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全国新幹線鉄道整備法交付に伴う、全国新幹線網の決定

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整備新幹線計画... 整備新幹線計画
全国に新幹線を敷設しようとする膨大な計画
全国新幹線鉄道整備法は、日本全国に高速鉄道(新幹線を建設しようという構想で、現在の整備新幹線構想の基礎となっているものです。

決定までの流れ
当時の政府が掲げていた、「経済社会発展計画」に呼応して国鉄が太平洋岸縦断新幹線(盛岡~博多間〉を提案したのが始まりで、その後以下の時系列に示すように、計画が修正、肥大化して行きました。

  1. 昭和41年9月 経済社会発展計画(目標年次昭和47年)に対応して、経済審議会社会資本分科会に国鉄は「太平洋縦断新幹線(盛岡~博多間〉」ならびに「首都圏高速鉄道網」の構想を提案し、その計画に織り込まれた

  2. 昭和42年9月 国鉄は、自民党都市政策調査会に総延長約4,500kmの全国新幹線鉄道網、総延長約560kmの首都圏高速鉄道網の構想を説明、都市政策大綱(1968年)に基幹交通体系の建設として具体的に採用

  3. 昭和43年2月 全国新幹線鉄道網の構想を具体化するための法律、および、-建設資金の調達方法などに関する調査を促進するため、国鉄は本社内にと幹線調査室を設置

  4. 昭和44年5月 総延長約7,200kmと想定される全国新幹線鉄道網の計画および構想を織り込んだと新全国総合開発計画が閣議決定された。

  5. 昭和44年6月 第48回鉄道建設審議会で「新幹線鉄道網整備のための法律案を次期通常国会へ提出ずることを目途にする」ことが決議

  6. 昭和44年9月 自民党国鉄基本問題調査会および同交通部会の合同総会では、総延長約9,000kmの全国新幹線鉄道網を昭和60年までに総額約11兆3,000億円で整備することおよびその他整備に関する基本方針を決定

  7. 昭和45年3月 第50回鉄道建設審議会で全国新幹線鉄道整備法(案〉要綱決議

  8. 昭和45年4月 自民党鈴木善幸衆議院議員ほか16名提出による全国新幹線鉄道整備法案が第63国会に上程され審議が開始

  9. 昭和45年5月 参議院において同法律が可決成立し、昭和45年5月18日、「法律第71号」として公布され、6月18日より施行されることとなった。


交通技術 1970年8月号を参考に作成

最初に決定したのは、上越新幹線・東北新幹線・成田新幹線
昭和46(1971)年1月18日、上越新幹線・東北新幹線・成田新幹線の基本計画が決定され、同日、運輸大臣から国鉄、鉄道建設公団に調査命令が出されました。
同年4月1日、整備計画が決定されて、

上越新幹線兎成田新幹線は、鉄建公団が、東北新幹線は国鉄が直轄で建設することになりました。成田新幹線も空港付近の駅舎建設がスタートしますが沿線住民の反対などもあり、結局成田新幹線は建設されず、現在はJRと京成が乗り入れる路盤に活用されているのはご存じのとおりです。

その後も、整備新幹線に関して多くの調査指示が出され、昭和47(1972)年6月29日には、北海道・東北・北陸・九州新幹線の基本計画が決定され、国鉄及び鉄道建設公団に調査命令が出されています。
北海道・東北・北陸・九州新幹線の基本計画が決定
ただ、国鉄は新幹線建設にあたっては、
i )建設資金の調達、政府出資および利子補給
ii〕経営に対する補助
などが必要であるとし、道路建設に対する税制上の特別措置、地下鉄建設に対する国の助成、空港や港湾の整備、住宅建設など社会的な必要性の大小により順次所要の措置がとられてきているといえるので公共的に重要な使命をもち、社会的要請ーの強いプロジェクトである新幹線建設なので、資金面および経営上の必要な措置がなされるものと考えられる。
としているのですが、実際の東北・上越新幹線の建設に際しても、国からの新幹線に対する助成はなく(赤字に伴う補助金という形での注入はありましたが、これが新幹線建設のための資本投下であったならば、また違った側面があったかもしれません。
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Discover Japan 美しい日本と私 お寺に泊まろう

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「DISCOVER JAPAN... 「DISCOVER JAPAN」 展覧会で再発見 今、何を見つけますか
産経新聞 2014.9.18
前回は、宿泊でお寺に泊まることが出来ると書かせていただきました。
改めて、もう少し詳しく書かせていただこうと思います。

2年目のキャンペーンと言うことで、かなり新しゅう取組が行われていることが窺えます。
丁度、国鉄ではマル生運動も始まった頃であり、若手の国鉄職員を中心に国鉄を変えようという意識があった飲も、今までの常識に囚われない増収に繋がったと思われます。

国鉄の部内誌、国鉄線昭和46(1971)年8月号から、長いですが引用させていただきます。

お寺の販売
最近の旅行はデラックスになりつつある反面、民宿や国民宿舎、ユースホステルを利用した旅行形態もふえている。また、女性週刊誌などにのっているように、若い女性の声として。"お寺に泊ってみたいというのも多い。そこで浄土真宗西本願寺派の寺院に宿泊する”お寺に泊る”販売を実施し、新しいディスカバーの旅の形として販売宣伝を開始した、その要項は次のとおりである。

  1. 全国で約250か寺にしぼった。

    西本願寺派にしぼったのは、ここには統一した組織があり、宿泊設備の改善、指導や、連絡などが徹底できるため。本年の実績をみて、来年以降ふやして行きたい

  2. 宿泊券(お寺券)は、東京、上野、新宿、大宮、名古屋、京都、大阪駅の旅行センターで取扱う。(お寺との販売契約は日本交通公社、日本旅行が行なった)

  3. 宿泊料金 1泊2食 1,350円

    食事は何品と定めてないが、郷土料理など特殊なものを提供するようにしている。(精進料理ばかりではない。)浴衣と洗面道具の提供はない。風呂はほとんどあるが、一部で付近の壇家のもらい風呂がある。朝のおつとめなどは強要しない

  4. 二名以上の女性のグループに限る。

    新しいムードづくりの対象になるのは女性であると考えられたからである。ただし、小学生までは男子でもよい。


ということで、女性の旅行需要を誘発しようとしていました。
お寺の販売
宿泊券のデザイン

ということで、お寺へ泊まってもらう体験を国鉄自らが置こうなったというのは非常に画期的なことであったと言えます。
当時は、アンアン・non・noと言ったファッション雑誌が全盛のころで、独身女性同士の旅などがやっと一般化してきた頃でした。



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Discover Japan 美しい日本と私キャンペーンと国鉄

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万博輸送その後の計画されたキャンペーン

国鉄は1970年10月に万博終了後の旅客確保対策として、個人旅行拡大キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」が開始されました

このキャンペーンの目的は、経済成長により可処分所得が増えたことや、万国博覧会を経て、個人旅行の機会が増えたこと等から更なる旅行者の誘発を目的に昭和44年10月頃~考えられました。

キャンペーンは、昭和45年1014日から始まりましたが、この時初めて売り出されたのがミニ周遊券でした。

それまでの周遊券は、オーダーメイド形と言われるもので、旅慣れない旅行者には手続きが煩雑でした。

そこで、昭和45年10月からは、「ミニ周遊券」と呼ばれるもので、全国9箇所をの周遊値を指定して発売されました。




翌年からは、本格的なキャンペーンの開始
翌昭和46年には更に実質的に商品に結びつけることに重点を置いて推進する積極的なキャンペーンが7月から12月にかけて行われました。
以下に列挙してみたいと思います。


  • 美しい日本と私71の執筆依頼


  • 現代の71人の人たちに「思い出に残る土地と、そこでのできごと」について執筆をお願いし、北はオホーツクから南は指宿までのなかでの思い出の土地を選んでもらい、これを"美しい日本と私"と題して旅への呼びかけを行なう(71にしたのは、今年が1971年であるため。)この71を基本にして、一般へは"71人の人たちは、このような旅と、思い出を持っています"あなたなら、どのような旅をしますか?"といった呼びかけをして旅へのムードをもりあげる。

  • "美しい日本と私71箇所の駅長招待旅行の実施"


  • "美しい日本と私71の思い出に残る土地のもより駅長が、地元観光協会、旅館組合等の協刀を得て、その地へ旅してみたいという人々をグループで招待する。これは、遠くの駅長が旅行に招待してくれるという期待を持って、はがきを出す」という全国的なDISCOVERJAPANムードのもりあげをはかる企画で。官製はがきに応募要項を記載してもより駅長あて投函することにより招待旅行に応募の権利をつかむというもの、7月1日から9月20日(消印有効)間で多数の場合は抽選によることとしている。一箇所について3組(1組は4名以内)のグループを1泊2日ないし2泊3日の旅行に招待するが、現地での行程は駅長が観光協会等と協議してきめたものとしている。なお、全国各地からの応募があるので、招体内旅行のさいの行程は、当選者国鉄もより駅から順路によることとし、途中、特急、急行利用と指定』車、B寝台車は提供することにしている。招待旅行の交通費は国鉄負担、宿泊、観光地めぐりは地元負担で実施する。

    駅掛ポスターを作成

  • ミニブック"美しい日本と私71"の発行


  • 71人の人たちに書いてもらった「思い出に残る地と、そこでのできごと」の短編(3000字程度)と、その地にふさわしいカラー写真をのせたミニブック"美しい日本と私71"という小冊子を発行、駅の売店や、旅行あっ旋業者の窓口、一般書店で発売。新書版(約60ページ)、定価1OO円

    これら"美しい日本と私71"一連の周知宣伝は、従来どおりマス媒体を含めた各種媒体を使って進めているが、とくに駅長招待旅行の応募要領についてはBO版(B全版の二枚連続)駅掛ポスターを作成し、これに71箇所の写真ともより駅名、住所、郵便番号を掲載した。

  • 駅スタンプの増備


  • 駅スタンプの増備

    昨年10月、駅スタンプを整備して、全国的にスタンプムードをもりあげたが、各地から増設の要望もあったので、7月1日から23駅と2個列車(特急さくら、上・下)を追加した。これにより、駅スタンプの数は全国で1357となり、このほか船11、列車8となっている。〔追加駅〕蒲田、桜木町、松田、伊那大島、玉島、日生、茶屋町、道後山、香椎、原田、篠栗、石原町、伊田、後藤寺、新飯塚、新田(東北本線)、屋代、六日町、万座・鹿沢口、大河津、伊達紋別、夕張、岩内

    他にも、女性限定ではあるが、浄土真宗西本願寺派のお寺【全国250箇所限定】で宿泊できるキャンペーンが実施された、女性2名以上での宿泊限定で、食事付きとなっていました。
    浄土真宗西本願寺派のお寺【全国250箇所限定】で宿泊できるキャンペーンが実施された

    お寺に泊まるプランを国鉄が発売していたというのは実は、今回こうしてblogを書いていて初めて気づきました。

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