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増える自動車登録台数と踏切事故昭和30年代の経済成長は、旅客並びに貨物輸送の増大に伴う輸送力増強や。投資不足に伴う数々の事故を発生させたほか、経済の発展は自家用車の登録を増加させていきました。踏切事故件数および自動車台数を見ていただくとわかるのですが、昭和31年以降急激に伸びていることがわかります。弊サイトでは、当時の事件事故を年表にしていますが、昭和30年代は無謀運転のトラックや乗用車の他、バスとの接触事故などが後を絶ちません。特に踏切事故では自動車の乗員が死亡する等悲惨な事故になる場合が多く、その対策は急務とされましたが、踏切対策以前に輸送力の増強に追われていたため。その整備は後手に回るの...
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第二次長期計画は、主に車両の増備等がメインであったと昨日は書かせていただきました。特に電車や気動車の投資効率が高かったため、国鉄は積極的にそうした車両を投入していったわけですが、YouTubeを検索してみますと昭和35年の高崎線の列車通勤風景が写った動画がありました。調べてみますと、高崎6:05発上野行きで、上野着は8:25で休日運休の客車列車だったようです。その5分前並びに11分後にも上野行きの列車が走っていますが連日このような混雑だったのでしょうか。少し興味はあります、併せて当時の時刻表を貼らせていただきましたので併せてご覧ください。少なくとも、高崎線に限らず、中央線などでもその問題は大き...
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本日から、国有鉄私見として第2次5カ年計画についてお話をさせていただこうともいます。高度経済成長と輸送力増強 第3話 第2次5か年計画と国鉄 http://jp.bloguru.com/jnrerablackcat/311526/5 も併せて参照していただければ幸いです。昭和32年から始まった5カ年計画は、主に老朽資産の取り替えなどを中心に行われましたが、人件費の高騰などで計画予算が枯渇したこともあって、計画自体を変更せざるを得なくなりました。【これに関しては国鉄だけに帰属する問題では無く、国民経済成長に国鉄の輸送力が追いつかなかったという側面もありました。】一般に資料などを見ていますと、資金...