疲れた 辛い 綴ってみれば 遠ざかるどころか近づいて 光がこんなにも わざとらしく感じては 曇ってしまうばかり 倒れそうな風の中で 僕は僕を忘れたくて仕方ない でも なくなってしまえと思えば思うほど 輪郭は深く掘られていく 僕というカタチから 逃げようとすればするほど 追いかけて来る 逃げようとすればするほど 惨めになるばかり 逃げようとすればするほど……
わたしの名前はナナ。 「七番目に生まれたから、ナナにしよう」 ご主人のジュンボが安易に付けた名前。お母さんは初めての出産で九匹の子犬を産み、その七番目に生まれたのがわたし。もし、八番目に生まれたらどんな名前に……。渋谷に座っている犬と同じかしら? それとも……、えーと、エイト? ハチべぇ? 考えるだけで、ぞっとするわ。やっぱり、七番目に生まれて良かったみたい。 わたしたち兄弟は、お母さんのおっぱいを飲んですくすく大きくなったわ。元気にお部屋で遊び回るようになると、いろんな人たちが訪れてわたしたちと遊んでくれたの。上手に抱っこしてくれるお姉さん、気持ちよく撫でてくれるおじさん、それに一緒に走りまわる子どもたち。とても楽しく過ごしていたわ。 だけど一匹ずつ兄弟がそのひとたちに連れて行かれ、最後はわたしだけになったちゃた。そんな落ち込んでいる時にすごーく、にぎやかっていうか、うるさいというか、そんな家族がわたしの前に現れたの。ゴジラみたいな子どもがふたり、「かわいいー」とチュッチュッしてくるママさん、そしてとぼけた顔のパパさん。 その家族にピピッときたの。その瞬間、「ねえ、ねえ、このわんちゃん連れて帰ろうよ!」と、とぼけた顔のパパさんは言った。そして、この日からわたしはこの家族の一員。そのとぼけた顔のパパさんは、ご主人となったわけ。 ご主人はママさんからも子どもたちからも「ジュンボ」って呼ばれていたの。わたしより犬みたいな名前でしょ。だけどジュンボがいなかったら、わたしは散歩に行けなかったかもしれない。わたしは体重が三十八キロの大型犬で力が強いから、嫌いなカラスや猫を見つけると勢い良く引っぱってしまい、散歩はママさんや子どもたちでは手に負えないみたい。 わたしをコントロール出来るのは、やはりジュンボしかいない。自転車でわたしをうまくリードして、二キロぐらいは気持ちよく走らせてくれる。雨の日だって、散歩から帰るとタオルケットでわたしの全身を丁寧に拭いてくれる。気持ちよくて、そんな時にわたしはとっても幸せを感じるわ。 だけどわたしがジュンボの帰りを待っていて「ただいま、ナナ! ぷっはー」と、酒臭い息を吹きかけられた時は散歩をあきらめろ、ってことらしい。もう、ジュンボたら! そんなジュンボとの忘れられない想い出があるの。わたしはグルメで鼻が良いから、お家にある美味しいものを我慢出来なくて…… 「あれっ、ここにあったカステラは?」 ママさんがそう言った瞬間、わたしは叱られると思ってジュンボの足もとに隠れたの。 「僕たちは知らないよ!」と、子どもたち。 「えっ、カステラなんてあったの」と、ジュンボ。 すると、「嘘でしょ、あれは青山さんからいただいた老舗のカステラで、三千円もするのよ。信じられない。ナナ! それも箱から開けて、許さないわよ。ジュンボの所に助けを求めてもダメよ!」と、ママさんは真っ赤な顔をして怒ったわ。 「まあ、ナナの届くところに置いとくからだよ。なあ、ナナ」と、ジュンボ。 「ジュンボまでナナの見方になって、もう」 ふっー、ありがとうジュンボ。ごめんなさい、ママさん。 そんな感じで、ジュンボはわたしのことはあまり叱らない。だけど、一度だけものすごい剣幕で怒ったことがあったの。それはある朝の話。ジュンボといつものように散歩から帰ってきたの。ジュンボはわたしの飲むお水を換えて、餌のドライフードを入れてくれたわ。それからジュンボは珍しく自分のお弁当をキッチンで詰めていたの。お弁当からはウインナーの匂いがして、わたしはドライフードよりもそのウインナーが、気になって仕方がなかった。 ジュンボが洗面所へ顔を洗いに行くと、思わずわたしはその匂いに誘われてキッチンに近づき、流し台に足をのせてお弁当を覗き…… もう、どうしてもわたし我慢が出来なくて、そのお弁当のおかずもご飯もぺろりと食べてしまったの。そこにジュンボが…… 「おい! そりゃ、ないだろう! ナナ! 小遣いが少ないから時間もないのに弁当を詰めてんだよ! 出て行け! すぐに出て行け! 家から出て行け!」 それはすごい剣幕でジュンボは怒って、わたしの首を引っぱり玄関から放り出したの。あんなに怖いジュンボは初めて。しっぽは引っ込むし、わたしはもうこのお家を出て行かなくちゃと思ったわ。 そして、たまたま家の門が開いていたから、悲しい気持ちで出て行ったの。だけどわたしの居場所は家族のいるお家しかないと思っていたから、遠くへ行けなかった。けっきょく、通りを挟んだ斜め向こうのスパーマーケットの入り口でちょこんと座っていたの。 しばらくするとジュンボとママさんが家から飛び出してきて「ナナ! ナナ!」って、叫び出したの。いつもだったら「ナナ」って呼ばれたら、しっぽを振って近づいて行くんだけど、その朝はお弁当を食べてしまった反省と、ジュンボが怖かったショックでそこを動けず、ふたりの様子を見ていたの。 ジュンボは自転車に乗って散歩コースを捜しに行ってしまうし、ママさんもキョロキョロしていたけど、スパーマーケットの前にいるわたしには気がつかない。 そして、ジュンボが自転車で戻ってきて心配そうに「いた?」と、訊くと「いない?」と、ママさんが首を振っていたわ。 「でも、遅刻しちゃうよ」 ジュンボは情けない顔をしていたわ。 「そんなこと言っている場合じゃないでしょ」 ママさんは少し呆れた顔。 「そうだよな。ナナが居なくなったら、俺……」 「とりあえず、探しましょ」 その時、ママの視線がわたしの方へ向いたの。 「あっ、ナナ! そこに居たの!」 ママは叫んでわたしを指差したわ。 「えっ、どこだよ!」 ジュンボは興奮して叫んだの。 「ほらそこ! 自動ドアの横よ!」 「ほんとうだ! おーい、ナナ! そこで待ってろよ」 ジュンボはすごい勢いでわたしの方へ走ってきたの。わたしはまた怒られると思ったけど、「ごめんよ、ナナ。俺が悪かったよ。出て行けなんて言って。ナナ、ナナ・・・」と、ジュンボは抱きついて、涙を流してわたしを許してくれたの。 その時、この家族の一員になってほんとうに良かったと心から思ったわ。もう食べ物の誘惑には負けないって決心したの。 ……数日後。 「あれっ、昨日のどら焼き知らない?」と、ママさん。 「僕たちは知らないよ!」と、子どもたち。 「あっ、ごめん。今回は俺だ」と。 でも、とばけたジュンボはわたしの大好きなご主人よ。
自分が思っているほど ひとは僕のことは思っていない みんな自分のことで忙しいから そして 僕は君のことばかり考えている 僕にとって 都合のよい君 都合のわるい君 けっきょく想像の君に胸がチクチク それなら話しかけてみよう 嫌われたっていいじゃないか それが君の感じる僕なのだから 僕にとって君は自由であって欲しいから 始まらなくては終わりもしない さあ 勇気をだして聞いてみよう 僕は君のことが好きで もっと仲よくなりたいと思っているけど 君は僕のことをどう思っている?
一歩一歩を味わいながら 進んで行こう言葉の旅 三千ページ先まで道は続く 前回に一周した時は若かった 第五版時代 つめかけのない辞典 睡眠を促す言葉にパンっと 辞典が息を吐き出し閉じる 目が覚めれば どこを旅していたのか 歩いてきただろう道を ペラペラとめくり現在地を探る 旅は不便がつきものだった 先を急ごう この調子だといつ旅が終わるか分からない だけど さほど進まないのがこの旅の特徴 あ行 「愛」 親兄弟のいつくしみ合う心。広く、人間や生物への思いやり。 「淫乱」 みだらな行いをほしいままにし性的に乱れていること。 おいおい ここは長居してはいけない 帰ってこれなくなってしまう か行 「我執(がしゅう)」 自分だけの小さい考えにとらわれて離れないこと さ行 「3K」 きつい、汚い、危険な仕事。 5Sって言葉もあるよな 整理、整頓、清掃、清潔、躾 どっちも息苦しい感じだな 「残夢(ざんむ)」 目ざめてもなお残る夢心地。 いい夢だと幸せだな た行 「闘詩(とうし)」 詩を作って互いにその優劣を争うこと。詩合(しあわせ)。 こんな言葉があったのか 詩で負けたらそれこそいい詩が書けそうだ 語彙というガイドは様々な景色を見せてくれる 初めて会う者たちとのコミュニケーション 素晴らしい体験ばかりだった しかし この旅は一年を越えると 特急列車の車窓から 通過する駅名が分からないような 味気ない旅を続けていた 途中下車のぶらり旅もせずに 歩くことも忘れて 二年が経ち やっとこの旅は終わった 思わず「ん」と大きな息を吐き出した それから二十年くらい経っただろうか また無性に言葉の旅に出たくなった 第六版 今度はアプリというチケットを購入 いつでもどこでも旅が続けられ ブックマーク(栞をつけて好きな言葉を集めたファイル保管) カラーの景色 音声ガイド 動画での案内付きだ ああ 快適な旅 それに 歳を重ねたからだろうか 言葉が自然に染み込んで行く ただ 老眼が眼鏡を外させPadを近づける なんとも霞んだ景色が気になるが 最高の旅になりそうだ そして この旅を終えたら 日本を越えて世界へ出よう まずはオックスフォード辞典の旅だ “ time ” という概念だけで何十ページもあるらしい 日本の十九倍(I〜XX) そんな壮大な景色が見られるらしい とても楽しみだ いやいや 英語は This is a pen ! 初級レベルだったのを忘れていた やはり国内を満喫しよう 言葉の旅はまだ始まったばかりだ
まるいテーブル 雲をのせたカフェ・ラテ 窓の向こうはスーツがながれ ごめんなさいを楽しむ ゆったりとその雲は落ちてゆく カウンターの向こうでは食器がはずみ ジャズの音色が沁みてきて ネクタイをカバンに詰め込み いつもとちがう雲を 飲み干さないように 僕はこの時を止めてみた
ぼくは 変だ 遊ぶやくそくは 覚えているが 学校の宿題は 十分くらいで わすれてしまう ぼくは 変だ 遊ぶ持ち物は 覚えているが 学校の持ち物は 五分くらいで わすれてしまう ぼくは 変だ 連絡帳に書いたものも 一分ぐらいで わすれてしまう ぼくは へんだ だから 学校を勉強するところと わすれないようにしよう
何故にそんなに紅い秋 雲も、家並みも、人々も 染まりたいから 染まっている おなかの中にいた頃の 母親に包まれているように 紅く染っては…… やさしい紅よ やわらかな気持ちになり やさしい紅よ むかし、むかしを語り始め やさしい紅よ ほんとうの僕を思い出させて
小さな風をおこし 君は走りぬけてゆく その無邪気な微笑みと まっすぐな瞳を忘れないで 自由な翼が折れて飛べなくなっても 君の澄んだ想像力さえあれば 目的地にたどり着くからだいじょうぶ 君は素晴らしい 微笑みの持ち主だから 君はやさしい こころの持ち主だから どうか その瞳の輝きを忘れないで
枯れ葉が舞って 秋のパァッカ、パァッカ プルッ、プルッ プルップ、プルッ 大げさな句読点の鼻 ふくらませては得意げだ 潤んだ瞳に誘われ たてがみあたりを叩いてやった 彼は喜んでいるのか プルップ、プルッ たぶん そういうことだと思う 憧れへ進み続ける走りは 風景にしっくりと染まりながら 秋を心地よく感じさせてくれる すこしくらいバランスを崩しても大丈夫 信頼という安心があるから パァッカ、パァッカ 枯葉は舞い僕は微笑みながら パァッカ、パァッカ 彼の幸せも弾んでは伝わってくる さあ、もっと先へ どこまでも、どこまでも、どこまでも 走っていいんだよ