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ボンビーでもしあわせのカタチはあります

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水木先生の美しいアマビエの絵に見とれてしまいます!■おいおい、こんなに広がったの?!

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役人がスケッチした絵という伝説... 役人がスケッチした絵という伝説。 水木先生の美しいアマビエの絵に... 令和2年(2020)、世界的な新型コロナウイルス感染症の流行... 令和2年(2020)、世界的な新型コロナウイルス感染症の流行のなか、

インターネット上でアマビエの「病除け」の要素に注目が集まり、

イラストや立体物の制作などアマビエをモチーフとした創作活動が

盛んに行われるようになりました。
 
この動きは国内外のメディアが取り上げるところとなり、

アマビエはこれまでとは比べ物にならない知名度を瞬く間に

獲得しました。
 
江戸時代の弘化三年(1846年)、肥後(現・熊本県)の海中に、毎夜光るものが出たという。
 
土地の役人が行ってみると、海中から怪しい化け物が現れ、「私はアマビエというものである。
 
当年から6年の間は諸国豊作である。しかし、病気が流行ったら、私の写し絵を早々に人々に見せよ」そんな予言めいたことを言い残し、再び海中に潜ってしまったという。

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江戸の瓦版から現代のデジタル社会へ──。 アマビエは時代を超えて、人々の「疫病散布」への願いを思い描く

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江戸の瓦版から現代のデジタル社会へ──。 アマビエは時代を超...
■はあ?!そうだったのか。
 
肥後国の海中に毎夜光物が出るので役人が調べに行ったところ、この図のごときものが出現し「私は海中に住むアマビエ(アマビヱ)と申す者だ」と名乗って「当年より六ヶ年の間は諸国豊作となる。
 
ただし疫病も流行するため、私の姿の写しを早々に人々に見せなさい」という予言と忠告めいた言葉を残して海へ入っていったといいます。
 
この瓦版の内容については役人が江戸へ申し伝えた内容を写したものであると書かれています。

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何?なに?何?■コロナ封じで一躍注目! 妖怪「アマビエ」の正体に迫る

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何?なに?何?■コロナ封じで一...
■産経新聞でも記事になったらしい!
 
長いあいだ「知る人ぞ知る幻の妖怪」として忘れられていたのです。
 
それが変わったのが、2020年以降の新型コロナウイルスの流行時でした。
 
「アマビエチャレンジ」と呼ばれるSNSの活動が途中、プロ・アマ問わず多くの人々がアマビエの姿を描いて投稿するようになりました。
 
人気イラストレーターの参加も後押しし、瞬く間に全国的なブームに。

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江戸から現代へ──アマビエがよみがえるまで

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江戸から現代へ──アマビエがよ...
■まったく知らなかった「甘えびちゃん」
どうして広まったか調べてみます。
 
アマビエという名前が広く知られるようになったのは、実はごく最近のことのようです。
 
江戸時代の肥後国で瓦版に描かれた幻獣「アマビエ」が登場したのは、ほんの一度きり。 その後、戦前までに再び描かれることはありませんでした。
 
時折研究者の間で「珍しい妖怪」として紹介されることはあっても、河童や鬼のように全国各地で語られる存在ではない、長いあいだ「知る人ぞ知る幻の妖怪」として忘れられていたそうです。

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えええっ!「甘えびちゃん」って人気だったの???

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アマビエは、本書の原著がリリー...
アマビエは、本書の原著がリリースされるまで、「知る人ぞ知る」存在でした。

彼(彼女)がはじめて描かれたのは江戸時代の肥後国(熊本県)で配布された瓦版ですが、戦前に描かれたのはこれ一度きりしかありません。
えええっ!「甘えびちゃん」って...
 
その後幾度か江戸期の瓦版などを集めたコレクションのひとつとして紹介されたこともあったようですが、知っている人はほとんどありませんでした。
 
なにしろ、アマビエには類例がないのです。河童や鬼の伝承は日本全国いたるところにあり、それゆえに多くの人の認知するところとなっていますが、アマビエはそういう存在ではありませんでした。

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近所の人が「自分のキャラ」にしている「謎」の画像・ここの「BLOGRU」で見たことがあるぞ??

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近所の人が「自分のキャラ」にし...
面白そうなので調べてみます。
 
『肥後国海中の怪(アマビエの図)』(京都大学附属図書館所蔵)
 

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窓辺の四季、そして私の季節 歳月は静かに、しかし確かに流れていきます。

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窓辺の四季、そして私の季節 歳月は静かに、しかし確かに流れて...
窓辺の四季、そして私の季節 歳月は静かに、しかし確かに流れていきます。
 
気がつけば、もうすっかり歳を重ねました。
 
けれども、悲しみや悔いではなく、私は今、穏やかな満足とともにこの人生を振り返っています。

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江戸後期より明治・大正・昭和初期にかけて、 酒屋の小売用として庶民に使用された「貧乏徳利」

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江戸後期より明治・大正・昭和初期にかけて、 酒屋の小売用とし...
私もワインの「貧乏ボトル」を手に、
 
ワインの量り売りを求めに行きます。

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裕福ではなくても、晩酌の一杯を楽しむ。 店の主人と言葉を交わしながら酒を受け取り、家へ帰る。

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裕福ではなくても、晩酌の一杯を楽しむ。 店の主人と言葉を交わ...
■私も「ワインの貧乏徳利」を片手に、
シャトレーゼへ向かいます。
 
 
次に酒を買うとき、人はまた同じ店へ徳利を持っていきます。
それが自然な習わしとなり、酒屋にとっても客とのつながりを保つ知恵だったのでしょう。
 
そんなわけで、この徳利は「貸し徳利」や「通い徳利」とも呼ばれていました。
 
名前だけ聞くと、どこかもの悲しい「貧乏徳利」という言葉ですが、そこには決して暗い響きばかりではなく、むしろ人の暮らしの温もりが感じられる気がします。

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夕飯の支度の合間に、長屋の女房が徳利を抱えて酒屋へ向かう。

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夕飯の支度の合間に、長屋の女房が徳利を抱えて酒屋へ向かう。
 
暖簾の向こうで、店の主人が柄杓で酒を量り、徳利にとくとくと注ぐ。
 
そんな静かなやり取りが、毎日の暮らしの中にあったのでしょう。
 
この徳利は、店からの貸し出しです。
 
次に酒を買うとき、人はまた同じ店へ徳利を持っていきます。
 
それが自然な習わしとなり、酒屋にとっても客とのつながりを保つ知恵だったのでしょう。
 
 

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