そもそも僕は、ストリートカーなら「羊の皮をかぶった狼」が好きだった。
速いことをことさらに主張せず、普通に街の中に溶け込んでいる。
しかし、走らせればとんでもなく速い。
911でも、大きなウイングを持つGT3より、むしろTouring Packageに興味を持っていたくらいだ。
ところが、その感覚が少しずつ変わっていった。
VW FUN CUP 25時間レースの前に、ニュルブルクリンクを走った。
そして翌日、Manthey Racingを訪れた。
そこにはGT3 RSがずらりと並んでいた。
GT3 RS。
GT3 RS。
またGT3 RS。
そんな場所にいると、感覚がおかしくなる。
911の標準車がGT3 RSであるように見えてくる。
以前なら「さすがに派手すぎる」と思ったはずの巨大なリアウイング。
フェンダー上のルーバー。
むき出しのカーボン。
それらが、ここでは当たり前に見える。
そのうち、ウイングのない911の方が何か足りないようにさえ感じてくる。
フロントフードの下にラゲッジスペースがないことも、もうどうでもよくなった。
人間の感覚など、案外簡単に変わるものだ。
もし、あのとき718 Spyder RSを買っていたならば……。
きっと、その先にある911 GT3 RSが欲しくなっただろう。
だったら、もういい。
終わりのない旅は、もうやめよう。
ただ、振り返ってみると、僕のクルマに対する価値観そのものが変わったわけではない。
昔から、とにかく速いクルマが好きだった。
お金がなかった頃は、36万円で買ったおんぼろのRX-3にタコ足を入れ、キャブをいじり、ご近所様最速を目指した。
SA22C RX-7ではインタークーラーを大型化した。
1969年のコルベットには、なけなしのお金をコツコツと注ぎ込んだ。
気がつけば2,000万円ほどを費やし、排気量は9.4リッター。
これはもう、速さの追求というより意地だったのかもしれない。
外観はほぼノーマル。
しかし中身だけが、とんでもないところまで進化している。
ノーマルボディのアイアンC3コルベットは美しいが、凄みすら感じる仕上がりだ。
7シリーズを出張や通勤に使い、レンジローバーに乗って、高級感や成功を感じたかった時代もあった。
でも、結局また速いクルマに戻る。
V10時代のM6。
997 GT3。
スーパー耐久を走っていたM3にはナンバーまで付けた。
ケイマンGT4、718 Spyder、F8 Tributo、F8 Spider、Emira。
足車でさえC63Sのチューンド。
こうして並べてみると、節操がないようで、実は共通点ははっきりしている。
速いこと。
そして、色々な速いクルマに乗ってきて思う。
僕にとって、一番安心して速く走れるクルマを作るメーカーはPorscheだ。
ただ馬力があるとか、最高速が出るという話ではない。
速く走らせたときに、クルマ全体がその速さを受け止めている。
ブレーキも、シャシーも、ステアリングも、空力も。
速く走ることが、クルマの設計そのものに組み込まれている。
僕にとって、そう感じられるメーカーはPorscheしかない。
もう一つ、昔から好きなことがある。
装甲車やスーパー耐久車両のような、本来なら「こんなものにナンバーが付くのか?」と思うクルマを、公道で走れるようにすることだ。
そこには妙な面白さがある。
そう考えると、992.1 GT3 RSはとんでもない。
巨大なウイング。
フェンダーから飛び出した空力パーツ。
フロントの巨大な開口部。
むき出しのカーボン。
もし僕らがこんな形のクルマを一から作って、
「これでナンバーを取ります」
と言い出したら、相当な覚悟が必要になる。
ところがPorscheは、これをメーカー純正で作ってしまった。
しかも、公道を普通に走ることができる。
僕にとっては、そこがたまらなく面白い。
自然吸気エンジンのサウンド。
公道を走ることができるという驚愕のスタイル。
そして究極の走り。
巨大なウイング。
むき出しのカーボン。
赤いマグネシウムホイール。
黄色いPCCB。
一つ一つを見れば、どれも派手だ。
なのに、不思議なほどまとまっている。
派手さの中に、完成されたバランスがある。
MantheyでGT3 RSを見続けたから、このクルマが欲しくなったわけではない。
たぶん、逆なのだ。
36万円のRX-3から始まって、速いクルマを追い続け、レーシングカーにナンバーを付け、馬鹿みたいな排気量のコルベットを作り、いろいろなクルマを乗り継いできた。
その延長線上に、GT3 RSがあった。
Mantheyであの光景を見たとき、今までバラバラに見えていたものが、一気につながっただけなのかもしれない。
ニュルブルクリンクを走ったこと。
Mantheyを訪れたこと。
FUN CUPで戦ったこと。
そして、これまで乗ってきたクルマたち。
価値観が変わったのではない。
結局、ずっと同じものを追いかけていた。
遠回りもした。
寄り道もした。
それも全部、必要だったのだろう。
そして、目の前に現れた。
DESTINATION.
911 GT3 RS。
さあ、ご縁がありますように。