世の中の多くのことは、合理的であれば効果的でもある。
これに当てはまらない例外がある。
その代表が、
「人の心」
人間関係を良くするためには、
いかに“非合理的なこと”を実行し、継続させられるか、
にあるように思う。
私も過去に沢山の“失敗(合理的な対応)”をしてきた。
人の心は、とても非合理的(自己中心的)にできているようである。
だからこそ、非合理的であればあるほど、自己中心的な人の心に与える効果が大きくなる。
「わざわざ、そんなことまでしてくれた」
自分を特別扱いしてくれる=自己中心的な欲求を満たす行為
が、自尊心という強い感情へ訴えるわけである。
そしてその積み重ねは、揺るぎない信頼関係の構築につながって行く。
あなたもありますよね?
「えっ、私のためにそんな面倒なことをしてくれたのですか?」
と感動したこと。
一瞬にして、その人への好感度そして信頼度は急上昇。
あなたにとって大切な家族、伴侶、友人へ、
合理性を無視した対応をする習慣を持てれば素晴らしい。
Efficiency is doing the things right.
Effectiveness is doing the right things.
良い人間関係無しに、良い人生はあり得ない。
Sabotageとは日本語で「破壊活動」と訳されるようだ。
ここではテロや戦争の話しをしているわけではない。
このサボタージュ、実は私たちの頭の中で頻繁に起こっている現象である。
これは以前ブログで書いた、コンフォートゾーン(Comfort Zone)とも関連している。
物事がうまく行き始めると最初は喜んでいるが、自分の居心地の良い領域を超えて成功が進むと、無意識にそれを破壊しようとする傾向が我々にはある。
大きな成功は自分では手に負えない
今までの仲間から敬遠されてしまう
調子に乗ってすべて失ってしまったらどうしよう
仕事だけではない。
例えば恋愛。
今は優しいけど、いずれ裏切られ傷つくことになる
もっと自分のことを知れば、あの人の気持ちは冷めて去って行く
恋愛なんて、どうせ長続きしない
と、せっかくうまく行っているのに、それが逆に不安や心配を引き起こし、
悪い意味での自己防衛本能が作動する。
傷つく前に自分からそれを壊そうとするわけである。
このサボタージュは無意識に行われる。
そして、自分で壊したにも関わらず、
「やっぱりダメだった」
と、負のサイクルが加速するわけである。
サボタージュしていないか?
と定期的に自問する習慣をつけよう。
せっかく築いてきた幸せや成功を、
自分で壊してしまっては良い人生にならない。
2015年は、
“サボタージュの無い年”
にしようと思う。
今日、ガソリンを入れに行って価格が$2.59まで落ちていることに驚いた。
近年では$4を超えだ時期もあり、
燃費の悪い大型車の売上が激減し、
省エネの小型車やハイブリッド車が急激に増えたのは衆知の事実。
ガソリン代が安くなり、
「あー、よかったぁ」
と思ったのと同時に、別の思いが頭をよぎった。
もしガソリン代が低値安定したら、
車の使用が増え、
後先考えずに大型車が多く売られるようになり、
地球規模で、環境汚染は急加速するのだろう。。。
Short Termで得することが、Long Termで損失を出すこと、
は沢山ある。
逆にShort Termでしんどくても、Long Termで楽になること、
も沢山ある。
我々人間は、後に悪い結果が待っていることがわかっているのに、
今の楽や得に走る傾向がある。
いや、今の楽や得にばかり意識が集中して、
先のことを考えることすらしないのかも知れない。
省エネが叫ばれるようになったのも、
環境を大切にするため、というLong Termの配慮からではなく、
今の出費を抑えるため、というShort Termのニーズからだった。
「Long Termで良いこと」
を念頭にShort Termの行動を考えられる人間になりたいと思った。
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この言葉を見て、ほとんどの人はネガティブなイメージを想像するのでしょう。
騙す
裏切る
傷つける
これらは、
自分がしたことも、されたこともあるはずです。
また、上記とまったく異なり、
使い方や使う状況によって、この言葉は、
慰める
勇気付ける
気持ちを切り替える
という効能もあります。
大事故の中で唯一生き残り、病院で治療を受けている患者さんへ、
“家族は誰も助からなかった”
と冷酷な真実を伝えることは、果たして正しいのでしょうか?
それより、
「救助隊がみんなを助けに行っているから、あなたも頑張って回復してください!」
という真実と異なることを言うのはいけないのでしょうか?
真実が、耐え難く厳しい状況で、
嘘によって救われることは大きい。
私たちは、毎日の生活で「嘘」と共存している。
だから、
人を騙し、傷つける嘘を減らし、
慰めと勇気を与える嘘を使えるようになりたい。
人を思いやる言葉は、
真実と異なっても「嘘」にならないのかも知れない。
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今まで生きてきて、
「人生は20メートル先までしか見えない」
と感じている。
> いろいろ計画を練っても、
> 目標を立ててそれに向かっていても、
> どんなに勉強して論理的な予想を考えても、
20メートルより先に何が待ち受けているか、
そこへ行ってみなければわからない。
20メートル進んで初めて、その先の20メートルが見えてくる。
そして、その先が予想通りの状態であることはほとんどない。
その状況を見て軌道修正し、また20メートル進む。
それを何度も何度も繰り返し、
人生が切り開かれる。
先に進まない人は、しりつぼみ。
進化どころか、退化、劣化、老化になる。。。
20メートル先を見に行かない理由は、知識不足ではない。
もっともらしい言い訳や弁解はあるけど、
「勇気」
がなかった。
能力も、状況も、環境も、
関係ない。
未知の恐怖に負けていた。
進んでみてわかった。
その先を見るのは怖くない。
その先に待っている20メートルが楽しみになってきた。
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故坂本九さんの大ヒット曲の宣伝ではありませんが、
上を向いて歩く、ことの大切さを痛感しています。
今、この場で、
胸を張って上を向いてみてください。
次に、
肩を落として下を向いてみてください。
どうですか?
上を向くと、自然に意識が高揚し、
下を向くと、逆に気持ちが重くなる、
理屈じゃないんですよね。
宇宙は進化をしつづけている。
上を向いて生きるのは自然の摂理に合っている。
だから、人生は必ず良くなって行く。
下を向いた生き方は、自然の摂理に反している。
それをつづけていると、どんどんしりつぼみになる。
それが本当かどうか、
周囲の人たちを見れば一目瞭然です。
人生楽しいことばかりではありません。
そんなときこそ、無理をしてでも「上を向いて歩く」ことが大切なのでしょう。
私も、
辛い時こそ、
上を向いて歩こうと思います。
その行く手には、
必ず虹が見えるはずです。
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人生は良い意味で、
“なるようになる”
これは、諦めや、妥協や、投げ槍な意味ではありません。
やれることはやった上で、結果を受け入れるということです。
川を流れる水のように、
岩があればそれらを柔軟に迂回し、
大きな観点で、大海へ向かって流れつづける。
流れに逆らうことはしない。
遠回りをしているように感じることもあるが、
着実に目標に向かって進んでいる。
あなたはプライドや固定観念にこだわって、
流れに逆らい、くたびれていませんか?
すべてをコントロールしようとする、
それは辛い生き方になります。
そして、いくらあがいても良い結果は待っていない。
Let It Be
大宇宙の流れに任せ、
芯を持ちながらも柔軟性を兼ね備え、
自分の目標を見失わず、
共存共栄で、
大宇宙の流れに任せれば、
空回りは無い。
Let It Be
その本当の意味を理解できるようになりたい
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それなりにやってきたし、
まあ、このくらいでいいじゃないか・・・
と思うことがある。
そんなとき、
私より立派にがんばっている人が、
「まだまだですよ。これからもう一段、二段は上を目指して挑戦します」
と笑顔で言った。
一体、この人と私は何が違うのか?
知識、経験、能力も私より優れているのだろうが、
決定的な違いは、
基準、標準、スタンダード、だと気付いた。
その人の話を聞いているうちに、
なるほどぉ・・・と納得させられた。
その人の周囲の人たちが皆、高い目標を持ち、それへ挑戦している。
だから、「もう一段、二段上を目指す」
ことは特別ではなく、普通のことになっている。
自分よりもスタンダードの高い人たちと同じ空間にいると、
Uncomfortableで居心地は決して良くない。
Uncomfortableと感じたとき、
その空間を避けようとするか、
その居心地の悪さを自分への挑戦と受け止めるか、
居心地の悪い空間に、
意識的に身を置いてみようと決めた
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皆いつか死を迎える。
考えたくないことだが、
これは事実。
だから、
「生」を受けている間、
何のために自分はこの世にいるのか?
自分の存在意義について考えることは大切。
各々、環境も境遇も立場も異なるが、
突き詰めて言えば、
「誰かのお役に立つ」
なのではなかろうか。
自分のためだけの人生では、存在意義がない。
人生を大いに楽しみながらも、
誰かのお役に立つ存在であることを忘れない。
一日の始まりに、
「今日も誰かのお役に立てるように」
一日の終わりに、
「今日は誰のお役に立てただろうか」
その繰り返しが、素晴らしい人生をもたらしてくれるのだろう。
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「だれが考えてもそうであるべきだと思うこと。当然なこと。」
「普通と変わっていないこと。世間なみ。」
と辞書に書いてある。
今日まで生きてきて、
当たり前のことをしている人は非常に少ない
当たり前は、実は当たり前でない
ことに気付かされた。
(私を筆頭に・・・汗)
特別なことをする前に、
基礎である「当たり前」のこと、ができていなければ、
いずれ足元から崩れてしまう。
感謝と思いやりの心
公明正大な言動
努力・改善・継続
言うは易く行うは難し
「当たり前」
ができる人間になりたい
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