「もう二度と流産したくない」
「今度は絶対に赤ちゃんを抱きしめたい」
と誰もが考えます。
と同時に、
「早くこの辛い日々から逃れたい」
「早く普通の結婚女性に追いつきたい」
とも考えると思います。
このような想いを抱いて、
全国から不育症ご夫婦がこちらのクリニックに来院されています。
来院後の検査により、ほとんどの患者さんから、
流産に関係する何らかの身体的、精神的危険因子が
複数個みつかっています。
小さな命を、繰り返して、繰り返して、亡くしているのに、
異常がないはずがありません。
治療方法が決まった後、
今度は、
「早く、一刻も早く、妊娠したい」
と、がんばってしまいます。
基礎体温をきっちりと記録して、排卵日を推定し、
タイミングに傾注していませんでしたか。
高温層の後半時期になると期待が膨らみ、
生理が来てしまうと、その反動で、
失望感、虚脱感に襲われていませんでしたか。
このような慢性的な緊張状態の繰り返しのなかで、
いざ、妊娠反応が陽性になると、
まずは、喜びの感情がわいてきますが、
すぐに、いわゆる
「流産恐怖症」
とでも考えられる
「不安」、そして 「怖い」 と感じていませんでしたか。
症状としては、
「胸がドキドキする」
「のどが渇く」
「おなかが痛くなる」等がよくあります。
過剰な緊張、ストレスは、
子宮内膜の 「らせん動脈」 を収縮させて,
胎児細胞への栄養補給を細くしてしまいます。
これこそが、流産の原因になってしまいます。
そうならないために、妊娠前からの
精神的なゆとり、
「ゆったりと、まったりと、のんびりと。」
の感覚が大切と思います。
何とかなると感じるようになれば、
何とかなるものです。
不育症の初診のとき、
まず、その一連の検査の内容を説明しています。
その中で、最初にお話しすることは、
たとえ、ご夫婦とも染色体異常という
遺伝的な問題がなかったとしても、
偶然的な奇形精子、あるいは偶然的な未成熟卵により、
約15〜20%の確率で、
胎児の偶然的な染色体異常が発生しているという事実です。
つまり、
だれでも、もう絶対に流産はしたくないと思われますが、
残念ながら、約2割弱の確率で、
「運命の流産」、
言い換えれば、
「わずか一ヶ月前後だけの寿命をもらった赤ちゃん」 が、
存在しているのです。
この運命は受け入れるしかありません。
人生においても、
この 「8割の哲学」 は、大切なことだと思います。
何事も、10割、100%の達成をめざして、
日々、努力していますが、
いろいろな側面から見た場合、
たぶん、8割の達成度が、ベストではないでしょうか。
2割の不満は、その後の人生の糧になりますが、
10割の成功は、たぶん断片的な現象であり、
その後の人生の多様性を狭くするように思います。
30年以上にわたって、
不育症のご夫婦を診させていただいていますが、
どうしても、赤ちゃんを抱くことができなかったご夫婦も
いらっしゃいます。
そのようなご夫婦を、私は忘れることはできません。
赤ちゃんを抱きしめることはできなかったとしても、
ご夫婦で、それまで、いっしょに頑張ってきた日々、
その過程が、
とても尊い時間であったと思います。
治療の限界に阻まれて、あるいは、
年齢的な大きな壁に阻まれて、
そろそろ、リタイヤを考えられているご夫婦に、
私からは何も言えません。
せめて、少しでも、この治療の過程のなかで、
ご夫婦に、
何か意味のある絆ができればと願っています。
わずかな時間の命であっても、
あなたの子宮のなかで、
何人も生きていたのは、事実ですから。
「おなかもこころも腹八分目」、
2割の不満ばかりに目を向けず、
8割の平凡を見つめ直してみましょう。
「もう、大丈夫ですよ。」
「このクリニックは、これで卒業ですね。」
多くの不育症患者さんは、
初診のときとは見違えるほど、
生き生きとした表情をされて、
このクリニックを去っていかれます。
お腹の中には、危険な時期を無事に乗り切った、
力強い赤ちゃんを宿しているのです。
このようなとき、
私とスタッフ一同も、
大きな喜びを分けていただいています。
このときのために、
いっしょに、何とか、乗り切ってきているのですから。
日々の不安と緊張の先には、
いつかは、
確かな喜びが待っていてくれるのですから。
妊娠初期のクリニック待合室では、
生きた心地がしないのではないでしょうか。
診察台に上がり、超音波検査を待つときは、
ただ、ただ、赤ちゃんを信じて、
すべての神仏に祈りをささげたい気分と思います。
赤ちゃんが順調に発育しているのかどうか、
胎のうが見えるどうか、
卵黄のうが見えるかどうか、
そして、
1〜2mmぐらいの赤ちゃんの心臓は動いているのかどうか。
どんどん大きくなり、心臓の動きも強くなっていく過程で、
ある日、
心臓の動きが止まっていたとき、
クリニックの時間も一瞬、止まります。
このような出来事の確率は、約15〜20%あるのです。
私とスタッフは、
診察台の超音波検査に向かうとき、
緊張のなかで、いつも、
心の中で、
手を合わせています。
「どうか、順調に育ってくれていますように」
と。
発育順調であれば、
つい、心の中で、
「よし!」
と叫んでいます。
反対に、
心臓の動きが止まっていれば、
一瞬、真っ白になってしまいます。
しかし、すぐに、
患者さんの心の動きを注視します。
一番、心の支えが必要なときですから。
このようなときの時間のとり方、
接し方、などは、
今でも、手探りの状態です。
私とスタッフ一同、
日々の精進の必要性を痛感しています。
喜びのときも、悲しみのときも、
このような瞬間に、
旦那さんが、
いっしょにいてくれたら、どんなに心強いことでしょう。
ある患者さんが、妊娠初期に不育症クリニックを受診するのは、
「 戦 場 に 行 く よ う な 気 分 で す 」
と、おっしゃっていました。
妊娠反応がでてから、約6週間が、
多くの例で、最も危険な時期です。
妊娠反応がでた瞬間から、喜びから、
すぐに、不安と緊張の状態になりませんでしたか。
たとえば、すぐに、下腹が張るような、少し痛いような感じ
が、ありませんでしたか。
過去の流産のつらい記憶がよみがえり、
熟睡できなくなるようなことはありませんでしたか。
何かイライラしていませんでしたか。
基礎体温の動きに敏感になり過ぎていませんでしたか。
つわりの程度の変化に、過剰に緊張していませんでしたか。
過剰な不安と緊張、そして、
また流産するのではないかという恐怖心は、
その精神状態そのものが、
お腹の中の小さな赤ちゃんにとっては、
とっても危険です。
過剰な緊張は、赤ちゃんへの栄養の供給源である
子宮内のらせん動脈を萎縮させてしまい、
その結果、
流産させてしまう危険性があるからです。
今までになくした赤ちゃんの中には、
助けられた可能性のある赤ちゃんもいると思います。
しかし、
決して、今までの自分を責めないで下さい。
なぜならば、
今までのあなた自身も、
一生懸命に生きてきたのですから。
今までの赤ちゃんを思い出してみてください。
妊娠して、わずかな時間で流産してしまったとしても、
ほんの少しでも、
赤ちゃんといっしょに、幸せなときを過ごしたはずです。
その一瞬の時間が輝いていたはずです。
この思いが、これからのあなたの人生に
必ずプラスになると思います。
一瞬でも、
新しい命の芽生えを感じることができたのですから。
そして、
あなただけの遠い記憶のなかに、
その赤ちゃんたちは
生き続けていることができるのですから。
不育症のあなた自身に、
妊娠検査薬で陽性になる数日前から数日後にかけて、
少量の性器出血があったとします。
あるいは、妊娠判明後の2週間以内に、
自分の生理2〜3日目の一番多い量ぐらいの
性器出血があったとします。
あなたならどうしますか?
たぶん、まず、凍りつくと思います。
直感的に、
ああ、またダメか。
と同時に、今までの流産前後のつらい記憶が
瞬時によみがえってくると思います。
そして、今回は何としても、
何としてもと、
わらにもすがる思いになることでしょう。
そこで、
まず、体を休めるため、床につきませんでしたか。
がんばって、
ずっと、ずっと、動かないようにしていませんでしたか。
あるいは、心当たりの病院に連絡して、
即、入院、絶対安静にしていませんでしたか。
夜中か休日ならば、
救急病院に駆け込みませんでしたか。
その行為は、本当に流産を防ぐ効果があるのでしょうか。
過剰なストレスにより、
子宮内のらせん動脈を細くしてしまい、
胎児への血流低下により、
かえって、
流産を助長してしまうのではないでしょうか。
妊娠して2週間以内の性器出血の場合、
出血を止めるための薬物療法と
出血を止めるための安静療法は
あまり流産を防ぐ効果はないと
私は思っています。
本当に必要なことは、
こ こ ろ の 安 静 です。
ですから、出血しても、
あわてずに、
あかちゃんの生命力を信じて、
がんばって、いつものような日常生活を過ごすように
心がけることも大切と思います。
あるいは、
信頼できる先生、信頼できる看護師さんに相談して、
できるだけ過剰な不安を取り除くことが大切と思います。
もしも、入院になったとしても、
こ こ ろ の 安 静 の た め の 入 院 ですから、
不安のかたまりでベットにひたすら横たわっているのではなく、
先生や看護師さんから納得のいくまで十分な説明を受けて、
できるだけ過剰な不安を取り除くことが
もっとも、大切な医療行為であると思います。
出血が直接的な原因で流産する頻度は
1%以下と非常に稀なのです。
出血の原因の多くは、
受精卵が子宮内に埋没するときに生じる着床出血か、
胎のうが大きくなっていくときに生じる
子宮内膜とのズレみたいなことによる出血と考えられます。
この場合は、流産の危険性の少ない出血
と考えて良いと思います。
それ以外に、
何らかのほかの原因により、
化学的流産あるいは流産となったとき、
その結果として、
胎児が子宮から剥がれ落ちるときに生じる
異常出血かもしれません。
しかし、この流産の結果としての出血は、
妊娠して2週間以内の場合、
あわてることなく、少し、自然にみていても良いと思います。
命にかかわるぐらいの出血多量になる確率は
ほとんどないと感じていますから。
出血しても、
極力あわてず、
赤ちゃんの生命力を信じて、
こ こ ろ の 安 静
を保ちましょう。
抗リン脂質抗体陽性による不育症の世界的な標準治療法は、
低用量(少量)アスピリンとヘパリンの併用療法です。
しかし、アスピリンの飲む量と使う時期は、
患者さんの状態によって、変える必要があります。
低用量アスピリンの最も効果的な薬の量は、
実は、 ア ス ピ リ ン ジ レ ン マ
といって、なかなか難しいのです。
アスピリンは、ご存知のように、古くから
鎮痛剤として広く使われている物質です。
1970年にワイスという医師が、
鎮痛効果とは別に、
アスピリンの血栓症を防ぐ効果に気づき報告しました。
しかし、なぜアスピリンが血栓形成を予防するのかは
謎のままでした。
1975年、ロースらにより、
アスピリンは血小板内のある酵素を
不可逆的に抑制することにより、
血小板の機能を抑制して血栓を防ぐ
という事実が報告されました。
1976年、バーネは、血管壁内の同じ酵素に対しても、
アスピリンの抑制作用が発揮され、
血管が収縮する
ということを報告しました。
この事実は、アスピリンは血栓形成を防ぐのではなく、
血栓形成を助長すると考えられるのです。
この二つの事実が、混乱をまねき、
いわゆる
ア ス ピ リ ン ジ レ ン マ
と言われる由縁になっているのです。
アスピリンは、血小板の機能を抑制して、
血液をサラサラにしますが、
同時に、血管を収縮させますから、
血液をドロドロにもするのです。
しかし、その後の研究により、
アスピリンに対する血小板と血管壁の感受性
が違うことが判明して、
血小板には抑制効果を示すが、
血管壁への収縮効果を最小限にとどめる
ア ス ピ リ ン の 量 が
現在も、問題となっているのです。
現在、低用量アスピリンとして、
バファリン(81mg)とバイアスピリン(100 mg)
がよく処方されています。
この二種類のお薬は、
狭心症、心筋梗塞、虚血性脳血管障害の患者さんの
血栓予防効果(血小板の抑制効果)があるため、
そのような患者さんに対しては、保険適用されています。
用法・用量は、通常、成人には1日1回連日経口投与です。
しかし、1日1回連日服用という量は、
脳・心臓血管障害という病的血管を持つ患者さんに対しての
有効な量なのです。
正常血管を持つと考えられる多くの不育症患者さんへの
有効な量とは、当然違うのです。
名古屋市立大学病院の杉浦教授らと
私との共同研究の結果では、
抗リン脂質抗体の強陽性(内科的抗リン!?)以外の
弱陽性(産科的抗リン!?)患者さんに対して、
アスピリン40mg単独療法でも成功率は80%以上でした。
もちろん、支持的精神療法も併用されていました。
この結果は、
1998年、世界産婦人科雑誌(Int J Gynecol Obstet)
に報告されています。
不育症の患者さんが服用する時期については、
アスピリンは血小板にくっついたら離れませんので、
血小板の寿命が約10日ですから、
アスピリンの蓄積効果から考えて、
妊娠の可能性がある周期の基礎体温の高温層と
妊娠反応陽性後が良いと、
私は考えています。
いつまで服用するかについては、
一般的には妊娠28週までとされていますが、
私の長年の臨床経験と実績から、
抗リン脂質抗体弱陽性患者さんに対しては、
妊娠16週以後の服用を中止しても問題ないと
考えています。
また、副作用に関しては、
妊娠初期の低用量アスピリン服用による
先天異常児の出産率の増加はみられなかったことが、
2002年、米国産婦人科雑誌(Am J Obstet Gynecol)
に報告されています。
先日、母が永眠しました。
子宮という宇宙のなかの小さな赤ちゃんの死と
日々向かい合っているせいか、
どうしようもない、受け入れるしかない死として、
母とお別れしてきました。
その通夜のとき、お寺様が
「 無 量 の 死 」、
明日さえわからない死、運命にまかせるしかない死、
についてお話されました。
人間は何か大きな力により生かされているという教えです。
ですから、与えられた運命を精一杯生き抜くべきだと。
私が不育症のご夫婦に、最初にお話していることと
核心部分では同じでした。
不育症の治療においては、
赤ちゃんの運命を変えることはできないということです。
一回の妊娠について、ご夫婦の染色体異常がなくても、
約20%弱は、偶然の胎児の染色体異常により、
換言すれば、その赤ちゃんの運命により、
約1〜2ヶ月間の命の光を消してしまうのです。
その運命を最初から覚悟して、
それ以外の原因を治療することにより、
約80%強の成功率が得られるのです。
頭の中では、十分わかっているのですが、
心の深いところで、ぽっかり小さな穴があいているみたいです。
大切な命を失った悲しみ、残された者の無気力感、
辛い日々ですが、
「 無 量 の 死 」
を受け入れて、その分まで、
生き抜いていくしかないと思っています。
自分の人生が終わる
その時まで。
数年前ですが、妊娠初期に連続して、
13回も流産を繰り返されていた患者さんを
治療させていただきました。
それまでに、その患者さんは、
抗凝固療法、リンパ球療法、ホルモン療法、漢方療法、安静療法を、
いろいろな病院で受けていましたが、
すべて不成功に終わっていました。
そこで、私はいろいろな検査を再点検しましたが、
身体的には、
特別に大きな異常は見つかりませんでした。
しかし、精神的には、
焦り、不安、極度の緊張等がありましたので、
支持的精神療法と薬物療法を
追加治療してみました。
その患者さんも、
子宮の中の小さな赤ちゃんに
(仮の) 名 前 を つ け て、
心配なときは、いつも、
その赤ちゃんに話しかけていました。
「000ちゃん、大丈夫だよ。おかあさんが守ってあげるから。」
と。
超音波検査の前夜は、毎回、怖くて怖くて、
凍りついていたようです。
薬物療法の助けも借りて、
必死で、赤ちゃんの生命力を信じて、信じきって、
そして、祈っていたと思います。
この患者さんは、その後、
無事に元気な赤ちゃんを出産されました。
14回目の奇跡かもしれません。
14回目に成功した患者さんは、
私が経験した最高流産回数の経験者です。
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