日時: 2015年12月8日(水)、6:30PM - 8:30PM
会場: トヨタオートミュージアム ( Toyota USA Automobile Museum ) 19600 Van Ness Ave., Torrance, CA 90501
講師
長編ドキュメンタリー映画:SEEDS スタッフ
監督:馬場政宣 プロフィール
愛知県名古屋市出身。高校 2 年時、名古屋市の代表派遣学生の一人としてオース トラリアへ短期留学。翻訳や映画字幕に興味をもち、上智大学の英文科に入学。 在学中に UCLA 出身の教授による映画クラス(制作・批評)に影響を受けて以来、 映画の「制作」に憧れはじめる。その教授の推薦で卒業後間もなく渡米。UCLA のエクステンションコースにて映画の一般理論と制作を一通り学ぶ。 コース終了後、処女作である短編映画『千代のお迎え』(英語タイトル:CHIYO) を制作。スポンサー探しから脚本、監督、プロデュースを全て担う。パームスプ リングス国際短編映画祭を封切りに、様々な国際映画祭で受賞。2007年、第 79回アカデミー賞の短編ライブアクション部門にて、最後の10傑に選出され る。その後、HBO や iTunes など、世界配給が決まる。 2005年から2010年まで、南アフリカ本社のハリウッドの制作・配給会社 で、エグゼクティブ・アシスタントとして、主に長編映画制作のディベロップメ ントから配給のすべての分野に従事する。また、南カリフォルニア大学(USC) と日本の大学とにおける、政府援助のパイロットプロジェクト『YOKAI』ではプ ロデューサーとして参加。 現在ロサンゼルス在住。2010 年に自身の映像工房を設立。『千代のお迎え』長 編他、ノンフィクション小説の映画化ライツを取得し長編映画化に向けてディベ ロップメント中。同時に、他のプロダクション会社とのコラボで長編映画の脚本 を共同開発している。その他、監督・プロデューサーとして複数の企画をあたた めている。ハリウッドのスタジオ映画の脚本やメディア関連の翻訳にも携わって いる。
エグゼクティヴプロデューサー:岡野進一郎 プロフィール
東京都出身。1985年 NHK朝の連続TV小説 「いちばん太鼓」の主演として俳優デ ビュー。その後、文化庁在外研修員留学生としてNYのHB studioで演技とプロデュースを学ぶ。 日本帰国後は株式会社ハイブリッドアーツを設立、WOWOWのショートフィルム専 門番組制作からキャリアをスタートさせる。 2004年、再び渡米。UTB CH18.2のプロデューサーとして、自社制作番組のほぼ全てに関わる代表作は劇場公開作品「TOYO’S CAMERA」と「442」。 (以下、井出追記) 岡野夫人(実紗)が国府田農園に嫁いだ姉(コウダ・里紗)の家で食べたオーガニック玄米に感動し「世に広めたい」という情熱に引き込まれ、夫・進一郎はUTB社を退職して販売促進会社「イナホ」を設立し、国府田農園のオーガニック・ライスの売り上げ拡大に貢献している。つまりロス・コウダと岡野進一郎は夫人同士が姉妹の義兄弟ということになる。
井出英雄プロフィール
福島県出身。SBMSの会長を7年間務めた。日立オートモティブプロダクツ元LA事業所長23年間の米国勤務後2008年リタイヤして日本に帰国。茨城県在住。郷土の英雄 国府田敬三郎の研究家でもある、今回の映画製作においては共同プロデューサーとして日本国内ロケの制作統括を行う。
講演内容:
今回のセミナーは、SBMS名誉会長であります井出英雄氏が、映画SEEDの製作において共同プロデューサーとして日本国内ロケの制作統括をされたことを受け、 監督:馬場政宣氏、エグゼクティヴプロデューサー:岡野進一郎氏のご協力を得て、入場無料としてのSBMSの20周年記念特別企画となりました。
当日、会場は300人を超える満席の内に水野SBMS会長の開演の挨拶から始まり、井出名誉会長がこの映画の製作にまつわる経緯をユーモアを交えて説明された後上映が開始されました。
制作にあたっての動機、製作期間10か月間での制作&撮影の裏話、作品について:
カリフォルニアの日系社会では伝説の人物 国府田敬三郎とその孫で現在、国府田ファームのオーナー Ross Koda の物語です。国府田敬三郎はアメリカに住む日系人たちの食を支えるために、また日本の米に負けない味の米を作るために研究を重ねました。大量の稲作に対応できるように空から飛行機で種を蒔くと言う大胆な発想で8000エーカーという巨大な農場を成功させました。 第二次世界大戦が始まり、カリフォルニアに住む日系人たちは強制収容されます。敬三郎も例外ではありませんでした。収容生活を終え農場に戻ってみると大半の農地が他人の名義になっています。敬三郎はわずかに残された農地でもち米の生産に成功し、土地をまた買い戻し経済的に再び大成功します。 そしてその経済力を資本に差別を受けていた日系人同胞の地位向上のために公民権運動に立ち上がります。裁判にも三回負けましたが、それでも諦めず、私財を投げ打って戦い4回目に勝訴しました。
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