6ヶ月の日本滞在を終え、無事サンディエゴに帰ってきました!
2月
16日
今度住むことになったエリアは、偶然にも一番最初に買った家の近所。大好きなスタバまで歩いていけるのでハーパーは大喜び😄
別居後に住んだ家の通りの名前はLotus(仏教のシンボル、蓮の花)、次に住んだアパートはモルモン教のお城のような教会の膝下にありました。今回も窓から教会が見え、時刻を伝える鐘の音が心地よく響きます。不思議ですが、いつも何かに守られていると感じます。
サンディエゴの夕陽!これが本当に恋しかった。
Murphy & the gang☺️(実はもう一匹います)すっかり家族の一員になって過ごさせてもらい、とても有り難かったです。Thank you, Karen & Warren, for taking great care of Murphy...he was so lucky to be able to stay with guys!
アパートでの暮らしにも慣れつつあります。
近所は緑の多い住宅街で、こんな竹林が生い茂っている家も。
1月15日、フライトが遅延した上にキャンセルになったりとトラブルはありましたが、無事6ヶ月の日本滞在を終え、サンディエゴに戻って参りました!
日本に居る間にもアパートを探していたのだけど見つけることが難しかったため、6ヶ月間マーフィー(犬)を預かってくれていた友人家族の家に私だけ1週間居候させてもらい、その間に大急ぎでアパートを探しました。昔からの友人夫婦とはいえ、この歳になって居候させてもらうのは至って申し訳なく、一刻も早く見つけなければと着いた週末がたまたま三連休だったので、ハーパーも連れて見て回り、その中の一件が二人とも気に入ったので申し込んだら審査が通ったのです!
日本に居る間にもアパートを探していたのだけど見つけることが難しかったため、6ヶ月間マーフィー(犬)を預かってくれていた友人家族の家に私だけ1週間居候させてもらい、その間に大急ぎでアパートを探しました。昔からの友人夫婦とはいえ、この歳になって居候させてもらうのは至って申し訳なく、一刻も早く見つけなければと着いた週末がたまたま三連休だったので、ハーパーも連れて見て回り、その中の一件が二人とも気に入ったので申し込んだら審査が通ったのです!
今回のチャレンジは、クレジットヒストリーが良くないこと(結婚していた時の負債が残っていたため)、ニールが仕事をしていないこと(収入が私の分だけになってしまう)、そしてハーパーの学校があるエリアは家賃が高いので、なるべく通える範囲で予算内の物件を探すことでした。見つけたアパートは、内見してくれたのが大家さん(エージェントでもある)だったから良かったのか、クレジットヒストリーより収入と前の大家さんからの推薦状を重視すると言ってくれ、収入の条件大丈夫かな…と不安だったけど、申し込んだ同日に即、審査が通って本当にビックリしました。しかも、このアパートは申請料(通常1人$40くらいかかる)ゼロ、ペット代&ペット保証金もゼロ、しかも家賃は水道代込みと良いことづくめ(家賃も安く、予算内)。大家さんが以前住んでいた家の裏に建てた2階建てのデュプレックスの1階なのでプライバシーも守られ、自分達専用のゲートもある。何より床がダークウッドで数年前にリモデルしたキッチンも使いやすく、とても気に入っています(ガス台に付いてる鉄板グリルは超便利!)。
アパートが見つかるまでの1週間、ニールは親友の家、1ヶ月前に帰ってきていたハーパーはそのままお父さんの家、とバラバラだったため、やっと同じ屋根の下で家族一緒に暮らせるのは本当に嬉しかったです(とは言え、20歳になるニールは親友の家が居心地良いらしくほとんど帰ってこない😅 )。
仕事の方は無事(手続きに時間かかったけど)、以前と同じ職場(中学校の特別支援学級)に復帰でき、本当に有り難かったです。ただ、全く同じクラスではなく、今のところ障がいの重度が医療・身体的に重い子供たちのクラスに配属されていて、これがなかなかチャレンジングな経験になっています。歩くことや話すことがままならない子供たちのお世話はこれまでみてきた子供たちとは全く違うけれど、毎日接するうちに少しずつ気持ちを交わせるようになるのは楽しく、このチャレンジングな仕事に深い意義を感じています。
さて、サンディエゴに戻ってきてからの本当のチャレンジ(なんかチャレンジばっかりですね )は、アパートを借りた後でした。正直、日本では週5日働いていてもお給料はアメリカの半分だったため、日本に居る間の生活費はほぼ母に出してもらっていました(お母さん、本当にありがとう😭 )。当然アパートも母からの支援が無ければ借りることはできませんでした。ただ、それ以外にもさまざまな支払いがあります。一番大きいのはクレジットカードの返済、車の保険代、携帯電話の支払い、そしてもちろん日々の食費やガソリン代。日本ではチャリティーにお世話になるのは恥ずかしいことだと思われがちかもしれないけれど、私は教会などから無料でいただける食材(野菜や果物、牛乳、卵、缶詰等)は有り難く受け取らせていただいています。生活が一番厳しい今、こうやって助けてもらっていることを忘れず、いつか少しでも余裕ができたら恩返しできたらと思っています。
ニールも必死にバイト先を探していますが、レストラン業界は不況のようでなかなか採用されず、ソーラーパネルの訪問セールスを友人に付いて回っているようです。先日、なんとその会社の歌唱コンテスト(訪問セールスで歌を披露する)で優勝して賞金$500(5ドル札100枚を雨のように降らせてもらったみたい )をいただいたそう!お父さんは大学に戻ってもらいたいようですが、私は(自分も中退してるので)彼なりのやり方で自分の生きる方向性を見つけていけば良いのではと思っています。大切なことは、毎日朝起きてやるべきことがあること。そのために起きようという気持ちがあること。ハーパーに関してもそうですが、6ヵ月の勉強の遅れを取り戻すのは大変だったようですが、出来ることを頑張ってやり、本当に疲れてる時は休ませつつ、それでもやらなければいけないことは家でもやり、成績を自分でちゃんと管理できているので我が子ながら偉いなあと思っています。
日本に居る間、子供達もそれなりに大変だったと思うのです。特にハーパーは私が想像してたよりも全く日本語がわからなかったため学校に馴染むことが難しく、精神的にも辛くなってしまったので途中から通わせるのをやめました。ただ、学校の先生方やクラスメートたちの温かい支援があったおかげで学校には通えなくなったものの、学校以外でお友達数人と一緒にお祭りに行ったり、家に遊びに来てもらったりと交流する機会が持てたのはすごく良かったと思っています。私自身も言葉が通じない12歳の子供達同士が必死になってiPadの翻訳機や携帯を駆使しながら思いを伝え合ったり、UNOを通じて仲睦まじくなっていく様子を目の当たりにできたことは微笑ましく、一生の宝物になりました。
私たちが居ない間に愛犬を世話してくれた友人家族、車を置かせてもらい、郵便物を受け取ってくれていた友達夫婦、そして「お帰り!」と待っていてくれた数々の友人たち。いろんな人達にお世話になって実現した6ヵ月の日本滞在(たった6ヵ月なのにどんだけ大変だったんだ 😭)。本当に感謝しています。もう帰ってこないと思ったと何人もから言われたけれど、日本に永住帰国するつもりは全くありませんでした。今回の滞在はあくまでも経済的な理由によるものが大きく、後は年老いた母や姉と一緒に過ごす時間を持つこと、そして子供達に日本での生活を経験して欲しかったからでした。お陰様でニールの日本語は驚くほど上達しました!
4年前に別れてから、今が経済的に一番大変です(お金が無さすぎて泣くという経験を初めてしました)。私の目標はセラピストになり(3月から大学院が始まります)、2年後には少しでも収入が増えていること。収入面だけでなく、自分が本当にやりたかった分野だけに、忙しくなるだろうけど気持ちはとてもワクワクしています。












