組織改変論議と国鉄 第1話 公社化以前に話題となった民営化
11月
10日
この書簡によると、鉄道・塩・アルコール・たばこ等の専売業務は政府事業から公共企業体に組織変更すべしと明記されていました。
当時は、GHQの命令は絶対であり、それにより当時運輸省の現業機関であった国鉄は、昭和24年6月1日、たばこ・塩・アルコール専売と供に公社化されました。
ただ、当時日本には、公社という概念(public corporation)が理解されず、国鉄を昔ながらの鉄道省のような組織として残したい政府との間で綱引きが行われたようです。
政府は鉄道省の改組という意識ですし、GHQ側は完全な権力からの分離を狙ったのですが、結果的に大幅に政府が関与する形の組織となってしまい、当時の運輸省のエース級も殆どが国鉄に移籍してしまったため、長らく国鉄>運輸省の構図がありました。
なお、戦後合併していた運輸省と逓信省は、郵政省・電気通信省に再分離しています。電気通信省は後の電電公社(現在のNTT)であり、余談ですがKDDIも元は電電公社から分離したKDDと京セラ系のDDIが合併したものであることは皆様ご存じの方も多いかと思います。
なお、電電公社誕生は、電気通信省では増加する固定電話網の整備に追いつけないとして、昭和27年に電電公社に組織換えされていますがこれは、国鉄問題とは異なる話ですので割愛させていただきます。
公社化以前に話題となった民営化
公共企業体として再出発をした国鉄ですが、実は第2次世界大戦終戦直後の昭和20年9月頃から、三菱経済研究所など民間の研究機関から民営論が叫ばれ、また財界からも戦後の公債を処理するために鉄道などの政府事業を払い下げる声があったようですが、経済界への影響の大きさを考慮しその話はいつかうやむやとなりました。
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