2008年に出版した処女詩集である。詩集の自費出版はまともに有名出版社から出すと100万円以上もする。若いころから仕事が定着せず、職を転々としてきた私には蓄えというものがほんの少ししかなかった。現在は終刊してしまったが『現代詩図鑑』というアンソロジーをだしていたダニエル社からソフトカバーで有名出版社の半額の予算で出版した。この詩集の詩篇は30代半ばごろに、精神的に病んでいて、外との関係をまったくもてなかった孤独な時代に書いたものが前半にあり、のちに長谷川龍生詩塾に通っていた頃が後半をしめる。それから、大学時代の同人誌『渋谷文学』に載せた「ゆずへ」「冷たいスリッパ」「フーコーの振り子が青ざめてとまった」の3篇を気に入っていたので載せた。
それでたいていは20篇ぐらいでテーマにそって編まれるのだが、次に詩集が出版できるか怪しいので、28篇詰め込みテーマもなく詩集としてはまとまりを欠いている。しかし、他の詩集にはない独自性があるとの批評をいただいている。
大学を出てから詩は書いていなかった。それが30代半ばごろにイメージや奇妙な夢に襲われて、それがいったい何なのかわからず苦しんでいた。そんなある日書店で婦人公論に井坂洋子の名前を見つけた。大学時代に井坂洋子の詩集買ったよなと思い懐かしさに手に取ってみると現代詩投稿の選者をしていた。久しぶりに詩を読んだが、どれも詩になってないように思えた。これなら自分も書けるんじゃないかと思った。今のこの苦しいイメージの氾濫を収める方法をたった一つ知っているじゃないか。そして、15年ぶりに詩を書いてみた。それが「森の子」だった。婦人公論に投稿しようと思っていたが、次号をみると現代詩の投稿欄は終了していた。
宙に浮いた作品を持ってどうしようと思っていた私は「ユリイカ」の前に立った。それを手にするのも大学時代以来だった。選者は入沢康夫さんだった。「詩は表現ではない」という言葉に啓蒙された尊敬する詩人だった。わたしは震えた。入沢康夫さんに読んでもらえるかもしれない。それだけでいいと思った。私の書いたものは詩に値するのか、それが知りたかった。そうして「ユリイカ」に投稿した「森の子」は佳作でタイトルと名前がのった。詩に値したことが嬉しかった。
それから次に「黒筒の熊五郎」を投稿した。これが入選して掲載されたである。文字のポイントがゴシックで20ポイントぐらいに感じられた。それからユリイカへの投稿時代が一年続く。あと入選したのは「熊笹の女」だけだったが、毎号買うたびにどきどきして「ユリイカ」への投稿は仕事も家事もできず読書しかすることができなかった時代の唯一の夢だった。
やがて入沢康夫さんの選も終わってしまい、私の詩作も一段落してぽかんとしてしまった。そして現代詩手帖の告知欄にユリイカ新人賞をとった松原牧子さんが朗読会を開くというのを見つけ神楽坂へ出かけて行った。たった一人で詩を書いていた自分が100%詩人の中へと出かけて行った。そして松原さんの紹介で長谷川龍生の詩塾へと通うことになったのである。詩を介して久しぶりに味わう外の世界だった。
花むぐりが
黄色の粉に埋まってゆく
木枠の硝子が強く鳴っている
納屋でさがし物
がらくた
たからもの
蜘蛛がのそり
とびのいて
こんにちわ
窓の下にリンゴ箱
となりは石炭箱
ああ風がはやい
光さしてはすぐ翳る
ほら光
上昇気流にトンビが乗ってゆく
ピーヒョロロロロウ
決意した逃亡みたい
古いしょるいが
飛ぶ
いけない
つぎつぎに
しかられる
みんな空に吸われていく
帰っていったの
もじが鳥や雲にまたもどって
スカート 襟 髪の毛
そこぬけバケツ
みんなひっくりかえる
ひと夏の背なかを
夜の指さきがなぞり
わたしの心臓を
座標の軸に
えがいた軌跡を存在というのなら
血液を一垂らしして
瞳がひらく
時を費やし
熟れた実をたべあるいた
内部の充実を
わたしのものとして
それでは何に
捧げたらよいだろう
氷のかけらが
膝のうえに落ちて
フーコーの振子が青ざめてとまった
どこを眠っていたのだろう
きのうの混沌が
透明な袋におさまっている
失礼
小用
赤いビニールのスリッパ
素足の熱
どうしてもすごせないと思った夜を
とおりぬけてしまった
(なにしよう)
紐をひっぱるとじぶんが戻ってくる
欠伸をする 目尻がぬれる
しろっぽけた光のなかで
瞳がとまる 胸が鳴る
自律している優等生の生真面目に拍手
よどみない心 用意されて
一日分 きめられた熱量
それも レバーのような堆積に交替したら
またわたしは発光しだすのだろう
なくなりかける不安に
せめて実のあるかたちにしてしまいたいと
夜を光りだす
できれば もうすこし
うつくしい排泄をしてみたいものです
内緒よ
ゆず
よるに
うごくものいる
ゆず 眠ってる 知らないうちに
こっそり新月と密約かわすものがいる
かあさんいたい
乳首いたい
にゅうがんかもにゅうがんかもしれないよ
かあさん
ゆず
遊んでおいで
手まり ごむ段 石けり
まっくろになって
しろつめ草の影に淋しくなるまで
外はおまえのすべてだし
探検に夢中になって
雪をふみふみ福寿草みつけ
植物図鑑めくりながらおいで
ゆず もっと健康に
男の子とけんかして泣きながらおいで
そのうち
しんがつめたくなるプレゼント
あげる
こどもよ
なんにでもいそがしいままが
じぶんのままが
いつかしんじつのやさしいままとなって
どあをあけてあらわれるのを
まって
ついにこなかった こどもよ
いっしょう
むかえにはこない
りっぱになれば
きっとと
なんぜんかいかのくうそうに
つつまれとけゆく
しろいくりいむ
いっしょうを
こどもよ
どこで
ひとりがきらい
でもひとりがすき
あそびたりないこどもよ
みんながどうしてかえれるのか
ふしぎにおもうこどもよ
ひとのみちなかでひがくれる
あかりがともるどこまでもつづくいっぽんの
みちが ぼうっとうかび
てくてくあるく
そらなんて ああ とびたくもない
こうもりのはねでとんでおもう
なんで もぐりなさいといわれるのか
うみのそこで しにたくてもしねないと
ろうばにいわれる
いともたやすくくちふたがれるこども
みずにつけられるこども
いきてるにんげんがおにさんなのだと
しっててあいするこども
だんぼうるにすてられる
こどもよ
いきてるのがきせきのようだ
だがかんたんなからくり
しなないものだけいきている
まま
ままか
ままにあいたいか
(きこえた? ナギ)
(きいたぜナミ)
(すてきね)
(でばんだぜナミ
ゆるす
ゆるすだ それだ)
くちびるむすんで
ぽつんとたちつくす
まま
ままにあいたいか
けれど
こども
あのよに
ままをさがすな
ねからしみでるそのみずはのむな
うつくしければ
うつくしいほど
しびれてたおれるなるきっそすの
あおいはなだ
もえあがるひょうがのこころ
はげしいさけめを
かたまりとなり
うごきだせ
きょくほくの氷河のなかの
ひとつぶよ
雪。雪のぼんぼり。
雪。ゆっくり。とおくは速く。
雪。ねえ、みて。
みあげると、ほら、どこまでもいくよ。
粒子のなかを、どこまでもいくよ。
ふふ。
ふふふ。
雪。輪郭ふたつ。
雪。つもる朝までは。
わたしの単眼で
あなたは夢みる
あなたはわたしの夢みる
凪の小舟で荒岩を
くるりめぐる
夢の御覧
キラキラとほほ照る
銀紙
うろこ波
虚空に映えて
その向こうでレンズが調節されて
小舟からみえるあたりだけ
閉じられた密な無音ばかり
わたしの像力は
突如やさしく慎重に
あなたを襲う
あなたが新しい休息の時に至り
わたしの像力が夢みた庭
武蔵野の面影を残す疎林につづく庭のある一間で
何もなく なにもかもないことを笑って
湯を沸かし木碗に注ぎ
盆にのせ
ひなたに置いた
たちのぼり碗の縁で渦巻き水面撫でまた消えのぼる
けしておなじあらわれのない渦の
湯気と影の形式を飽かず眺めた
そのことが
どれほどわたしを惑乱させたか
御覧
水平線に一頭の騎馬兵があらわれ
渦巻く一陣の流体となって
いまあなたを貫通し
逆髪
荒岩を襲い
吸われて消える
すいとひと押し
押され
のんだ息をほっとつげば
頸動脈から音が始まる
気づくとき
あなたは髪のひと振れほど遅れる
瞬間のさきが膨大なつづきだから
その誤差が
わたしの位相
はるかな砂の沈黙の音が耳を埋めてゆく
なつかしく見しらぬ断面に
あなたは開示する
風も帆もなく
鼓動ばかりで
夕暮れまで そうして
二階の硝子窓は ひらかれたまま
青空の瞳は
HBのトンボの羽に 濃く染みて
数式の真上を ついてくる
幻術みたいに さざ波の光と影で 辿る解
浜の右辺の流木に
象嵌の羽はとまり
よみがえりの信仰を胸に
鉛筆は目を閉じ 木の柩に横たわる
いいかげんに髪を
結びも 切りもしないで
夕暮れまで そうして
石を積んだり ハスの実を置いたり
傍らに黒い牛を牽き
群青のなか あなたとみつめあう
ことり
彼は青い瞳のままナイフを置いた
瞬きも しないで
だから
石の上で わたしは
金青の光りを握って血を流した
ばら色に割れた
アンデスの少女の額が
氷の塔をつきやぶり
銀のスプーンの先端で仰むく
千年のぬれた喉
りんごん
ムラサキの口火の肌に
ほっと憩う
薄羽のつけ根の振動
おりてくるものに逢うための
階段だけの開放塔
硝子質のストローは切断面から炎えあがる
焼失した学名の菌床で
毛深い女神の樹液色の爪がのびて
百年の寝返りをうつ
号泣する節穴を
ふたたび女神の乳房がのしかかる
羨道のぬかるみで逸失した
管理人に座る盗掘者
鳩笛がぽぽうと嘴からこなごなに鳴けば
揺れる赤いN
空中静止する熊ン蜂の
憤怒の喜びの踊りがうなりだす
あらゆる運動が待機する
気象の前兆
曇天からふりそそぐ虹彩のこおろ
放射しつづける熱量の意匠
彡
水平線から
腰にさしこまれ
やむまで腕に折れている
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