特別なことは、何もない。 朝は鳥の声で目が覚め、昼は畑を少し見て回り、夕方には日が沈む。それだけの一日だ。 昔は、何も起きない日が物足りなかった。 何かしなければ、何者かにならなければ、と気持ちが落ち着かなかった。 いまは違う。何も起きないことが、ありがたい。
回想 ――昔の声が聞こえるとき 夕方、畦道を歩いていると、昔のことを思い出す。 どうして今、こんな記憶が浮かぶのか分からない。 若い頃は、先のことばかり考えていた。 うまくいくか、失敗するか、そればかり気にしていた。 振り返る余裕などなかった。 いま思えば、あの慌ただしさも悪くなかったのだろう。
老いたなあ、と思うことは増えた。 動きも遅くなったし、疲れも抜けにくい。 けれど、そのぶん、急がなくなった。 何かを成し遂げなくても、今日一日を無事に過ごせば、それでいいと思える。 冬は何もないように見えるが、土の下では次の準備が進んでいる。 自分も同じかもしれない。