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サウスベイ マネジメント セミナー( Southbay management seminar )は月一回のセミナーを中心に勉強し、時々に親睦をする、乃ち「よく学び、よく交友する」そのような会です。 トーランスのニューガーデナホテルが会場になります。

2019年10月のセミナー情報 神の手を持つと言われる世界トップの脳神経外科医が語る 「熟年、働き盛りの病気の予防と早期発見:脳卒中」福島孝徳氏 

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2019年10月のセミナー情報...

タイトル: 神の手を持つと言われる世界トップの脳神経外科医が語る」 熟年、働き盛りの病気の予防と早期発見:脳卒中」




概要
「いかに患者に負担をかけずに、合併症のないきれいな手術による一発全治をはたすか」これが、今回お招きする脳神経外科医である福島孝徳医師の一貫した医療に対する姿勢。

 福島医師が自ら開発した手術手技「鍵穴手術(キーホールオペレーション)」によって、通常の開頭手術に比べ、大幅に患者の負担が軽減され、福島医師は世界中の患者から絶大な支持を受け、世界一の医療水準を誇るアメリカの医療関係者からも「神の手を持つ男」「The Last Hope」と賞賛されています。

 臨床の現場にこだわり続け、30数年間にわたり毎年600人以上もの手術を行い、患者の命を救い続ける、そんな現場を見てきた福島医師が、
今回は働き盛りの病気の予防と早期発見:脳卒中についてのお話をして下さいます。


講師:福島孝徳(ふくしま たかのり) 氏 プロフィール


1942年 東京都生まれ。
1968年 東京大学医学部卒業後、同大学医学部附属病院脳神経外科臨床・研究医員に。研修医1年目にして世界初の脳内視鏡、手術用ファイバーエンドスコープを開発し世界の注目を浴びる(26歳)。
ドイツのベルリン自由大学Steglitzクリニック脳神経外科研究フェロー(2年間)、米国メイヨー・クリニック脳神経外科臨床・研究フェロー(3年間)を経て、1978年から東京大学医学部附属病院脳神経外科助手、1980年から三井記念病院脳神経外科部長を勤め、頭蓋底の鍵穴手術法を確立。
1989年~1990年 ロサンゼルスUCLA脳神経外科にて頭蓋底手術プログラムを開設。
1991年 南カリフォルニア大学医療センター脳神経外科教授に就任。米国永住を決意。
1994年 ペンシルバニア医科大学アルゲニー総合病院脳神経外科教授、アルゲニー脳神経研究所頭蓋底手術センター所長を歴任。手術や講義のために世界を駆け巡りながら、後進のため頭蓋底手術実習セミナーを開催。
1998年 カロライナ頭蓋底手術センター所長およびデューク大学脳神経外科教授に。
現在、カロライナ脳神経研究所、デューク大学とウエスト・ヴァージニア大学の教授を勤め、脳神経外科顕微鏡手術の「全米トップの権威」と評される。スウェーデンのカロリンスカ研究所、フランス・マルセイユ大学の教授、イタリア・ローマ大学、ドイツ・フランクフルト大学の客員教授も兼任する。

著書[編集]
• 『ラストホープ 福島孝徳 「神の手」と呼ばれる世界TOPの脳外科医』    徳間書店、2004年
• 『福島孝徳 脳外科医 奇跡の指先』 PHP研究所、2005年
• 『神の手を持つ男』コミックチャージ(角川書店)
   2007年1号 - 2008年9号連載、(監修(作画:本そういち)) 全2巻

出演番組[編集]
• 世界なぜそこに日本人(テレビ東京、2018年6月18日)
• 林修の今でしょ!講座(2016年10月4日 テレビ朝日)
• カミワザJAPAN(2015年12月30日 フジテレビ)
• スーパードクターズ〜神ワザ医療最前線SP
          (2015年6月30日TBSテレビ)
• 夏目と右腕(2014年10月5日 テレビ朝日)
• ありえへん∞世界「23000人の命を救ったドクター」
          (2013年1月8日テレビ東京)
• 福島県のために(福島中央テレビ)
• これが世界のスーパードクター(TBSテレビ)
  「これが世界のスーパードクター(水曜プレミア枠)」
          (2005年2月2日)
  「これが世界のスーパードクター2」
  「これが世界のスーパードクター3」(2005年9月23日)
  「これが世界のスーパードクター4」(2006年3月18日)
  「これが世界のスーパードクター5」(2006年10月10日)
  「これが世界のスーパードクター6」(2007年3月10日)
  「これが世界のスーパードクター7」(2007年9月26日・
                   アンコール2010年12月29日)
  「これが世界のスーパードクター8」(2008年3月25日)
  「これが世界のスーパードクター9」(2008年10月8日)
「これが世界のスーパードクター10
  (バラエティーニュース キミハ・ブレイク枠)」(2009年4月28日)
  「これが世界のスーパードクター11」(2009年9月29日)
「これが世界のスーパードクター12」(2010年3月30日)
「これが世界のスーパードクター13」(2010年9月17日)
「これが世界のスーパードクター14」(2011年3月22日)
「これが世界のスーパードクター特別編」(2011年3月21日)

• ザ!世界仰天ニュース(日本テレビ、2010年11月25日)
• ワイド!スクランブル(テレビ朝日、2010年11月4日・2009年11月4日)
• この日本人がスゴイらしい。 Brand New Japan
  (テレビ東京、2010年10月22日)
• 紳助・徳光の一枚の写真(九州朝日放送、2010年2月28日)
• 世界を変える100人の日本人! JAPAN☆ALLSTARS
  (テレビ東京、2009年6月19日)
  「2万人の命を救ったラストホープ! 熱き心と『神の手』を持つ男」
• 報道特集 (TBS)(2009年5月30日)
• 人生が変わる1分間の深イイ話(日本テレビ、2009年3月16日)
• スッキリ!!(日本テレビ、2008年08月7日)
• スーパーJチャンネル(テレビ朝日)
  「神の手を持つ外科医 (2) 巨大脳腫ようの難手術
   “これ以上は危険だ”秘策  
   サイバーナイフが放射線で患部狙い撃」(2008年6月27日)
「3患者同時手術の驚異 4cmの巨大腫よう命の危機に立ち向かう
   超絶技で次々取り出し」(2008年6月20日)
「40代女性の超難関手術に密着」前後編(2007年10月12日・19日)
「神の手の異名を持つ名医・福島孝徳医師に密着」(2010年10月11日)
「神の手の異名を持つ名医・福島孝徳医師に密着」(2010年11月15日)
「生死をわける難関手術 ミリ単位の壮絶な闘い 命の危機・・・
   26歳の女性」(2011年2月24日)
• 主治医が見つかる診療所(テレビ東京、2008年1月07日)
• 日経スペシャル ガイアの夜明け(テレビ東京、2006年3月31日)
• 情熱大陸(毎日放送、2003年5月11日)
• 世界のブラックジャックを探せ!(TBSテレビ)

脳神経外科医 福島孝徳 公式サイト (日本語)http://dr-fukushima.com/
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* 開催日: 10月8日(火)(開催日が火曜になります。)
* 時 間: 6:00 p.m. ― 6:30 p.m. (ソーシャルタイム)
       6:30 p.m. ― 8:30 p.m. (セミナー)
* 場所:  ニューガーデナ ホテル   
         1641 W. Redondo Beach Blvd., Gardena, CA 90247

* テーマ:
「神の手を持つと言われる世界トップの脳神経外科医が語る
      医療とその挑戦」
* 講 師 :  福島孝徳氏
* 連絡先: finfo@sbmseminar.org
* 締 切 : 10月6日(日) 5:00 p.m.
* 参加費:会員 無料 非会員 $20

お申込みは http://www.sbmseminar.org/page/registration 

***
SBMS会員になるための情報
http://www.sbmseminar.org/page/nyukai

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2019年7月:アメリカに暮らす私たちが知っておきたい、日系アメリカ人の歴史

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サウスベイ・マネジメント・セミナー 2019年 7月

講師:三木昌子

全米日系人博物館・日本語渉外担当。
日本人や日本企業に向けてのマーケティング、PR、ファンドレイジング、訪問者サービス向上担当。
2004年に早稲田大学卒業後、詩の本の出版社、思潮社に編集者として勤務。2009年渡米。
ロサンゼルスの日本語情報誌「ライトハウス」にて副編集長を務めた後、2018年2月より現職。

ここロサンゼルスでは、私たち日本人は、ほとんど差別を受けることなく暮らすことができます。こうした普通の暮らしができるまでには、先に移住してきた日本人と日系アメリカ人の多大なる貢献がありました。1868年の元年者のハワイ到着から、第二次世界大戦中の強制収容、そして戦後のリドレス運動にいたるまで、どのような歴史があり、また今、日系コミュニティーはどのように変化しているのか、全米日系人博物館が伝える日系アメリカ人の歴史を、日本語で解説。


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「日系アメリカ人」とはアメリカに移住してきた日本人とその子孫。

最初に集団でアメリカに移住したのは、当時はハワイ王国であるハワイに1868年にやってきた「元年者」と呼ばれる約150人。彼らを待ち受けていたのは低賃金での過酷な労働。日本人に下級労働者のイメージが付くことを嫌った明治政府は、以後、労働移民を禁止。

再び本格的に移住が始まるのは1885年以後。1880年代の日本は不況のどん底で、特に農村で生活に困窮する者が相次いだことから、移民政策の転換を迫られました。
ただし、当時日本人移民を待ち受けていたのはさまざま差別。当時の帰化法により、日本人を含むアジア系は、アメリカ人になれない「帰化不能外国人」とされていたのです。

日本人移民が増えると共に排日運動が激しくなり、1907年〜1908年には日米間で日米紳士協定を締結し、日本が自発的に移民を制限する(新たな移民を制限。すでに移民している者の家族は移住可能)。

そして、1913年にはカリフォルニア州で外国人土地法が成立。帰化不能外国人は、土地の購入と3年以上の賃貸を禁止されることとなります。また1920年にはこの土地法は改正され、帰化不能外国人は土地の賃貸すら禁止されるのです。

ついに1924年には改正移民法が成立し、国別の移民数割当を設けると共に、帰化不能外国人の移住を全面的に禁止。日本からの移民はここで全て禁止されるのです。

1941年、真珠湾攻撃。当時のハワイは40%近くの人口が日系人・日系人でした。
真珠湾攻撃後、数週間以内に、コミュニティーのリーダーとみなされた日系一世ら、ハワイと本土あわせて約5000人がFBIに拘束されました。

1942年 2月19日、大統領令9066号発令。これは特定のエリアから裁判や公聴会などを経ずに、民間人を排除する権限を軍に与えるものでした。
それを受けて、西海岸の軍部は、ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州、アリゾナ州南部を立ち退き地域に指定。3月24日から強制立ち退き令が出され、16分の1以上、日本人の血が入った者は国籍、忠誠心にかかわらず、全員対象となったのです。
立ち退きの際、もって行くことができたのは両手に持てるものだけ。
その多くは、強制収容所ができるまで、まず仮の収容所に連行されました。ロサンゼルス近郊ではサンタアニタ競馬場やポモナのフェアグラウンドなどがその場所でした。
彼らはその後、全米10カ所に作られた収容所に送られました。収容所は鉄条網に囲まれ、監視塔からは兵士が銃を内側に向けているような場所でしたが、人々はその中でコミュニティーを作り、教育を行い、できるだけ普通の生活を送ろうと努めました。

1943年、収容所で「忠誠登録」が実施。
同じ頃に、日系人部隊「第442連隊戦闘団」が編成。アメリカ軍史上、その規模と従軍期間において、最も多く勲章をもらった部隊であり、多大な犠牲を出しながら、命をかけてアメリカに対する忠誠を証明しました。
「諸君は敵だけではなく、偏見とも戦い勝ったのだ」(トルーマン大統領)。

また、収容所から従軍することに異議を唱え、「米国市民としての権利が回復されればば、進んで徴兵に応じる」とした徴兵拒否者らも。

1945年から1946年、収容所が閉鎖。収容所を出るときに渡されたのは、25ドルと申請した場所への片道切符のみ。差別も偏見も残るなかで、日系人らは再び生活を立て直したのです。

1952年、ウオルター・マッカラン法。日本人も米国市民権が取得できるようになりました。

1965年 移民法改正。国別割当が廃止。
1960年代後半~ アジア系アメリカ人運動 

1970~80年代 リドレス運動
「リドレス」とは過ちを正す、という意味。強制収容という過ちを政府に認めさせ、謝罪と補償を求める運動。
1981年、全米10ヵ所で公聴会が開催され、750人が証言。
82年には報告書「否定された個人の正義」が出され、戦時中の強制収容は「人種差別」「戦時下のヒステリー」「政治指導の過ち」によって起こったものだと結論づけました。

1988年8月10日、レーガン大統領が署名し、「市民の自由法」が成立。強制収容を過ちだと認め、政府として正式に謝罪。また生存していた元の収容者一人あたりに2万ドルの補償金を支払うことを認めました。
これによって日系人がアメリカに対する信頼を取り戻しただけでなく、アメリカというのは間違いを認め、謝罪をする国なのだということを示した、アメリカの民主主義にとって非常に大切な瞬間でした。

1992年、全米日系人博物館 開館。

日系人の物語を伝えることによって、人種や文化の多様性に対する理解や認識を深めることをミッションとしています。もう二度と、日系人に起きた歴史が繰り返されないように。

ぜひ全米日系人博物館にお越しください。

#2019年セミナー

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2019年6月「愛憎のアメリカ、光と影~令和の平和を考える」

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2019年6月「愛憎のアメリカ... 2019年6月「愛憎のアメリカ... 2019年6月「愛憎のアメリカ... 2019年6月「愛憎のアメリカ...
概要

アメリカは素敵だ。だが・・・滞米27年間の観察から見えてきた愛と憎しみ。
オバマ8年の反動としてのトランプという自己撞着がAmerica Firstなのだろう。
移民で成り立ってきた米国史への反逆、その予兆が911だった。
新聞記者として生きたぼくの半生、愛憎のアメリカから学んだことは大きい。
僕は今、肝臓ガンに取り憑かれているが、ガンと共に生き延びようと考えている。
ガン撲滅ではない。ガンとの共生だ。
異なる価値観、否定したくなる体制を苦くても共に認めるという思想が令和の時代の平和観だと思う。





講師:北岡和義(きたおか かずよし)氏プロフィール
   

1941年岐阜県生まれ、64年南山大学文学部卒。読売新聞記者。
国会議員秘書を経てフリー・ジャーナリスト。
79年渡米。在ロサンゼルス邦字紙編集部長。

1985年9月、LAで日本語テレビ・ニュース番組、制作、放送。同時にTBS,フジテレビ、文化放送契約特派員
2006年8月帰国。日本大学国際関係学部特任教授など
     

著書に『13人目の目撃者』、『海外から1票を~在外投票運動の航跡』、『政治家の人間力』など

***講演録は北岡氏の承認待ちです。承認が得られ次第記載致します***
貴重な映像がございますので掲載させて頂きます。

2.サウスベイセミナーの講演(Youtube)
https://youtu.be/l6HOL0p442g

映像ダウンロードリンク
https://drive.google.com/file/d/1t_E0uda7bzek2Crn7uBmqtTliLcvkiHn/view?usp=sharing


#2019年セミナー

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