水木先生の美しいアマビエの絵に見とれてしまいます! 江戸時代の弘化三年(1846年)、肥後(現・熊本県)の海中に、毎夜光るものが出たという。 土地の役人が行ってみると、海中から怪しい化け物が現れ、「私はアマビエというものである。 当年から6年の間は諸国豊作である。しかし、病気が流行ったら、私の写し絵を早々に人々に見せよ」そんな予言めいたことを言い残し、再び海中に潜ってしまったという。
■はあ?!そうだったのか。 肥後国の海中に毎夜光物が出るので役人が調べに行ったところ、この図のごときものが出現し「私は海中に住むアマビエ(アマビヱ)と申す者だ」と名乗って「当年より六ヶ年の間は諸国豊作となる。 ただし疫病も流行するため、私の姿の写しを早々に人々に見せなさい」という予言と忠告めいた言葉を残して海へ入っていったといいます。 この瓦版の内容については役人が江戸へ申し伝えた内容を写したものであると書かれています。
■産経新聞でも記事になったらしい! 長いあいだ「知る人ぞ知る幻の妖怪」として忘れられていたのです。 それが変わったのが、2020年以降の新型コロナウイルスの流行時でした。 「アマビエチャレンジ」と呼ばれるSNSの活動が途中、プロ・アマ問わず多くの人々がアマビエの姿を描いて投稿するようになりました。 人気イラストレーターの参加も後押しし、瞬く間に全国的なブームに。
■まったく知らなかった「甘えびちゃん」 どうして広まったか調べてみます。 アマビエという名前が広く知られるようになったのは、実はごく最近のことのようです。 江戸時代の肥後国で瓦版に描かれた幻獣「アマビエ」が登場したのは、ほんの一度きり。 その後、戦前までに再び描かれることはありませんでした。 時折研究者の間で「珍しい妖怪」として紹介されることはあっても、河童や鬼のように全国各地で語られる存在ではない、長いあいだ「知る人ぞ知る幻の妖怪」として忘れられていたそうです。
アマビエの原画はなぜヘタなのか? 古来から日本人を惹きつけ、恐れられてきた“幻獣”を解説したロマン溢れる一冊!『日本幻獣図説』 その後幾度か江戸期の瓦版などを集めたコレクションのひとつとして紹介されたこともあったようですが、知っている人はほとんどありませんでした。 なにしろ、アマビエには類例がないのです。河童や鬼の伝承は日本全国いたるところにあり、それゆえに多くの人の認知するところとなっていますが、アマビエはそういう存在ではありませんでした。