東芝製の本物だとは思うが
朝焼けに染まるブダペストの王宮
何度か触れてきたように2014年5月6日より中欧へ旅をしてきた。旅については今後おいおいと書いていく事になるだろうが、まず帰国して一番困った事を書いて置く。
掲題のメモリカードをE-M5用に購入した。今回の旅で6000枚くらいJPEG+RAWで撮る予定だったからだ。E-P3はSDXCに対応していないので、32GB*2と迷ったが、初めてのXCにも興味があり買ってみた。amazonでの口コミ評価も高かった事もある。
先ず撮り始めて最初に以上に気が付いたのは、動画の撮影時だ。10秒程度で勝手にRECを止めてしまう。E-M5で本格的に動画を取るのは初めて見たいなものだったので、FineのFHDモードではメモリカードが@10でも追いつかないのか、と思いnomalのFHDモードに設定を変えた。若干記録時間は伸びたが、やはり強制終了してしまう。既に数百枚以上撮影後なので、仕方がないからそのまま使っていた。
念のため残撮影枚数100枚程度になったところで、以前から使用しているSDHC32GBのカードに換装したところ動画での強制終了問題は解決した。なんとなく嫌な予感が広がる。
結局、該当のカード1枚と32GBのカード2枚をほぼ使い切って帰国した。
悪い予感は当たるものでSDXCからPCへ取り込もうとしたところでエラーでアウト。どうもexFATに問題があるらしい。容量半分=32GBを超えたRAWファイル辺りでコケている。
カメラでは画像そのものが認識できるためUSBでストレージ接続してみたが、これもダメ。3日間くらい、あじゃねーこじゃねーして2000ファイル位は何とかしたが、根気も尽きてデータ消失のリスクにおびえながらソフトレベルでの復旧をかけた。
結果、150ファイル程度CRCエラーでダメだったが、他は何とかなった。
んー、カード個体の問題かもしれんし、E-M5のフォーマッターとの相性かもしれんし、耐X-RAYだが北欧の強烈X-RAY撮像機で飛んだのかもしれんし、原因特定できないから、もう使う事は止めた。
今後はメモリカードもエイジングしてから重要な撮影には使うように心掛けたい。
現代のデジイチは、各種機能を各ボタンに割り付けて自分なりの設定にして使えるカスタマイズ機能が備わっている。
SP-800UZからオリンパスのデジカメを使い続けて来ているので、大概の機能は頭に入っていて、何が、どういう場面で必要か、という事も大体は理解している。
だが、やはりカメラは『つかってナンボ』『撮って御幾ら』なんて物だからE-M5も、まずは初期設定で1000枚程度撮ってきた。
で、カスタマイズ。このカメラには「マイセット」なるメニューがあって、3つまで好みの設定パターンを割り当てることが出来る。この機能を駆使すれば、静止画・動画・オールドレンズなんて具合に、各々のシチュエーションでのカスタマイズ最適化が瞬時に切り替えられるって代物。
まぁ、便利だが、当面そこまでは使わない。
まずは、基本の静止画撮影での設定を追い込む。この手の話は、一回設定したらハイおしまい、という物でも無く、使っていくうちに微調整されていく物だからだ。カスタマイズからオプティマイズと言ったところか。
2014春のE-M5カスタマイズ設定。(Aモード)
前ダイヤル=絞り
後ダイヤル=露光調整(0.3ev)
Fn1=MF切り替え
Fn2=デジタルテレコン
◎=動画撮影
>=ISO
まぁ、かなりオーソドックスな設定。(そんなに変わるもんでもない)
この設定で便利に感じるのはFn2のデジタルテレコン。JPEG+RAWでの撮影が原則なので実際にデジタルテレコンで撮影することは無いが、レリーズボタン前部にあるFn2で画面をデカく出来るのはEVFを使って対象物を確認する際に便利。14-150mm使えば疑似600mmでもあるし。
◎(動画撮影ボタン)は、モードダイヤルに動画があるので、別の機能に割り当ててしまうのも有りだが、現場で即、動画を撮りたいと思う時に慌てる可能性も有るのでワンタッチでの動画モードとして残した。
ISOはオート(200-6400)なので、滅多にいじらないから重要視しない。後、フォーカシングは折角2014・1末にファームがスモールAFに対応してくれたので、そのモードにしている。
E-M5で巷間、色々と言われている「高感度ノイズ補正」は「低」。Offが通好み(なんじゃ、それ)らしいが、ISOを6400まで許すのでディティール再現との折合として「低」とした。
そもISOを6400まで許しているのは(初期設定は1600)、5月の中欧旅行を意識しての物。中欧の古都の夜景を収めるには3200では、いささか心もとない。手ブレてしまえばピントもディティールも有ったものではないので5軸補正+ISO6400+ミニ三脚胸保持の力技で乗り切る所存。よって、ノイズリダクションは「低」としている。
先にも述べた通り記録はJPEG+RAWだが、JPEGはMiddle+SFとしMiddle画素設定は2348*1280。これは、RAWは自宅PC+NASに保管し、JPEGファイルはGoogle+に上げたら削除する運用の為。Google+は長辺2048までのファイルは無限容量でアップできるので、アップロード時に長辺2048へ落す自動処理を行っている。よって、JPEGで撮像素子フルサイズの撮影を行っても2048に落ちてしまうし、アップロード処理時のデータリサイズの時間も余計にかかる事になるので、最初からサイズを落している訳だ。なら、いっそ1920とかで撮影してしまえばいいのだが、自宅PCにはHaswellのi7を奢ったので、この設定ならばアップロード速度に不満は無い。当然、SDカード容量の節約にもなる。
後、細かい所では「シェーディング処理」をOn。これはデフォルトがoffだし、周辺光量落ちも「味」と考えれば無謀な設定なのだが、14-150mmの望遠端で発生する光量落ち対策でOnとした。これも中欧旅行を意識しての設定である。
EVFのスケールは「黄金分割」とし、パターンは「3」で全画面表示。平行水準器は表示しているが、オールドカメラ親父で老眼持ちとしては当然の選択ではある。(悲)
まぁ、こんな感じで中欧3カ国で5000枚くらい撮ってこようと思う。そうすれば、また何か違う地平が見えるかもしれない。
E-M5のハンドストラップは機能性重視でクランプラーのヌーサにした。E-P3が趣味性の高いカメラならE-M5は機能性というコンセプトで2台持ちの被りを回避する狙いもある。
ところでカメラのハンドストラップは、殆ど全て「右側」に付いている。実際Googleの画像検索などしても右側ばかり。
なんでじゃ?
無い頭で考えるに、右側の理由は「頭上などに掲げて片手で保持した際にシャッターを切れるのは右側」という理由位しか思い当たらない。
モヤモヤっと「昔から右だから右」って、この業界の保守的な習慣の様な気がしてくる。むむむ。
昔の銀塩時代、カメラにおける右手の役割は
1.シャッターを切る
2.フィルムを巻き上げる
3.シャッタースピードを決める(OMでは左手)
の3つ。実際にはファインダーを覗く時点では3は決めていることが多いので1と2がメイン。
一方、左手の役割は
1.ピントを合わせる
2.ズーミングにより画角を決める(単焦点除く)
3.露出を決める
4.シャッタースピードを決める(OMシリーズ)
と、捻ったり捩じったりする動きの多い、かつ微妙な調整の必要な作業が役割だった。
この時代には、左手はなるべく束縛されないフリーな方が有利な気がする。
では、現在のデジイチでの右手の役割は
1.シャッターを切る
2.優先モードのパラメータを決める(絞り、SS)
3.露出補正を決める
4.ISOを決める
5.ピント部位を決める
6.動画撮影を行う
7.MF切り替え、テレコン、その他機能の選択
という具合に飛躍的に作業が増えた。メインダイヤル、サブダイヤル、Fnボタン等々の操作は原則、右手だからだ。
左手はどうかと言うと
1.ズーミングにより画角を決める(単焦点除く)
位なもの、これとて単焦点なら無し。つまり、現在のデジイチでは左手は主に「カメラ保持」に使われている。
明らかに右手の作業が多い。しかも昔の比ではないくらい細かい作業。こんな場所にストラップの紐がウロウロしてたら、ウザったらしいたらありゃしない。
このような状況で、未だに右側にハンドストラップを付ける理由は有るのか?そもそも縦構図の場合、右手が上になるので、ストラップが垂れて映り込むリスクも右側には有る。
ここまで考えると、レンジファインダーの時代のカメラは左端にファインダーが有ったので、ストラップが左についてると顔に当たって煩わしい、だから右側に付けた?なんて「習慣」が現代にも妖怪の様に彷徨ってる気までしてくる。
勿論、我がE-M5のハンドストラップは左側に付けている。
学生時代からの主戦カメラがOM-1だった事もあって、若いころからカメラにはハンドストラップを付けて来た。
一眼レフとして従来の常識を破る軽量小型ボディのOM-1には、報道写真家に代表されるような仰々しいスリングや幅広のストラップは「似合わない」という美的感覚からである。(自分の価値観だけどね)
それ以来、一眼を持つことが無かったので、全てのカメラにハンドストラップを付けて来た。m4/3の私的初号機となったE-P3も、もちろんハンドストラップ仕様である。(ま、これこそハンドストラップであるべき)
流石に、プロユースにも耐えるE-M5では、いわゆる「首下げ」の幅広ストラップを買ってみた。メーカーや機種銘が入っているようなストラップは趣味じゃないのでごく普通のバリステックナイロンの幅広ストラップである。
2日間ほどの旅行に、その仕様で臨んでみたが、どうにもいけない。
まず、カメラとの接続するバンド部分が、カメラを構えた時に干渉しすぎて握りにくくなるったらありゃしない。これはE-M5のシャッター位置やボディサイズが大きく影響する。おそらくNIKON、Canonの上位機なら問題ないのかもしれない。
次に、当たり前だがハンドストラップに対して長いので邪魔くさい。テーブルに置くにも、バッグに入れるにも取り出すのにも邪魔くさい。こういう面倒が私は嫌いだ。
反面、最大のメリットは両手が自由になる事だが、スリングでは無い通常の首掛けストラップではカメラが固定されないので、崖沿いの梯子を降りたりするる場合には、結局カメラを手で持ってたりする。これでは、あまり意味が無い。
やはり、OMにはハンドストラップ。これが結論となった。
皇居 平川門から蛤濠を望む。M.ZUIKO ED 9-18mm
さて、能書き垂れてばかりいても仕方が無いのでレビュー第二弾は実写編、という事で。
1.絵作り
E-P3に比べると、解像が高く、コントラストも高く、黒が締った分だけ全体に沈みがちなトーンの絵作り。こう書くと、良くなった事ばかりの様だが、一概にそうでもない。慣れの問題も有るのだろうが諧調が高すぎて「硬い」感じなのだ。例えて言えばモノクロの世界だがTRY-Xを号数5の月光で焼いたような絵、とでも言おうか。(全然たとえになって無くてスマン)
皇居まわりの松林と櫓の白壁を撮ったりすると、松葉が針金見たく見えて来て、「ん~ゴシック」てな絵になる。と、言ってもシャープネスを落すような設定はしないつもり。もう少し色々撮ってみる。
2.EVF
これは、思った以上に違和感がない。屋内の蛍光灯下などではフリッカーが出るんじゃないか、とか思っていたが、そんなことは無い。ただ、オールドレンズで逆光で出るハレーションやゴースト、フレアの類は、OVFで見た感じとは異なる。まぁ、無理も無いが全体的に光が被ってしまった際の彩度の低下などの表現は厳しい。
3.連写性能
航空祭にでも行かない限り使う機会は少ないが連写の機能はE-P3に比べれば大幅にアップ。通常MSFのJPEG+RAWで撮影しているが、必要十分な連写性能を出してくれる。この辺は、防塵防滴など「プロユース機」として出してきただけの事は有る。
やっとレビューである。(笑)
外観
1.このカメラは「小さい」。E-P3よりも小さいんじゃないか、と思う。ボディの側面はOM-1と同じように三角形にカットされていてOM親父をニヤリとさせてくれる。
2.ペンタプリズム(もちろん、このカメラに、そんなものは無いが)部分の頂点は、山頂のようなイメージだったOM-1と異なり平坦、アクセサリーシューもかなり前に付けられていて、そもそも別付けだったOM-1に比べると、この部分だけ見れば全く別物。この形状とサイズは本機の特徴の1つである「5軸手ブレ補正」のユニット形状に起因しているらしく、デザイン的な妥協点であったようだ。
3.軍艦部に配置され、それなりに存在感を持つサブダイヤルだが、上面には何も記載されていない「黒い〇」。確かに機能は「ダイヤル」なので、何も書いてなくても問題は無く、むしろ何か書いてあると混乱の基なのだろうが、デザイン的には余りにも寂しい。こういう所は趣味性の高い製品としてもっと頑張りたいところ。(後発だがNIKON Dfなんかは上手いよね)
機能
1.超強力な5軸手ブレ補正。これは、凄い。カタログや数値面では「何段分」という表記になるのだろうが、実感としてはE-P3の3軸補正とは全然別物って感じ。室内の蛍光灯下でM.Zuiko9-14mmの望遠端で撮ってみたところ1秒までは、ほぼブレず!(すげー)2秒では流石にブレるがパッと撮りなら実用範囲と言ってもいいくらい。これは、本当に凄い。
あと、手ブレ補正が利いている時にペンタ部から「フーン」という音が聞こえる。IH調理器の高出力時に出る音みたいな感じ。5軸ジャイロのセンサーは「浮いている」という話も聞いた覚えがあるが、まさかその動作音?
2.防塵・防滴仕様。ある意味カメラにおいて「プロユース」ならマストの機能なのだが、実際に自分で手にするのは初めて。このサイズや、使い勝手で実現しているのは大したもんだと思う。全部覆ちゃえば簡単だが、そうすると操作性などに支障が出る。そこをどう処理するか、という事なのだと思う。実際、本機での支障は「レリーズの押し心地」程度に収まっている。まぁ、この部分は「最重要部」という人も居るが、ミラーアップするわけでも無く、フォーカルプレーンシャッターの動作反動と一体なので、実際に押してみれば対して違和感が無い。さーて、最大の問題は「防塵・防滴仕様のレンズ」一本も持ってないって事。orz
3.操作性に関しては「ま、オリならこんなもん」と達観すると全てが解決する。(爆)とは、言ってもやはりいくつか気にはなる。まず、「押すことを拒否しているかのようなレイアウトの「Fn1」と「|>」ボタン。これ、指太い人操作できませんから。ざんねーん(波多陽区)だから、アメリカでセールス悪いんじゃね? 後、ま、多分、改善されないとは思うけど、もうそろそろメニュー構成替える時期じゃね。4/3機の呪縛のようなコンパネも紛らわしいだけだと思うんだけどなー。
4.撮影全般ではファームが最近V2.0になってくれて「S-AF」がピンポイントに利くようになったのは大きい。E-P3では、ピン置きする気もあまり起きなかったが、これからは普通に使えそう。絵は1600万画素になったというよりも画像エンジンとセンサーが変わった事が大きい。i-Finishは少し彩度が下がって、より自然に近くなった感じ。
昨年6月のブログにてPEN E-P3の導入に関しコメントした。
http://jp.bloguru.com/higurasi/184982/2013-06-30
そこにもあるように、今後はμ4/3の2台持ち運用を基本とする予定。(バッテリーに互換性が無いのはトホホだけどね)
銀塩の世界ではカラー現像まで手を染めたが、デジタルカメラでは所謂コンデジ、オートの世界でしか写真を撮ってこなかったので、いきなり発売したてのOMDには二の足を踏んだ。有り体に言えば「んな、金ない」ってのが本音。当時、Bodyのみでも10万超えてたもんなぁ。
ヤフオクでE-P3を手に入れて約1年。正直に言って、やはり段階的導入は正解だったと思う。
1.デジタルカメラの世界=コントロールファクタが銀塩時代の「絞り」「シャッタースピード」の2項目から「絞り」「シャッタースピード」「露出補正」「色温度」「ISO感度」の5項目に増え、これにより多種多彩な画像表現が可能となった事、を理解することが出来た。
2.航空祭などライブビューの限界を認識できた。大は小を兼ねず現代のカメラには「TPO」が存在する、という事。
3.発売から2年が経過し、後継上位のE-M1、後継下位のE-M10が出てE-M5の中古市場がこなれてきた。これ、凄く大きい。
そういう事で、順調にE-M5の導入に至ったわけである。
さて、オリンパスのμ4/3規格のカメラを買った。掲題の通りOMD E-M5である。「また」とか「次々に」と宅の女房殿はおっしゃるが、以前のブログ記事にもあるように「ここまでは計画的導入」なのである。
纏めて書くと、かなりの長文になるので何回かテーマ別に記述していこう。
まずは、OMD E-M5とは、何物であるか、から。
2012年にオリンパスは、同社のμ4/3規格カメラとして初となる「EVF」を内臓したボディをリリースした。これがOMD E-M5である。それまで、同社は4/3は「レフ」構造のEシリーズを上級者向けにラインアップし、μ4/3規格には「ライブビュー」専用機としてPENシリーズを販売していた。OMDシリーズの登場は、2ラインで来たオリンパスの大きな方針転換であり、かつファン待望の物でもあった。
OMDの名の通り、外観は同社の銀塩カメラOMシリーズのテイストを強く意識した直線の多いレトロデザインとなった。PENシリーズが、その名の通りPEN-Fシリーズのデザインを踏襲したのと同じコンセプトであるが、これもまた、長年のオリンパスファンの琴線に触れるものであった。それほどにOMシリーズはオリンパスのカメラではアイデンテティブランドなのである。
OMのDigitalカメラなのでOMD、今後同社のEVF内蔵高級一眼カメラ路線のシリーズ名称として使われる事になる。ではE-M5が表わすものは何か。前述のように同社には4/3規格の高級機としてE-1,E-3,E-5と歴史を重ねてきたシリーズがある。現行はE-5だが、このカメラはリリースされて既に5年が経過し、流れの速いデジタルカメラ業界では異端の存在となっている。だが、それが今でもオリンパスの「最上級機」であるのだ。「最上級機」E-5のμ4/3版、すなわち「最上級μ4/3機」としてE-M5という型番が送られた。
往年のOMシリーズがOM-4で打ち止めとなり、ついにOM-5は発売されなかった事へのオマージュ、とまで見るのは思い入れが強すぎるって物だろう。
こうして生まれたOMD E-M5。G.ZUIKO系レンズを使いたくてカメラに復帰した身からすれば、必然的な機材導入なのである。
列島を2週続けて大雪が襲った。特に関東・甲信越の山沿いでは記録的な大雪となり、未だに交通が分断され孤立集落が解消されていない。
その脅威を表すかのように「凍死・圧死」と言う通常では考えられない死者が全国で出てしまっている。つまり、国民の安全が脅かされているのだ。雪に弱い首都圏とかいう段階ではない。
その中、信じられない報道に接した。
秩父市の自衛隊派遣要請、県が拒否―――毎日新聞他(2/17)
秩父市が県に対し自衛隊の災害派遣要請を行ったが、再三にわたり県担当者は、この申請を拒否した、と言うのだ。
理由は「自衛隊災害派遣の要件を構成できていなかったから」。
この職員も大馬鹿だが、このような対応を職員が取る背景には、組織体そのものの無能さが必ずある。そして、組織の無能さは長である人物の責に負うところが大きい。政治、行政の世界であれば、なおさらだ。
そう、埼玉県の首長である上田清司知事、あなたの責任だ。
どこの世界に、自分の家族が雪に押しつぶされそうになっている時に「構成要件を満たしていない」などという者が居るのだ。全ての価値基準を県民の生活に置く行政であれば、考えられない所業ではないか。構成要件を満たしていなければ、それでも災害派遣をしてくれるように自衛隊に交渉するのが県担当職員の責務ではないのか。
何を言っても、全く判っては居るまい。
今回の事件(そう県民からすれば事件だ)は、行政責任者の資質、いーや、人間性全てに対して県民から不信任を突き付けて然るべき事件だ。
議会は即刻知事に対し不信任案の提出⇒辞職勧告すべきだ。汚職や不正だと騒ぎ立てるが、今回の事件は政争の具とするような話ではない。
その行政区域に暮らし、納税している身からすれば、このような首長に権限を持たしている事は生死の問題である。危機管理能力どころか、誰を、何を守るべきかを認識できない首長なのだから。
この大馬鹿者が。とっとと辞職しろ。私は憤怒している。
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