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どうしようか?

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どうしようか?


小さなことから大きなことまで、毎日「どうしようか?」と思うことは沢山ある。

> ランチでサーモン塩焼き定食にするか、刺身定食にするか?
> 新しいビジネスチャンスを受けるか、断るか?
> 家具選びで自分の好みにこだわるか、パートナーの意見に同意するか?

「どうしようか?」は、

1) リスクが少なく無難、現状維持の選択肢、もしくはリスクはあるが飛躍の可能性を秘めた選択肢
2) 自己の欲求を追及する選択肢、もしくは自我を抑えて他を利する選択肢

の二つのカテゴリーに分かれるように思う。

悩んでいるようで、実のところ心中ではどうしたいかわかっていることが多い。
人への相談は、その判断の背中を押してもらうためなのだろう。

失敗する恐怖、チャレンジへの夢と希望、そして自我。
それらを自分の中でどうバランスよく保つか?

私は、

  勇気と無謀の違いを理解し、自分が取れるリスクを知る
  今の人生の優先順位がどこにあるか

を基準にしている。
この基準がどこにあるかは、自分の成長レベルに正比例する。

   「どうしようか?」と思ったとき、
    あなたの基準はどこにありますか?




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「一日の始まりと終わりに」

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「一日の始まりと終わりに」


朝目が覚めると、、、

 無意識に携帯電話を取り、メールチェック、ニュース、スケジュール確認。
 人生の様々な出来事や状況、心配や不安が頭の中を駆け巡る。
 今日は単に昨日からのつづき。その繰り返しで年月が経過する。
 新しい日の始まりに、その日の重圧を感じため息が出る。。。

多くの人たちが毎日そういう朝を迎えているそうだ。
私もそうだった。


私が尊敬する一人にOprah Winfreyというアメリカで最も成功している黒人女性がいる。
彼女はアメリカ北部の貧しい田舎町でシングルマザーに育てられた。性的虐待を受けて14才で妊娠、死産を経験。
今では世界的に最も影響力のある女性の一人と言われる存在になっている。

Oprahの言葉:

   「私は毎朝目が覚めると、まず”Thank you”という言葉が口からでます。
    そして、感謝の気持ちが体中を満たします。携帯電話は触らない。」

今日は単に昨日からのつづきではなく、新しい一日。
いつか朝目を覚ますことのない日が来る。
それまでは、一日を感謝の気持ちでスタートしたい。


   朝には今日を迎えられた感謝
   その日の終わりには、一日の反省そして感謝

心豊かに毎日を生きる最高のレシピなのだろう。
私もそれを習慣にしようと思う。

一緒にやってみませんか?




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「できること」

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「できること」


自分の人生で、世の中で、様々な出来事や状況がある。

自分の手に負えないことを嘆いていたとき、辛い毎日だった。


今朝は、しばらく前から献血の予約を入れてあった。
仕事も忙しいし、これは今日どうしてもやらなくてはならないことではないし、、、
今朝起きたときも「どうしようかなぁー、次回にしようかなぁー」と躊躇していた。

   ”Children's Hospital” needs your help!

自分の子供たちの顔が頭に浮かび、気を持ち直して出発。
献血所へ到着し、用紙への書き込み、血圧や血液検査を済ませ、椅子に座って自分の順番を待っていた。

次から次から人々が献血をするために入ってくる。
みんな忙しいのに、見ず知らずの人たちへ貢献するために時間を作って来ている。
みんな爽やかな表情をしている。

私の順番が来た。
ベットに横になる。針が血管につながり私の体から血液がバックへ流れていく。

   「How many kids am I helping with this?」

    "This one pint (approx. 475ml) will help three kids. We cannot change the world, but we can still make a difference."

この血を必要としている子供たちがいるんだなぁ、と思ったら胸が熱くなった。


できることをすればいい。
手に負えないことは考えずに、毎日できることをして助け合えばいい。

今日はとても爽やかな表情の一日になった。




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ジグソーパズル

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ジグソーパズル


人生はジグソーパズルのようだ。

20年前のあの出来事と今日の状況が関連しているなんて想像すらしていない。
私たちは、日々の出来事や個々の状況が、全体像のなかの一部になるということに気付かず過ごしている。

故スティーブ・ジョブズの「点と点は後で必ずつながる」という名言の通り、
個別に起こったように感じていた様々なピースは後につながる。

 >小学生の時に野球で肘を怪我しなかったら中学受験は考えなかった
 >中学の海外プログラムでカリフォルニアへ来てアメリカへの憧れが生まれた
 >フロリダ留学中に好きな女の子に振られたから、飛行学校へ移った
 >そこでヘリコプターの教官になりアメリカにずっと住む決心をした
 >その飛行学校がつぶれたからカリフォルニアへ来た
 >ビザが失効し不法滞在中に何度も移民局につかまりそうになったが運よくすり抜けた
 >弁護士から絶対に無理だと言われた永住権が取れた
 >知り合いを通じて不動産業界へ入るお誘いを受けた


まったく予想していなかったことの連続だった。
途方に暮れたことも何度もあった。
一見関係ないと思っていた事柄がすべて関連していることに気付かされる。

あなたの幼少のころからを振り返ってみてください。

   どこで、どんなことを考え、何をしていたか?
   そして、今、
   どこで、どんなことを考え、何をしているか?

10年前、20年前に想像していた「絵」と今の「絵」はずいぶん異なるはずです。
些細な出来事、人との出会いや別れ、大きなピンチだと思ったことが、あなたの人生を変えている。
そのひとつひとつがジグソーパズルになって今の「絵」がある。


この世を去る瞬間に最後のピースがハマりパズルが完結する。
まだまだ終わりはわからない。どんでん返しが待っているかも知れない。

あの世へ戻るときに持って行くのは、その完結したジグソーパズルだけ。

意識しようと、しなかろうと、
今日もパズルを作っている。




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「矛盾」

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「矛盾」


その昔、中国で矛(ほこ)と盾(たて)を売っていた者が「この矛はどんな硬い盾をも突き通すことができ、この盾はどんな矛でも突き通すことができない」と誇った。
「それではあなたの矛であなたの盾を突けばどうなるのですか?」と尋ねられて答えに詰まった、という話。

   ”論理の辻褄が合わないこと。物事の筋道や道理が合わないこと。”
   と辞書にある。

この世の中には理解に苦しむことが沢山ある。
誰かの都合によって正論が捻じ曲げられていることも少なくない。

私自身、不条理へ対して感情的になっても何も生み出さないことを幾度も経験した。
今では、「その矛盾の背景や真相はどこにあるのか?」へ意識を向け、その背景や真相へどう対処するか?と考えるようにしている。


  時としては、その不条理へ正面から挑むことも必要。
  時としては、真相を理解することで解決策を模索することも可能になる。
  また、時としては、それを受け流して前進せざるを得ない局面もある。


この世の中に付きものの矛盾。
それとの付き合い方次第で、人生は貧しくも豊かにもなる。

矛盾の裏に真理が隠されている。




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比較

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比較


私たちが住むこの物質社会は相対的である。

上下、左右、強弱、軽重、大小、長短、優劣などなど…
他との関係や比較の上に成り立つことが多い。

何と比較しているか、誰と比べているか?でその物や人の存在意義や価値が変化することになる。
比較から生まれる存在意義や価値は流動的。
それにコントロールされる生き方は本質を見失う。

相対的社会に住みながら、比較をしない大切さを感じている。

その物、その人だからこその素晴らしさ。
なにものとも比べようのない、その物、その人本来の良さ。

比べること、比べられること、から解放されると世界が変わる。
意識が自由になり、自分らしさを取り戻せる。

比較をやめると、
不安や心配、頭の中の雑音がさーっとなくなる。
意識が「今」へ集中してくる。




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わからないこと

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わからないこと

この世で起こっていること、
自分の人生に起こること、

どうしてそんなことが起こるのか?
理解に苦しみ、わからないことがいくつもある。

 若くして病気や事故でこの世を去る人たちがいる
 道徳や秩序や法すらも無視した行動がまかり通る現実に苛立ちを感じることがある
 善良な市民が天災や争いで命を落とす惨事が地球上でいつも起きている

全ての出来事には意味がる…
あなたが引き寄せている…

それでは納得できない!
と叫びたくなる。


私はそういう答えの出ないことへ「なぜ?」と問いかけることをやめた。
その代わり、

   ”自分に何ができるのか?”
   ”自分にとって何が大切なのか?”

と問いかけるようにしている。


人生ではわからないこと、答えの出ないことがいくつもある。
あえて、その探求をせずに、

   「だからどう生きるか?」

と自問している。




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Attitude

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Attitude


   背格好、目鼻立ち、服装や装飾品

という外見を見て、
カッコイイ、可愛い、素敵、という見た目の「Appearance」。

第一印象の外見は大切であるが、少し時間を過ごすとやがて中身が見えてくる。

   思い通りに行かないとすぐにイライラしたり、
   横柄な態度で偉ぶってみたり、
   ちょっとしたことで慌てふためいたり、

ハッタリではごまかせない中身。

経験の蓄積で人生観や信念が形成される。
それが言動や立ち振る舞い、物事への対応といった「Attitude」として表に現れる。
それは、その人の人格となる。


   「何が起きるか、が人生へ与える影響は10%、
    それらへどう対応するか、が人生の90%を決める」

という話を聞いた。


心が惹かれるのは、その人の幅であり奥行き。

私も「Attitude」を磨く生き方をしたいと思う。


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自信

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自信


ご存知の通り「自分を信じる」と書く。

努力をして良い結果が出たときに
「これで自信がついた!」
と言うのをよく聞く。

 > うまく行ったときは誰でも自信が付く
 > 失敗すると自信がなくなる


自信があると、物事に積極的、能動的に行動できる。
自信がないと、すべて消極的で受け身になる。


私は、

   まだなにも良い結果が出ていないとき、
   それどころか、物事がうまく行かないとき、

こそ、”自分を信じること”が大切なのではないかと思う。


まだ結果が出ていないと、自分を信じる明確な根拠がない。
ダメな言い訳はいくらでも考えつく。
そんなときにこそ「私は絶対に大丈夫だ!」という”根拠のない自信”を持つことの大切さを感じている。

   自分を信じるためには、謙虚になること。
   自分を信じるためには、信念を持つこと。
   自分を信じるためには、周囲に左右されないこと。

自分を信じて築く人生は基盤が揺るがない。




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”I” から ”We” へ

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”I” から ”We” へ


私は若いころツパッていた。

自分でなんでもできると勘違いしていた。
お蔭で、出鼻をくじかれる出来事をいくつも体験することになった。

最初はそれでもなかなか気付かず、もがいた。
だから出鼻をくじく出来事が継続していくつも起こった。

やっと落ち着いて振り返って思った。
ツパッていたときは、いつも”I”だった。
いろいろ気付いて少し”We”になったら物事がうまく進むようになった。

パートナー、配偶者、家族、友人、仕事の仲間、などなど。
みんなの輪を大切にすれば、自然と”We, Us, Our, Ours”となる。
”I, Me, My, Mine”のうちは歪みができてスムースに進まない。

もしあなたの毎日がスムースでなければ、
大切な人たちとの人間関係がうまく行っていなければ、
「頭の中が”We”になっているか?」と自問してみればいい。

”We”になるためには、しっかりとした自尊心を持つこと。
そうでないと”We”は成り立たない。

地球上の人たちがみんな「”I”から”We”」へ変わったとき、
差別も、犯罪も、戦争も無くなるのだろう。

みんなそれを望んでいるのに、”I”から脱せない人類。




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