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ロサンゼルスの不動産専門チーム代表のブログ

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自己中心主義のススメ 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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自己中心主義のススメ 〜引き寄...


   外からの評価を気にする生き方
   他人の意見に振り回される人生
   人へ気を遣い過ぎる毎日

誰でも認められたいし、嫌われたくない。
しかし、周囲にコントロールされる“八方美人”は弱者の生き方だと思う。

“八方美人”は自分を失い、いずれ自滅する。
そして自滅へ向かったとき周囲が助けてくれないことに気づき呆然とする。

私もこの間違いをしていたからよくわかる。

自分で考え、自分で決断し、自分の意思で行動する。
だから、

   外からの評価は気にしない
   他の意見へ耳を傾けるが、振り回されない
   自己尊重を超える気遣いはしない


自己中心主義=利己的、ではない

   自己中心主義=自己責任

   自分軸を持ち、言い訳をしない生き方




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理想のタイプ 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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理想のタイプ 〜引き寄せの法則...


“あなたの理想のタイプを教えてください”
 と聞かれたら、

たとえ、伴侶やお付き合い相手がいたとしても、
とりあえずその人物を横に置いて、
ワクワクしながら、

   チャーミングな外見の人がいい、
   性格や価値観はこういう人が理想、
   こんなアクティビティーや趣味を一緒にできたら素敵、
   あんな仕草をする人に私は弱い、

など、好みのイメージがいくらでもでてきますよね(笑)


最近、私がドキッとさせられた話。

“自分がありたい理想像を教えてください”
 と聞かれたら。。。

急にワクワク感が消え去り、
理想と大きく異なる現実に、「はぁぁぁ〜っ」と大きなため息が出る。。。

外見、思考や言動、人間関係、経済的や社会的地位などなど、
後悔や諦め、そしてそれらへの弁解で気持ちが重くなる人が多い。

これは自分を批評する目的ではないのです。

“何が足りないか?”
 ではなく、
“自分の良いところ、そしてポテンシャル探し”をしてみてください。

「パーフェクトでない今の自分を好きになる」というのがスタート。

自分を好きな人は、他から見てとても魅力がある。
中から出てくる自信、ゆとり、そしてチャーム。

自分を好きなると、エネルギーが変わりすべてが好転する。
そして理想を惹きつける。




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プロセスと結果 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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プロセスと結果 〜引き寄せの法...


   「結果がすべてだ」

   「大切なのはプロセスである」


よく聞く二つの対峙する言葉。

結果がまったく出なければ、そのことを続けられない。
また、プロセスを軽視してしまうと、一かバチかの賭けになってしまう。

私は双方が大切だと思う。

しかし、
その二つの間に大きな異なる点があることに気づいた。

   “人事を尽くして天命を待つ”

という諺のごとく、
我々がコントロールできるのはプロセスだけ。

工夫や改善を通して、良い結果の確率を向上させることはできるが、
最終的な結果には必ず様々なコントロール外の要素が関わってくる。

   「結果をコントロールすることはできない」

私はこのことを理解せず、精神的にとても辛い思いをしてきた。


今は、

   「コントロールできるプロセスに集中し、それをしっかりやろう」
   「結果は天に任せる」
   「出た結果に一喜一憂せず、またプロセスに集中して前進する」

と自分に言い聞かせている。

無駄な心配や憂いが減り、精神的に少し楽になり、
その分、平安が増えたように思う。

   結果へのこだわりを捨てると、心が豊かになる




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3つ目の祈り 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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3つ目の祈り 〜引き寄せの法則...


人は、

 困ったことがあると、
 強い願望があると、

   無意識に両手を合わせて“祈る”


宗教や信仰の有無は別にして、みんな祈る
生涯で一度も祈ったことのない人はいない

どんなに強がっていても、潜在意識の根底では、
自分の存在を超える力があることに気付いているのだろう


私は、「祈り」には3つの種類があると思っている

まず、
“自分の希望や欲求の成就を願う祈り”
ほとんどの祈りはこれである(私もそうです:苦笑)

次に、
家族や友人など、“他人のための祈り”
病気や怪我の回復、試験合格や競技の健闘を祈った経験は誰でもあるはず

これらの2つの祈りはみんなする


私が最近まで知らなかった3つ目の祈り

   無我無心、感謝だけの祈り
   O Oになりますように、、、といった願望が一切ない祈り


この3つ目の祈りをする人は少ない


私は3つ目の祈りをする人と最近出会った

その人の体全体からとても力強いオーラが出ている
俗世間の私利私欲や損得を超えた、次元の異なるパワーを感じた
“この人には勝てない”と思った

私はこの世を去るまでに、
この3つ目の祈りができる人間になりたい




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最後の言葉 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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最後の言葉 〜引き寄せの法則へ...


私は息を引き取る直前に何を感じるのだろう?

下記は、アップル創業者 スティーブ・ジョブズ氏の最後の言葉です。



私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。
   
他の人の目には、私の人生は成功の典型的な縮図に見えるだろう。
    
しかし、仕事を除くと、喜びが少ない人生だった。
人生の終わりには、富など、私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。
   
病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。
  
私がずっとプライドを持っていたこと、認証(認められること)や富は、
迫る死を目の前にして色あせていき、何も意味をなさなくなっている。
   
この暗闇の中で、生命維持装置のグリーンのライトが点滅するのを見つめ、
機械的な音が耳に聞こえてくる。
   
神の息を感じる。死がだんだんと近づいている。。。。
   
今やっと理解したことがある。
   
人生において十分にやっていけるだけの富を積み上げた後は、
富とは関係のない他のことを追い求めた方が良い。
   
もっと大切な何か他のこと。
   
それは、人間関係や、芸術や、または若い頃からの夢かもしれない。
   
終わりを知らない富の追求は、人を歪ませてしまう。私のようにね。
  
神は、誰もの心の中に、富みによってもたらされた幻想ではなく、
愛を感じさせるための「感覚」というものを与えてくださった。
  
私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)一緒に持っていけるものではない。
   
私が持っていける物は、愛情にあふれた思い出だけだ。
   
これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、
あなたに力をあたえてくれるもの、
あなたの道を照らしてくれるものだ。
    
愛とは、何千マイルも超えて旅をする。人生には限界はない。
行きたいところに行きなさい。
望むところまで高峰を登りなさい。
  
全てはあなたの心の中にある、
全てはあなたの手の中にあるのだから
   
世の中で、一番犠牲を払うことになる「ベッド」は、何か知っているかい? 
シックベッド(病床)だよ。
    
あなたのために、運転手を雇うことはできる。
お金を作ってもらうことも出来る。
だけれど、あなたの代わりに病気になってくれる人を見つけることは出来ない。
  
物質的な物はなくなっても、また見つけられる。
しかし、一つだけ、なくなってしまっては、再度見つけられない物がある。
   
命だよ。
   
手術室に入る時、その病人は、まだ読み終えてない本が1冊あったことに気付くんだ。
   
「健康な生活を送る本」
  
あなたの人生がどのようなステージにあったとしても、
誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってくる。
   
あなたの家族のために愛情を大切にしてください。
愛をあなたのパートナーのために、
愛をあなたの友人のために。。。
  
そして自分をいたわってあげてください。
他の人を大切にしてください。

スティーブ・ジョブス
1955年2月24日 - 2011年10月5日




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“物”への意識 〜引き寄せの法則への挑戦

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“物”への意識 〜引き寄せの法...


“物” 〜引き寄せの法則への挑戦〜


最近引越しをした。

自分は物持ちではない!と確信していたので、
荷物の整理も“そんなに時間はかからないから、焦らなくていい”
とゆっくりしていた。


   いざ始めてみると、
   いつまで経っても終わらない(汗)。

   この場所へ引越してきた時から全く触っていない箱の数々。

それらの箱を開けながら、
「買ったのに使ってない」「持っていることすら忘れていた」
と無駄になっている物の多いこと、多いこと(苦笑)。


最後の最後、ギリギリまで汗だくになって荷物の整理。
結局、クローゼットの中にあった3分の1以上の物をドネーションや破棄によって減らすことになった。

この数年、それらが無くて何も困らずに生活をしてきたわけで、
一部の大切な想い出の物を除けば、不要な所有物の量に驚いた。


本当に必要な物は限られている。
物質的にとても豊かな社会で生きている我々は、
使いもしない、触りもしない物に囲まれている。

それなのに、
「これも欲しい」「あれも欲しい」
と不用物は無限に増えていく。。。


そして、

地球の裏側では、本当に必要な物が欠如した生活をしている人たちが大勢いる。


   “人類が進化するためには、
    物へ対する意識の変革が必要だ”

そんなことを考える私は変わっているのだろうか?


   シンプルな生活がいい。
   それで不自由は一切ない。
   それでハッピー。




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神聖な空間 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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神聖な空間 〜引き寄せの法則へ...


誰でもありますよね?

お寺や神社へお参りした時、
教会の礼拝に参列した時、
もしくは大自然の中で、

普段の生活とは異なる「神聖な空間」に包まれたこと。

その空間では、
欲も、自我も、怒りや嫉妬も、すーっと消える。

自分を超える大きな存在の前に謙虚になれる。
頭と心をリセットした、新鮮な感覚。


     私は、この空間が好きです。


夕焼けの砂浜を一人で散歩したり、
誰もいないお寺でぼーっと時間を過ごしたり、
Sunday Serviceで牧師さんのお話しを聞いたり、


あなたは、「神聖な空間」を最近持ちましたか?

みんなにとって、必要なことです。
自分が自分でありつづけるために。




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過去を味方にする 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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過去を味方にする 〜引き寄せの...


過去の経験が今日の自分を形成している、というのはある意味事実。

そして、多くの人たちは“過去”が“今”の妨げになっている。

 > 私の育った環境が悪かったから。。。
 > あんな酷いことがあったから。。。
 > あの大失敗さえなければ。。。

過ぎ去った“状況や出来事”が無意識に足を引っ張り続けている。


なぜそうなるのか?

今が上手くいっていないことの一番簡単な言い訳は“過去”のせい。

過去を否定することは今日をも否定し、明日を壊していく。


過去を味方にする、というのは、
過去を肯定する、ということなのだろう。

   どんなに悪い環境で育っていても、
   どんなに酷い経験をしていても、
   また、どんなに大きな失敗があっても、

あれはあれでよかったんだ!

だからこそ、より逞しく、打たれ強く、人間として深みのある自分になれた。
だからこそ、洞察力も、人を見る目も育ち、
他人の痛みがわかる自分になれた。

順風満帆の人生を歩んできた人たちとは底力が違う!


格好悪い過去を隠さず、笑い話にすればいい。
過去の肯定は、今そして未来をすべて肯定する。

  過去を味方にすると、
    今日そして明日が希望に満ち溢れてくる。




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目標と目的 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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目標と目的 〜引き寄せの法則へ...


一見、似ている二つの大切な言葉。


目標とは、
「そこに行き着くように、またそこから外れないように目印とするもの」

目的とは、
「実現しようとして目指す事柄。行動のねらい。目当て」

と辞書にある。


目標は、「今期の売り上げ」などのように、目指す地点、数値、数量などに重点があり、具体的である。

目的は、「社会への貢献」などのように、抽象的で長期にわたる目当てであり、内容に重点を置いて使う。


目標と目的は、目指すものという意味では似ている。
目標はWhat(何を目指すか?)に対し、目的はWhy(なぜそれを目指すか?)となるのであろう。

充実した人生を生きるためには、
双方を持つことがとても大切なように思う。


“私は営業でトップの成績を達成したい!”
という目標だけ持ち、なぜそうしたいのか?という目的を持っていない人が少なくない。

“トップ営業マン”というエゴを追い、
それを達成できても、自己満足だけで心が豊かになることはない。
目標を達成しているのに、目的なく走り続ける虚しさが残る。


私は人生の目標と目的を持とうと思った。

与えられた命。
この人生で、

   何を目指すのか?
   なぜそれを目指すのか?




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Departure 〜引き寄せの法則への挑戦〜

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Departure 〜引き寄せ...


知人の葬儀へ参列した。

誰も予期せぬ突然の事故死だった。


葬儀でお坊さんが話してくれた言葉が心に残った。

 「人間は生まれた瞬間から死という宿命があります」
 「ここにお集まりの皆さん、100年後には全員この世にいないのです」
 「この限られた命をどう生きますか?」

そんなことを考えずに私は生きている、と気付かされた。
それでは濃い意味のある人生は送れないのだろう。

私の順番がいつ回ってくるのか?
それは神のみぞ知ることである。

それまでの間の限られた人生をどう生きるのか?
何のために生きるのか?

大切だと思っていたこと、自分の中の優先順位が、
音を立てて崩れた。


お坊さんは話をつづけた。

 「この世を去り、あの世へ行くのです」
 「“死”は終わりではなく、次の世への“Departure”です」


この世は、あの世への準備期間なのかも知れない。
その観点から、大切なことや優先順位を一から考え直す。

「Departure」の準備を始めなければ、と思った。



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