昭和22年2月、当時全国に先駆けて別府星野組の岡本氏が私財を投じて、 空襲で焼けた大分師範学校跡地に建設が始まる。 野球を愛する多くの人たちに支えられ、昭和22年5月に開場しました。 球場は新大分球場が出来たことで閉場され、その跡地に一大ショピングセンターのフレスポ春日浦が出来ました。 その一角に「ホームグリーン広場」があり、昔の面影を残すスコアボードがあります♪