最後の列車が
去ったあと
ひとりの少女が
森の奥からあらわれる
レールの端を
たいまつで焼く
切断されていた青空は
緑で修復されるだろう
つつましやかな
鳥たちの祈りは
続けられることだろう
人間の痕跡は
そこここにあって
自然のなかで
いっそう痛ましい
あたかも
消えた魔法のように
亡くなった母と
ふかふかのベッドで
思いがけず一緒に寝ていた
少しの気恥ずかしさと安心とで
私はこのベッドは
モンゴル大草原の
草でできていると言った
いらっしゃいませー
マスクからのぞく目は7分咲きの笑顔
アイコンタクトというけれど客はどこも見ていない
拾う神のおかげか今度はスーパーのレジに職を得た
早くしろ早く
そのプレッシャー海のごとし
なんて詰め方するのよ
商品をぐいと直す手つきに
石を落としたい
「慣れよ慣れ」ということばが渦を巻く
一日行くごとにきっと楽になるはずだから
四千七百五十三円でございます
2千ポイント引いてくれ
かしこまりました
返事だけはいい
上にはパンやら煎餅、底にはじゃがいもキャベツ
この軽いものから重いものへの
グラデーションを解体して
商品を潰さないよう収めなければならない
そしてこれでどうだ! と収めたころには
ポイントのことはきれいさっぱり忘れているのだ
現金会計機にデータを送ったあと
客にポイント引いたかと言われて
慌ててデータを呼び戻す
この呼び戻す会計機の番号をとちると大変なことになる
申し訳ございません済みません
とろいやつめという客の無言の視線に傷つく
しかし落ち込んではいられない
武蔵藤沢で始まった七〇歳まで雇用してくれるという切符を
この手にしなくてはならないのだ
いらっしゃいませーにドスが効く
朝4時に目覚めて
眠っている夫に眠れないのというと
ううんと返事が返って来て
また寝息をたてた
起き出して
窓を開けると
湿った空気にもう蝉が鳴いている
昨日階段で踏みそうになった
死んだ蝉
まじまじみると怖かった
お腹の蛇腹
羽根の模様
何億年ものその眼に
私の姿は映らない
命のするべき懸命さを
わたしはしているだろうか
買い物袋は軽い
そう来年は還暦だ
なんとか生きのびた
生きのびただけで
本当に生きたといえるか
なにもしたくない病と
キーボードを集中して叩く
詩作とが交錯する
まだら模様の人生だ
いつだって子供がいない
昔々のおばあさんになるのだ
おばあさんのさびしさは
いとおしいと知った
二杯目のアイスコーヒーを
ごくごくと飲む
コップから雫が
千年の時のようにぽとりと落ちた
壁に私の詩が
黒で大きく書かれていた
昔の職場の、詩には無縁のはずの
しかし40歳過ぎても
髪を金髪に染めるあなたが
私の詩を手直しするという
それは行の冒頭を赤で彩色し
最終の一連を縄跳びさせる
そんな動く筆だった
私は驚き、詩に動きがでるねと感心し
しかしプライドが
これ以上手をいれるとうるさいねと言わせた
いつのまにか壁は
若者たちが集まり
自由な筆で塗り替えられ
私の詩は消され
カラフルな色が奏でる
アートの様相を帯びていった
わたしも太い筆で青をいっしんに塗り
髪も青にまみれていった
金髪のはずの彼女も髪が青に濡れていた
そして、いつもこうするのと
いきなり歯を黒い墨で塗りだした
それを見た私は、堰を切って
私にも! といった
拒絶の赤が
情熱の赤と同じだと気づいた時
指を髪を服を汚す絵の具が許せた
花のように拒絶してみたい
あなたを赤で
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