English日本語

Blogllet - 外出先からの投稿がこれまでになく簡単になる無料のモバイルアプリです。今すぐお試しください!

Download on the App Store®

ハッシュタグ検索

"#労働運動史"の検索結果
  • 鉄労から見た当局の生産性運動  第二話

    二ヶ月も開けてしまいましたが、再び生産性運動とその取り巻く環境ということでお話しをさせていただこうと思います。国鉄幹部の生産性研修、管理局の局長クラス及び本社の局長クラスの研修を開始国鉄が自製の生産性運動の取組始めた頃、国鉄本社では管理局などにあっても管理職の生産性運動が始まっていましたが、本社のあっては生産性運動に関しては冷ややかな幹部もいたと言われています。その辺は、大野光基著、「国鉄を売った官僚たち」にも出てきますが、昭和46年度経営計画が理事会で決定され、国鉄としての独自の生産性運動がスタート、経営理念として以下のような文言が刻まれました。「われわれは、人間尊重の理念に基づいた経営に徹...
  • 鉄労から見た当局の生産性運動

    鉄労は結成当初から生産性運動を提唱生産性運動は、鉄労にしてみれば組合結成当初(新国労時代)からの理念であり、生産性運動の3原則雇用の維持拡大労使の協力と協議成果の公正な分配が、その根底にあるものであるとしていました。食い違う組合の考え方鉄労にしてみれば、国鉄当局が合理化を推進するために、生産性運動を導入したという考え方に立っていたの対し、国労・動労は鉄労が当局の施策に乗っかってちゃっかり組合員を増やしているという発想になったわけです。実際は、鉄労が新国労と呼ばれた時代から生産性運動の理念を提唱しており、合理化の推進は生産性を高めることであるとして、合理化に反対であった国労・動労の反合理化闘争と...
  • 生産性運動と国労 生産性運動中止へ 第二話

    国労、動労が不当労働行為の証拠を積み上げていくとしていた時期、鉄労の方はどのような状況であったのでしょうか。鉄労の、国鉄民主化への道を参照しながらお話しをさせていただこうと思います。ストライキか合理化か・・・揺れる国鉄と、春闘さて、当時の国鉄はどのような状況だったのでしょうか。国鉄を含む公労協が5月20日に24時間ストを計画しているとして公共企業体等労働委員会 以下公労委と略す)の合同調停委員会は、19日夕方から三公社五現業の賃金調停作業に入るべく準備をしていたそうです。・・・しかし、所定の時間になっても一向に国鉄労使が姿を見せなかったそうです。公労委としては、国鉄のストライキを回避させるため...