「交わり」考
2月
19日
独り者の無聊を慰めにMさんが我が家においで下さった。
すき焼き鍋を囲みながら
家族のこと、信仰のこと、世界情勢や日米の文化比較まで
あちこちへと話題は飛び、話題は尽きない。
あっ、と気づいて時計を見れば、すでに数時間が経過している。
クリスチャン同士のお付き合い、話し合いのことを「交わり」という。
キリスト教会用語として定着しているが、通常の世界ではあまり使われていない。
英語では、Fellowshipとなるが、どうも日本語にはピッタリとする訳語がないので
仕方なく「交わり」となってしまう。
その日本語本来の意味は、付き合いを超えた深い繋がりであり、性交も含まれている。
聖書が教えている性交は結婚した夫婦間のみであって、不倫や婚前交渉は認められていない。
クリスチャン同士の交流、特に食事をしながらのおつきあいは
他では得られない喜びと満足に至るものである。
主イエスを家長として、神の家族とされたのがクリスチャン。
そこで私たちは互いを「〜兄弟、〜姉妹」とか呼び合う。
教会でそのように互いに呼び合っているのを聞くと
「親戚同士のあつまりか」と初めての人は困惑するに違いない。
主イエスとの霊的な繋がりがあると、
その霊的な家族同士の間にも強い繋がりが確立されていく。
これも論理を超えた現実であり、
目に見えずともその現実に私たちは生き、
その果実を楽しませてもらっている。