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棟方志功記念館(青森市)

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今日の朝食はこれだけ。牛乳も納... 今日の朝食はこれだけ。牛乳も納豆も野菜も味噌汁もない。ヘロ。 道の駅浅虫温泉は、雪の捨て場に... 道の駅浅虫温泉は、雪の捨て場にもなってる。 浅虫温泉から青森市内戻る事30... 浅虫温泉から青森市内戻る事30分。NHK青森放送所の隣だ。 棟方志功記念館(青森市) 高床式を模した建物。1975年... 高床式を模した建物。1975年に開館。庭園も見応えが有るらしいが、生憎雪の下。 二菩薩釈迦十大弟子 1939年 二菩薩釈迦十大弟子 1939年 棟方志功記念館(青森市) それぞれ何とも愛らしいお弟子さ... それぞれ何とも愛らしいお弟子さんだ事。棟方の作品には構図上ピカソとの共通点がある。キュビズムだ。ピカソは棟方の22歳年上だ。どうだろう・・友人いわく「棟方はピカソのゲルニカを見ただろうか?」って。確かに! 棟方志功記念館(青森市) 「志功三楽屏風」1959年 棟... 「志功三楽屏風」1959年 棟方にとって三つの楽しみを表現した作品だ。すなわち「故郷青森を想うこと」「家族で茶を嗜むこと」「絵を描くこと」だ。鷹は青森の象徴。 「恐山の棚」1963年。 「恐山の棚」1963年。 「東北風(やませ)の棚」196... 「東北風(やませ)の棚」1969年。う~ん、何の事やら?? 「華凸と口凹両神板画柵」・・・... 「華凸と口凹両神板画柵」・・・何の事やらさっぱり判らん。 「門世の棚」1968年。婦人画... 「門世の棚」1968年。婦人画に白ごうを加えればたちまち天女様。 「弁財天妃の棚」1965年 「弁財天妃の棚」1965年 「志功三友屏風」の中のひとつ。... 「志功三友屏風」の中のひとつ。1959年。今日の1点は、これ! 釈迦が自然界の動物達とお話している図。なんとも穏やかな表情だ事。 「腰越の二人の棚」1973年。... 「腰越の二人の棚」1973年。棟方は茶=抹茶が大好きだった。同席は配偶者のチヤ。超スピードで彫刻刀や絵筆を走らせ、会話も機関銃の棟方が、どんな雰囲気でお茶を嗜んでいたんだろう。そう思うと、オイラの「暇千家流」もまんざらではないな、ルン。 この倭画でもお茶。 この倭画でもお茶。 「法華堂井戸碗像図」1970年 「法華堂井戸碗像図」1970年 「虎参ル」1974年。ひょうき... 「虎参ル」1974年。ひょうきんな虎だこと。ちっとも恐ろしくない。仙厓さんの虎と共通点あるね。どちらもニヤリをほおが緩む。 棟方は「茶人でもない者が茶会を... 棟方は「茶人でもない者が茶会を開いたら」と言って「試験茶会」なるものを催した。その時はベートーベンの第九を流したりしたそうな。制作中も興に乗ると、歓喜の歌を口ずさんだ、と言う。展示場中央にはスタインウェイ&サンのピアノがデ~ンと。本人は弾けなかったそうな。 「雑園習作」1928年。この油... 「雑園習作」1928年。この油絵を観た瞬間、アンリ・ルソーを想った。棟方が板画(版画)を始める前は画家を志した。しかしこの様な作品は認めてもらえなかった。で、板画の世界へ。アンリ・ルソーもそうだった。彼らの作品がまだ早過ぎたのかな。晩年に棟方が油絵を描いたら、どうだったのか・・・ 「太陽花像図」1972年。・・... 「太陽花像図」1972年。・・それがこれだ。どう?若い頃「わだば日本のゴッホになる」とゴッホに憧れた棟方。ここに描いたのはひまわと自画像だ。 青森市内、棟方志功記念館近所 青森市内、棟方志功記念館近所 浅虫温泉に戻ります。 浅虫温泉に戻ります。
2022年1月16日(日)昨日の青森県立美術館で観た棟方志功を「棟方志功記念館。」でも観たくなった。

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