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飯盒炊爨(はんごうすいさん) (塾長日記)

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夏といえばキャンプ、キャンプと言えばテント、テントと言えば【飯盒炊爨】です。テントをきちんと張るのも子どもには難しいのですが、それ以上に難しいのが【飯盒炊爨】です。

 しかし、電子ジャーのようなものでしかご飯を食べたことのない頃には、妙に新鮮でした。ご飯がこげるというのを見るのもまた何とも言えず風情がありました。


 それではワンポイントアドバイスを・・・
飯盒の蓋に棒切れをあてて耳につけるとグズグズと言う音が消えるころ、ようやく炊き上がりです。そして、その後、飯盒を逆さまにするとうまく蒸らせたりします。キャンプの定番と言われるカレーやトン汁、あるいは缶詰ぐらいしかなくてもこの【飯盒炊爨】だけでも十分ですね!

 ※昨日の答えです・・・ 同じ頃、校舎の反対側からも実は別の6年生が僕達を脅かすために3Fに上がって一斉に廊下の電気を点けたのでした!本当に驚きました。
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夏のサプライズ! (塾長日記)

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夏休みの前半、小学校6年生は学校に1泊します。教室にマットを敷き、持参した寝袋に入って寝ます。小学校4年生と5年生はクラス委員だけが代表して6年生と一緒に行動します。

 寝るフロアは1Fですが、真夜中にこっそりと探検が始まります。実はこれが肝試しで、毎年6年生が4年、5年のクラス委員を脅かすこともまた代々のしきたりになっていました。そしてある年、まんまとひっかかってしまいました。真夜中に6年生に起こされ、2F、3Fの教室に探検に行こうと誘われたのです。しかも、音楽室にはお化けが出るという言い伝えもあり、それを確かめるためというのが口実でした。



 何人かの先輩に連れられ、足音も立てず、真っ暗な廊下を端まで進み、さらに真っ暗な階段を手すりだけを頼りに目的地の3Fまで上ったときのことです!!! パッ!!と3Fの廊下の電気が一斉に点いたのです! 絶対にありえないことが目の前で起きてしまったのです!これには、自分だけでなく、側にいた6年生までもが僕をおいて一目散に1Fまで逃げ惑うのでした。

 これまででベスト5に入るサプライズでした!

※この理由は次回発表します。それまでに早く3Fまで上りましょう・・・・
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熱中症に気をつけて (福井)

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暦の上では立秋をむかえましたが
今日は35度をこえる猛暑日でした。
鳴く蝉の声も暑さ負けしているようです。
明日からご家族揃っての夏休みを過ごされるご家庭も
多いのではないでしょうか。

今日、JRや東急の電車の中で
スタンプラリーをしている親子連れを
何組か見ました。
疲れてぐったりしていている子を
一生懸命励ましているお父様。
もうやめようと
わが子を説得しているお母様。
十数年前の自分をみるようで
大変さが伝わってきました。
何か夏の思い出を作ろうと
色々試みた時間を思い出します。

最初で最後のスタンプラリーでしたが
娘はまだスタンプ帳をとってあります。
どんな思い出と共にあるのかはわかりませんが。

熱中症に気をつけて
この夏の思い出をいっぱい作ってください。

                福井
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盆踊り(塾長日記)

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田舎の盆踊りは3日間に渡って行われます。初日は運営関係者の大人の人たち、議員さん、先生、名主など、よくわからない人たちが次々にやぐらに上がって長い挨拶を始めます。そのため、初日に踊る人たちはそれほど多くはありません。

 2日目はただただ踊るばかりの夜です。太鼓を叩く人も何人も何人も交代していきます。当時はテープではなく歌も生です。太鼓と同様にどこでどのように決まっていたのか、いろいろな人がマイクを受け継いで歌っていきます。3時間も踊るとそれはそれはもう汗だくです。休み休み踊る人もいれば、ずっと何周も何周もやぐらの周りを回り続けるタフな人もいました。


 そして最終日。1年の中で最も楽しみでそれはそれはもう待ち遠しい仮装大会の盆踊りが行われます。しかし、審査員の評価も考慮し、早い時間から踊りに混じる人は少なく、メインは8時〜9時の1時間が勝負です。この時間になるとこれは1年かけて仕込んできたなと思われる優秀作品ばかり。どう見ても素人が作ったとは思えない作品もあります。でも、その格好で長時間踊らなければなりません。途中で足下がぐらつき倒れてしまうロボット、だんだん包帯がほどけていき、近所のおじさんであることがわかってしまうフランケンシュタイン、汗で強面のメイクが取れていき、実は小学校の先生だったドラキュラなど、それもまた愉快なものでした。最終日は踊る参加者の数倍の人々が観客として囲みます。その中で最も価値あるグランプリの栄冠に輝いた者は、1年間語り継がれていきます。

 ・・・とある年。いよいよ参加するチャンスがめぐってきました。当時流行っていたキャラクターにふん装し有志数名で繰り出した時です。持っていたトレードマークのかぼちゃを落としてしまいました。それがコロコロと転がり、道の端にある堀の中に吸い込まれてしまい、多くの民衆の笑いを誘ったことを今でも恥ずかしく思っています。しかも、それもまた未だに語り継がれていることも知っています。


 「盆踊り」は盂蘭盆(うらぼん)の7月13日から16日にかけて、精霊を迎え慰めるために音頭または歌謡に合わせてする踊りのことでしたが、室町末期より民衆娯楽として発達し円舞式と行進式の二種があるそうです。
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土間(塾長日記)

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昔の家には「土間」と呼ばれるスペースがありました。家によってはそこに炊事場があったり、あるいは農作業の工具が置いてあったり、さらにはそこに涼を求めベタッとくっついたままの犬がいたところもありました。

 家に入ってまず足で踏む感触が今でも忘れられません。土でも結構固められてはいたものの、でも土のやわらかさが足の裏から足全体に心地よかったことも覚えています。そして何より夏でもひんやりとして涼しかったことが小さな子どもたちには好感をもたれていました。そんな自分も夏にはあのひんやり感が好きでよく寝転がったものでした。でも、汚れないということもまたお気に入りの理由でもありました。


 家に入ってすぐに居間に上がらず、この空間でしばしの立ち話もいいものでした。まあ、それはコース料理の前菜のようなものでしょうか。最近では都会の居酒屋やバーなどでもこのようなスペースを構えているお店が増えています。もちろん、土の「土間」ではなく石や木を用いたり、あるいはちょっとしたオブジェを置いてみたり、なにか訪れる人の心を和ませる空間に改めて気付かされています。日本家屋の素晴らしさはそのやさしさです。それはまるで自然の物に心があるかのようです。
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夏の日の思い出“ボンボン”(カーネル笠井)

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私の通った小学校にプールができたのは3年生になってからでした。それまでは、小学校が夏休みになると、村の真ん中を流れる川の滝の下に、川原の石を積み上げてプールのようなものを大人達が作ってくれていました。

 夏休みの午後、母からもらった五円玉を水着のポケットにしのび込ませ、水着姿のまま下駄をはいてそこに出かけました。誰かと待ち合わせをしたりするのではなく、そこに来ている子供と遊ぶのが当たり前のことでした。また、年上の子は年下の子の面倒を見るのも当たり前のことでした。知らないお兄さんに連れられて、その川の上流から川の流れに身を任せての川下りなども楽しみました。そして、午後3時ころになると、カラン、カランと大きな音で鐘を鳴らしながら、みんなのお待ちかねのボンボン売りのおじさんがやってくるのでした。

 1個五円のボンボンは、串団子をひと回り大きくしたような形のゴム風船の中にジュースを入れ、それを凍らせたものです。先っちょにあるへそを歯でかみ切り、そこから少しずつ解け出してくる冷たいジュースの味を楽しむのです。まだ冷蔵庫のなかった時代ですから、子ども達にとってこの上のない夏のおやつでした。

 そんな夏の楽しみも、学校のプールが完成するとともになくなってしまいました。川のプールでは、おぼれて死にそうになった子もいました。私もすりきず等の生きずが絶えませんでした。やはり、学校のプールの方が安全で衛生的です。それと引き替えにダイナミックな川遊びもなくなり、爽快な気分で食べていたあのボンボンも、少し物足りない気分で家で食べる羽目になってしまったのです。
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時間管理(福井)

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八月に入り
暑い日が続いています。
子ども達は、夏休みになった喜びもひと段落し、
夜更かし、朝寝坊、何か手持ち無沙汰など
生活リズムがルーズになる頃です。

そんな時のおすすめは、
前の晩に次の日の予定を紙に書いて寝ることです。
24時間を自分自身でタイムマネージメントしてみる。
見たいテレビ番組、ゲームの時間をとっても
まだまだ余った時間は、
図書館に行ってみたり
涼しい時間に散歩にでたり
部屋の片づけもいいですね。

最近目にした記事に
時間の使い方が上手な子どもは
集中力があり、
物事の取り組みがよいというものがありました。

子ども達だけでなく
私自身も心がけねばならないことです。

               福井
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嬉しかったこと (塾長日記)

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この数日間で嬉しかったことが2つほどありました。


まずは、3日前の夜のことです。帰宅のため電車を降り、いつものように自動改札へパスモを当てそのままパスケースをポケットにしまい駅を出ようとしたときです。「あの〜 すみません!これを落としましたよ!」と、ちょっと小さめの若い女の子がしまったはずのパスモを手渡してくれました。深夜の駅に、ぽっと灯りがともりました。


そして次の日のこと。電車で上野毛〜中央林間に移動するときのことです。乗り合わせた某私立中学校1年生男子4人が楽しく話しをしていました。すると、その中の一人が「電車博士」らしく、田園都市線の全駅を順番通りに言い始めたのです。駅と駅の間を空けることなく、すらすらと言ってのけてしまいました。しかも、その自信に満ちた声は車両中に響き渡り、多くの乗客の笑みを集めました。今では珍しくなった○○博士、以前は結構いたものです。歴史博士、昆虫博士、計算博士、漢字博士・・・、みんな、その授業になると目を爛々と輝かせ、最高のパフォーマンスを見せてくれました。


子ども達にはもっともっと自分の好きなことを見つけてほしいと思います。
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計算力と集中力 (秋元)

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 深夜、轟音とも呼ぶべき雨音にふとパソコンを打つ手を休める。開け放した窓の向こうは、普段ならまばらながら夜の海に浮かびあがる街灯の明かりも、漆黒の闇に沈んでしまったようだ。部屋の明かりを消すとパソコンから漏れる光だけが目に眩しい。しばらくするとスクリーンセイバーがはたらいて、湿った闇に身も心も溶けていく。この一瞬の静寂こそが、深夜働く者の特権である。神経が研ぎ澄まされたような感覚に包まれる。しかし、これは幻想である。悲しいことに翌日になれば、必ず睡眠不足の鈍い頭に戻っていることを自覚する毎日である。

 
 ここのところ、電車の中では数独に懸命に鉛筆で計算している大人とよく隣り合わせ、インターネットを開くとインドの計算法の解説書の紹介が目につく。何となく算数に関係したブームが到来しているようだ。主旨は異なるが、その前には百マス計算が書店に山と積まれて売られていた。

 はじめて数独を目にしたときには、たて・横・斜めの3方向の和がすべて等しくなる魔法陣の5・6方陣あるいはそれ以上のものかと思って驚愕したが、そこまで複雑ではなさそうで安心した。(だからと言って易しいなどと決して思っているわけではなく、かなりの集中力と習熟度を要することは理解しております。)また、インドの計算法は暗算の手段として昔からよく知られており、数学の先生方がパズルの本などでよく紹介しており、日本にも江戸時代こうした計算法が見いだされていたということだ。(だからといって私がこういったものを普段使っているわけではない。)ただ、インド式計算法で思い出すことがある。


 ゆとり教育が叫ばれ、各教科の負担が減らされ、小学校の算数から3.14が姿を消しそうになったことがあった。考え方こそ大切で、計算で苦しめる必要はないという主旨のことが教育課程審議会から聞こえてきた。このとき、新聞のコラムにも反対意見を述べた数学の先生方がかなりおられた。学問的背景を述べられた後に、一様に具体例としてインドの幼いころからの算数・数学教育を挙げられていたのを思い出す。徹底して計算させるということだ。数学におけるインドの地位はご承知の通りだ。このとき思い出したことは、あるノーベル物理学賞受賞者の枕元の計算用紙というものだった。この人は子どもの頃身体が弱く学校を休みがちで、布団の中でよく勉強していて、枕元には常に鉛筆と計算用紙があり、その習慣は成長してからも続き、ふと思いついた解法、頭に浮かんだアイデアを、計算機に頼らず、必ず鉛筆と紙で計算して確かめたという話だ。

 今の子ども達は計算を嫌がる。計算だけでなく、面倒なことを嫌がり、集中力が続かない。算数を苦手とする子ども達の多くは、小学校の3年生あたりではっきりとしてくる。4年生で計算の苦手な子ども達は、全般的に集中力を欠くケースが多い。5年生になって式をきちんと書けない子は、線分図や表を書くといった作業を嫌がる場合が多い。・・・・・・

 と考えてみると、お風呂で指を折りながら10まで数えることから始まって、その先、かなり積み上げておかないと根本の集中力は身に付かない。そして手を動かす・頭の中ではっきりと確かめる・認識するという作業をくり返す地道な努力をしていないと算数・数学の輪には入れないのである。  


 と今年はこの暗算の考え方を問う問題に少し注意しておこう。
 
        (秋元)
#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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親離れ 序章 (福井)

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親離れ 序章 (福井)
大井町線が北千束駅にとまり
立っていた私には、駅と隣接する赤松小学校の
下校風景が目にはいりました。

今日は降ったりやんだりのあいにくの天気
朝は一時晴れていたので傘を持たないで
濡れて帰る生徒もいるようです。

雨の日の下校風景、
思い出す1場面があります。

入学間もない1年生の息子に傘を届けにいきました。
下駄箱に傘を下げ、帰ろうとした私に
「もう少しで終わりだから待ってましょうよ。」
と知り合いの父兄が声をかけてくれました。

立ち話している私達めがけて
終わりの会が終わって子どもたちが
いっせいに飛び出してきました。

息子と目が合いましたが、彼は傘を持ち
友達とじゃれ合いながら
私の横を通り過ぎていきました。

肩透かしにあったようで
息子と友達が仲良く傘に入っている様子を
数メートル後で見ながら
私も家に戻りました。

友達と別れ
自宅への横路に入った所で
息子が待っていました。
最初の言葉をかけあぐんでいる私に
「A君のママは仕事をしていて雨でも迎えに来ないんだって。」
と、一言。

息子には、彼なりの配慮や事情があるのだとわかった私。
親離れ、子離れの始まりでした。

                    福井
#エッセイ #コラム #本 #詩 #読書

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