2003年度 11月 - 第 9 と 指 揮 者
講師 篠 崎 靖男 氏
講師紹介と略歴
[講師からのメッセージ]
「日本では、12月にベートーヴェンの第9を演奏するのが定番となっており、俳句の季語にも“第9”が入っております。素晴らしい名曲であるばかりでなく、その内容はその時代を強く反映し、ベートーヴェンの人生と伴って、大変深いものになっています。
実際に指揮者として“第9”にどう向かっていくか、そんな事もお話ししながら、この名曲の素晴らしさを、指揮者として語りたいと思います。」
[略歴]
1968年京都生まれ。桐朋学園大学にて、指揮を山本七雄、飯守泰次郎、声楽を木村俊光各氏に師事。同研究科を修了後、「フィガロの結婚」を指揮し、オペラデビューをした後、1993年にはイタリア2大国際指揮者コンクールである、第3回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールにて最高位を受賞。その後、イタリア・シエナ音楽祭にて、イリヤ・ムーシン、チョン・ミュンフンに師事し、正統的ヨーロッパ音楽に大きな薫陶を受け、1996年より渡欧。ウイーン国立音楽大学にて、レオポルド・ハーガー氏の下、研鑚を積む傍ら、1996年ボストン交響楽団主催、タ
ングルウッド音楽祭指揮セミナーに参加。
小澤征爾、ベルント・ハイティンク氏など著名な指揮者に師事。大きな成果を得た。
1998年には東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団定期演奏会にて日本デビュー。「押し出しのある熱気を持つ棒の持ち主」(音楽現代)と大絶賛を受けた。
2001年にロサンゼルス・フィルハーモニックの副指揮者に就任。これまでに定期演奏会、ハリウッドボウルなど数々のコンサートを指揮し、大好評を博している。
紹介者 矢部氏
講義内容
写真
第9について
1. ベートーヴェンの“第9”は世界中で演奏される曲である。特に日本ではポピュラーで、年末になると演奏されることが多い。
2. なぜ年末かと言うことは明確でないが、この曲にはコーラスがあり、大曲で“音楽の中の音楽”と言われるからかもしれない。
3. また、日本の年末の風土に合っているのかもしれない。
4. 日本ではアマチュアのコーラスが参加することも多い。これも“第9”の魅力のひとつかもしれない。“第9”は俳句の季語にもなっている。
指揮者について
1. 指揮者とは音楽の中で唯一音を出さない音楽家である。
2. この音楽はどう言うメッセージを持っているかを考え、それをオーケストラに伝えて、ひとつの意思にして聴衆に伝えるのが役割である。
3. 指揮者はオーケストラと観客の間にある立場だといえる。
音 楽 と は
1、 良く聴衆の中に、「私は音楽のことは、まったくわからないけれど、でも音楽が好きです」という人がいる。
2、 それでも構わないが、特に、クラシック音楽の場合はちょっと知識があるとますます興味が広がるものである。
“第9”の背景とベートーヴェンの思想
1. ベートーヴェンは1770年ドイツのボンで生まれた。当時は産業革命が始まった頃であり、古いしきたりから新しい科学へ生まれ変わる過渡期の時代だった。
2. 人々が王侯貴族に無条件に従っていた時期から民衆が目覚め始める時期でもあった。
3. 当時、ドイツにゲーテとシラーという二人の偉大な思想家がおり、その中のシラーがフリーメーソンの中で「歓喜に寄す(アン・ディヤ・フロイデ)」という詩を発表した。この詩はたいへん思想的な内容(これまで王侯貴族に抑圧されてきた庶民がこれからはひとつになって行こう、という内容でフランス革命を扇動したとも言われている)で、ベートーヴェンはこの詩に曲をつけてみたいと思っていた。
これが“第9”作曲のもととなった。
4. ベートーヴェンは生活に困窮していた若い頃、恩師から言われた言葉 ―― 「世界中にはもっと飢えや病気で苦しんでいる人たちが沢山いる。君はただ、音符をいじるだけのつまらない音楽家になってはいけない。宮廷の人たちを楽しませるだけでなく、苦しい人たちを癒すものでなければいけない」と教えられている。
5. 当時は、音楽をやるということは王侯貴族か教会の庇護がなければ不可能だった時代に、このような思想をもってウイ―ンに旅立ち、作曲活動を進めた。
6. 彼は、このように、それまでの思想とは異なり、新しい思想(啓蒙思想)の洗礼を強く受けていたことになる。
7. 王侯貴族の出ではないナポレオンのために書いたのが“第3、英雄”である。
8. モーツアルトは(宮廷向けの)美しい曲を作っているが、ベートーヴェンは彼が感じているものを一般大衆にぶつけている音楽を書いている。即ち、精神的要素を音として具体化させた音楽を書いている。_
9. かれの存在が、その後、ワーグナー、マーラー、シューマンなどに大きく影響を与えることになった。
ベートーヴェンの“歓喜”とは
1. ベートーヴェンの“歓喜”とは、ただの喜びではなく、いろいろな苦悩があって、その結果、最後に喜びを得た時が“真実の歓喜”だというのが彼の考えである。
2. しかも、この時代は革命でどんどん一般の人が新しい社会を造ってゆこうという時代であり、苦悩はつきものであり、その苦悩があって最後に辿りつくのが「百万人の人々が自由になり、ひとつになる」歓喜 だということになる。
3. さらに個人的にも、ベートーヴェンの場合は後に難聴になり、苦悩を味わい、それでも彼はそれを乗り越え、音楽の喜びで生きようと決意している。
“フリーメーソン”とベートーヴェン
1、 ベートーヴェンの時代の文化を考える時、“フリーメーソン”を避けて通ることは出来ない。
2. もともとはイギリス中世の石工職人組合から始まったもので、社交クラブ的様相を持ち、宗教・身分・人種を問わないものであった。
3. “友愛”と“道徳”をモットーとした“フリーメーソン”ではすべての人が兄弟である。この考えはベートーヴェンの思想とぴったりと一致した。
4. “第9”の歌詞の中に「世界の人はBruder(兄弟)である」という文句が数多く出てくる。
篠崎氏と“第9”
1. 毎年12月に自分(篠崎氏)は日本のある病院主催の“第9”の指揮をしている。看護師の学校の学生たちが合唱をしている。
2. この病院には精神病患者もおり、その人たちも聞きに来る。
3. (それをビデオで紹介)
“第9”を指揮すること
1. ベートーヴェンは時代を越えて、音楽によって平和へのメッセージを残している。
2. ベートーヴェンを指揮することは特にたいへんである。
3. 「苦悩を付き抜け歓喜にいたる」を演奏し、指揮することはオーケストラメンバーも指揮者も、まさに疲労困憊する。
4. でも、振り終え終了してから、「なんと良い曲なんだろう」といつも思う。
最 後 に
1. 音楽会を聞きに来たからといって、別に人生がすぐに変わるわけでも
ない。
2. しかし音楽会は“夢を見る”場所だと思う。同じ場所で同じ夢を見る
ことの出来る場所であると言えるのではないだろうか。
3. そして聞いた人が何か自分の中が変わって返っていただければと願っ
ている。
4. ベートーヴェンがいて“第9”が生まれたことに感謝したい。
質 疑 応 答
(質問):ベートーヴェンは貴族のサポートなしに活動して、どのように収入を得ていたのですか?
(答え):ベートーヴェンの思想を理解してくれた貴族が援助していたようだ。後は民衆へ演奏会をして収入を得ていたと思われる。
(質問):ベートーヴェンが実際に“第9”を演奏したホールとかオーケストラの数は?
(答え):正確なことはわからないが、初演はドイツのブルック・シアター(現在のではなく)一般の人が集う劇場でやっている。オーケストラも今のフル・オーケストラに近いものだったといわれている。
(質問):最近完成した「ウオルト・ディズニー・コンサートホール」の音響は?
(答え):結論を言うと、最高に素晴らしい音響システムになっている。音がとろけて降ってくる感じ。全部の楽器の音がきちんと聞こえる。音の色がカラフルで、オーケストラが身近に感じる。このような素晴らしいホールが出来たことをロサンゼルスに住んでいる私たちは誇りに思って良いと思う。例えて言うと、我々日本人が、久しぶりに日本へ戻って、最高の日本酒で最高の和食を堪能した時のような気分に
させてくれるような感じだ。音響担当の豊田泰久氏を近いうちにここの講師に招いて聞いて欲しい。
講師紹介と略歴
[講師からのメッセージ]
「日本では、12月にベートーヴェンの第9を演奏するのが定番となっており、俳句の季語にも“第9”が入っております。素晴らしい名曲であるばかりでなく、その内容はその時代を強く反映し、ベートーヴェンの人生と伴って、大変深いものになっています。
実際に指揮者として“第9”にどう向かっていくか、そんな事もお話ししながら、この名曲の素晴らしさを、指揮者として語りたいと思います。」
[略歴]
1968年京都生まれ。桐朋学園大学にて、指揮を山本七雄、飯守泰次郎、声楽を木村俊光各氏に師事。同研究科を修了後、「フィガロの結婚」を指揮し、オペラデビューをした後、1993年にはイタリア2大国際指揮者コンクールである、第3回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールにて最高位を受賞。その後、イタリア・シエナ音楽祭にて、イリヤ・ムーシン、チョン・ミュンフンに師事し、正統的ヨーロッパ音楽に大きな薫陶を受け、1996年より渡欧。ウイーン国立音楽大学にて、レオポルド・ハーガー氏の下、研鑚を積む傍ら、1996年ボストン交響楽団主催、タ
ングルウッド音楽祭指揮セミナーに参加。
小澤征爾、ベルント・ハイティンク氏など著名な指揮者に師事。大きな成果を得た。
1998年には東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団定期演奏会にて日本デビュー。「押し出しのある熱気を持つ棒の持ち主」(音楽現代)と大絶賛を受けた。
2001年にロサンゼルス・フィルハーモニックの副指揮者に就任。これまでに定期演奏会、ハリウッドボウルなど数々のコンサートを指揮し、大好評を博している。
紹介者 矢部氏
講義内容
写真
第9について
1. ベートーヴェンの“第9”は世界中で演奏される曲である。特に日本ではポピュラーで、年末になると演奏されることが多い。
2. なぜ年末かと言うことは明確でないが、この曲にはコーラスがあり、大曲で“音楽の中の音楽”と言われるからかもしれない。
3. また、日本の年末の風土に合っているのかもしれない。
4. 日本ではアマチュアのコーラスが参加することも多い。これも“第9”の魅力のひとつかもしれない。“第9”は俳句の季語にもなっている。
指揮者について
1. 指揮者とは音楽の中で唯一音を出さない音楽家である。
2. この音楽はどう言うメッセージを持っているかを考え、それをオーケストラに伝えて、ひとつの意思にして聴衆に伝えるのが役割である。
3. 指揮者はオーケストラと観客の間にある立場だといえる。
音 楽 と は
1、 良く聴衆の中に、「私は音楽のことは、まったくわからないけれど、でも音楽が好きです」という人がいる。
2、 それでも構わないが、特に、クラシック音楽の場合はちょっと知識があるとますます興味が広がるものである。
“第9”の背景とベートーヴェンの思想
1. ベートーヴェンは1770年ドイツのボンで生まれた。当時は産業革命が始まった頃であり、古いしきたりから新しい科学へ生まれ変わる過渡期の時代だった。
2. 人々が王侯貴族に無条件に従っていた時期から民衆が目覚め始める時期でもあった。
3. 当時、ドイツにゲーテとシラーという二人の偉大な思想家がおり、その中のシラーがフリーメーソンの中で「歓喜に寄す(アン・ディヤ・フロイデ)」という詩を発表した。この詩はたいへん思想的な内容(これまで王侯貴族に抑圧されてきた庶民がこれからはひとつになって行こう、という内容でフランス革命を扇動したとも言われている)で、ベートーヴェンはこの詩に曲をつけてみたいと思っていた。
これが“第9”作曲のもととなった。
4. ベートーヴェンは生活に困窮していた若い頃、恩師から言われた言葉 ―― 「世界中にはもっと飢えや病気で苦しんでいる人たちが沢山いる。君はただ、音符をいじるだけのつまらない音楽家になってはいけない。宮廷の人たちを楽しませるだけでなく、苦しい人たちを癒すものでなければいけない」と教えられている。
5. 当時は、音楽をやるということは王侯貴族か教会の庇護がなければ不可能だった時代に、このような思想をもってウイ―ンに旅立ち、作曲活動を進めた。
6. 彼は、このように、それまでの思想とは異なり、新しい思想(啓蒙思想)の洗礼を強く受けていたことになる。
7. 王侯貴族の出ではないナポレオンのために書いたのが“第3、英雄”である。
8. モーツアルトは(宮廷向けの)美しい曲を作っているが、ベートーヴェンは彼が感じているものを一般大衆にぶつけている音楽を書いている。即ち、精神的要素を音として具体化させた音楽を書いている。_
9. かれの存在が、その後、ワーグナー、マーラー、シューマンなどに大きく影響を与えることになった。
ベートーヴェンの“歓喜”とは
1. ベートーヴェンの“歓喜”とは、ただの喜びではなく、いろいろな苦悩があって、その結果、最後に喜びを得た時が“真実の歓喜”だというのが彼の考えである。
2. しかも、この時代は革命でどんどん一般の人が新しい社会を造ってゆこうという時代であり、苦悩はつきものであり、その苦悩があって最後に辿りつくのが「百万人の人々が自由になり、ひとつになる」歓喜 だということになる。
3. さらに個人的にも、ベートーヴェンの場合は後に難聴になり、苦悩を味わい、それでも彼はそれを乗り越え、音楽の喜びで生きようと決意している。
“フリーメーソン”とベートーヴェン
1、 ベートーヴェンの時代の文化を考える時、“フリーメーソン”を避けて通ることは出来ない。
2. もともとはイギリス中世の石工職人組合から始まったもので、社交クラブ的様相を持ち、宗教・身分・人種を問わないものであった。
3. “友愛”と“道徳”をモットーとした“フリーメーソン”ではすべての人が兄弟である。この考えはベートーヴェンの思想とぴったりと一致した。
4. “第9”の歌詞の中に「世界の人はBruder(兄弟)である」という文句が数多く出てくる。
篠崎氏と“第9”
1. 毎年12月に自分(篠崎氏)は日本のある病院主催の“第9”の指揮をしている。看護師の学校の学生たちが合唱をしている。
2. この病院には精神病患者もおり、その人たちも聞きに来る。
3. (それをビデオで紹介)
“第9”を指揮すること
1. ベートーヴェンは時代を越えて、音楽によって平和へのメッセージを残している。
2. ベートーヴェンを指揮することは特にたいへんである。
3. 「苦悩を付き抜け歓喜にいたる」を演奏し、指揮することはオーケストラメンバーも指揮者も、まさに疲労困憊する。
4. でも、振り終え終了してから、「なんと良い曲なんだろう」といつも思う。
最 後 に
1. 音楽会を聞きに来たからといって、別に人生がすぐに変わるわけでも
ない。
2. しかし音楽会は“夢を見る”場所だと思う。同じ場所で同じ夢を見る
ことの出来る場所であると言えるのではないだろうか。
3. そして聞いた人が何か自分の中が変わって返っていただければと願っ
ている。
4. ベートーヴェンがいて“第9”が生まれたことに感謝したい。
質 疑 応 答
(質問):ベートーヴェンは貴族のサポートなしに活動して、どのように収入を得ていたのですか?
(答え):ベートーヴェンの思想を理解してくれた貴族が援助していたようだ。後は民衆へ演奏会をして収入を得ていたと思われる。
(質問):ベートーヴェンが実際に“第9”を演奏したホールとかオーケストラの数は?
(答え):正確なことはわからないが、初演はドイツのブルック・シアター(現在のではなく)一般の人が集う劇場でやっている。オーケストラも今のフル・オーケストラに近いものだったといわれている。
(質問):最近完成した「ウオルト・ディズニー・コンサートホール」の音響は?
(答え):結論を言うと、最高に素晴らしい音響システムになっている。音がとろけて降ってくる感じ。全部の楽器の音がきちんと聞こえる。音の色がカラフルで、オーケストラが身近に感じる。このような素晴らしいホールが出来たことをロサンゼルスに住んでいる私たちは誇りに思って良いと思う。例えて言うと、我々日本人が、久しぶりに日本へ戻って、最高の日本酒で最高の和食を堪能した時のような気分に
させてくれるような感じだ。音響担当の豊田泰久氏を近いうちにここの講師に招いて聞いて欲しい。