、覚えておくことが強調されています。神が世界を創造された創世記に思いをはせて、創造のすばらしさ、神が楽しまれたように。。。また、人という人は皆、安息に招かれています。奴隷も外国人たちさえも。ですから、安息は、何も神を信じている者たちだけのものではないのです。みな招かれているのです。安息は、信じている人たちと信じていない人たちを線引きする日でないのです。
レビ23:3 Leviticus23:3
六日間は仕事をしてもよい。しかし七日目は全き休みの安息、聖なる会合の日である。あなたがたは、いっさいの仕事をしてはならない。この日はあなたがたがどこに住んでいても主の安息日である。
安息は、交わりとコミュニティーのための日であります。また、みなでともに楽しむ日です。
申命記5:1 Deuteronomy5:1 シャマー オブザーブ
1 さて、モーセはイスラエル人をみな呼び寄せて彼らに言った。聞きなさい。イスラエルよ。きょう、私があなたがたの耳に語るおきてと定めとを。これを学び、守り行いなさい。
モーセの出エジプトから、四十年たって、シナイ山で与えられた十戒を強調し、生活のリズムとして守り行うように。。。神が、奴隷の状態から解放してくれたのだから、なおさら安息を大切にするべきだという意味が込められている。
〇安息日は、神の民の特徴であり、神の特徴であります。神への感謝であり、神とともにあり、神と過ごす日です。