もの言う牧師のエッセー 傑作選
第285話「 愉快な校長先生 」
米ウィスコンシン州ラシーン市の高校で校長先生を勤めるジェフリー・ミラーさんは、4月のある早朝、校内で2人の男子生徒が白いペンキをふりかけたような派手な模様のジーンズを“おそろい”ではいているの発見。「何だソレ、スゲーなぁ」などと声をかけ話しているうちに盛り上がり、生徒らは「じゃあ、先生のも買ってくるよ。サイズ教えて」という展開になった。
ジェフリー校長はサイズを告げた後すぐにそんなことは忘れていたが、ランチタイムに「すぐ教室まで来てください」という連絡があり行ったところ、先ほどの生徒らが「はい、コレ」と言って買い物袋を差し出し、見ると中に同じジーンズが。どうやら彼らの授業を受け持つ教師が買いに行ったそうだが他の教師らも交え大爆笑。
その後ジェフリーさんはそのジーンズをはき2人の生徒と昼食を共にし、さらに3人揃って得意満面で校内を練り歩き学校中がヤンヤの喝采と笑いに包まれ、皆がスマホで撮影しまくり状態、あっと言う間にツィッターで17000回拡散した。「本当に驚きました。これほど喜んでもらえるとは。子供たちにとっても私にとっても良い思い出となりました。」と興奮気味に語るジェフリー先生。また、他の教師たちにとってもこの一件は何かと問題の多い教育姿勢やSNSの観点から学べることが多かったようだ。
聖書には
「私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、
すべての人の奴隷となりました。弱い人々には、弱い者になりました。
弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。
それは、何とかして、幾人かでも救うためです。」
第一コリント人への手紙 9章19,22節、
とクリスチャンの、そして全人類のあるべき姿勢が示されている。自分とは違う人に対しては無視するか非難する時代。増大する差別やヘイト問題、個々人が権利を振りかざす“総クレーマー化”社会。それは人類愛や宗教で何とかなる問題ではない。弱き我々のために、天から下り人の姿を着て、十字架にかかって罪を赦して下さったイエスを心に迎えることによってのみ乗り越えることができる。そして一致と調和をもたらし、喜びと笑いが拡散するのだ。
2017-5-27