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【NHK動画】フィリピンで戦死の男性の遺品の日章旗 親族が郡上市に寄贈(Japanese flag belonging to man killed in action in the Philippines; relatives donate it to Gujo City)

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【NHK動画】フィリピンで戦死... 【NHK動画】フィリピンで戦死...

令和5年4月に岐阜県郡上市出身の日本兵「石原力三」命の日章旗が甥の勝彦さんに返還されました。今年に入り、勝彦さんは日章旗を市の歴史資料館へ寄贈されました。NHKが記事を掲載して下さいましたので転載致します。

ーーフィリピンで戦死の男性の遺品の日章旗 親族が郡上市に寄贈ーー

岐阜県郡上市出身で、太平洋戦争中、フィリピンで戦死した男性の遺品の日章旗が親族から市に寄贈され、戦争の悲惨さを伝えていく資料として市の歴史資料館で保管されることになりました。

寄贈されたのは、終戦間際にフィリピンのルソン島で22歳で戦死した郡上市出身の石原力三さんの日章旗です。

縦およそ70センチ、横およそ1メートルで、日の丸の周りには親交のあった人の名前など164人分が書かれています。

日章旗は、アメリカ兵が戦利品として持ち帰った日本兵の遺品の返還を求める団体を通じて、戦死した石原さんのおいで勝彦さん(65歳)に去年、返還されましたが、勝彦さんは管理しつづけていくことは難しいとして、戦争の悲惨さを伝える貴重な資料として市に寄贈することを決めたということです。

勝彦さんは「自分のところにこんな形できて本当にびっくりした。だんだん戦争のことを知らない人が増えているが、今があるのはこうした資料が引き継がれてこそだと思うので、たくさんの人に見てほしい」と話していました。

遺品の日章旗は、郡上市歴史資料館で保管され、展示についても今後検討されるということです。
 

※本文中に「アメリカ兵が戦利品として持ち帰った日本兵の遺品の返還を求める団体」とOBONソサエティについての記述がありますが、OBONソサエティは「返還を求める」事はありません。海外から返還されるすべての遺霊品は提供者からの自発的善意によって寄せられたものです。
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中日新聞/遺骨もなく戦死した叔父、日章旗が78年ぶり里帰り(Uncle killed in battle with no remains, Nisshoki returns home after 78 years)

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フィリピンのルソン島で戦死した... フィリピンのルソン島で戦死した石原力三さん。この写真が遺影となった=撮影地不明 米国から返還された日章旗を手に... 米国から返還された日章旗を手にする石原勝彦さん(左)と神座さん。164人分の寄せ書きがある=郡上市白鳥町で
大平洋戦争末期の1945年にフィリピン・ルソン島で戦死した陸軍兵長石原力三さん(23)=郡上市白鳥町那留(なる)出身=の日章旗が、戦利品として持ち帰った米軍の元兵士の遺族から返還された。力三さんは未婚のまま出征し、きょうだいもみんな亡くなっている。78年ぶりの里帰りを果たした遺品は、13日に開く市戦没者追悼式で初めて公開される。

 日章旗を受け取った元郵便局員石原勝彦さん(65)によると、力三さんは農家の6人きょうだいの長男として生まれた。戦時中は歩兵第63連隊に所属し、終戦間際の8月4日に戦死した。家を継いだ弟の忠治さんが勝彦さんの父で、6年前に90歳で亡くなるまで力三さんの供養を続けていたという。

 連隊は旧満州(中国東北部)から台湾を経てフィリピンに向かい、全滅状態に陥った。激戦地で死んだ力三さんは一片の遺骨さえなく、重機関銃のそばで撮影された軍服姿の写真1枚だけが残されていた。

 日章旗には「祝入営石原力三君」と書かれ、「祈武運長久」の文字の下に164人分の署名がある。日付は入っていないが、近所の人たちが協力して用意したらしい。旗には茶色に変色した染みがあり、血痕のようにも見える。勝彦さんは「平和な時代に育ったから、戦地に行くのが当然だった当時の生活は想像できない。まさか今になって伯父の遺品が戻ってくるとは思わなかった」と話す。

 郡上市遺族会の神座(みざ)孝郎会長(80)によると、日章旗は米バージニア州の米軍兵士の遺族から、日本軍兵士の遺品を返還する活動をしている「OBON(おぼん)ソサエティ」=オレゴン州=に託された。日本遺族会は石原力三さんの名前を手がかりに、郡上市の出身者と判断。市遺族会白鳥支部長の原喜与美さん(76)が調査を進め、静かな山間部にある力三さんの生家を突き止めた。

 自身も父を戦争で失っている神座さんは「日本からフィリピン、米国と長い旅をした日章旗が奇跡的に帰ってきた。力三さんもやっと、古里の郡上に戻ることができたのではないか」と話す。伯父が残した日章旗を手にした勝彦さんは、寺で供養してもらった上で、戦争の悲惨さを伝えるために市戦没者追悼式での展示に協力することを決めた。追悼式は13日午前10時半から、大和町のやまと総合センターで開かれる。

https://www.chunichi.co.jp/article/786639?rct=gifu
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中日新聞/妻に宛てた日本兵の遺書 米で発見(The Chunichi News paper published an article about the will of a Japanese soldier.)

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中日新聞/妻に宛てた日本兵の遺...
中日新聞がOBONソサエティが現在捜索を進めている岐阜県の旧下石町(現・土岐市下石町)出身の日本陸軍兵士 【髙木直市 命の遺書】について記事を掲載して下さいました。

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「今初メテ心カラ礼ヲ言フゾ」 妻に宛てた日本兵の遺書、米で発見

太平洋戦争の戦地で死亡した日本兵の遺書が米国で見つかり、返還に向けて岐阜県土岐市の遺族連合会が遺族を探している。遺書を戦地から持ち帰った米軍の軍医の孫が、遺品返還に取り組む米オレゴン州のNPO「OBON(オボン)ソサエティ」に託した。孫は「少しでも早く遺族が見つかれば」と返還を心待ちにしているという。

「三人ノ子供ハ絶對(たい)他人ノ手ニテ育テサスナ」「今日カラハ體(からだ)ヲ皇國ニ捧ゲ第二ノ國民タル三児ヲ守レ」

日本兵の遺書は妻宛てで、便箋三枚。子どもの養育や財産の分配などについて書かれ、妻に子どもたちの将来を託した内容となっている。

「俺ガ今日迄何ノ虞(おそれ)モ無ク常ニ安心シテ一途ニ御奉公ノ出来タノモ心秘(ひそ)カニ節子ヲ信ズレバコソダ 今初メテ心カラ礼ヲ言フゾ」と感謝を伝える言葉もあり、「今戦ノ中場デ斃(たお)レルハ誠ニ残念ナルモ俺ハ笑ツテ死ヌ事ガ出来ル」ともつづっている。

続きはこちら→ https://www.chunichi.co.jp/amp/article/526309
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