羽生選手が、第一線を退き次のステージに向かう決意を表した次の朝。
線状降水帯の豪雨でも彼は動かず、そこにいた。
何人が彼を見つめて通り過ぎただろう。
見下ろす視線を気にすることもなく、
自分の居場所を決めこんだ彼は、蒸し暑い夜をこえても、微動だにしなかったのだ。
彼の信念は、自信からくるのか。あるいは、「無」からくるのだろうか。
彼の存在はオレも認識していた。
毎朝、バイクにまたがり、バックで道路まで出て、そこでエンジンをかける。
オレのいつもの通り道に彼はいた。
避けなければ、と思いながら、後ろ向きで、少し左右にハンドルを切る。
にもかかわらず。
彼を通り過ぎたころ、いたはずの場所に彼がいない。
生きる決意を固くしたオレに恐れをなしたのか。
いや。
前輪にまとわりつく彼。
少し前に進めると前輪と泥除けの間に挟まり、
ぐにっとなる彼。
少し前に進むと、ぐにょー、っとなる彼。
しまった。
彼の存在は知っていたのに。
避けるつもりで、まるで吸い寄せられるように彼を巻き込んでしまった。
落胆の中バイクを進めるオレ。
ラジオから流れるクラシックも、今やただの音に過ぎず、入ってこない。
ああ。
そういえば。
「喫茶んこ」
学生の頃に読んだサラリーマンのマンガに出てくる店の看板。
喫茶、なのに、んこ。
「ラッサイマセ、ラッサイマセ」というキャバレーの呼び込み。
「ま、一因ではあるんでしょうけどね」というセリフが口癖の同僚。
わずか見開き2ページのマンガに出てくる、その回だけの個性的な存在。
学生だったけど、面白かった。
その中に出てくる「喫茶んこ」。
店が話題になる話でもなく、ただ単に看板に書かれた名前。
何というセンス。
ずっとその単語が頭に残っている。
全然関係ないことをしていても、ふと浮かぶ魔力のことば。
もしかすると、「くうねるあそぶ」とか、
そういう言葉と同じ高次元のWord。
苦笑いをしながら、信号停止中に前輪の彼を見る。
信念が強い彼はまだそこに。
はあ。
と。
ラジオから、先週メールしたリクエストメールが読まれた!
かけクラで。
わーい。
苦笑いがはにかみ笑いにかわる。
わずか朝の30分ぐらいの間に
人生の陰と陽が。落胆と光が。
いい一日になる気がしてきた。
夜、会議だけど。
※ここでいう「彼」は羽生君ではありません。
※かけくらOnAir(R4.7.17)
https://drive.google.com/file/d/1ocHR0k2Cfhj-AbZxVezAowfnOmXKEDwK/view?usp=sharing
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