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投稿日 2018-03-27 08:19
つれづれなるままに
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高橋京太
詩篇42篇5節「わがたましいよ。なぜおまえはうなだれているのか。私のうちで思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを」私たちの日常生活には、心がうなだれ、失望するようなことが時に起こります。その時の対処法ですが、⑴自分を知れそんな時まず大切なのは、客観的にそして俯瞰的に自らのその姿を正確に揃える事です。「わがたましいよ。なぜ、お前はうなだれているのか」少し前の新改訳聖書では、「なぜお前は絶望してるのか」とあります。絶望している自分をまず知ることから脱出への糸口が掴めます。絶望している自分を否定するといよいよストレスがかさみ、やがてはパニックとなり良くない決断をし...
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投稿日 2018-03-26 05:44
つれづれなるままに
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高橋京太
「どうしても必要なたった一つのこと」ルカの福音書10章38節〜42節ルカの福音書10章38,さて、一行が進んで行くうちに、イエスはある村に入られた。すると、マルタという女の人がイエスを家に迎え入れた。39,彼女にはマリアという姉妹がいたが、主の足もとに座って、主のことばに聞き入っていた。40,ところが、マルタはいろいろなもてなしのために心が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするように、おっしゃってください。」41,主は答えられた。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。...
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投稿日 2018-03-24 07:12
つれづれなるままに
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高橋京太
創世記46章1〜6節1,イスラエルは、彼に属するものすべてと一緒に旅立った。そしてベエル・シェバに来たとき、父イサクの神にいけにえを献げた。2,神は、夜の幻の中でイスラエルに「ヤコブよ、ヤコブよ」と語りかけられた。彼は答えた。「はい、ここにおります。」3,すると神は仰せられた。「わたしは神、あなたの...
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投稿日 2018-03-21 15:31
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高橋京太
「あなたは正しすぎてはならない。自分を知恵のありすぎる者としてはならない。なぜ、あなたは自分を滅ぼそうとするのか」(伝道者の書7章16節)エジプトで食料調達した男たちは帰路についた。ヨセフから遣わされた家の管理人が彼らに追いつき、ヨセフの大切な銀の杯を盗んだ者がいると言った時の事。男たちには見に覚え...
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投稿日 2018-03-20 15:23
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高橋京太
この日の息子のサッカーの試合もナイター。自らの学校ホームグランドでの試合。この学校のサッカーグランドもまた人工芝。ベルビューの学校ではほとんどの中学校高校は人工芝のサッカー場やフットボール場があります。恵まれすぎた環境にあっては生徒らはおそらく気づかないままでしょうね。それはそれとして今回の対戦相手...
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投稿日 2018-03-19 04:54
つれづれなるままに
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高橋京太
「さて、天に上げられる日が近づいて来たころのことであった。イエスは御顔をエルサレムに向け、毅然として進んで行かれた」 ルカ9章51節「これらのことを話してから、イエスはさらに進んで、エルサレムへと上って行かれた」 ルカ19章28節⑴方向性を確認せよ〜「エルサレムへ」①ルカ福音書には主が明確な姿勢をとられ、心定められたことが二度記されてある。②エルサレムにおいては受難・死というミッションが待っていた。③それはまた天へ帰ると言う最終ゴールのプロセスの1つでもあった。私たちは本来創造主なる神の元から出、神の元に帰るものである。⑵転換点を把握せよ①前者の御言葉はガリラヤ伝道からペレヤ伝道への転換点にあ...
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投稿日 2018-03-16 07:39
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高橋京太
「キリストの御霊の内住」ローマ8章1〜14節1,こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。2,なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。3,肉によって弱くなったため、律法にできなくなったことを、神はして...
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投稿日 2018-03-12 06:25
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高橋京太
「あなたがたの信仰の通りになれ」マタイ9章27ー31節27,イエスがそこから進んで行くと、目の見えない二人の人が、「ダビデの子よ、私たちをあわれんでください」と叫びながらついて来た。28,イエスが家に入られると、その人たちがみもとに来た。イエスが、「わたしにそれができると信じるのか」と言われると、彼...
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投稿日 2018-03-05 05:47
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高橋京太
ヘブル人への手紙5章7,キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。8,キリストは御子であられるのに、お受けになった様々な苦しみによって従順を学び、9,完全な者とされ、ご自分に従うすべての人にとって永遠の救いの源となり、10,メルキゼデクの例に倣い、神によって大祭司と呼ばれました。⑴大祭司としての召し①父なる神から与えられた栄養である。神から任じられたものであり自ら努力で獲得したものでは無い。同様に私たち信者も祭司として神に選ばれ、栄誉を受けたものである。②イエスが大祭司とし...
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投稿日 2018-02-27 16:55
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高橋京太
キャッシーから突然電話が鳴り、悲報が告げられました。近所に住む長女の幼友達が亡くなった知らせでしばらく絶句。彼は二日前、友人とスノーシューティングへ行き雪崩に巻き込まれてそのまま帰らぬ人となったのです。長女が小学校1年の時からしばらくの間、毎日のように遊んだ仲でした。私ではなく彼を遊び相手に選んだ時...