江戸時代以降より繁華街のひとつとして栄えてきた浅草。浅草のシンボルといえば観音様で。本堂は観音堂とも呼ばれています。旧観音堂は慶安2年の建立。関東大震災でも焼失せず、さすがは観音様と感嘆されましたが、昭和20年3月の東京大空襲で焼け落ちてしまいました。そして、東京府の都市計画により新たに市街地化されました。高度経済成長期以降は東京都が制定する副都心(7か所)として、上野駅近辺と共に上野・浅草副都心を形成し、外国人も多く訪れる下町情緒を感じさせる観光名所として賑わっています。