前の配属先で、
仕事でサイト運営に関わってたけど、
いちいち業者に連絡しないとレイアウトとか、
その他を直せなくて、
めっちゃヤキモキしたもんな。
もちろん、素人が下手に手を出せば
余計におかしくなるから、
さっさとプロに任せた方がいいことも
たくさんあるんだけど。
なんでこれを入れ替えたいだけなのに、
これをなくしたいだけなのに、
これを加えたいだけなのに、
わざわざ業者に連絡しなきゃいけないんじゃあっ!!
なんで業者の作業にこんなに時間がかかるんじゃあっ!!
ってことがたくさんあったもんな……。
「こっちでやるんで、やり方を教えてください」って言っても、
やり方教えてくれなかったし。
まあ、素人相手に教えるよりも、
業者が自分でやった方がいいって判断だったんだろうけどさ。
クライアント権限でいじれる部分には限界があって、
その中でどうすればいいか教えるよりも、
業者権限でささっとやっちゃった方が楽なんだろうしさ。
そのための業務委託でもあるわけだけど。
けど、さっさと直してくれないと、
次の作業に入れないのよ!!
もうっ!!早く直して~~~~~!!!!!!
と、昨年度の冬から春にかけて何度思ったことか(笑)
もう、マジでクライアントがいじれる部分を
増やしてほしいのよ。
業者に委託してようが何だろうが、
名実ともに、実施主体はクライアントなわけだからな。
なんで自分たちのサイトを自分たちで直せないのよ、
キーッ!!!!って思ってた。
トップページいじれないとか、
職場の先輩にも「普通はそうだよ」って言われたけど、
私、自分のサイトのトップページ、
自分でいじっているからな(笑)
さすがにそんな話、職場ではできなかったけども(笑)
まあ、業者にとっては、
せっかく自分たちが作ったサイトを、
素人に壊されちゃたまんないし、
あえてクラアントには
いじれない部分を残しておくことで、
今後もずっと契約を取りたいんだろうけどさ。
マジで不便だったらなかった。
こんな訪問者の少ない、
超個人趣味のサイトじゃなくて、
組織の看板背負っているサイトだから、
素人に毛が生えた程度の私が
好き勝手にやって壊すわけにもいかなかったんだけどさ。
さすがに自分の趣味のサイトくらいは、
自由を保っていたいんだよね。
けどそれを邪魔するかのように
蔓延っているスマホ広告がマジでうざい……。
ブログをブログルに切り替えて以来、
ブログには広告が一切表示されず、至って快適だから、
余計にサイトに表示される広告が目に障る。
いっそ、サイトの機能そのものを
ブログルに移行しちゃおうか、
と思ったこともあるけれど。
それだとデザイン面で
かなりの制約を受けることになる。
今までがあまりにも好き勝手やって来たから、
今さら全コンテンツをブログで展開とか、
無理でしょ、っていう。
わざわざめっちゃ手をかけて
レスポンシブデザインに移行したわけだし。
もっと至ってシンプルにすれば、
もっとずっと楽だったろうけれど、
もっと画一的なサービスを利用すれば
楽なんだろうけれど、
やっぱりデザインにも
それなりにこだわりがあるわけで。
いつ勝手に仕様変更されるかもわからない
そういうサービスを
このサイトにあてはめるのは抵抗がある。
そもそも、もともとは、
mixiで公開していた二次小説を、
mixi以外で公開するために
立ち上げたサイトなわけで。
もっと自由にカスタマイズしたくて、
そういう「枠」にとらわれるのが嫌で、
縛られるのが嫌で、飛び出したわけで。
補助的にブログやSNSを使うのはいいんだけど、
他のサービスを使うのはいいんだけど、
このサイトの土台として使うのは違うというか。
そもそも、レスポンシブデザインへの移行を
開始したのと同時に、
ドメイン変更を視野に入れた時点で、
別のサービスへの移行も考えたんだけど、
何だかんだでfc2に落ち着いたんだよな。
そして、fc2で新たにドメインを取得した以上は。
その認知度が、ようやく少しずつ上がってきた今となっては。
様々な「自由」を捨てて、
画一的なサービスに飛びつくメリットって、
このドメインを捨ててまで、
手に入れられるメリットって、
デメリットを凌駕するほどのメリットって、
たぶんないんだよな。
アクセス数を稼ぐためには、
認知度を上げるためには、
孤軍奮闘で個人サイトを運営していくよりも、
ある程度の規模のサービスに乗っかる方が楽だけど、
でもそれだと、このサイトの魅力は半減する。
画一的に大量生産されたコンテンツに埋もれてしまう。
変な仕様に縛られて、自由を失ってしまう。
ああ、今はこんなサービスもあるんだなと、
部分的に取り入れるのはいいんだけど、
土台として使ってしまうと、
途端に苦しくなるというか。
だから、現状のまま、
有料版にアップグレードするのが
優良策だと思うんだけど、
重い腰を上げるたんびに、
「んあ?わっかりづら~」ってなって、
そのまま放置してしまうという無限ループ。
そろそろ放置も限界なんだけど、
重い腰を上げては下げる、
そんな感じが続いている(苦笑)
fc2 ホームページ、
いい加減スマホ広告ウザいから、
私がわざと広告貼り付けて
稼いでると思われるのも嫌だし、
有料版にアップグレードしようと
思ったけど、
有料版「月300円!」って謳ってる割には
年契約で一括の前払いなんだね……。
今から1年ってなんか中途半端だな……。
キリが良くてなおかつ都合も良いのは
年末年始からの契約だけど、
でもそこまで広告放置も
辛いものがある……。
せっかくサイトを訪れてくれた人が、
あの広告に引いてすぐに帰ってしまったり、
帰らないまでも
間違ってタップしちゃって、
めっちゃ不便に感じてしまい、
次第に足が遠のくことも
あるんじゃないかと。
私自身ですら、広告酷すぎて、
自分のサイトをスマホで見るのが苦痛だもの。
見たいのに見れなくて、
代わりに見たくないものが目に入って嫌になるもの。
自分だってそうだから、
他の人だったら余計にそうだろうなと。
だからいい加減
アップグレードしようと思ったけど、
いざやろうとしたら、
契約期間とか支払い方法とかわかりづらいし。
そこ、めっちゃ重要だから!
「よくある質問」で呑気に答えるようなことじゃないから。
最初からちゃんとアナウンスすべきことだから!!
それであんたらのとこ(fc2)に
金が入るかどうかが決まるんだから、
やらない理由がわからない。
あ〜、もう。
録画していた半沢直樹の6話と7話を見て、
気持ちが今凄いことになっている。
現場の人間は小さくて非力なネジ。
望んで現場に来たはずだけど。
こんな現場を望んでいたわけじゃなかった。
この分野の現場を望んでいたわけじゃなかった。
毎回毎回、右も左もわからない別の畑に投げ出される。
そのくせ、「専門家」としての対応を求められる。
「何でも屋」かつ「専門家」としての対応を求められる。
はっきり言って無理がある。
こんなものが「現場」ならば。
もう二度と来たくない。もう絶対に望まない。
そう、強く思っている。
組織の末端で疲弊して終わるのは嫌だ。
明らかに構造の問題なのに。
組織の、社会の、制度の問題なのに。
現場の一人一人がどんなに精いっぱいやったところで、
それは、砂漠の砂っ腹にスポイトで水を撒くようなもので。
けれどもやらないわけにはいかなくて。
やってもやらなくても、責められるのは現場で。
国は何の責任も取ってはくれない。
単に責任を押し付けるだけ。
だからせめて、「やるだけのことはやった」と、
そう言えるために、それだけのために、こんなにも一人一人が疲弊している。
どう転んでも大変なのは現場で、
けれど上に行ったところで、中枢に行ったところで、
それで事態を改善できるような、そんな単純なものでもなくて、
上には上の、中枢には中枢のしがらみがある。
「無理なものは無理なんです!」、「どうしてもできないことだってあるの!」
と苦しい胸の内を吐露した谷川さんのセリフが印象的だった。
たぶん国の官僚だってそうなんだろう。
組織の末端として疲弊して声を上げることもできないか、
声を上げたところで、いろんな障壁があって、事態の改善には至らない。
その前に疲れ果ててしまう。
だからこそ、某省庁はあんな不名誉な俗称で呼ばれるのだろう。
本当に、何が働き方改革だと思う。
毎日胃痛に悩まされながらも、
なんとか必死に生きていますよ。
この人、サバサバしてて好き。
トークも面白いし。
元男性の女性って、
生粋の女性よりも女性っぽい人、結構多いイメージで。
元男性だからこそ、
とことん「女性らしさ」を求めるんだろうと、
とにかく可愛さを求めるんだろうと、
そう思っていたけれど。
そもそものこと、私、
元男性だろうが、生粋の女性だろうが、
「いかにもな女性」ってそこまで好きじゃない……。
むしろ苦手。
昔、元男性の女性モデルが好きで、
彼女の著作とか、
彼女の出演する番組とかをよく見てたけど。
彼女がぶりっ子やっているのを見ても、
最初はそれほど抵抗なかったけど。
彼女がぶりっ子やっているのを叩かれているのを見ても、
私はむしろ、彼女を擁護する立場で。
彼女は女性以上に女性でいたいからこそ、
そういう仕草になってしまうんだと、
それはもうどうしようもないのだと、そう思っていて。
だから、それほど嫌悪感はなかったんだけど。
次第に同性として嫌悪感を抱きつつあった頃に、
彼女はテレビから消えた。
たぶん私、彼女と同性の友達にはなれない。
むしろ、女として嫌いなタイプだ。
けど、この人とは、友達になったらおもしろいだろうなと。
友達になってみたいタイプだなと。
同性として、うまく付き合っていけそうなんじゃないかと、
そんな風に思える。
ぶっちゃけ、女の子女の子している女性が苦手なんだよね。
昔っからそうだった気がするけれど、
年を重ねるにつれて、その傾向が強まってきた……。
エルモンさんの歌う「黒い羊」に寄せられたコメントの中に、
本家ほどの悲壮感がない、という声や、
この人は厄介者として扱われていない白い羊だから、
本家とはちょっと違うけどそこがいい、みたいな声があったけど。
確かに、そうなのかもしれない。
だからこそ、今の私が惹かれるのかもしれない。
生きにくい厄介者として、棘や毒をまき散らしながら、
自ら血を流しながら、懸命に生きていく正真正銘の「黒い羊」とは、
また少し何かが違うから。
個人的には、白い羊というよりも、
迷いながら生きているグレーの羊のような気がする。
あるいは、グレーのユニコーン?
う~ん、ちょっと違うかなぁ。
うまく言い表せないけれど、
でも、私はすごく好きです。
この人の歌う「黒い羊」。
前記事からの続き。
一方で思う。
「小説家」という、夢を捨てないとすれば。
書き続けるつもりがあるのなら。
「普通の人生」よりも「異質な人生」の方が有利。
「特殊な経験」の方がネタになる。
いろんな経験をした方が題材が増える。
異彩を放てる。
いろんな経験をして、そのたびに泣いたり笑ったりした方が、
執筆する際のエネルギーになる。源泉になる。
そんなことを考えていたら、
中谷美紀主演のドラマ「ゴーストライター」を思い出した。
その中で、そういう類のセリフがあったな、と思って、
検索してみたらヒットした。
――あなたはどう思った?
全て失って人生のどん底を味わった時、
死にたいと思った?その時、もう1人の自分が見てなかった?
この辛い体験は小説のネタになるって気づいたはずよ。
不幸のどん底を面白がっている自分に――
――書くことが苦しいと思ってたのに、違った。
苦しくて仕方がないから書くのよ――
――私にとって書くことは、苦しみや悲しみを吐き出すことだ。
私の苦しみは書くことでしか癒やされない――
自分が今迷い込んでいる迷路を、
茨の道を、面白がることなんてできないし、
なんとか生きていくのだけで精いっぱいだけど。
でも、書くことで、自分を救っているのも事実。
書くことが苦しいのに、大変だと思うのに、
難しいと思うのに、それでも書いている。
それが私にとっての「救い」だから。
今まで渡り歩いてきた部署が、異質なものが多くて。
潰しの効く部署に行きたいと望んでも、うまく行かなくて。
希望の書き方が悪かったのかな、と思ってしまう。
何がいけなかったのかな、と思ってしまう。
希望が全く叶わなかったわけではなくて、毎回中途半端に叶ったりするから。
だから余計に、期待して落胆してしまう。
最近、その落差が激しくなってきた。
異動できて良かったねと、希望がある程度叶ってよかったねと、
これからは仕事だけじゃなく、プライベートを充実させてねと、
そう言われて前の部署を送り出されたはずなのに。
プライベートの充実なんて、遠すぎて。
毎日のように泣いている。
なんかもはや「普通」なんて、「普通の幸せ」なんて、
諦めた方がいいのかなと。
かといえ、特定分野のエキスパートというわけでもないから、
今さら転職しても、と思ってしまう。
自分なりに、自分の人生、選んで生きてきたはずなのに。
納得できる道を、選んできたつもりなのに。
いつの間にか、納得できない道に迷い込んでいる。
納得して選んだはずの道が、
納得できない迷路を、茨の道を、呼び寄せている気がして。
昔からなぜか、私の中に眠る可能性に期待を見出してくれる人がいて。
どう転ぶかわからない、けれど何らかの可能性を感じて、期待してくれる人がいた。
私にとってはそれが、嬉しくもあり、プレッシャーでもあり。
得体の知れないダークホース。
そんな感じで見られているのかなと。
実際には、馬じゃないかもしれないのに。
白くなりたい羊かもしれないのに。
でももはや、そうは生きられない。
そんな気がしてきた。
いまさらながら「3年A組」を見ました。
放送が始まった当初は、金八先生のパクリとしか思ってなくて。
話題になっていることを知った後も、
重たいテーマだということだけを知って、
見る余裕を持てずにいた。
今回、日テレプラスの一挙再放送を見て思いました。
今の世の中に、まさに必要な作品だと。
ネットに溢れる心無い言葉の数々。
「正解」を盾にとって、「正義」を盾にとって、
特定の人間を一方的に叩く風潮。
幼稚な言動に対して、幼稚な言葉で、
恐ろしい言葉で、攻撃しあう。
数多の「可能性」に思いを巡らすこともなく、
安易な「正解」に踊らされて、叩きあう。
「正解」か「間違い」かなんて、それがどれだけ重要ですか?
どちらが正しいかの決着を着けることが、どれだけ重要ですか?
汚い言葉で罵り合って、見せかけの正義を振りかざして。
マルをもらえたら、満足ですか?
マルをもらえなかった腹いせに、
誰かの「答え」に大きなバツをつければ満足ですか?
「答え」って、そんなに簡単なものじゃない。
そんなに簡単に、「答え」を出そうとしないでほしい。
何かから簡単に抜き出せるような、書き写せるような、
そんなものが「正解」だと思わないでほしい。
菅田将暉さん演じる「ぶっきー」の「考えろ!」、
「想像力を働かせろ!」という言葉が心に残っています。
「正解」は、生きていく上での「答え」は、
問題文を眺めていれば見つけられるようなものでも、
方程式に当てはめれば導き出せるようなものでもない。
――制限時間はあなたのこれからの人生。
解答用紙はあなたのこれからの人生。――
――答え合わせの時に私はもういない。
だから、採点基準は、あなたのこれからの人生。――
――「よーい、はじめ」――
【18祭】「正解」RADWIMPSと1000人の18歳、感動の歌声
https://youtu.be/xKjFYKWCDas?t=2m37s
今、ツルネを見てる。昨日は山本二三展を観に行った。
本当にアニメーターって凄いと思う。
絵なのに、絵じゃないんだよ。
絵なのに、空気感が伝わって来るんだ。
質感が伝わって来る。五感が刺激される。
すごく綺麗で、そんな陳腐な言葉でしか表現できないのが悔しいくらいに綺麗で、でも、安易に言葉を重ねてしまうのも嫌で。
この質感を、空気感を、じっくり味わっていたい。
そう思うくらいに、綺麗なんだ。
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