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現代詩の小箱 北野丘ワールド

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樞(くるる)

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渚に消えた匂いを
林で愛しあう百葉箱の時限

テトテト
テトテト

巻の円陣を抜け出す章が
朝霧と溶岩に見るいちめんの秒

うちあげられた窪みに
海胆は むらさきの宵宮

ワタシハ誰カ マダ誰モ居ナイ
ワタ沁ミ出デ 月ニ光レバ

波がくれば 窪の底
揺らぐ音に 絡操(カラクリ)

鴨居は紅く
男が流れつく昔

*樞…開き戸などを開閉する仕掛け
#字扶桑

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南無狐狐

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夕べ荊原(ばらはら)は淋しいかと
狐にたずねる
もみじの簪まだあるか
恋しければという道は
コンと鳴けば
無明の甘さ
切って落とされる
村はずれは南無妙

南無狐狐
狐狐媽媽
南無媽媽 南無妙
媽媽狐狐 南無妙 南無媽媽
南無南無媽媽 南無妙
媽媽南無 南無妙

荊原を過ぎれば
石ノ上
看板の剥がれたペンキノ下
一本の奥歯が燃える
なかにあかく燠火がもえて
ふりむく狐の
しろい柔毛の尻は
ぽっと放たれる燐は
跳びあがるもののうえに
ひろがる夕焼けの途方で
遊弋をはじめる
#字扶桑

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兕(けもの)たちの市

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法と月光を 踏み分けて
岩と星 兕(けもの)たちの市に
人買いはやってくる
クローバーの群落ごとに
あるいは早くも 兕の背に揺れて
まだ誰も触れていない児は
もぐらの仔どもらの上にいびきかく

木を組んで櫓をたてて
人買いは一晩中、酒をのんだり、手で頭を掻いたりしている
あたたかい海霧(ガス)の匂いをかいだり
貨物列車のコンテナが、通ってゆく音を聴いたりしている
ここへくると、男は心がやすらぐ
あの児らも、大きくなれば人買いになると思うと
人買いは、こうして、
人買いを増やしていこうと思い眠った
やわらかい足だ
あの兕たちが
集まってくる
お母さんだ
お母さんが森から集まってくる

貨物列車が着く町で、サイレンが鳴り
町の犬どもが次々に喉を天に向けると
一人の男が、むくりと起きあがり
森から、七寸五分
開いた舞扇のように走ってくる
#字扶桑

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海霧の館

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イヌイという町で
「やあ海霧がでてきたな」
「おお そろそろ帰るとするか」
夕日が沈めば 船頭と網元が挨拶をした

兕(けもの)森で迷っても
「やあ海霧よ
 帰るとするよ」
乾いた落ち葉が ぬれるところで耳にする

「きつねのぶどうはあったかい」
「さるのこしかけで寝てたのかい」
風に零して 男たちは笑って去った


「もう森へかえしましょう」
「戻ってはこないものだし」
女たちは 崖の湧き水で胸の汗をふく


ポロホウが鳴いて
目覚めた誰かがポロクゥと鳴いた
あとはりーりりり
艸たちが奏でて


「朝 谷の凹みをでてきたら
わしは お前とあった」
石の 浜ヒルガヲに
カビた振る舞い餅をうやうやと 婆は捧げる


夕日 千の一夕に
ウミウシは青紫の血を流して
いつまでも二本の角で踊っていた


「こころに響く
ことばが顕われるのは わたしそのものだ」
舟虫たちは ここから次の影までと
あるいは 長いカイメツを経て
帰還した主を ふたたび供えるためにか
いっせいに海霧の館へと 走っていく
#字扶桑

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歴盗

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お前様につくってもらいたい
お前様の好きなようにつくってもらいたい

いつでもいいものがあれば そのいつを
いつと決めるのがここではむつかしいのじゃ

いつでもいい
だれのものでもない
どこにうまれおちようとも
天に爪先だてても滸呂裳(ころも)
(モモンガが 飛ぶん とき
モモンガで 在るん のです
神かけて、そだ、ので、んです)
樹と樹のあいだを
飛べばうまれる滸呂裳(ころも)
樹と樹のあいだは消えた
兄よ 
貴様(あんた)がのこった

ええ ててなし児は何をめざす
だれのものでもないもの
いつでもいいもの そのいつを
ええ いつをいつと そのいつを
#字扶桑

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反魂

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親指と人指し指のくらがりで
ごろすけほうと ふくろうが鳴けば
浜のはずれの家から
精悍な男の影が岬へと歩いていく
三年目の秋 滸呂裳(コロモ)は死んだ

おれは 何をするのだか考えちゃいなかった
流れ着いて 奇跡というのか

たいした奇跡だった
あいつは目が悪かった
それで 何でもおれの思いが動けば
ぼんやりとしたものでも察して
思いどおりに動いた

小さな間取り 物の場所は寸分の狂いなく決まって
おれは その位置をずらさないことだけを 守らされた
それで あいつを どう乱そうと
あいつは喜んだのだ

おれは この秋 何をするんだか
考えちゃいなかった

朝 村の老婆たちが
こんなにいたのかと思うほど湧いてきて
白絹のコモに女を収め 蟻のように運んでいった
何がどうとも 互いにいわなかった
ただ 和紙一丁と筆を おれに残していった
これに扶桑の歴史を書き
女をよみがえらせろといった
おれは女を愛しかけていた気がする
だが 生まれてこのかた
死人の肌みたような真っ白い和紙に
これほど憎しみが湧いたことはなかった
#字扶桑

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遠吠えへと至る比(ころ)

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滸呂裳(コロモ)よ、何もかも
忘れてもいいと 人が思うのは
こんなにも澄んだ 秋の夕暮れに
ふいに、とめどなく零る 落ち葉のただなかにいて
つと止み、歩みだす時だろうか

秋が澄明で
人は郷愁の絵図へと配られて
水彩に暮れてゆく両岸の瞳のなかで
滸呂裳よ、忘却が列を細め
牛の目をして、俺の腕を昇ってくるのが見えるだろう      
影が光をあやし
赤子を背負うように
黙々と光の叫びに打たれているのが              
俺は、深い錐の先に泊り
やがて両岸にどこまでも灯が浮かぶ

そうかもしれない

俺は、小さな暗い穴で
はかなげな温みに包まれた小さな穴蔵で
俺は、始まっていた
菱形の蕎麦殼の道を踏んで
赤い小人たちが通りつづける
ざっざっという旅ゆく足音を いつまでも聞いていた
昔、目と目のあいだに
小人よりなお小さく ずっとそのままだった

小さな白い土蔵が ながいあいだ風に吹かれていた
伝道師の姿でいつも巡り来たのは
言葉がはじまったと触れまわる
三拍と四拍の白い杖が叩く響きだったが
土蔵の壁はめまぐるしい速度で
一瞬を全貌にひらいては
杖はこなごなに砕け つなげようもなかった

ああ、やませだな

滸呂裳、風の筋が梢で
燃えはぜる音をさせて憩い
精気を吸っては尾をなびかせ
頬をなでていく比(ころ)
人は、こうして一緒に 風が哭くのを聞いてもよかったか

いや、俺は

ここに落ちているクヌギが
鳥の巣のような外皮が
俺を包んでいた土蔵の火炎となって
葉理にながれては埋まり
字扶桑(あざふそう)で
俺の、土蔵に倒れていた
白鷺のほそい首が
浜ヒルガヲの芽吹く
うす翠いろの艶によみがえり
字扶桑(ここ)で、俺は
目と目のあいだに像のよみがえりを思念して
何もかもが、深い断崖を落下しながら飛翔する
俺は存在の唖だ

网孤(もうこ)が鳴いたのか
ああ聞いた、いま、一緒に聞いた

滸呂裳よ、
モモンガの砦で いま兒が産まれたな
岩山から風が吹きおろす比(ころ)
海になだれる岩のうすい罅で
とおい遠い風のうなりが鳴りだす比
俺は岩より先に指が冷えてゆく

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滸呂裳(ころも)

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天に爪先だてても滸呂裳(コロモ)
なんでも頭に
アクセントがくる土地で
ハゴロモとおまえを呼べば
草の地蔵もフイと浮いてしまうから

声を蛍にして
闇に放った滸呂裳
あんなにも夜の波が青く光って
埋もれた歯の燠火が、また燃える

 (网孤(もうこ)たち、よろこんでいるん、のです)
 (モウコ?)

よろこぶ亡者のために
よろこびをして
モモンガの砦には
幼い孤児たちの睫毛が夜のあいだじゅう濡れて

 (字扶桑(この村)は子を拾って、養うん、のです
  盗ったり、買ったりじゃねえん、のです
  神かけて、そだ、ので、んで、)
 (そだ、ので、んで?)

滸呂裳は笑った
岬の一輪のユリが割れ
滸呂裳の腰のような水差しから
滸呂裳の喉の音をたてて
俺は、硯というものに、盛り上がる水を
乱暴な気分で掻き回す

 (朝露にぬれて、へその緒ついたまま、泣いでます
  岬の林の祠のなかに、ちょこんと、います
  浜の小舟で、すやすや、揺れでます)
 (あんたは、どれだ?)
 (わっちは、どれでも、ないんのせ
  生まれるまえから、モモンガの砦にいだのです)              

煙草のけむりを吐くと
俺は、娘の物語を聞き流していた
村の外へ出たことがないと
喉を、一度も、と詰まらせた滸呂裳

 (どうしてお前には姓がないんだ)
 (樹から樹へと飛ぶん、のです
  モモンガが、飛ぶんとき、モモンガで在るん、のです
  その樹から樹へと飛ぶんのが、わっちだのです)
  
墨というものが俺にもできた
墨はいい匂いがするものなんだな
果てた女の髪
樹と樹のあいだの闇で
モモンガの飛ぶ匂いがするようだ
#字扶桑

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字扶桑(あざふそう)

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逆光の岬に
千の夏
百の浜ヒルガオ咲くごとに
岩崩れおちる
字扶桑(*1)

日没を浸して
岩礁折り重ねる底のテラス
字扶桑は
波がきたら
〈玉シヒ〉
波にのまれる

なにかが遠くにあると
幻のように幻を
鑿と槌で妣たちは信じ
〈シライワ様ニ コウコウト〉
千の夏を彫りつけ
百年ひと夏
〈浜ヒルガオノ世〉
岩にのまれる

男たちは
漁にでたまま帰らない
いつもここでは帰らない
目を開いたまま眠って
魚みたいに
女の気が違っても
しんとした零の凪だから
月あかりは
岬に照ら照らと
ひとりの男をうちあげる
それが

ただ灯りへと歩いて
誰それの
女の土間でたおれたなら
その男の家になり
いつも
同じ名を与え

 やわらかい、夢の底、         
 ふるいふるい、岩霊ノシラル(*2)、     

見えない
女の片手が
あたたかい濡れた顔をつたって
耳に吹き込む
字扶桑



*1 「字扶桑」は 不老不死の仙人が住むというユートピア伝説にでてくる国。中国では日本と考えられたことがある。ここでは字がつくような寒村で隠れ里という架空の村を設定している。
*2 「シラル」はアイヌ語で平らな岩のこと
#字扶桑

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再就職手当はもらえるか

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 派遣で事務仕事を始めたのは2年前ぐらいである。それまでは中国帰国者定着センターのアルバイトとして、いわゆる残留孤児で帰国した人を対象にした、日本語学習の通信教育の添削を自宅で10年ほどやっていた。しかし帰国者の高齢化で学習する人が激減。収入がお小遣い程度にしかならなくなったので辞めることにした。その後職を転々としたが今はウイルオブワークという派遣会社に登録して仕事をもらっている。
 せんだってもこの4月から9月末まで中小企業退職金共済機構というところで仕事していた。入札で請け負った仕事なので、期間継続はなかった。機構でそのまま続けるには落札した派遣会社に移籍することになる。8月ごろのウイルの面談でわたしは移籍しないといった。しかしその場合仕事が紹介できないリスクがあるといわれた。そのとき私のこころに芽生えたのは仕事を少しの間休みたいという悪魔のささやきだった。
 それというのも2年前から腎臓がんの摘出手術、リハビリ、就職、骨折、胆嚢炎手術、就職とつづいて、いささか疲れが出ていたのである。のんびりしたい。これが心の声だった。そして派遣会社からの書類のなかに辞めた理由に「期間満了 会社都合」という記述を目にした。まてよ派遣の契約期間満了でも会社都合とあるなら、1週間待機で失業保険がもらえるのではないかと思った。
 さっそくハローワークに確認したらそのとおりだった。やった~。これで安心して休めると思った。しかし、派遣会社から離職票が届いたのは1か月後のこと。ヤキモキしていたがやっと届き速攻でハローワークで手続きをした。
 そうして2か月ほどぶらぶらしていて、果たして次にちゃんと仕事につけるだろうかという不安にかられた。1回目の失業保険の振り込みを確認して11月20日に派遣会社に電話をした。すると、あっという間に紹介が来て時給、交通費支の条件が上がっていた。仕事はデータ入力。ちょっときついができるかどうかなのだが。時給につられて私はやりますと答えた。そうして12月からまた労働の日々となったのである。仕事につけない不安は解消したが、これなら来年1月からでもよかったかなと、ちらと思った。
 失業手当の支給日を残して早期に就職すると再就職手当がでると知っていた。しかし、受給者のしおりには雇用期間が1年を超えて雇用の継続の見込みがあることが条件となっている。わたしは派遣会社の担当に確認の電話をいれた。すると勤務状況が悪かったり、規模の縮小、派遣会社の変更などがない限り、原則3か月ごとの長期契約継続ですとの回答を得た。このとき私は世の制度というものを上手く利用できてると感じて嬉しかったものである。
 そうして昨日、派遣会社に就業の手続きにいったのである。誓約書や個人情報なんたらといった書類に署名捺印をポンポンと押した。その時、契約書に目を通したら雇用期間が1年で更新無しになっていたのだ。電話と話が違う。しかし何も言えず社会とはこういう現実なのだと思って帰ってきた。家に帰って受給者のしおりを見る、1年以下の契約はもらえないとある。みすみす貰えるものをまた焦りから失ってしまうのか。私は考えが甘いと落ち込んでいた。
 しかし今日になってもう一度確認しようと派遣会社の担当に電話した。そうしたならば、1年契約ではなく1か月の私の見間違いだったことが判明。よく見ろよだ。1か月はトライアル期間で、更新無しになっているのは、社会保険の加入は1月からなのだが、システム上有りにすると12月からになってしまうとのことだった。雇用期間は期間の定めなく長期継続で間違いなしだった。ピッと携帯を切った後、貰えると思うと生き返るここちがした。まとまった再就職手当に該当することになったのは嬉しい。
 しかし本当に貰えるのだろうか。私のことだ。どこかに落とし穴が待っている気がしてならない。
#北野丘日誌

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